この髪を切り終わる頃には
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鏡に映る見慣れた自分が、少しずつ違う誰かになっていくみたい。
音もなく切り落とされていく長い髪を見つめながら、そんな風に思った。
甲板に椅子と鏡を用意して、海を眺めながらのヘアカット。
なんて贅沢なんだろう。なんて気持ちがいいんだろう。
潮風が、つい数秒前まで自分のものだった長い髪を舞い上げては遠くへ遠くへと運んでいく。
時々、器用にハサミを持つ指が視線に入る。
細くて、長くて、綺麗で、傷一つないけれど、骨ばった男の人らしい指。
彼とは全く違うそれも、いつの間にか見慣れてしまった。
「本当にいいのかい?」
せっかくここまで伸ばしたのに―。
長い髪を拾い上げるサンジの方が泣きそうで、少しだけ笑いそうになった。
「いいの。もうすぐ夏島に着くし、最近は長くなりすぎて暑かったの。」
「そっか。おれは好きだったけどな~。ロングのなまえちゃん。」
「ありがとう。」
微笑み返せば、サンジも微笑み返してくれる。
自慢の眉が下がり、残念そうな、困ったような優しい微笑みだ。
今では腰下まで伸びた長い髪も、逢った頃はまだ肩くらいだったと思う。
少し幼い印象だった髪型を少しでも大人っぽくしたくて伸ばすようになったのは、たったひとりのためだった。
髪を切ってほしい―、サンジにそうお願いしたのは、この髪に込めた私の気持ちに誰よりも最初に気づいてくれた人だったから。
サンジなら、きっと、とても丁寧に、大切に、でも、しっかりと、この髪を切り落としてくれる気がした。
もちろん、手先の器用なサンジが髪を切るのが得意なことは承知の上だ。やっぱり女の子だから、失敗されたらたまったもんじゃない。
だって、私ははこれから恋をするのだから。
新しい恋を、するのだから。
今度こそ幸せになれるように。
大丈夫、今度こそはきっと。
だって、新しい恋の相手は、とても素敵な人だから。
好きな子が他の男に泣かされていたら、慰めてくれるし、叱ってもくれる。
でも、だからと言ってチャンスだとばかりに自分をアピールしてくるような、女の子の気持ちを無視するようなことは絶対にしない。
女好きで、困ったところもあるけど、いざというときは頼りになるし、なにより、私を最優先してくれる。
今度こそ幸せになりたいから、だから恋をするのは愛してくれる人がいい。
「それにしても伸びたなぁ。」
「そうだねぇ。この船に乗って割とすぐに伸ばし始めたから、もう2年以上は経つしね。」
「2年かぁ。」
「うん、2年。」
アンバランスに残った長い髪に、サンジが黙々とハサミを入れる。
その沈黙は、決して心地のいいものではなかったけれど、敢えて空気を変えようは思わなかった。
時々頭皮に触れる手の優しさをもっと感じたくて、私はそっと目を閉じた。
波の音、潮風の匂い。
大好きな仲間達の笑い声や怒鳴り声に交じって、それでもなぜかハッキリと聞こえてくる低い声。彼の声。
―ゾロの声。
汗と鉄の匂いまでする気がしてきて、苦笑い。
『そういうのがしてほしいなら、他のヤツを選べ。』
どちらかと言えば寡黙で、甘い言葉をくれたことなんて一度もなかった。
トレーニングをしてるゾロの隣にいることをダメだとは言わなかったけれど、いいよと言われたこともない。
それでも隣にいられるのならよかったのは最初だけで、恋人なのだから欲くらいは出てくる。
嫉妬だってするし、特別扱いをしてほしくもなる。
(ただ、自分は愛されていると感じたいだけだったんだけどなぁ。)
もっとちゃんと気持ちを伝えてほしい―思わず口をついて出たそんなよくありがちなお願いも、ゾロからはそっけない返事しかもらえなかった。
ナミやロビンは、きっと照れ隠しだと慰めてくれたけど、恋人だから分かった。
大好きな人で、いつもゾロのことだけを見ていたから分かった。分かる。
あれは、ゾロからの最後の優しさ。次の恋へのきっかけで、サヨナラを告げる理由。
他のヤツが誰なのか、その聞き慣れた憎まれ口と視線の先を考えれば、分からない方がおかしいくらいだったのだから―。
恋人になっても、私はいつだって、1人きりで片想いをしてるみたいだった。
「お前、髪切るのか。」
ふいにかけられた声に驚いて目を開ければ、私と向かい合う鏡の斜め後ろに立つゾロがこちらを見ていた。
「うん、もうだいぶ長くなってたし。ショートカットって憧れてたんだよね。」
声が震えていないだろうか、上ずっていないだろうか。
心配になったけれど、実際はいつもの私の声よりも楽しそうで、明るく聞こえたと思う
少なくとも、サンジは気づいても、ゾロには気づいてもらえないくらいには、悲しそうではなかったはずだ。
「へぇ。いいんじゃねぇか。似合いそうだ。」
「え?」
まさかゾロからそんな言葉を聞ける日が来るなんて、それがまさか今日の今だなんて、思ってもいなかったから目を見開いた。
急に照れ臭くなったのか、ゾロは私から目をそらすと、その後ろにいるサンジを睨みつけて口を開く。
「おい、グル眉!失敗すんじゃねぇぞ!
女の髪は、アレだろ…っ、命より大事って言うんだからな!知ってっか!!」
「うるせぇ!てめぇに言われたくねぇんだ!散れ!散れ散れ!!」
サンジに足蹴にされたゾロが文句を言いながらも離れていく。
そういえば、今の時間はいつもトレーニングをしているはずなのだが、ゾロの手にはいつものあの馬鹿しか持てないような棒つきダンベルがない。
そのまま船べりに寄り掛かるように腰を下ろしたゾロは、どうやら今日はトレーニングを休憩して昼寝をするつもりらしい。
「ビックリした…。ゾロがあんなこと言うなんて。」
甲板で鬼ばかりごっこをしてウソップを追いかけまわしているルフィ達が騒がしすぎて眠れないと怒鳴っているゾロを見ながら、私は思わず心の声を漏らす。
「なまえちゃんはどんな髪型でも似合うだろうからね。」
アイツもそこは分かっているってことだよ、とサンジがいつもの優しい微笑みを浮かべる。
チクりと胸が痛むのを誤魔化すように、優しいお世辞に感謝を伝える。
本気で言っているのだと熱弁しながら、急に饒舌になったサンジは、気づいているのかもしれない。
漏れた心の声に隠れた本音に。淡い期待に。
もしかして、もしかしたら、ひょっとすると、ゾロはまだ自分のことを好きなんじゃないか―。
呆れるくらい、笑えるくらい、間抜けで、愚かで、可哀想な期待。それは、ただの妄想。
ルフィ達が釣りを始めたことで少しだけ静けさを手に入れた甲板で、存在感を出し始めたゾロのいびき。
わずかに長い髪を残した鏡に映る自分が私に嘲笑を送る。
サンジの細くて綺麗で、器用な指先が、鋭利なハサミが、最後に残った長い髪を切り落とす。
こんな時に限って潮風は止んで、甲板に落ちた長い髪を掃除してはくれないから、用意した塵取りでサンジが拾って捨ててくれた。
最後の最後に僅かに抱いてしまった淡い期待と一緒に―。
この髪を切り終わる頃には、私はもう貴方のものじゃないもの。
今度の恋の相手はね、私を見つめて、愛してるよって微笑んでくれる
両想いの人だよ
音もなく切り落とされていく長い髪を見つめながら、そんな風に思った。
甲板に椅子と鏡を用意して、海を眺めながらのヘアカット。
なんて贅沢なんだろう。なんて気持ちがいいんだろう。
潮風が、つい数秒前まで自分のものだった長い髪を舞い上げては遠くへ遠くへと運んでいく。
時々、器用にハサミを持つ指が視線に入る。
細くて、長くて、綺麗で、傷一つないけれど、骨ばった男の人らしい指。
彼とは全く違うそれも、いつの間にか見慣れてしまった。
「本当にいいのかい?」
せっかくここまで伸ばしたのに―。
長い髪を拾い上げるサンジの方が泣きそうで、少しだけ笑いそうになった。
「いいの。もうすぐ夏島に着くし、最近は長くなりすぎて暑かったの。」
「そっか。おれは好きだったけどな~。ロングのなまえちゃん。」
「ありがとう。」
微笑み返せば、サンジも微笑み返してくれる。
自慢の眉が下がり、残念そうな、困ったような優しい微笑みだ。
今では腰下まで伸びた長い髪も、逢った頃はまだ肩くらいだったと思う。
少し幼い印象だった髪型を少しでも大人っぽくしたくて伸ばすようになったのは、たったひとりのためだった。
髪を切ってほしい―、サンジにそうお願いしたのは、この髪に込めた私の気持ちに誰よりも最初に気づいてくれた人だったから。
サンジなら、きっと、とても丁寧に、大切に、でも、しっかりと、この髪を切り落としてくれる気がした。
もちろん、手先の器用なサンジが髪を切るのが得意なことは承知の上だ。やっぱり女の子だから、失敗されたらたまったもんじゃない。
だって、私ははこれから恋をするのだから。
新しい恋を、するのだから。
今度こそ幸せになれるように。
大丈夫、今度こそはきっと。
だって、新しい恋の相手は、とても素敵な人だから。
好きな子が他の男に泣かされていたら、慰めてくれるし、叱ってもくれる。
でも、だからと言ってチャンスだとばかりに自分をアピールしてくるような、女の子の気持ちを無視するようなことは絶対にしない。
女好きで、困ったところもあるけど、いざというときは頼りになるし、なにより、私を最優先してくれる。
今度こそ幸せになりたいから、だから恋をするのは愛してくれる人がいい。
「それにしても伸びたなぁ。」
「そうだねぇ。この船に乗って割とすぐに伸ばし始めたから、もう2年以上は経つしね。」
「2年かぁ。」
「うん、2年。」
アンバランスに残った長い髪に、サンジが黙々とハサミを入れる。
その沈黙は、決して心地のいいものではなかったけれど、敢えて空気を変えようは思わなかった。
時々頭皮に触れる手の優しさをもっと感じたくて、私はそっと目を閉じた。
波の音、潮風の匂い。
大好きな仲間達の笑い声や怒鳴り声に交じって、それでもなぜかハッキリと聞こえてくる低い声。彼の声。
―ゾロの声。
汗と鉄の匂いまでする気がしてきて、苦笑い。
『そういうのがしてほしいなら、他のヤツを選べ。』
どちらかと言えば寡黙で、甘い言葉をくれたことなんて一度もなかった。
トレーニングをしてるゾロの隣にいることをダメだとは言わなかったけれど、いいよと言われたこともない。
それでも隣にいられるのならよかったのは最初だけで、恋人なのだから欲くらいは出てくる。
嫉妬だってするし、特別扱いをしてほしくもなる。
(ただ、自分は愛されていると感じたいだけだったんだけどなぁ。)
もっとちゃんと気持ちを伝えてほしい―思わず口をついて出たそんなよくありがちなお願いも、ゾロからはそっけない返事しかもらえなかった。
ナミやロビンは、きっと照れ隠しだと慰めてくれたけど、恋人だから分かった。
大好きな人で、いつもゾロのことだけを見ていたから分かった。分かる。
あれは、ゾロからの最後の優しさ。次の恋へのきっかけで、サヨナラを告げる理由。
他のヤツが誰なのか、その聞き慣れた憎まれ口と視線の先を考えれば、分からない方がおかしいくらいだったのだから―。
恋人になっても、私はいつだって、1人きりで片想いをしてるみたいだった。
「お前、髪切るのか。」
ふいにかけられた声に驚いて目を開ければ、私と向かい合う鏡の斜め後ろに立つゾロがこちらを見ていた。
「うん、もうだいぶ長くなってたし。ショートカットって憧れてたんだよね。」
声が震えていないだろうか、上ずっていないだろうか。
心配になったけれど、実際はいつもの私の声よりも楽しそうで、明るく聞こえたと思う
少なくとも、サンジは気づいても、ゾロには気づいてもらえないくらいには、悲しそうではなかったはずだ。
「へぇ。いいんじゃねぇか。似合いそうだ。」
「え?」
まさかゾロからそんな言葉を聞ける日が来るなんて、それがまさか今日の今だなんて、思ってもいなかったから目を見開いた。
急に照れ臭くなったのか、ゾロは私から目をそらすと、その後ろにいるサンジを睨みつけて口を開く。
「おい、グル眉!失敗すんじゃねぇぞ!
女の髪は、アレだろ…っ、命より大事って言うんだからな!知ってっか!!」
「うるせぇ!てめぇに言われたくねぇんだ!散れ!散れ散れ!!」
サンジに足蹴にされたゾロが文句を言いながらも離れていく。
そういえば、今の時間はいつもトレーニングをしているはずなのだが、ゾロの手にはいつものあの馬鹿しか持てないような棒つきダンベルがない。
そのまま船べりに寄り掛かるように腰を下ろしたゾロは、どうやら今日はトレーニングを休憩して昼寝をするつもりらしい。
「ビックリした…。ゾロがあんなこと言うなんて。」
甲板で鬼ばかりごっこをしてウソップを追いかけまわしているルフィ達が騒がしすぎて眠れないと怒鳴っているゾロを見ながら、私は思わず心の声を漏らす。
「なまえちゃんはどんな髪型でも似合うだろうからね。」
アイツもそこは分かっているってことだよ、とサンジがいつもの優しい微笑みを浮かべる。
チクりと胸が痛むのを誤魔化すように、優しいお世辞に感謝を伝える。
本気で言っているのだと熱弁しながら、急に饒舌になったサンジは、気づいているのかもしれない。
漏れた心の声に隠れた本音に。淡い期待に。
もしかして、もしかしたら、ひょっとすると、ゾロはまだ自分のことを好きなんじゃないか―。
呆れるくらい、笑えるくらい、間抜けで、愚かで、可哀想な期待。それは、ただの妄想。
ルフィ達が釣りを始めたことで少しだけ静けさを手に入れた甲板で、存在感を出し始めたゾロのいびき。
わずかに長い髪を残した鏡に映る自分が私に嘲笑を送る。
サンジの細くて綺麗で、器用な指先が、鋭利なハサミが、最後に残った長い髪を切り落とす。
こんな時に限って潮風は止んで、甲板に落ちた長い髪を掃除してはくれないから、用意した塵取りでサンジが拾って捨ててくれた。
最後の最後に僅かに抱いてしまった淡い期待と一緒に―。
この髪を切り終わる頃には、私はもう貴方のものじゃないもの。
今度の恋の相手はね、私を見つめて、愛してるよって微笑んでくれる
両想いの人だよ
1/1ページ