◇第十六話◇美と歪に心を奪われてはいけないという教訓
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翌日、リヴァイは、なまえと調査兵団の兵舎を回っていた。
兵舎の案内をするようにエルヴィンから指示が出たからだ。
敵情視察に出向いたリヴァイ達が、マーレからアズマビト家のご息女を連れて帰ったことは、今朝のうちに各隊の隊長から全調査兵へと報告されている。その際に、お嬢様の取り扱いには細心の注意を払うようにという指示も出ている。
だが、初めてその姿を見た調査兵達は一様に、地面に根でも生えたかのように足が止まり、呆けた顔で、彼女の美しさに見惚れ、自らの任務ごと、今朝隊長から聞いたばかりの注意事項も脳裏から遥か彼方へ消えるのだ。
そして、そんな彼らに気づいたなまえは、これでもかという程に、綺麗な眉を顰める。
『その汚い目に私を映そうだなんて、よく思えたわね。最低な気分よ。』
『同じ空気を吸ってると思うだけで吐きそう。』
『生きていてごめんなさい、と私に詫びなさい。』
ただ見惚れただけの調査兵達にとっては散々な言われようだが、おそらくなまえは、これらの科白を本気で吐いている。
そして、この世のものとは思えないほどの彼女の美しさに、一瞬で心を奪われた調査兵達は、この世のものではあって欲しくないほどに歪んだ性格を知り、一瞬で心を取り返すというのを、朝からずっと繰り返しているのだ。
訓練場を見学させたときなんて、思い切り眉を顰めて、必死に訓練をしている調査兵達を『愚か者。』と切り捨てた。
喧嘩っ早い者が多い調査兵が、怒り狂い、なまえに言い返そうとしたり、手をあげようとする度に、大人の対応で落ち着かせる役目をしていたことで、あっという間に疲弊したリヴァイの心はもう〝無〟に近い状態である。
あまりにも全員が同じ行動をするせいで、同じ時間を何度も繰り返しているのかと疑ってしまったくらいだ。
その度に、懐中時計を確認するのだが、10分進んでいれば良い方で、全然時間が経っていないのだ。
そしてまた、残念ながら進んでいない時計にリヴァイがこっそりため息を吐いた隣で、なまえが余計な面倒を起こしていた。
「あなた、今何て言ったの?」
なまえに怒りをあらわにして、詰め寄っているのはペトラだ。
気は強いが愛らしいと評判の大きな瞳を顰めて、なまえを睨みつけている。
「あなたこそ、誰にものを言っているのかしら。」
なまえの片眉がピクリと上がる。
身長差はそれほどない2人だが、お嬢様の態度が大きすぎるからなのか、なまえがペトラを見下ろしているように見える。
可愛らしい容姿をしているペトラは、調査兵団内でも男性人気が高い。
美人のなまえと可愛らしいペトラの一触即発の様子に、通りがかった調査兵達も思わず立ち止まり、息を呑む。
「彼が、何をしたっていうんですか。
あなたの前を横切って、少しぶつかってしまっただけでしょう?わざとじゃないんです。
それなのにどうして、彼が調査兵団をクビにならないといけないんですか?」
「少し?アレは私の前を横切って進行の邪魔をした挙句、
汚い文字ばかりで何の役にも立たない紙切れを私にばら撒いたのよ。ありえないわ。」
「ありえないのは、あなたの思考回路です。」
「いいえ、あなた達よ。リヴァイ、この目の前でキーキー喚いてるのもクビよ。
今すぐに荷物をまとめて、兵舎から出て行くように指示を出しなさい。」
「だから、どうしてそうなるんですか!!
それに、調査兵の進退を決めるのはあなたじゃないし、私達はあなたの召使いでもないんです!
リヴァイ兵長を顎で使うのはやめなさいよ!!」
ペトラの声が大きくなる。
普段は争いを好まず、どちらかというと喧嘩の仲裁をしていることの多いペトラが、波風を立ててはいけないと団長から指示が出ているにも関わらずなまえに食ってかかっているのは、仲間に対してのお嬢様の態度が度を越していたせいだ。
書類を抱えていて前が良く見えていなかった新兵が、ふらつきながらなまえの目の前を横切ってしまい、あろうことかぶつかった拍子に、抱えていた書類をなまえの頭の上からぶちまけたのだ。
戦闘では長所となる190㎝越えの高身長が、今回に限っては悪く働いてしまった。
今、華奢で小柄なペトラが、堂々となまえに意見を申し立てているすぐ隣で、問題の新兵は、何年もかけた訓練で鍛え上げられた筋肉質で大柄な身体が嘘のように、小さく縮こまり、顔面を真っ青にしてガタガタと震えている。
「落ち着け、ペトラ。」
「兵長…!仲間がひどい仕打ちを受けているのに、落ち着いてなんかいられません!
他の皆にもひどいことを言っていると聞いてますよ!
この人が要人の娘だからって、どうして私達が我慢しないといけないんですか!?」
「我慢しろなんて言ってねぇ。」
「でも———。」
「おい、新兵。」
リヴァイが声をかけると、真っ青な顔でガタガタと震えていた新兵は、肩をビクッとさせて「はい!」と返事をする。上ずった声は、今にも泣いてしまいそうだ。
「その書類を持ってくるように指示されてるんだろ。
こんなとこで震えてねぇで、散らばってる書類を集めて、今すぐ自分の任務に戻れ。」
「で、ですが…。」
不安そうにしながら、新兵がチラチラと見たのは、なまえだった。
クビという指示が自分に出ることに怯えているのだろう。
だが、もちろん、リヴァイに、彼をクビにするつもりもなければ、そんな権限もない。
なまえのご機嫌取りをすることを決めたらしいエルヴィンも、さすがに、お嬢様の鶴の一声で、大事な仲間を切り捨てることはしないだろう。
「お前の上司は誰だ。お嬢様か?それとも、俺か?」
「リ…っ、リヴァイ兵長です!」
「なら、自分がどうするべきかはわかるだろ。」
「は、はい…、あ、あり…、ありが———。」
「いいから、急げ。」
「はい!!」
調査兵を辞めなくてもいいのだと理解した新兵は、ホッとした顔をすると、廊下に散らばる書類を急いでかき集め、逃げるように走っていく。
その様子を見守るペトラの目元からも、怒りは消えて、普段の柔らかい表情が戻っていた。
ハラハラした様子で遠巻きに見ていた調査兵達も、彼の後姿が見えなくなると、安心したように息を吐いた。
だが、この状況が気に入らないのが、なまえだ。
「リヴァイ、これはどういうつもり。
まさか、私に暴言を吐いたそこの頭の悪い女もクビにしないとは言わないわよね。」
「しねぇ。」
ハッキリと答えたリヴァイを、なまえがキッと睨みつける。
すると、リヴァイが、面倒そうに息を吐いた。
「俺に調査兵の進退を決める権限はねぇ。もちろん、調査兵団に属してねぇお前にもそんなものはねぇ。」
「私なのに?」
ありえない———なまえは本気でそう思っているようだった。
まるで、『私』という階級があるかのような言い方に、思わず面食らったリヴァイだったが、すぐに気を取り直す。
「どうしても、気に入らねぇ調査兵を一人残らず辞めさせる権限が欲しいなら
エルヴィンにでも言え。」
「エルヴィン…。」
復唱するように小さく呟いたなまえは、眉を顰め、視線を上に向ける。
記憶を探るような仕草から見るに、彼女は、エルヴィンを覚えていないらしい。
至れり尽くせりしてもらっておいて、それこそ、ありえない。
「団長です。」
ペトラが教えてからもしばらく、なまえは記憶を探るような仕草を見せて、漸く思い出したのか、ハッと口を開いた。
「あぁ!あの眉毛の!」
思わず吹き出したのは、リヴァイだけじゃない。
さっきまで怒っていたペトラは、両手で口を押えて必死に堪え、遠巻きで様子を見ていたばかりに聞いてしまった調査兵達は、持っている書籍や壁で顔を隠して、肩を震わせる。
思い出せてスッキリしたなまえだけが、満足気だった。
兵舎の案内をするようにエルヴィンから指示が出たからだ。
敵情視察に出向いたリヴァイ達が、マーレからアズマビト家のご息女を連れて帰ったことは、今朝のうちに各隊の隊長から全調査兵へと報告されている。その際に、お嬢様の取り扱いには細心の注意を払うようにという指示も出ている。
だが、初めてその姿を見た調査兵達は一様に、地面に根でも生えたかのように足が止まり、呆けた顔で、彼女の美しさに見惚れ、自らの任務ごと、今朝隊長から聞いたばかりの注意事項も脳裏から遥か彼方へ消えるのだ。
そして、そんな彼らに気づいたなまえは、これでもかという程に、綺麗な眉を顰める。
『その汚い目に私を映そうだなんて、よく思えたわね。最低な気分よ。』
『同じ空気を吸ってると思うだけで吐きそう。』
『生きていてごめんなさい、と私に詫びなさい。』
ただ見惚れただけの調査兵達にとっては散々な言われようだが、おそらくなまえは、これらの科白を本気で吐いている。
そして、この世のものとは思えないほどの彼女の美しさに、一瞬で心を奪われた調査兵達は、この世のものではあって欲しくないほどに歪んだ性格を知り、一瞬で心を取り返すというのを、朝からずっと繰り返しているのだ。
訓練場を見学させたときなんて、思い切り眉を顰めて、必死に訓練をしている調査兵達を『愚か者。』と切り捨てた。
喧嘩っ早い者が多い調査兵が、怒り狂い、なまえに言い返そうとしたり、手をあげようとする度に、大人の対応で落ち着かせる役目をしていたことで、あっという間に疲弊したリヴァイの心はもう〝無〟に近い状態である。
あまりにも全員が同じ行動をするせいで、同じ時間を何度も繰り返しているのかと疑ってしまったくらいだ。
その度に、懐中時計を確認するのだが、10分進んでいれば良い方で、全然時間が経っていないのだ。
そしてまた、残念ながら進んでいない時計にリヴァイがこっそりため息を吐いた隣で、なまえが余計な面倒を起こしていた。
「あなた、今何て言ったの?」
なまえに怒りをあらわにして、詰め寄っているのはペトラだ。
気は強いが愛らしいと評判の大きな瞳を顰めて、なまえを睨みつけている。
「あなたこそ、誰にものを言っているのかしら。」
なまえの片眉がピクリと上がる。
身長差はそれほどない2人だが、お嬢様の態度が大きすぎるからなのか、なまえがペトラを見下ろしているように見える。
可愛らしい容姿をしているペトラは、調査兵団内でも男性人気が高い。
美人のなまえと可愛らしいペトラの一触即発の様子に、通りがかった調査兵達も思わず立ち止まり、息を呑む。
「彼が、何をしたっていうんですか。
あなたの前を横切って、少しぶつかってしまっただけでしょう?わざとじゃないんです。
それなのにどうして、彼が調査兵団をクビにならないといけないんですか?」
「少し?アレは私の前を横切って進行の邪魔をした挙句、
汚い文字ばかりで何の役にも立たない紙切れを私にばら撒いたのよ。ありえないわ。」
「ありえないのは、あなたの思考回路です。」
「いいえ、あなた達よ。リヴァイ、この目の前でキーキー喚いてるのもクビよ。
今すぐに荷物をまとめて、兵舎から出て行くように指示を出しなさい。」
「だから、どうしてそうなるんですか!!
それに、調査兵の進退を決めるのはあなたじゃないし、私達はあなたの召使いでもないんです!
リヴァイ兵長を顎で使うのはやめなさいよ!!」
ペトラの声が大きくなる。
普段は争いを好まず、どちらかというと喧嘩の仲裁をしていることの多いペトラが、波風を立ててはいけないと団長から指示が出ているにも関わらずなまえに食ってかかっているのは、仲間に対してのお嬢様の態度が度を越していたせいだ。
書類を抱えていて前が良く見えていなかった新兵が、ふらつきながらなまえの目の前を横切ってしまい、あろうことかぶつかった拍子に、抱えていた書類をなまえの頭の上からぶちまけたのだ。
戦闘では長所となる190㎝越えの高身長が、今回に限っては悪く働いてしまった。
今、華奢で小柄なペトラが、堂々となまえに意見を申し立てているすぐ隣で、問題の新兵は、何年もかけた訓練で鍛え上げられた筋肉質で大柄な身体が嘘のように、小さく縮こまり、顔面を真っ青にしてガタガタと震えている。
「落ち着け、ペトラ。」
「兵長…!仲間がひどい仕打ちを受けているのに、落ち着いてなんかいられません!
他の皆にもひどいことを言っていると聞いてますよ!
この人が要人の娘だからって、どうして私達が我慢しないといけないんですか!?」
「我慢しろなんて言ってねぇ。」
「でも———。」
「おい、新兵。」
リヴァイが声をかけると、真っ青な顔でガタガタと震えていた新兵は、肩をビクッとさせて「はい!」と返事をする。上ずった声は、今にも泣いてしまいそうだ。
「その書類を持ってくるように指示されてるんだろ。
こんなとこで震えてねぇで、散らばってる書類を集めて、今すぐ自分の任務に戻れ。」
「で、ですが…。」
不安そうにしながら、新兵がチラチラと見たのは、なまえだった。
クビという指示が自分に出ることに怯えているのだろう。
だが、もちろん、リヴァイに、彼をクビにするつもりもなければ、そんな権限もない。
なまえのご機嫌取りをすることを決めたらしいエルヴィンも、さすがに、お嬢様の鶴の一声で、大事な仲間を切り捨てることはしないだろう。
「お前の上司は誰だ。お嬢様か?それとも、俺か?」
「リ…っ、リヴァイ兵長です!」
「なら、自分がどうするべきかはわかるだろ。」
「は、はい…、あ、あり…、ありが———。」
「いいから、急げ。」
「はい!!」
調査兵を辞めなくてもいいのだと理解した新兵は、ホッとした顔をすると、廊下に散らばる書類を急いでかき集め、逃げるように走っていく。
その様子を見守るペトラの目元からも、怒りは消えて、普段の柔らかい表情が戻っていた。
ハラハラした様子で遠巻きに見ていた調査兵達も、彼の後姿が見えなくなると、安心したように息を吐いた。
だが、この状況が気に入らないのが、なまえだ。
「リヴァイ、これはどういうつもり。
まさか、私に暴言を吐いたそこの頭の悪い女もクビにしないとは言わないわよね。」
「しねぇ。」
ハッキリと答えたリヴァイを、なまえがキッと睨みつける。
すると、リヴァイが、面倒そうに息を吐いた。
「俺に調査兵の進退を決める権限はねぇ。もちろん、調査兵団に属してねぇお前にもそんなものはねぇ。」
「私なのに?」
ありえない———なまえは本気でそう思っているようだった。
まるで、『私』という階級があるかのような言い方に、思わず面食らったリヴァイだったが、すぐに気を取り直す。
「どうしても、気に入らねぇ調査兵を一人残らず辞めさせる権限が欲しいなら
エルヴィンにでも言え。」
「エルヴィン…。」
復唱するように小さく呟いたなまえは、眉を顰め、視線を上に向ける。
記憶を探るような仕草から見るに、彼女は、エルヴィンを覚えていないらしい。
至れり尽くせりしてもらっておいて、それこそ、ありえない。
「団長です。」
ペトラが教えてからもしばらく、なまえは記憶を探るような仕草を見せて、漸く思い出したのか、ハッと口を開いた。
「あぁ!あの眉毛の!」
思わず吹き出したのは、リヴァイだけじゃない。
さっきまで怒っていたペトラは、両手で口を押えて必死に堪え、遠巻きで様子を見ていたばかりに聞いてしまった調査兵達は、持っている書籍や壁で顔を隠して、肩を震わせる。
思い出せてスッキリしたなまえだけが、満足気だった。