◇第十三話◇流せるもの
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「汗をかいたわ。お風呂はどこ。」
サクラの苗木を植えるのも終え、リヴァイの部屋に戻ってすぐ、ソファに腰を降ろしたなまえが言った。
確かに、暑かったのか、シャツの胸元を掴み持ち上げると、ハラハラと揺らして風を送っている。
だが、真昼間の太陽の日差しの下、石のように固くなった土を掘り、臭い臭いと文句を垂れるお嬢様の声にも堪えながら、肥料の入った土でサクラの苗木を植えたのは、他の誰でもなくリヴァイだ。
正直言って、リヴァイの方が汗をかいたし、シャワーを浴びたい。
だが、それを言ったところで、なまえの心には響かないどころか、エルディア人の分際で人間ぶったことを言うんじゃないと差別を孕んだ目を向けられるのは、分かりきっている。
疲れきっているところに、わざわざ腹の立つことをするのは得策ではないことは、悔しいくらいに明らかだった。
「今から用意する。待ってろ。」
幹部組の部屋は、執務室とプライベートルームで分けられてあり、プライベートルームの奥には、トイレとバスルーム、簡易的なキッチンが完備してある。
今、なまえとリヴァイが一緒にいるのは、プライベートルームの方だ。
憲兵団幹部の部屋に比べれば、質素で狭いかもしれないが、いつも資金難にさらされている調査兵団内では、かなり良い待遇だった。
リヴァイは疲れた身体を引きずって、部屋の奥にあるバスルームへと向かう。
後ろから「早くしなさいよ。」というなまえの声が追いかけてきて、苛立ったような気がしたが、怒っても無駄だと悟っていたリヴァイは、気づかなかったことにした。
バスルームに入ったリヴァイは、まず、浴槽の掃除を始める。
マーレへ出向する前に、部屋の掃除と一緒に、風呂も綺麗にはしておいたのだが、長い間、使っていなかったおかげで、埃や汚れが気になった。
気づいたら、それなりに時間をかけて、念入りに掃除をしてしまっていた。
途中で、なまえが『遅い。』と文句を言いながら来てもよさそうだったが、そうではなかったことも、リヴァイが集中して風呂掃除をしてしまったひとつの原因だろう。
正直に言えば、まだ気になるところもあったが、これ以上待たせたらなまえもさすがに文句を言いだす可能性が高い。それに、早朝に帰還したことで、昼過ぎに起きてしまった為、今日はあまり時間がないにも関わらず、やらなければならないことはまだたくさん残っている。
リヴァイとしても、ゆっくりしている時間はなかった。
普段は、出来るだけ時間を短縮したくて、シャワーで済ませることの方が多いリヴァイだが、なまえが風呂をご所望だったこともあり、風呂の栓をしてから、蛇口をひねり浴槽にお湯を入れる。
だが、どうしても時間短縮はしたいリヴァイは、そのまま服を脱ぎ、先にシャワーを浴びることにした。
シャワーの蛇口をひねり、まだお湯になりきっていないぬるいそれを頭から叩きつける。
疲れた————ふ、と身体から力が抜けていく。
リヴァイ達が見たのは、文明の発達した社会、マーレ人やアズマビト家ら上流階級と呼ばれる人間と、虐げられるエルディア人だった。マーレの常識は、リヴァイ達の知るすべてと違っていて、どこかがとても似通ってもいた。
ただ、分かるのは、そこに暮らしているのは〝人間〟だったということだ。
なにか恐ろしい悪魔や魔物でもなく、もちろん、巨人たちでもない。自分達が見て、聞いて、学んできた常識の中で、大切な人達と生きている〝人間〟だった。
徐々に熱くなっていくお湯を浴びながら、リヴァイは大きく息を吐く。
どちらにしろ、それがなんだとしても、パラディ島に逃げたエルディア人が受けてきた悲劇がなくなるわけではない。敵が何かも知らないまま、共に戦い、散っていった仲間達の命に意味が生まれるわけでもない。
悲劇を終わらせ、失われた仲間の命に意味を持たせる方法は、ひとつしかない———。
頭と身体を洗い終わり、リヴァイはシャワーの蛇口をひねる。
キュッ、キュッと滑りの悪い高い音を立てながら、蛇口が閉まり、熱すぎたお湯が止まる。
いつもよりも少し、長めにシャワーを浴びていたらしく、浴槽のお湯は、いつの間にか半分ほどまでたまっていた。
シャワールームを出たリヴァイは、タオルで身体を拭くと、脱衣所のチェストから下着を取り出す。
下着だけを身につけ、肩に乗せたタオルで髪を拭きながら脱衣所を出てすぐに、ソファに横になって居眠りしているなまえを見つけた。
早くしろと急かしていた割に、遅いと文句を言いにやってこなかったのは、そういう理由だったようだ。
「おい、起きろ。」
リヴァイは、片手で濡れた髪を拭きながら、ソファで眠るなまえの肩を揺すった。
「ん…。」
「もう、風呂に入れる。起きて入ってこい。」
「ん~…。後で、入る…。」
「今日はまだすることが残ってる。
お前の部屋の用意もしなきゃならねぇ。
風呂に入りてぇなら、早く入れ。」
「ん~…。」
どうしても眠りたい様子のなまえだったが、何度もしつこく肩を揺すっていると、ひどく不機嫌そうにしながら、眩しそうに瞼を押し上げた。
そして、何度か瞳を左右に揺らして状況を把握しようとした後に、リヴァイを見つける。
「————っ!」
なまえは、下着姿で肩にタオルをかけているだけの姿に驚いたのか、声にならないような悲鳴を上げて飛び起きた。
勢いよく起き上がったこともだけれど、ソファの端にまで飛びのいて、真っ青にして怯えているなまえの異常さの方に、リヴァイは驚いてしまった。
そういえば———。
ウォール・ローゼまでの帰路の途中でも、似たようなことがあった。
荷馬車の上に立ちあがったなまえが、バランスを崩して倒れたときだ。危ないと思って、咄嗟に受け止めたリヴァイを、なまえは反射的に振り払ったのだ。
あの時、エレンは『助けてもらったのに失礼だ』と怒っていたけれど、リヴァイには、なまえのその反射的なそれは、怒りから来ているというよりも、恐怖に支配されているように見えたのを覚えている。
「風呂の用意が出来た。まだ、湯は出したままにしてある。
俺は先にシャワーを浴びたから、湯の量は好きに調整して構わねぇ。」
「…っ。絶対に、お風呂に近づかないのよ!」
「興味もねぇ。」
リヴァイのそっけない返事を聞いているのかいないのか、なまえはソファから飛び降りて、奥にあるバスルームへと走って向かう。
バタンッと大きな音を立てて、バスルームの扉が開いたのが聞こえて数秒後、なぜかなまえが戻ってきた。
「さっき、聞き忘れてたわ。お風呂はどこ。」
クローゼットから兵団服を取り出していたリヴァイも、動きを止めて彼女の方を向く。
「は?今、行っただろ。」
「私が今見たのは、犬か猫のトイレよ。」
「・・・・は?」
「嫌がらせがしたいんでしょうけど、あんな狭くて汚いところ、私が入るわけないでしょ。
私は、人間用のお風呂に入りたいの。」
「・・・・・・・犬にでもなったと思って早く入ってこい。」
犬でもトイレの中に入らないだとか抗議を続けたなまえだったが、風呂場はそこしかないのだとあしらっていれば、ブツブツと文句を垂れながら、バスルームへと消えていった。
どうしても汗を流したかったのだろう。
疲れる———兵団服に着替えたリヴァイは、ソファに深く身体を沈め、大きなため息を吐く。
別世界で優雅に生きてきたお嬢様と、地下街から這い上がって泥水を啜るように生きてきたリヴァイとでは、常識が全く違う。
いや、そうではなくても、パラディ島で巨人の脅威に晒されながら生きてきたほとんどのエルディア人とマーレでも特に優遇されているヒイズル国の当主の娘とでは、見てきた世界が違い過ぎるのだ。
なまえが風呂に入っている間だけでも、ひとりを満喫しようと、ゆっくりしていると、しばらくして、バスルームから声が聞こえてきた。
「私のバッグを持ってきなさい!着替えがないわ!」
「…チッ。最初から自分で持って行っとけ。」
舌打ちをこぼし、リヴァイはソファから立ち上がる。
なまえが、ほとんど嫌がらせの為に調査兵達に運ばせた家財道具は、調査兵団兵舎の中で一番広い第一会議室に運び込まれてある。
だが、すぐに必要そうな服や生活道具の入っているバッグは、ミカサとサシャが確認をしてから、リヴァイの部屋に持ってきていた。
服も大量に持ってきたらしく、部屋の隅にバッグが山積みになっている。
その中から適当にひとつを取り上げて、リヴァイはバスルームへと向かう。
「持ってき———。」
「そこに置いてて!絶対に開けないでよ!
そんなことしたら、問答無用であなたを射殺させるから!」
「・・・・ここに置いておく。
風呂から上がったらお前の部屋の掃除をする。
掃除をしやすい服に着替えとけよ。」
「早く出ていきなさい!獣!」
言葉の通じない未知の生物と喋っているような気分だった。
でも、とりあえず、なまえの服は持って行ったし、伝えるべきことは伝えた。
リヴァイは、返事もなにもしないまま、部屋へと戻った。
サクラの苗木を植えるのも終え、リヴァイの部屋に戻ってすぐ、ソファに腰を降ろしたなまえが言った。
確かに、暑かったのか、シャツの胸元を掴み持ち上げると、ハラハラと揺らして風を送っている。
だが、真昼間の太陽の日差しの下、石のように固くなった土を掘り、臭い臭いと文句を垂れるお嬢様の声にも堪えながら、肥料の入った土でサクラの苗木を植えたのは、他の誰でもなくリヴァイだ。
正直言って、リヴァイの方が汗をかいたし、シャワーを浴びたい。
だが、それを言ったところで、なまえの心には響かないどころか、エルディア人の分際で人間ぶったことを言うんじゃないと差別を孕んだ目を向けられるのは、分かりきっている。
疲れきっているところに、わざわざ腹の立つことをするのは得策ではないことは、悔しいくらいに明らかだった。
「今から用意する。待ってろ。」
幹部組の部屋は、執務室とプライベートルームで分けられてあり、プライベートルームの奥には、トイレとバスルーム、簡易的なキッチンが完備してある。
今、なまえとリヴァイが一緒にいるのは、プライベートルームの方だ。
憲兵団幹部の部屋に比べれば、質素で狭いかもしれないが、いつも資金難にさらされている調査兵団内では、かなり良い待遇だった。
リヴァイは疲れた身体を引きずって、部屋の奥にあるバスルームへと向かう。
後ろから「早くしなさいよ。」というなまえの声が追いかけてきて、苛立ったような気がしたが、怒っても無駄だと悟っていたリヴァイは、気づかなかったことにした。
バスルームに入ったリヴァイは、まず、浴槽の掃除を始める。
マーレへ出向する前に、部屋の掃除と一緒に、風呂も綺麗にはしておいたのだが、長い間、使っていなかったおかげで、埃や汚れが気になった。
気づいたら、それなりに時間をかけて、念入りに掃除をしてしまっていた。
途中で、なまえが『遅い。』と文句を言いながら来てもよさそうだったが、そうではなかったことも、リヴァイが集中して風呂掃除をしてしまったひとつの原因だろう。
正直に言えば、まだ気になるところもあったが、これ以上待たせたらなまえもさすがに文句を言いだす可能性が高い。それに、早朝に帰還したことで、昼過ぎに起きてしまった為、今日はあまり時間がないにも関わらず、やらなければならないことはまだたくさん残っている。
リヴァイとしても、ゆっくりしている時間はなかった。
普段は、出来るだけ時間を短縮したくて、シャワーで済ませることの方が多いリヴァイだが、なまえが風呂をご所望だったこともあり、風呂の栓をしてから、蛇口をひねり浴槽にお湯を入れる。
だが、どうしても時間短縮はしたいリヴァイは、そのまま服を脱ぎ、先にシャワーを浴びることにした。
シャワーの蛇口をひねり、まだお湯になりきっていないぬるいそれを頭から叩きつける。
疲れた————ふ、と身体から力が抜けていく。
リヴァイ達が見たのは、文明の発達した社会、マーレ人やアズマビト家ら上流階級と呼ばれる人間と、虐げられるエルディア人だった。マーレの常識は、リヴァイ達の知るすべてと違っていて、どこかがとても似通ってもいた。
ただ、分かるのは、そこに暮らしているのは〝人間〟だったということだ。
なにか恐ろしい悪魔や魔物でもなく、もちろん、巨人たちでもない。自分達が見て、聞いて、学んできた常識の中で、大切な人達と生きている〝人間〟だった。
徐々に熱くなっていくお湯を浴びながら、リヴァイは大きく息を吐く。
どちらにしろ、それがなんだとしても、パラディ島に逃げたエルディア人が受けてきた悲劇がなくなるわけではない。敵が何かも知らないまま、共に戦い、散っていった仲間達の命に意味が生まれるわけでもない。
悲劇を終わらせ、失われた仲間の命に意味を持たせる方法は、ひとつしかない———。
頭と身体を洗い終わり、リヴァイはシャワーの蛇口をひねる。
キュッ、キュッと滑りの悪い高い音を立てながら、蛇口が閉まり、熱すぎたお湯が止まる。
いつもよりも少し、長めにシャワーを浴びていたらしく、浴槽のお湯は、いつの間にか半分ほどまでたまっていた。
シャワールームを出たリヴァイは、タオルで身体を拭くと、脱衣所のチェストから下着を取り出す。
下着だけを身につけ、肩に乗せたタオルで髪を拭きながら脱衣所を出てすぐに、ソファに横になって居眠りしているなまえを見つけた。
早くしろと急かしていた割に、遅いと文句を言いにやってこなかったのは、そういう理由だったようだ。
「おい、起きろ。」
リヴァイは、片手で濡れた髪を拭きながら、ソファで眠るなまえの肩を揺すった。
「ん…。」
「もう、風呂に入れる。起きて入ってこい。」
「ん~…。後で、入る…。」
「今日はまだすることが残ってる。
お前の部屋の用意もしなきゃならねぇ。
風呂に入りてぇなら、早く入れ。」
「ん~…。」
どうしても眠りたい様子のなまえだったが、何度もしつこく肩を揺すっていると、ひどく不機嫌そうにしながら、眩しそうに瞼を押し上げた。
そして、何度か瞳を左右に揺らして状況を把握しようとした後に、リヴァイを見つける。
「————っ!」
なまえは、下着姿で肩にタオルをかけているだけの姿に驚いたのか、声にならないような悲鳴を上げて飛び起きた。
勢いよく起き上がったこともだけれど、ソファの端にまで飛びのいて、真っ青にして怯えているなまえの異常さの方に、リヴァイは驚いてしまった。
そういえば———。
ウォール・ローゼまでの帰路の途中でも、似たようなことがあった。
荷馬車の上に立ちあがったなまえが、バランスを崩して倒れたときだ。危ないと思って、咄嗟に受け止めたリヴァイを、なまえは反射的に振り払ったのだ。
あの時、エレンは『助けてもらったのに失礼だ』と怒っていたけれど、リヴァイには、なまえのその反射的なそれは、怒りから来ているというよりも、恐怖に支配されているように見えたのを覚えている。
「風呂の用意が出来た。まだ、湯は出したままにしてある。
俺は先にシャワーを浴びたから、湯の量は好きに調整して構わねぇ。」
「…っ。絶対に、お風呂に近づかないのよ!」
「興味もねぇ。」
リヴァイのそっけない返事を聞いているのかいないのか、なまえはソファから飛び降りて、奥にあるバスルームへと走って向かう。
バタンッと大きな音を立てて、バスルームの扉が開いたのが聞こえて数秒後、なぜかなまえが戻ってきた。
「さっき、聞き忘れてたわ。お風呂はどこ。」
クローゼットから兵団服を取り出していたリヴァイも、動きを止めて彼女の方を向く。
「は?今、行っただろ。」
「私が今見たのは、犬か猫のトイレよ。」
「・・・・は?」
「嫌がらせがしたいんでしょうけど、あんな狭くて汚いところ、私が入るわけないでしょ。
私は、人間用のお風呂に入りたいの。」
「・・・・・・・犬にでもなったと思って早く入ってこい。」
犬でもトイレの中に入らないだとか抗議を続けたなまえだったが、風呂場はそこしかないのだとあしらっていれば、ブツブツと文句を垂れながら、バスルームへと消えていった。
どうしても汗を流したかったのだろう。
疲れる———兵団服に着替えたリヴァイは、ソファに深く身体を沈め、大きなため息を吐く。
別世界で優雅に生きてきたお嬢様と、地下街から這い上がって泥水を啜るように生きてきたリヴァイとでは、常識が全く違う。
いや、そうではなくても、パラディ島で巨人の脅威に晒されながら生きてきたほとんどのエルディア人とマーレでも特に優遇されているヒイズル国の当主の娘とでは、見てきた世界が違い過ぎるのだ。
なまえが風呂に入っている間だけでも、ひとりを満喫しようと、ゆっくりしていると、しばらくして、バスルームから声が聞こえてきた。
「私のバッグを持ってきなさい!着替えがないわ!」
「…チッ。最初から自分で持って行っとけ。」
舌打ちをこぼし、リヴァイはソファから立ち上がる。
なまえが、ほとんど嫌がらせの為に調査兵達に運ばせた家財道具は、調査兵団兵舎の中で一番広い第一会議室に運び込まれてある。
だが、すぐに必要そうな服や生活道具の入っているバッグは、ミカサとサシャが確認をしてから、リヴァイの部屋に持ってきていた。
服も大量に持ってきたらしく、部屋の隅にバッグが山積みになっている。
その中から適当にひとつを取り上げて、リヴァイはバスルームへと向かう。
「持ってき———。」
「そこに置いてて!絶対に開けないでよ!
そんなことしたら、問答無用であなたを射殺させるから!」
「・・・・ここに置いておく。
風呂から上がったらお前の部屋の掃除をする。
掃除をしやすい服に着替えとけよ。」
「早く出ていきなさい!獣!」
言葉の通じない未知の生物と喋っているような気分だった。
でも、とりあえず、なまえの服は持って行ったし、伝えるべきことは伝えた。
リヴァイは、返事もなにもしないまま、部屋へと戻った。