◇第十八話◇理不尽な馬車の中
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早朝から兵舎を発って数時間、調査兵団一行を乗せた馬車は、漸くストヘス区へと続く内門を通過した。
途端に開ける街並みと豪華に着飾った貴族達の姿は、トロスト区での生活の長い調査兵達にとっては、何度見ても別世界のようだ。
最近では、反マーレの義勇兵であるイェレナ達から伝わったマーレの発展した技術を取り入れたことで、自動車が走っていることもあり、まるでマーレにいるような奇妙な既視感まで覚える。
唯一、好奇心旺盛に自動車を食い入るように見ていそうなハンジは、昨夜遅くまで本を読んでいたらしく、リヴァイの肩に頭と涎を垂らして、ぐっすり眠っていた。
その代わりのように、リヴァイの向かいの席に座っているなまえが、ひたすらに車窓から見える景色を眺め続けている。
トロスト区の素朴な街から、何もない平地を抜けるときも、ストヘス区の贅沢な街並みに変わっても、彼女の視線はずっと車窓の向こうに続いている。
だが、だからといって、好奇心旺盛なハンジがよくしているように瞳をキラキラさせているわけではない。
ただじっと凝視しているだけだ。
なまえが、何を考えているのかは分からない。
信じられないほどに整った美しすぎる横顔は、感情を読みづらいのだ。
(クソが。)
起きろという怒りを込めて舌打ちを漏らしてみたが、気持ちよさそうに眠っているハンジの寝息に変化はない。
憲兵団本部に着くまで、人類最強の兵士の肩を枕にして眠るつもりのようだ。
「すみません。明日も早いので寝るようにとは言ったのですが…。」
斜め前に座っているモブリットが、リヴァイと目が合うと、申し訳なさそうに頭を下げる。
すると、車窓の向こうの景色を見ながら、なまえが口を開いた。
「あなたが謝ることではないでしょう。
早朝から出かけることを知っていたのに、平気で朝方まで本を読み耽っていたせいで
朝寝坊をして私達に迷惑をかけた挙句、ヘラヘラと笑って言い訳をして、そこで居眠りしてる家畜の問題よ。」
なまえがピシャリと言い切る。
嫌味な言い方ではある。だが、いつものただの悪口でしかないそれとは違い、ぐうの音も出ないほどの正論だった。
確かに、モブリットはハンジが任されている分隊の副隊長で、右腕のような存在だ。
でも、もちろん、だからといってモブリットが上司の失態を謝るようなことではない。
むしろ普通は逆で、上司が部下の失態の責任をとるものだ。
そして、大切な会議の前日に『巨人の新事実大発見』という嘘くさい本に夢中になって、朝方まで読み耽っていたハンジの自己管理のなさが、出張当日の寝坊と居眠りに繋がっているのは事実なのである。
リヴァイと目が合ったモブリットが少しだけ肩を上げて、困ったような笑みを浮かべる。
彼の手元には、ストヘス区の観光地についてめまいがするほど書かれているメモ帳が握られている。
ハンジの涎で肩が汚れ続けているリヴァイよりも、今日に限っては、ストヘス区でのマーレのお嬢様の面倒を頼まれてしまった彼こそが、最も不憫な男かもしれない。
「マーレが恋しいのかい?」
なまえに声をかけたのは、ハンジとは反対隣に座っているエルヴィンだった。
そこで漸く、なまえが、窓に向けていた視線を前に向ける。
その眉間には、僅かに皴が寄っていた。
「なんですって?」
ひどく不愉快そうに、なまえが表情を歪める。
だが、エルヴィンは気にした様子もなく、柔らかく微笑み返した。
「懐かしいだろう?
君の住んでいた世界の技術は、こっちの世界も豊かにしてくれているんだ。」
「えぇ、本当ね。卑しい生き物が、これでもかってくらいたくさん。
自分の醜さも知らずに我が物顔で闊歩してるわ。」
いつも無表情で、すべてに対して興味がないという顔をしているなまえが、これでもかというほどニコリと微笑んだ。
口角が上がったその表情は、女も男も思わずうっとりと見惚れてしまうくらいに美しい。
だが、目が笑っていないのだ。
彼女のセリフと併せて考えれば、これが嫌味以外の何ものでもないことは、意識せずとも分かる。
それでも、エルヴィンは、気づいていないような顔をして、柔らかく微笑み返す。
「我々が会議中はモブリットとストヘス区の街を見て回るといい。
とても楽しめるはずだ。」
「・・・・。」
なまえは返事をしなかった。
またいつもの、すべてに興味がないのだと訴えるような無表情に戻って、窓の向こうを眺め始める。
「あ、あの…!なまえさん、行きたいところはありますか?
一応、ストヘス区の観光地についてはいろいろと調べて来たんですよ。
たとえば、西の方にある水族館は全国からお客さんが来るほどに人気があるらしくて———。」
「水槽の中に閉じ込められた魚を眺めるのが楽しくて仕方がないなんて悪趣味をお持ちなら
あなただけ勝手に行って来たらどうかしら?私は遠慮するわ。」
「え、いや…あの…。あ!それなら、今人気のブティックが———。」
「もし、私のご機嫌をとりたいと思ってるなら、一生黙ってるのがいいわ。
あなたの提案が、私を喜ばせることなんて一生ないでしょうから。」
「・・・すみません。」
ついに、モブリットが謝った。
ハンジの居眠りを謝るよりもずっと、今の方が理不尽だと思ったのは、リヴァイだけではないはずだ。
チラリとエルヴィンを見てみたが、面白そうにクスッと笑っただけだった。
途端に開ける街並みと豪華に着飾った貴族達の姿は、トロスト区での生活の長い調査兵達にとっては、何度見ても別世界のようだ。
最近では、反マーレの義勇兵であるイェレナ達から伝わったマーレの発展した技術を取り入れたことで、自動車が走っていることもあり、まるでマーレにいるような奇妙な既視感まで覚える。
唯一、好奇心旺盛に自動車を食い入るように見ていそうなハンジは、昨夜遅くまで本を読んでいたらしく、リヴァイの肩に頭と涎を垂らして、ぐっすり眠っていた。
その代わりのように、リヴァイの向かいの席に座っているなまえが、ひたすらに車窓から見える景色を眺め続けている。
トロスト区の素朴な街から、何もない平地を抜けるときも、ストヘス区の贅沢な街並みに変わっても、彼女の視線はずっと車窓の向こうに続いている。
だが、だからといって、好奇心旺盛なハンジがよくしているように瞳をキラキラさせているわけではない。
ただじっと凝視しているだけだ。
なまえが、何を考えているのかは分からない。
信じられないほどに整った美しすぎる横顔は、感情を読みづらいのだ。
(クソが。)
起きろという怒りを込めて舌打ちを漏らしてみたが、気持ちよさそうに眠っているハンジの寝息に変化はない。
憲兵団本部に着くまで、人類最強の兵士の肩を枕にして眠るつもりのようだ。
「すみません。明日も早いので寝るようにとは言ったのですが…。」
斜め前に座っているモブリットが、リヴァイと目が合うと、申し訳なさそうに頭を下げる。
すると、車窓の向こうの景色を見ながら、なまえが口を開いた。
「あなたが謝ることではないでしょう。
早朝から出かけることを知っていたのに、平気で朝方まで本を読み耽っていたせいで
朝寝坊をして私達に迷惑をかけた挙句、ヘラヘラと笑って言い訳をして、そこで居眠りしてる家畜の問題よ。」
なまえがピシャリと言い切る。
嫌味な言い方ではある。だが、いつものただの悪口でしかないそれとは違い、ぐうの音も出ないほどの正論だった。
確かに、モブリットはハンジが任されている分隊の副隊長で、右腕のような存在だ。
でも、もちろん、だからといってモブリットが上司の失態を謝るようなことではない。
むしろ普通は逆で、上司が部下の失態の責任をとるものだ。
そして、大切な会議の前日に『巨人の新事実大発見』という嘘くさい本に夢中になって、朝方まで読み耽っていたハンジの自己管理のなさが、出張当日の寝坊と居眠りに繋がっているのは事実なのである。
リヴァイと目が合ったモブリットが少しだけ肩を上げて、困ったような笑みを浮かべる。
彼の手元には、ストヘス区の観光地についてめまいがするほど書かれているメモ帳が握られている。
ハンジの涎で肩が汚れ続けているリヴァイよりも、今日に限っては、ストヘス区でのマーレのお嬢様の面倒を頼まれてしまった彼こそが、最も不憫な男かもしれない。
「マーレが恋しいのかい?」
なまえに声をかけたのは、ハンジとは反対隣に座っているエルヴィンだった。
そこで漸く、なまえが、窓に向けていた視線を前に向ける。
その眉間には、僅かに皴が寄っていた。
「なんですって?」
ひどく不愉快そうに、なまえが表情を歪める。
だが、エルヴィンは気にした様子もなく、柔らかく微笑み返した。
「懐かしいだろう?
君の住んでいた世界の技術は、こっちの世界も豊かにしてくれているんだ。」
「えぇ、本当ね。卑しい生き物が、これでもかってくらいたくさん。
自分の醜さも知らずに我が物顔で闊歩してるわ。」
いつも無表情で、すべてに対して興味がないという顔をしているなまえが、これでもかというほどニコリと微笑んだ。
口角が上がったその表情は、女も男も思わずうっとりと見惚れてしまうくらいに美しい。
だが、目が笑っていないのだ。
彼女のセリフと併せて考えれば、これが嫌味以外の何ものでもないことは、意識せずとも分かる。
それでも、エルヴィンは、気づいていないような顔をして、柔らかく微笑み返す。
「我々が会議中はモブリットとストヘス区の街を見て回るといい。
とても楽しめるはずだ。」
「・・・・。」
なまえは返事をしなかった。
またいつもの、すべてに興味がないのだと訴えるような無表情に戻って、窓の向こうを眺め始める。
「あ、あの…!なまえさん、行きたいところはありますか?
一応、ストヘス区の観光地についてはいろいろと調べて来たんですよ。
たとえば、西の方にある水族館は全国からお客さんが来るほどに人気があるらしくて———。」
「水槽の中に閉じ込められた魚を眺めるのが楽しくて仕方がないなんて悪趣味をお持ちなら
あなただけ勝手に行って来たらどうかしら?私は遠慮するわ。」
「え、いや…あの…。あ!それなら、今人気のブティックが———。」
「もし、私のご機嫌をとりたいと思ってるなら、一生黙ってるのがいいわ。
あなたの提案が、私を喜ばせることなんて一生ないでしょうから。」
「・・・すみません。」
ついに、モブリットが謝った。
ハンジの居眠りを謝るよりもずっと、今の方が理不尽だと思ったのは、リヴァイだけではないはずだ。
チラリとエルヴィンを見てみたが、面白そうにクスッと笑っただけだった。