ep.16 君は僕が…いや、トリケラトプスが好き
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「うわぁ…!おっきい!今にも食べられちゃいそう!」
幾つ目かの恐竜の全身標本の前で、名前が大きな瞳をさらに大きく見開かせていた。
全く同じ感想を、見てきた全身標本と同じ数だけ月島は聞いていた。
「これは草食恐竜なんで、食べないですよ。
名前さんなんて食べても、腹の足しにもならないだろうし。」
恐竜の全身標本は、真っ白い白のロープに囲まれていた。
その白のロープの手前には、展示されている恐竜についての説明書きを載せているプレートがあった。
そこには必ず、この恐竜展を監修した学者の見解が書いてある。月島が一番興味があるのは、全身標本よりも、好きな学者の見解だったりする。
「え!こんなに大きいのに草しか食べないの?!
一体、どれくらいの草を食べたらお腹いっぱいになるんだろう…。
地球から草がなくなっちゃう。」
名前が、絶望的な顔をして呟く。
さっきから、名前の感想はどれも馬鹿らしくて、そして新鮮で、聞いていて面白い。
「ねぇ、5階は飛行恐竜のフロアだって!早く行こう!」
名前が楽しそうに言って、またさっきのように月島の腕を引っ張る。
誰かに強引に何かをさせられるのは、好きじゃない。むしろ、嫌いな方だ。
女子に触れられる経験も少ないから、クラスメイトの女子が馴れ馴れしく触れてきたら、あからさまに不快な顔をしていた自信がある。
きっと、触らないでほしい、と言えば、空気を読んでは他人に合わせてばかりいる名前は、もう二度と触れなくなるだろう。
でも、月島はそうはしなかった。
飄々な表情を崩さない月島だったけれど、実際は、これほど大きな恐竜展は初めてで、興奮していたし、楽しんでいた。
だから、きっと、気持ちが大きくなっているのだろう。
名前に触れられても、名前に振り回されても、嫌じゃなかった。楽しかったーーー。
家族連れの多い休憩ラウンジを通って、エレベーターに乗る。
名前は、5階のボタンを押すと、すぐに案内書を開いた。嬉しそうな横顔は、とても楽しそうに見える。
「無理して、楽しいフリしなくてもいいですよ。」
月島は、ボソッと呟くように言う。
いくら、楽しいからーーーーと言っても、捻くれた性格が変わるわけではない。
どうしても、お洒落で綺麗で海外アーティストが好きな名前のような人が、恐竜展を本気で楽しんでくれるわけがない、と思ってしまうのだ。
勝手に、そう決めつけてしまう。そして、苛立ってしまう。
そんな月島を見上げて、名前は本気で不思議そうに首を傾げる。
「え、本当に楽しいよ?恐竜カッコいいし。」
「興味ないでしょ。」
「んー、確かに、今までは興味持ったことないなぁ。」
名前は素直にそう言って、また案内書に視線を落とす。
気持ちが全て顔に出てしまうところがある素直な名前は、そうやって表情を隠そうとしたんだろう。
初めから、名前が恐竜に興味がないことくらいは知っていた。
名前が、思いつきでポンポンと出す会話の内容はいつも、学校のテストの愚痴、動物のこと、それから、ファッションやヘアスタイルやメイクのことばかりだ。そんなものが好きな人が、恐竜なんて、好きなわけないーーーー。
「でも、月島くんには興味あるよ。」
名前が、顔を上げて言う。
真っ直ぐに自分を見つめる大きな瞳と視線が重なると、息が止まった気がした。
「…は?」
「だから、月島くんの好きなものにも興味があるし
好きな人の好きなものは好きになりたいよ。」
名前がニッと笑った。
それと同時に、エレベーターの扉が開く。
言葉の意味を理解できずに呆然とする月島を残して、名前はエレベーターを降りてしまった。
「降りないの?」
振り返って、名前が不思議そうに言う。
ハッとして月島がエレベーターを降りてすぐに、扉が閉まった。
他の階と同じように、エレベーターの前は休憩ラウンジになっていた。
その奥にある展示フロアでは、飛行恐竜の全身標本が天井に吊るされていた。まるで、本当に飛んでいるかのようなその大きな姿に圧倒される。
けれど、月島は、隣で大きな瞳を大きく見開き、聞き覚えのある感想を述べている名前が気になって仕方なかった。
でも、月島はさっきの言葉の意味を訊ねることはしなかったし、名前がそれについてさらに言及することもない。
全てのフロアを見た後、月島と名前は、それぞれが気に入ったフロアをもう一度観に行くことにした。
『せっかく来たんだから、飽きるまで見ようよ!』
楽しそうに言った名前のそんな提案は、きっと、ほとんど月島の為のものだったに違いない。
そんな彼女の優しさに甘えて、月島は、好きなだけ、好きなものを楽しんだ。その隣で、名前までもが、本当に楽しそうにしているから、不思議で仕方がなかった。
本当に飽きるまで観ていたら、今日だけでは足りないから、月島は、満足するまで楽しんだ。
最上階は、恐竜をモチーフにした料理が提供されるカフェになっていた。
そう言えば、昼食をとっていないことを思い出した月島と名前は、カフェで遅すぎる昼食をとることにした。
「買いすぎじゃないですか。」
注文を終えて、恐竜柄の制服を着たウェイトレスが立ち去ると、月島は、向かい合って座る名前に言った。
名前は、大きな紙袋から、恐竜のキーホルダー、恐竜柄のノートやペン、トートバッグを取り出してニヤニヤしている。
昼食の前に、月島と名前は、カフェに併設しているグッズ店に寄ってきていた。
恐竜に関する本や図鑑以外にもインテリア雑貨や生活雑貨などもある比較的大きなグッズ店だった。
「月島くんも結構、買ってたよ?」
名前が真面目な顔をして、指摘してくる。
彼女の指摘は、間違ってはいない。確かに、月島が2人掛けの座席の隣に置いた紙袋の中には、恐竜図鑑や好きな学者が出したエッセイ本、化石をモチーフにしたインテリア雑貨も入っている。一番奥に隠すように入っている恐竜柄の袋の中には、恐竜のぬいぐるみも入っている。
「名前さんは、恐竜は好きじゃないでしょ。」
「もう、まだそんなこと言ってるの?
私、恐竜好きになったよー。だって、可愛いもん。」
名前が、呆れたように言う。
「…可愛くはないでしょ。」
「可愛いよ、見てよ、これ!めちゃくちゃ可愛いじゃん!
この尖った歯とクルクルの瞳、この爪も可愛いよね。」
名前は、ズイッと恐竜柄のノートを月島の目の前までテーブルを滑らせる。
そして、描かれているイラストの恐竜の可愛さを熱弁し始める。
月島とは全く違うところで、名前は恐竜に魅力を感じたようだ。
好きなだけ『恐竜の可愛さ(イラストに限る)』を語ると、今度は、眉をハの字に曲げて、大きなため息を吐いた。
「あ〜、やっぱり、あのぬいぐるみ買えばよかったなぁ。
アレが一番可愛かったなぁ。」
残念そうに言って、名前がまたため息を吐く。
月島の脳裏に、恐竜のぬいぐるみを握りしめて、難しい顔で悩んでいた名前の姿が思い出される。
名前が可愛かったと話すのは、トリケラトプスを模したぬいぐるみだ。
緑色のぬいぐるみで、トリケラトプスがお尻をつけて座っている。ゆるく開いた口や黒色の丸い目が、確かに『可愛い』ぬいぐるみだった。
ぬいぐるみと同じデザインのトリケラトプスがワンポイントについているトートバッグも欲しかった名前は、しばらく悩んだ結果、日常使いが出来るトートバッグを選んだのだ。
月島は、隣の座席に置いた買い物袋を数秒じっと見た後、大きな紙袋の奥に手を突っ込んだ。
「コレ、どうぞ。」
一番奥に隠すように入れていた袋を取り出すと、月島は、突き出すようにして、名前の目の前に出した。
テーブルの上に置かれたそれを、名前が不思議そうに見下ろしてから、月島の顔を見る。
「付き合ってくれた、お礼です。
…それ以外の意味は何もありませんから。」
月島は、不要な言葉をわざわざ早口で付け足す。
さらに不思議そうにした後、名前は袋に手を触れた。その柔らかい感触で、それが何かに勘付いたのかもしれない。
驚いた顔をした後に、焦った様子で口を開いた。
「開けていい!?」
「…好きにしたらいいんじゃないですか。」
言い終わる前にはもう、名前は袋を開いて、恐竜のぬいぐるみを取り出していた。
華奢な小さな手が握りしめたのは、今まさに名前が『やっぱり買えばよかった』と後悔していたトリケラトプスの可愛いぬいぐるみだ。
「わぁ!わぁ!本当に!?いいの!?くれるの?!
もしかして、私が欲しかったって言うから、月島くんのをーーー。」
「僕はぬいぐるみに興味ないから。
名前さんの…、お礼で買っただけです。」
名前のためにーーー、はなんだか気恥ずかしくて、言い直した。
でも、名前はそんなこと全く気にしないどころか、気づきもしない。
ぬいぐるみに夢中だ。
「うわーっ、嬉しい!本当にありがとう!本当に嬉しい!
いらっしゃい、私のトリーちゃんっ。」
トリケラトプスのぬいぐるみをギュッと抱きしめて、嬉しそうに頬を緩める。
ぬいぐるみにおかしなニックネームまでつけて、頬を擦り寄せるその姿は、とても幼い。まるで、幼稚園児の少女だ。
実は、グッズ店に入ったときから、名前に何かお礼を買おうかと考えていた。
でも、そんなことをしたことはないし、女性に贈り物なんて贈ったこともない。
グッズ店で、名前が喜びそうなものを探しながら、お礼なんてもらったら逆に迷惑なんじゃないか。やっぱり買うのはやめようか、と悩んでもいた。
でも、本当は買いたいのに予算が足りないからと諦めている名前を見たら、もう心は決まっていた。
そんなに喜んで貰えたなら、買ってよかった、と心から思えた。
月島が、プッと吹き出すと、名前がハッとした顔をした。
恥ずかしくなったのか、笑われたことに文句を言うのかーーーーそう想像した月島だったが、どちらも違っていた。
名前は、残念そうな顔をしたのだ。
「こんなに素敵なプレゼントもらっちゃったら、私のお礼が霞んじゃう。」
名前はそう言うと、大きな紙袋の中から、小さな紙袋を取り出した。
そして、それを、右手のひらに乗せた格好で、月島の目の前に差し出す。
「私の好きなものリストを更新させてくれたお礼。
今日はすごく楽しかった。ありがとう。」
名前がニコリと微笑む。
柔らかいその笑みに、邪な気持ちはかけらも読み取れなかった。
自分は何もしていないのにーーーーそう思っているのに、月島の手は躊躇いがちに、名前の手のひらの上に乗っている紙袋に触れていた。
紙袋を受け取り、開いてみると、中に入っていたのは、ティラノサウルスのキーホルダーだった。
小さなぬいぐるみにチェーンと金具がついているタイプのキーホルダーで、確か、名前も同じ種類の恐竜のキーホルダーを買っていた。
一番お気に入りだと語っていたトリケラトプスのキーホルダーを選んでいたのを覚えている。
「本当は、月島くんが選んでた本とかにしようかなと思ったんだけど、
ちょっと…何が良いのかよくわかんなくて。」
名前は、頬を掻いて困ったように言う。
確かに、彼女が、恐竜図鑑や恐竜についての難しい本を理解して選んでいる姿は想像出来ない。
「そのキーホルダーなら、スクールバッグとかにもつけられるでしょ。」
「…つけませんけど。」
「え、つけてよ!スクールバッグにつけたら、絶対可愛いよ!
ほら、私も買ったんだ〜。トリーちゃんのキーホルダー。」
「トリケラトプスです。」
月島の指摘も気にせず、名前は、自分が買ったキーホルダーの金具部分を摘んで持ち上げると、シャラシャラと揺らして、嬉しそうな笑みを浮かべている。
キーホルダーなんて、久しぶりだ。
自分の右手のひらに乗っているティラノサウルスのキーホルダーを見下ろして、月島は小さく笑う。
「今日からは、月島くんだけじゃなくて
私もラッキーの仲間入りだね。」
名前が柔らかく微笑む。
(あ…。)
月島は、拗ねたように、恐竜なんて子供の好きなものだーーーと不貞腐れた子供くさい自分のことを思い出した。
他人と違うことを、ラッキーだと言い切って笑った名前の優しさが、今になってまた、胸の奥へと届いて、心がじんわりと温かくなる。
右手のひらの上に乗っているキーホルダーのティラノサウルスは、本来の姿とは似ても似つかない。
本当はこんなに丸いフォルムじゃないし、肌だってこんなにふわふわじゃない。
でも、なんだかすごく愛おしい。大切にしたいと思う。
なぜかは、わからないけれどーーーー。
幾つ目かの恐竜の全身標本の前で、名前が大きな瞳をさらに大きく見開かせていた。
全く同じ感想を、見てきた全身標本と同じ数だけ月島は聞いていた。
「これは草食恐竜なんで、食べないですよ。
名前さんなんて食べても、腹の足しにもならないだろうし。」
恐竜の全身標本は、真っ白い白のロープに囲まれていた。
その白のロープの手前には、展示されている恐竜についての説明書きを載せているプレートがあった。
そこには必ず、この恐竜展を監修した学者の見解が書いてある。月島が一番興味があるのは、全身標本よりも、好きな学者の見解だったりする。
「え!こんなに大きいのに草しか食べないの?!
一体、どれくらいの草を食べたらお腹いっぱいになるんだろう…。
地球から草がなくなっちゃう。」
名前が、絶望的な顔をして呟く。
さっきから、名前の感想はどれも馬鹿らしくて、そして新鮮で、聞いていて面白い。
「ねぇ、5階は飛行恐竜のフロアだって!早く行こう!」
名前が楽しそうに言って、またさっきのように月島の腕を引っ張る。
誰かに強引に何かをさせられるのは、好きじゃない。むしろ、嫌いな方だ。
女子に触れられる経験も少ないから、クラスメイトの女子が馴れ馴れしく触れてきたら、あからさまに不快な顔をしていた自信がある。
きっと、触らないでほしい、と言えば、空気を読んでは他人に合わせてばかりいる名前は、もう二度と触れなくなるだろう。
でも、月島はそうはしなかった。
飄々な表情を崩さない月島だったけれど、実際は、これほど大きな恐竜展は初めてで、興奮していたし、楽しんでいた。
だから、きっと、気持ちが大きくなっているのだろう。
名前に触れられても、名前に振り回されても、嫌じゃなかった。楽しかったーーー。
家族連れの多い休憩ラウンジを通って、エレベーターに乗る。
名前は、5階のボタンを押すと、すぐに案内書を開いた。嬉しそうな横顔は、とても楽しそうに見える。
「無理して、楽しいフリしなくてもいいですよ。」
月島は、ボソッと呟くように言う。
いくら、楽しいからーーーーと言っても、捻くれた性格が変わるわけではない。
どうしても、お洒落で綺麗で海外アーティストが好きな名前のような人が、恐竜展を本気で楽しんでくれるわけがない、と思ってしまうのだ。
勝手に、そう決めつけてしまう。そして、苛立ってしまう。
そんな月島を見上げて、名前は本気で不思議そうに首を傾げる。
「え、本当に楽しいよ?恐竜カッコいいし。」
「興味ないでしょ。」
「んー、確かに、今までは興味持ったことないなぁ。」
名前は素直にそう言って、また案内書に視線を落とす。
気持ちが全て顔に出てしまうところがある素直な名前は、そうやって表情を隠そうとしたんだろう。
初めから、名前が恐竜に興味がないことくらいは知っていた。
名前が、思いつきでポンポンと出す会話の内容はいつも、学校のテストの愚痴、動物のこと、それから、ファッションやヘアスタイルやメイクのことばかりだ。そんなものが好きな人が、恐竜なんて、好きなわけないーーーー。
「でも、月島くんには興味あるよ。」
名前が、顔を上げて言う。
真っ直ぐに自分を見つめる大きな瞳と視線が重なると、息が止まった気がした。
「…は?」
「だから、月島くんの好きなものにも興味があるし
好きな人の好きなものは好きになりたいよ。」
名前がニッと笑った。
それと同時に、エレベーターの扉が開く。
言葉の意味を理解できずに呆然とする月島を残して、名前はエレベーターを降りてしまった。
「降りないの?」
振り返って、名前が不思議そうに言う。
ハッとして月島がエレベーターを降りてすぐに、扉が閉まった。
他の階と同じように、エレベーターの前は休憩ラウンジになっていた。
その奥にある展示フロアでは、飛行恐竜の全身標本が天井に吊るされていた。まるで、本当に飛んでいるかのようなその大きな姿に圧倒される。
けれど、月島は、隣で大きな瞳を大きく見開き、聞き覚えのある感想を述べている名前が気になって仕方なかった。
でも、月島はさっきの言葉の意味を訊ねることはしなかったし、名前がそれについてさらに言及することもない。
全てのフロアを見た後、月島と名前は、それぞれが気に入ったフロアをもう一度観に行くことにした。
『せっかく来たんだから、飽きるまで見ようよ!』
楽しそうに言った名前のそんな提案は、きっと、ほとんど月島の為のものだったに違いない。
そんな彼女の優しさに甘えて、月島は、好きなだけ、好きなものを楽しんだ。その隣で、名前までもが、本当に楽しそうにしているから、不思議で仕方がなかった。
本当に飽きるまで観ていたら、今日だけでは足りないから、月島は、満足するまで楽しんだ。
最上階は、恐竜をモチーフにした料理が提供されるカフェになっていた。
そう言えば、昼食をとっていないことを思い出した月島と名前は、カフェで遅すぎる昼食をとることにした。
「買いすぎじゃないですか。」
注文を終えて、恐竜柄の制服を着たウェイトレスが立ち去ると、月島は、向かい合って座る名前に言った。
名前は、大きな紙袋から、恐竜のキーホルダー、恐竜柄のノートやペン、トートバッグを取り出してニヤニヤしている。
昼食の前に、月島と名前は、カフェに併設しているグッズ店に寄ってきていた。
恐竜に関する本や図鑑以外にもインテリア雑貨や生活雑貨などもある比較的大きなグッズ店だった。
「月島くんも結構、買ってたよ?」
名前が真面目な顔をして、指摘してくる。
彼女の指摘は、間違ってはいない。確かに、月島が2人掛けの座席の隣に置いた紙袋の中には、恐竜図鑑や好きな学者が出したエッセイ本、化石をモチーフにしたインテリア雑貨も入っている。一番奥に隠すように入っている恐竜柄の袋の中には、恐竜のぬいぐるみも入っている。
「名前さんは、恐竜は好きじゃないでしょ。」
「もう、まだそんなこと言ってるの?
私、恐竜好きになったよー。だって、可愛いもん。」
名前が、呆れたように言う。
「…可愛くはないでしょ。」
「可愛いよ、見てよ、これ!めちゃくちゃ可愛いじゃん!
この尖った歯とクルクルの瞳、この爪も可愛いよね。」
名前は、ズイッと恐竜柄のノートを月島の目の前までテーブルを滑らせる。
そして、描かれているイラストの恐竜の可愛さを熱弁し始める。
月島とは全く違うところで、名前は恐竜に魅力を感じたようだ。
好きなだけ『恐竜の可愛さ(イラストに限る)』を語ると、今度は、眉をハの字に曲げて、大きなため息を吐いた。
「あ〜、やっぱり、あのぬいぐるみ買えばよかったなぁ。
アレが一番可愛かったなぁ。」
残念そうに言って、名前がまたため息を吐く。
月島の脳裏に、恐竜のぬいぐるみを握りしめて、難しい顔で悩んでいた名前の姿が思い出される。
名前が可愛かったと話すのは、トリケラトプスを模したぬいぐるみだ。
緑色のぬいぐるみで、トリケラトプスがお尻をつけて座っている。ゆるく開いた口や黒色の丸い目が、確かに『可愛い』ぬいぐるみだった。
ぬいぐるみと同じデザインのトリケラトプスがワンポイントについているトートバッグも欲しかった名前は、しばらく悩んだ結果、日常使いが出来るトートバッグを選んだのだ。
月島は、隣の座席に置いた買い物袋を数秒じっと見た後、大きな紙袋の奥に手を突っ込んだ。
「コレ、どうぞ。」
一番奥に隠すように入れていた袋を取り出すと、月島は、突き出すようにして、名前の目の前に出した。
テーブルの上に置かれたそれを、名前が不思議そうに見下ろしてから、月島の顔を見る。
「付き合ってくれた、お礼です。
…それ以外の意味は何もありませんから。」
月島は、不要な言葉をわざわざ早口で付け足す。
さらに不思議そうにした後、名前は袋に手を触れた。その柔らかい感触で、それが何かに勘付いたのかもしれない。
驚いた顔をした後に、焦った様子で口を開いた。
「開けていい!?」
「…好きにしたらいいんじゃないですか。」
言い終わる前にはもう、名前は袋を開いて、恐竜のぬいぐるみを取り出していた。
華奢な小さな手が握りしめたのは、今まさに名前が『やっぱり買えばよかった』と後悔していたトリケラトプスの可愛いぬいぐるみだ。
「わぁ!わぁ!本当に!?いいの!?くれるの?!
もしかして、私が欲しかったって言うから、月島くんのをーーー。」
「僕はぬいぐるみに興味ないから。
名前さんの…、お礼で買っただけです。」
名前のためにーーー、はなんだか気恥ずかしくて、言い直した。
でも、名前はそんなこと全く気にしないどころか、気づきもしない。
ぬいぐるみに夢中だ。
「うわーっ、嬉しい!本当にありがとう!本当に嬉しい!
いらっしゃい、私のトリーちゃんっ。」
トリケラトプスのぬいぐるみをギュッと抱きしめて、嬉しそうに頬を緩める。
ぬいぐるみにおかしなニックネームまでつけて、頬を擦り寄せるその姿は、とても幼い。まるで、幼稚園児の少女だ。
実は、グッズ店に入ったときから、名前に何かお礼を買おうかと考えていた。
でも、そんなことをしたことはないし、女性に贈り物なんて贈ったこともない。
グッズ店で、名前が喜びそうなものを探しながら、お礼なんてもらったら逆に迷惑なんじゃないか。やっぱり買うのはやめようか、と悩んでもいた。
でも、本当は買いたいのに予算が足りないからと諦めている名前を見たら、もう心は決まっていた。
そんなに喜んで貰えたなら、買ってよかった、と心から思えた。
月島が、プッと吹き出すと、名前がハッとした顔をした。
恥ずかしくなったのか、笑われたことに文句を言うのかーーーーそう想像した月島だったが、どちらも違っていた。
名前は、残念そうな顔をしたのだ。
「こんなに素敵なプレゼントもらっちゃったら、私のお礼が霞んじゃう。」
名前はそう言うと、大きな紙袋の中から、小さな紙袋を取り出した。
そして、それを、右手のひらに乗せた格好で、月島の目の前に差し出す。
「私の好きなものリストを更新させてくれたお礼。
今日はすごく楽しかった。ありがとう。」
名前がニコリと微笑む。
柔らかいその笑みに、邪な気持ちはかけらも読み取れなかった。
自分は何もしていないのにーーーーそう思っているのに、月島の手は躊躇いがちに、名前の手のひらの上に乗っている紙袋に触れていた。
紙袋を受け取り、開いてみると、中に入っていたのは、ティラノサウルスのキーホルダーだった。
小さなぬいぐるみにチェーンと金具がついているタイプのキーホルダーで、確か、名前も同じ種類の恐竜のキーホルダーを買っていた。
一番お気に入りだと語っていたトリケラトプスのキーホルダーを選んでいたのを覚えている。
「本当は、月島くんが選んでた本とかにしようかなと思ったんだけど、
ちょっと…何が良いのかよくわかんなくて。」
名前は、頬を掻いて困ったように言う。
確かに、彼女が、恐竜図鑑や恐竜についての難しい本を理解して選んでいる姿は想像出来ない。
「そのキーホルダーなら、スクールバッグとかにもつけられるでしょ。」
「…つけませんけど。」
「え、つけてよ!スクールバッグにつけたら、絶対可愛いよ!
ほら、私も買ったんだ〜。トリーちゃんのキーホルダー。」
「トリケラトプスです。」
月島の指摘も気にせず、名前は、自分が買ったキーホルダーの金具部分を摘んで持ち上げると、シャラシャラと揺らして、嬉しそうな笑みを浮かべている。
キーホルダーなんて、久しぶりだ。
自分の右手のひらに乗っているティラノサウルスのキーホルダーを見下ろして、月島は小さく笑う。
「今日からは、月島くんだけじゃなくて
私もラッキーの仲間入りだね。」
名前が柔らかく微笑む。
(あ…。)
月島は、拗ねたように、恐竜なんて子供の好きなものだーーーと不貞腐れた子供くさい自分のことを思い出した。
他人と違うことを、ラッキーだと言い切って笑った名前の優しさが、今になってまた、胸の奥へと届いて、心がじんわりと温かくなる。
右手のひらの上に乗っているキーホルダーのティラノサウルスは、本来の姿とは似ても似つかない。
本当はこんなに丸いフォルムじゃないし、肌だってこんなにふわふわじゃない。
でも、なんだかすごく愛おしい。大切にしたいと思う。
なぜかは、わからないけれどーーーー。