◇第三話◇描かれる一瞬
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窓際の一人用のソファに座って読書に勤しんでいたリヴァイが、漸く本を閉じたのは、日付を跨ぐ時間を越えて数十分程が経った頃だった。
贅沢な屋敷に用意された広く豪華な個室に、紙が触れ合う空気が、パタンという音になって、静かに響く。
なかなか寝付けなかった。
慣れない柔らか過ぎるベッドのせいなのか、それとも、長旅で疲れすぎたせいなのか。
どちらにしろ、そろそろ眠らなければならない。
明日も、朝から予定が詰め込まれているのだ。
この世界の情勢を知るための偵察もあるし、エルヴィンやハンジと今後のことについて改めて話し合いもしなければならない。
小さく溜息を吐いたリヴァイは、閉じたばかりの本をソファ横に置いてある小さな棚の上に置いて立ち上がる。
大きな窓からは、月明かりが漏れていた。
寝る前にカーテンを閉めようとして、リヴァイは動きを止めた。
リヴァイに用意された部屋は、ちょうど屋敷の裏庭に面していた。
玄関から入ったときに見た広大な敷地の庭園には、ピンク色の花が、まるで敷き詰められた絨毯のように多く咲き誇っていて、それはそれは圧巻な光景だった。
あのピンク色の花は〝サクラ〟と呼ぶのだと、ハンジに訊ねられたキヨミが、嬉しそうに答えていた。
〝サクラ〟はヒイズル国を象徴する花なのだそうだ。
きっと、キヨミやこの屋敷に住む者たちにとって、庭園は自慢の場所であるのだろう。
でも、そんな庭園とは打って変わって、裏庭は、昼間に見てもとても寂しい場所だった。
手入れはされているようで、芝生や雑草が生え放題ということはなかったけれど、雨でもないのにじめっとした空気が漂っていたのだ。
その中央に、ポツンとたった一本だけ植えられた木が、余計に物悲しさを演出していたせいかもしれない。
それは、ヒイズル国を象徴するという〝サクラ〟だった。
庭園でも咲き誇っていたピンク色の花は、寂しい裏庭でも、ひっそりと、でもしっかりと満開に咲いていた。
それが、夜になり、月明かりを浴びて、妖し気に光っているように見える。
そんな〝サクラ〟のそばには、2人がけほどの朽ちかけた木製ベンチが寄り添うように置かれていた。
リヴァイが、カーテンを閉めようとして思わず手を止めたのは、その木製ベンチに座っている人間を見つけたからだ。
マーレの市場、そして、この屋敷に来たときにも姿をチラリと見た若い女だった。
彼女は、ベンチに寄りかかることはせず、ほんの少しだけ腰かけて、背筋をしゃんと伸ばして座っていた。
そして、月明かりを浴びて光る〝サクラ“の花をただじっと見上げているのだ。
その横顔から、彼女の感情を測ることは出来ない。
3階の窓から見下ろしているという距離のせいもあるかもしれないが、たぶん、彼女が自らの感情を押し殺しているのだ。
大きな瞳にも、唇にも、感情が乗せられているようには見えなかった。
でも、こんな真夜中にこの屋敷の裏庭にいるということは、やはり彼女もヒイズル国の人間なのだろうか。
ハッキリとはしないのは、ミステリアスな顔立ちは、ヒイズル国の将軍家の血筋を引いているミカサにも似ているような気もするけれど、キヨミや他のヒイズル国の人達と似ているかと言われるとそうでもないからだ。
でも、吸い込まれそうなほどに黒い瞳と黒い髪は、ヒイズル国の人達と同じだ。
ふ、と強い夜風が吹いて、〝サクラ〟の花を揺らし、彼女の長い黒髪を靡かせる。
その風の流れを追いかけようとしたように、彼女の視線が不意に上がった。
重なった互いの視線の先に、意味など何もなかった。
ただ、静かな無音だけが聞こえる、そこは、まるで、さっきまで読んでいた小説の1ページのようだった。
今この一瞬をどこかの誰かに切り取られて、どこか遠くから、この情景を見られているような感覚だった。
妖しく光る〝サクラ〟を背景にして、彼女もまた、ただじっとこちらを見ている。
そこに、感情は表現されていない。
リヴァイも似たような表情をしていた。
きっと、誰かが、そこにまだ文字に書き起こしていないのだ。
これからの物語の展開を考えているのか、そもそも、この物語を書き続けるのか決めていないのかもしれない。
そして、その誰かは、少なくとも今夜は続きを書くことを諦めたのだろう。
彼女は視線を離すとまた〝サクラ〟を見上げ、リヴァイはカーテンを閉めた。
それはほとんど同時だった。
カーテンが閉まった暗い窓を彼女が見上げる。
そこにはやっと、感情が映った。
悔し気で、儚げで、今にも泣き出してしまいそうなそれは〝哀〟だった。
贅沢な屋敷に用意された広く豪華な個室に、紙が触れ合う空気が、パタンという音になって、静かに響く。
なかなか寝付けなかった。
慣れない柔らか過ぎるベッドのせいなのか、それとも、長旅で疲れすぎたせいなのか。
どちらにしろ、そろそろ眠らなければならない。
明日も、朝から予定が詰め込まれているのだ。
この世界の情勢を知るための偵察もあるし、エルヴィンやハンジと今後のことについて改めて話し合いもしなければならない。
小さく溜息を吐いたリヴァイは、閉じたばかりの本をソファ横に置いてある小さな棚の上に置いて立ち上がる。
大きな窓からは、月明かりが漏れていた。
寝る前にカーテンを閉めようとして、リヴァイは動きを止めた。
リヴァイに用意された部屋は、ちょうど屋敷の裏庭に面していた。
玄関から入ったときに見た広大な敷地の庭園には、ピンク色の花が、まるで敷き詰められた絨毯のように多く咲き誇っていて、それはそれは圧巻な光景だった。
あのピンク色の花は〝サクラ〟と呼ぶのだと、ハンジに訊ねられたキヨミが、嬉しそうに答えていた。
〝サクラ〟はヒイズル国を象徴する花なのだそうだ。
きっと、キヨミやこの屋敷に住む者たちにとって、庭園は自慢の場所であるのだろう。
でも、そんな庭園とは打って変わって、裏庭は、昼間に見てもとても寂しい場所だった。
手入れはされているようで、芝生や雑草が生え放題ということはなかったけれど、雨でもないのにじめっとした空気が漂っていたのだ。
その中央に、ポツンとたった一本だけ植えられた木が、余計に物悲しさを演出していたせいかもしれない。
それは、ヒイズル国を象徴するという〝サクラ〟だった。
庭園でも咲き誇っていたピンク色の花は、寂しい裏庭でも、ひっそりと、でもしっかりと満開に咲いていた。
それが、夜になり、月明かりを浴びて、妖し気に光っているように見える。
そんな〝サクラ〟のそばには、2人がけほどの朽ちかけた木製ベンチが寄り添うように置かれていた。
リヴァイが、カーテンを閉めようとして思わず手を止めたのは、その木製ベンチに座っている人間を見つけたからだ。
マーレの市場、そして、この屋敷に来たときにも姿をチラリと見た若い女だった。
彼女は、ベンチに寄りかかることはせず、ほんの少しだけ腰かけて、背筋をしゃんと伸ばして座っていた。
そして、月明かりを浴びて光る〝サクラ“の花をただじっと見上げているのだ。
その横顔から、彼女の感情を測ることは出来ない。
3階の窓から見下ろしているという距離のせいもあるかもしれないが、たぶん、彼女が自らの感情を押し殺しているのだ。
大きな瞳にも、唇にも、感情が乗せられているようには見えなかった。
でも、こんな真夜中にこの屋敷の裏庭にいるということは、やはり彼女もヒイズル国の人間なのだろうか。
ハッキリとはしないのは、ミステリアスな顔立ちは、ヒイズル国の将軍家の血筋を引いているミカサにも似ているような気もするけれど、キヨミや他のヒイズル国の人達と似ているかと言われるとそうでもないからだ。
でも、吸い込まれそうなほどに黒い瞳と黒い髪は、ヒイズル国の人達と同じだ。
ふ、と強い夜風が吹いて、〝サクラ〟の花を揺らし、彼女の長い黒髪を靡かせる。
その風の流れを追いかけようとしたように、彼女の視線が不意に上がった。
重なった互いの視線の先に、意味など何もなかった。
ただ、静かな無音だけが聞こえる、そこは、まるで、さっきまで読んでいた小説の1ページのようだった。
今この一瞬をどこかの誰かに切り取られて、どこか遠くから、この情景を見られているような感覚だった。
妖しく光る〝サクラ〟を背景にして、彼女もまた、ただじっとこちらを見ている。
そこに、感情は表現されていない。
リヴァイも似たような表情をしていた。
きっと、誰かが、そこにまだ文字に書き起こしていないのだ。
これからの物語の展開を考えているのか、そもそも、この物語を書き続けるのか決めていないのかもしれない。
そして、その誰かは、少なくとも今夜は続きを書くことを諦めたのだろう。
彼女は視線を離すとまた〝サクラ〟を見上げ、リヴァイはカーテンを閉めた。
それはほとんど同時だった。
カーテンが閉まった暗い窓を彼女が見上げる。
そこにはやっと、感情が映った。
悔し気で、儚げで、今にも泣き出してしまいそうなそれは〝哀〟だった。