序幕
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寝る前になると、母親がベッドの上で読み聞かせてくれる遠い昔のお姫様の物語が、少女は大好きだった。
今夜もベッドに上がった少女は、大好きなパパとママの間に座って、早く続きを聞かせてくれと甘えるようにせがむ。
若い夫婦と幼い少女が暮らすのは、小さな小さな古い家だ。
風が吹く度に、建付けの悪い玄関扉がカタカタと音を立て、窓の向こうからはヒューヒューと魔物のような鳴き声が聞こえてくる。
それはまるで、彼らが背負わされることになる残酷な運命が、もうすぐそこまで来ているという暗示のようだった。
押し殺そうとしていた不安が一気に顔を出す両親とは裏腹に、少女は瞳をキラキラに輝かせて、美しいお姫様と自分を重ねる。
「ねぇ、ママ。私とお姫様には同じシルシがあるのよ。ほら!」
花柄のパジャマのボタンをひとつ外して、少女が嬉しそうに自分の胸元を見せる。
左胸の少し上の辺り、そこには、産まれたときからピンク色の痣があった。
歪なそのカタチは、桜の花に似ていた。
「まぁ、本当ね。とっても素敵。」
「あのね、私はお姫様の生まれ変わりなんだよ!」
「それはすごいな。
そしたら、パパとママは王様と女王様の生まれ変わりだ。」
「そうだね!すごいね!」
毎晩同じ会話の繰り返しなのに、まるで初めて話すように自慢する我が子の愛らしさに、両親は頬を緩めた。
『貴女はお姫様の生まれ変わりなのよ。』
少女にそう教えたのは、母親だった。
それは、まだまだ彼女が言葉を話せるようになるよりもずっと前のことだ。
若い夫婦は、とても愛し合っていた。けれど、自分達が子供を持てば、その子には辛い想いをさせることも分かっていた。
それでも、産むと決意したことも、産んだことも、彼らが後悔したことはない。
ただ、産まれて来た我が子の胸元に桜の印を見つけたとき、涙が溢れる程に嬉しかったのだ。
嬉しくて、嬉しくて、仕方がなかった。
だって、それは、彼女は必ず幸せになれるというシルシだったから———。
「大丈夫よ。どんなに辛いことがあったとしても
あなたは、遠い遠い昔に幸せを約束してもらっているのだから。」
母親は、今夜も物語の途中で眠ってしまった少女の胸元に咲くピンク色の痣を撫でる。
それは、母親にとって、毎晩繰り返しているおまじないだった。
少女が大好きな絵本は、遠い昔の先祖から母親が受け継いできたものだ。
そこには、残酷な運命に翻弄されながらも、力強く立ち向かったお姫様の生涯が描かれている。
この物語が伝えたいのは、先祖が守り続けた悲しくも優しい愛が紡いだ切ない約束だ。
幼過ぎて、最後まで聞くことが出来ない少女は、それがどんな約束なのかを知らない。
でも、きっとその約束が、少女を守ってくれるはずだ。
幸せへと導いてくれるはずなのだ。
だから、彼らは、毎晩欠かさずに少女にこの物語を読み聞かせる。
いつか、残酷な運命に身を引き裂かれそうな想いをしても、自分には約束された幸せが待っているのだと知っていてもらう為に。
「あぁ、そうさ。大丈夫だ。心配することはない。
俺達の娘には、桜のお守りがついてる。」
父親は、母親の肩を優しく抱き寄せる。
娘の未来を憂う彼らの深い愛を知ってか知らずか、少女は安心したようにすやすやと夢の中だ。
一体、どんな夢を見ているのだろうか。
あぁ、どうか、彼女がこれから見る夢のすべてが幸せな色で描かれ続けますように。
遠い遠い昔から代々語り継がれている言い伝えの通りに、彼女が幸せな未来を生きていけますように———。
魔物が住むような暗闇が広がる窓の外には、綺麗な夜桜がこの世のものとは思えないほどに美しく咲き誇っていた。
今夜もベッドに上がった少女は、大好きなパパとママの間に座って、早く続きを聞かせてくれと甘えるようにせがむ。
若い夫婦と幼い少女が暮らすのは、小さな小さな古い家だ。
風が吹く度に、建付けの悪い玄関扉がカタカタと音を立て、窓の向こうからはヒューヒューと魔物のような鳴き声が聞こえてくる。
それはまるで、彼らが背負わされることになる残酷な運命が、もうすぐそこまで来ているという暗示のようだった。
押し殺そうとしていた不安が一気に顔を出す両親とは裏腹に、少女は瞳をキラキラに輝かせて、美しいお姫様と自分を重ねる。
「ねぇ、ママ。私とお姫様には同じシルシがあるのよ。ほら!」
花柄のパジャマのボタンをひとつ外して、少女が嬉しそうに自分の胸元を見せる。
左胸の少し上の辺り、そこには、産まれたときからピンク色の痣があった。
歪なそのカタチは、桜の花に似ていた。
「まぁ、本当ね。とっても素敵。」
「あのね、私はお姫様の生まれ変わりなんだよ!」
「それはすごいな。
そしたら、パパとママは王様と女王様の生まれ変わりだ。」
「そうだね!すごいね!」
毎晩同じ会話の繰り返しなのに、まるで初めて話すように自慢する我が子の愛らしさに、両親は頬を緩めた。
『貴女はお姫様の生まれ変わりなのよ。』
少女にそう教えたのは、母親だった。
それは、まだまだ彼女が言葉を話せるようになるよりもずっと前のことだ。
若い夫婦は、とても愛し合っていた。けれど、自分達が子供を持てば、その子には辛い想いをさせることも分かっていた。
それでも、産むと決意したことも、産んだことも、彼らが後悔したことはない。
ただ、産まれて来た我が子の胸元に桜の印を見つけたとき、涙が溢れる程に嬉しかったのだ。
嬉しくて、嬉しくて、仕方がなかった。
だって、それは、彼女は必ず幸せになれるというシルシだったから———。
「大丈夫よ。どんなに辛いことがあったとしても
あなたは、遠い遠い昔に幸せを約束してもらっているのだから。」
母親は、今夜も物語の途中で眠ってしまった少女の胸元に咲くピンク色の痣を撫でる。
それは、母親にとって、毎晩繰り返しているおまじないだった。
少女が大好きな絵本は、遠い昔の先祖から母親が受け継いできたものだ。
そこには、残酷な運命に翻弄されながらも、力強く立ち向かったお姫様の生涯が描かれている。
この物語が伝えたいのは、先祖が守り続けた悲しくも優しい愛が紡いだ切ない約束だ。
幼過ぎて、最後まで聞くことが出来ない少女は、それがどんな約束なのかを知らない。
でも、きっとその約束が、少女を守ってくれるはずだ。
幸せへと導いてくれるはずなのだ。
だから、彼らは、毎晩欠かさずに少女にこの物語を読み聞かせる。
いつか、残酷な運命に身を引き裂かれそうな想いをしても、自分には約束された幸せが待っているのだと知っていてもらう為に。
「あぁ、そうさ。大丈夫だ。心配することはない。
俺達の娘には、桜のお守りがついてる。」
父親は、母親の肩を優しく抱き寄せる。
娘の未来を憂う彼らの深い愛を知ってか知らずか、少女は安心したようにすやすやと夢の中だ。
一体、どんな夢を見ているのだろうか。
あぁ、どうか、彼女がこれから見る夢のすべてが幸せな色で描かれ続けますように。
遠い遠い昔から代々語り継がれている言い伝えの通りに、彼女が幸せな未来を生きていけますように———。
魔物が住むような暗闇が広がる窓の外には、綺麗な夜桜がこの世のものとは思えないほどに美しく咲き誇っていた。
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