ep.02 練習試合とやっぱり鈍臭い女子生徒
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GWまであと少しとなった。
バレー部に入部した新1年生は曲者揃いだったけれど、さらに飛躍してくれそうなポテンシャルはある。それぞれの個人能力や性格を、上級生達も少しずつ把握し始めた頃だ。
今年からバレー部顧問となった現代文教師の武田一鉄の努力と執拗さのおかげで、2年、3年の部員達はこれまでよりも充実した部活動を行えている。そのうちの大きなものが、宮城県ベスト4である青葉城西高校との練習試合と鵜養繋心コーチだろう。
曲者だけれどその実力とポテンシャルの高さに期待が高まる新1年生の入部に加え、烏野を全国へ導いた名将の孫である繁心がコーチとなったことで、部員達のやる気もこれまでで一番のものになっているように見える。
武田からの突然のお知らせもまた、部員達の心を強く躍らせた中のひとつだ。
『GW最終日、練習試合組めました!!東京の古豪、音駒高校。
通称———ネコ。』
1年生部員は知らないようだったが、2、3年にとっては聞き覚えのある高校だ。
前任の烏野高校バレー部監督と音駒高校の監督が昔からのライバルだったことで、昔はよく互いに遠征をして練習試合を活発に行っていたという。実力も近く、相性も良かったことで双方にとって良い練習相手だったのだ。
しかし、烏野高校は前任の監督が退いたことでバレーの強豪として衰退。その頃、音駒高校も少しずつその名を小さくしていき、段々と疎遠になってしまっていた。
だが、武田の熱意が、ほとんど切れかかっていた縁をなんとか掴み直した。
もちろん、先輩たちから話を聞いた1年生も含めて、バレー部員達は、因縁の対決が出来ると大盛り上がりだ。
だが、武田の口から『音駒高校』と聞いて、3年部員達の心がザワついたのは、それだけが理由ではない。
彼らは、進級してすぐに『音駒高校』という名前を既に何度も耳にしていた。
『ね…ネコ…高校だったかな?』
『ねこま高校。東京の高校からの転入生だってよ。』
進級してすぐ、3年の各教室は、高校3年生というこの時期に烏野高校に転入してきたという女子生徒の話題で持ちきりとなっていた。
音駒高校にいたらしいその女性生徒が、バレー部のことを何か知っているかは分からない。
けれど———。
『今の音駒については俺もあまり知らねぇ。だが、情報はあるだけ武器になる。
とりあえず、何でもいいから聞いてみてくれ。』
烏野高校バレー部主将、澤村大地は、新コーチ鵜養から直々にスパイ調査を頼まれてしまった。
だからこうして、同じ3年部員の菅原孝文、東峰旭を昼休みに呼び出したのだ。マネージャーである清水潔子がいればよかったのだが、こんな時に限って、担任に頼まれごとをされていて急遽来れなくなってしまった。
そして、彼らは、転入生のいる3年1組の教室の前で、困り果てているのである。
烏野高校のクラス分けはとても単純で分かりやすい。1組から3組までが普通クラス、4組と5組が進学クラスだ。3年のバレー部員だと、4組の澤村と菅原が進学クラスにあたる。
そして、3年になると、クラスの色の違いは一気に濃さを増す。進学クラスがさらに勉強に力を入れ始めるように、1組になった生徒達は"さらに青春を謳歌しようと遊びだす"のだ。
つまり、烏野高校3年1組は、毎年とてもチャラい。チャラさに磨きをかけている。
(一体…、どうやって話しかければいいんだ…。)
扉の陰から教室の中を覗き込みながら、澤村は嫌な汗を垂らす。
すぐ隣で同じような姿勢でいる菅原と東峰も似たような顔をしているから、同じことを考えているのだろう。
高校3年間、いや、中学の時代からバレーに打ち込んできたスポーツマンの澤村達にとって、陽キャ集団の3年1組の教室は、未知の世界というわけなのだ。
しかも、転入生の女子生徒がいるのは、教室の一番端、扉から一番遠い窓際だった。
声をかけるには、かなりの勇気を要する。
「なんか…、あそこだけ光ってる?」
「うん、そうみたいだね。」
菅原の言葉に東峰が頷く。何も答えなかったが、澤村も同じ印象を受けていた。
実際、窓際だから太陽の光が射しているというのもあるが、菅原が言っているのは、たぶんそういうことではない。
彼女のいるその場所だけが、キラキラと輝いて見えるのだ。
進級してすぐに、3年の全クラスで転入生のことが話題になったのは、高校最後の年に転校というのが珍しかったからというのもある、だが、それだけではない。
その転入生が、超が付くほどの美人だったのだ。東京から、超絶美少女が烏野に引っ越してきた、と男子生徒が大盛り上がりだったというわけである。
美人だという話は聞いたこともあったし、女子生徒に全く興味がなかったわけでもない澤村達だったが、実際に転入生を見るのは、今日が初めてだった。
そして、あれだけ教室中をザワつかせたのがよく分かる美人に、怖気付いている。
けれど、澤村達だって美人に免疫がないわけではない。
むしろ、美人なら毎日のように見ているし、会っているし、喋っている。
バレー部マネージャーの清水もまた、かなりの美人なのだ。これは、バレー部にとっての自慢のひとつでもある。
恐らく、烏野高校で一番の美人だ。贔屓目で見なくても、最強の美人だと自負している。
けれど、彼女は、その清水に並ぶ美人であることは認めざるを得ない。
どちらかというと凛としていて清楚な印象のある清水とは違い、彼女は所謂イマドキの女子高生らしい。淡い栗色に染めた長い髪を緩くカールさせた彼女は、窓際の席に座って、周囲に集まっているチャラそうな男子生徒達やギャル達と楽しそうに談笑している。
彼女を取り囲むチャラそうな友人達は、澤村達にとってまるで伊達工バレー部の鉄壁の壁だ。あまりにも高いブロックだ。スパイクなんて打ち込んだものならば、跳ね返って来た圧にやられて惨敗になるのが目に見えている。
スポーツなんて興味もなさそうな彼女が、バレー部のことなんて知っているわけがない。きっと、知らないはずだ。無駄骨になる。
諦めようか———。
澤村達は同じことを考えたのか、互いに目を見合わせると、小さく頷き合った。
「転入生は見つかりましたか?」
諦めて帰ろうとしていた澤村達に声をかけてきたのは、バレー部1年の変人コンビ、影山飛雄と日向翔陽だった。身長180㎝の長身である影山の背中から162㎝と小柄の日向がひょっこりと顔を出す。
「あー…それが…、ちょっと…まだっていうか、なんていうか。」
東峰が頭を掻きながら曖昧に答えた。
陽キャ集団を前にして怖気づき、声をかけるのを断念してしまったなんて、情けなくて、後輩に言えるわけがない。
「先輩達も今来たところだったんですね!
俺達、音駒のこと知れるのが楽しみで、一緒に聞きたいと思って来たんです!
このクラスなんですか?」
素直な日向が、素直に受け入れて訊ねる。
一応、そうだと答えると、影山が教室の扉の前にズイッと身体を出した。
「音駒高校からの転入生ってどこですか?」
影山は教室の扉から顔を出すと、近くにいた男子生徒にいきなり声をかけた。
驚いたのは、自席で集中して漫画を読んでいた彼だけではない。陽キャの圧におされていた澤村達もだ。
「ねこ…?あ~、名前か。チッ、また告白かよ、めんどくせぇな。」
明るい色に染めた髪を器用にセットして、耳にピアス、鼻と口にもピアスをしている彼は、不機嫌そうな表情を浮かべると、ブツブツと文句を垂れた。
なんとなく聞こえてきた言葉から察するに、教室の扉前に席がある彼は、美人と噂の転入生に告白をするためにやって来た大勢の男子生徒達の窓口のような役割を押し付けられているのかもしれない。
「おーい、名前~!またお呼ばれだぞ~!
今日は、背の高いイケメン後輩だ~!」
立ち上がった彼は、窓際にいる転入生、名字名前を大声で呼んだ。
クラスメイトなのだから当然なのかもしれないが、澤村達が絶対に出来そうになかったことを彼はいとも容易く、呼吸でもするかのようにやり遂げた。澤村達は、心の中で彼に拍手を送る。
彼の大きな声に反応したのは、名前だけではなかった。教室中の陽キャ達が、噂の転入生に挑む新しいチャレンジャーはどんなやつかと、好奇心旺盛な視線を向けてくる。
「まぁ、頑張れよ。どうせ、フラれると思うけど。」
影山をチラッと見てそう言った彼は、また自分の席に座って漫画を読み始めた。
「?????」
告白について身に覚えのない影山は、不思議そうに首を傾げている。
事情を知っている側からすると、とても滑稽な姿だ。
けれど、これで、名前から音駒高校のバレー部について聞けるかもしれない。
「えっと、君かな?背の高いイケメンくん?」
名前は、すぐにやって来た。
彼女の長い髪が揺れて、耳元で黒いピアスがキラリと光った。
いざ目の前にすると、その美人っぷりに思わず息を呑む。
離れたところから見るより、近くで見るとそのオーラに圧倒された。
東京の高校から転校してきたという先入観もあるのかもしれないが、都会の洗練された雰囲気まで感じるのだ。
可愛い女子生徒なら、烏野高校にもたくさんいるけれど、彼女はその誰とも違う。
1組は濃いメイクをしている女子生徒が多い。けれど、彼女は、メイクはしているのかもしれないけれど、ナチュラルに近いのではないだろうか。それなのに、目を引く大きな瞳は、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な薄茶色で、頬はほんのりサーモンピンクに染まり、薄い唇には潤いと艶がある。
顔が小さいのには気づいていたけれど、近くで見るとその小ささに驚かされる。男の拳くらいしかないんじゃないだろうか。そんなはずはないのだろうけれど、比べてみても、きっとそれほど差は感じないはずだ。
窓際の席に座っている姿を遠目から見ているときには気づかなかったが、手足もすごく長い。9頭身というのはこういうスタイルを言うのだろう。まるで、雑誌からそのまま飛び出してきたモデルのようだ。
短いスカートから惜しげもなく出した長い脚は真っ直ぐに伸びていて細く、スラッとした印象を受けるが、実際はとても小柄だった。日向と同じくらいだろうか。
今は、長身の影山の目の前に立っているせいで、余計に小さく感じる。
なんとなくだけれど、スポーツの経験はないんじゃないかと思った。
彼女は、音駒高校バレー部のことを知っているだろうか。
「いえ、俺の名前は池面ではなく、影山です。1年です。」
「そっか、影山君ね。背高いね、何センチあるの?」
「180です。」
「おー、たかーい。私にもちょっと分けてよ。」
「嫌です。」
あんなにも澤村達に声をかけることを躊躇させた名前だったけれど、フレンドリーで明るい性格のようだ。とても人懐っこい笑顔を浮かべている。
ほんの数秒で、親しみやすい印象に変わった。
澤村達は互いに顔を見合わせると、安心したように息を吐く。
その間に、話題は影山の好きな食べ物へ移った。身長が伸びた原因を探るべく、彼女が影山によく食べているものを聞いたのだ。
影山にこれ以上喋らせていたら、話が脱線したまま昼休みが終わってしまう。
そもそも、スタートから時間をロスしているのだ。万が一、音駒高校のバレー部について話が聞けたときの為にも、早めに本題に入りたい。
「あ、あの…!名字さんに訊きたいことが、あり…!ありまして!」
澤村は、影山の肩を乱暴に掴むと強引に横に押し退けた。狭い教室の扉のおかげで、完全に名前の前には立てなかったけれど、影山の斜め後ろにいる自分の存在を主張することには成功したはずだ。
だが、声が思いっきり上ずってしまった。
なんとか声をかけなければ———と焦りすぎた。
いつの間にか日向も交えて好きな食べ物の話題で盛り上がっていた3人が、驚いた顔をして澤村を見た。
澤村の気持ちが痛いほど分かる菅原と東峰だけが、頑張れ!と拳を握ってエールを送ってくる。
「えっと…?
…私に訊きたいこと?」
名前が澤村の方を向いて訊ねる。
影山の肩越しだというのに、大きな茶色い瞳と視線が合った瞬間にドキッとして心臓が跳ねる。途端に、緊張して身体が固まった。
女子と話すことを苦手だと思ったことはない。だからこそ、入学式のときから美人だと噂されていた清水を女子マネージャーとして勧誘することが出来たのだ。
でも、どう見てもあまり関りのないタイプの名前に、澤村は珍しく戸惑っている。
「俺、3年4組の澤村!名字さんは、東京の音駒高校から転校してきたって本当?」
澤村は、早口になりながらも、まず初めに確認したかった事はなんとか聞けた。
両隣にいる菅原と東峰が、よくやった、と親指を立てる。
「そう、だけど・・・?」
頷きながらも、名前は不思議そうに首を傾げていた。
けれど、これで、彼女が本当に音駒高校に通っていたということが分かった。
もしかしたら、練習試合前に音駒高校のバレー部について情報を得られるかもしれない。
澤村達の気持ちが高揚する。
「俺達、バレー部で、今度、音駒高校と練習試合するんだ!
それで、もし音駒高校のバレー部について知ってることがあれば、
何か教えてもらえれば、と…!思っ、って…。」
澤村の早まる気持ちが、早口になって表れていた。
一気にまくしたてるように続けた言葉は、みるみる変わっていく名前の表情を目の当たりにして失速していく。
あんなに人懐っこいフレンドリーで可愛らしい笑顔を見せていた名前は、バレー部だと聞いた途端に、若干、眉を顰めた。そして、音駒高校のバレー部と聞いた途端、美人が台無しになるほどに顔面を歪めて『不快だ!!不愉快だ!死ね!』と主張してくる。
これでもかという程に眉を顰め、大きかった瞳は左右のかたちを変えて細くなり、口角の上がっていた唇はへの字に歪んでいる。
目の前に吐しゃ物、いや、うん〇を積まれたような表情だ。
どうやら、彼女に『音駒高校バレー部』というワードは禁句だったらしい。
たぶんだけれど、この数分で、澤村達は彼女から心底嫌われた。
あんなに高揚した澤村達の気持ちは一気に萎み、後悔だけが押し寄せる。
やっぱりあのとき、諦めて帰ればよかった—————。
バレー部に入部した新1年生は曲者揃いだったけれど、さらに飛躍してくれそうなポテンシャルはある。それぞれの個人能力や性格を、上級生達も少しずつ把握し始めた頃だ。
今年からバレー部顧問となった現代文教師の武田一鉄の努力と執拗さのおかげで、2年、3年の部員達はこれまでよりも充実した部活動を行えている。そのうちの大きなものが、宮城県ベスト4である青葉城西高校との練習試合と鵜養繋心コーチだろう。
曲者だけれどその実力とポテンシャルの高さに期待が高まる新1年生の入部に加え、烏野を全国へ導いた名将の孫である繁心がコーチとなったことで、部員達のやる気もこれまでで一番のものになっているように見える。
武田からの突然のお知らせもまた、部員達の心を強く躍らせた中のひとつだ。
『GW最終日、練習試合組めました!!東京の古豪、音駒高校。
通称———ネコ。』
1年生部員は知らないようだったが、2、3年にとっては聞き覚えのある高校だ。
前任の烏野高校バレー部監督と音駒高校の監督が昔からのライバルだったことで、昔はよく互いに遠征をして練習試合を活発に行っていたという。実力も近く、相性も良かったことで双方にとって良い練習相手だったのだ。
しかし、烏野高校は前任の監督が退いたことでバレーの強豪として衰退。その頃、音駒高校も少しずつその名を小さくしていき、段々と疎遠になってしまっていた。
だが、武田の熱意が、ほとんど切れかかっていた縁をなんとか掴み直した。
もちろん、先輩たちから話を聞いた1年生も含めて、バレー部員達は、因縁の対決が出来ると大盛り上がりだ。
だが、武田の口から『音駒高校』と聞いて、3年部員達の心がザワついたのは、それだけが理由ではない。
彼らは、進級してすぐに『音駒高校』という名前を既に何度も耳にしていた。
『ね…ネコ…高校だったかな?』
『ねこま高校。東京の高校からの転入生だってよ。』
進級してすぐ、3年の各教室は、高校3年生というこの時期に烏野高校に転入してきたという女子生徒の話題で持ちきりとなっていた。
音駒高校にいたらしいその女性生徒が、バレー部のことを何か知っているかは分からない。
けれど———。
『今の音駒については俺もあまり知らねぇ。だが、情報はあるだけ武器になる。
とりあえず、何でもいいから聞いてみてくれ。』
烏野高校バレー部主将、澤村大地は、新コーチ鵜養から直々にスパイ調査を頼まれてしまった。
だからこうして、同じ3年部員の菅原孝文、東峰旭を昼休みに呼び出したのだ。マネージャーである清水潔子がいればよかったのだが、こんな時に限って、担任に頼まれごとをされていて急遽来れなくなってしまった。
そして、彼らは、転入生のいる3年1組の教室の前で、困り果てているのである。
烏野高校のクラス分けはとても単純で分かりやすい。1組から3組までが普通クラス、4組と5組が進学クラスだ。3年のバレー部員だと、4組の澤村と菅原が進学クラスにあたる。
そして、3年になると、クラスの色の違いは一気に濃さを増す。進学クラスがさらに勉強に力を入れ始めるように、1組になった生徒達は"さらに青春を謳歌しようと遊びだす"のだ。
つまり、烏野高校3年1組は、毎年とてもチャラい。チャラさに磨きをかけている。
(一体…、どうやって話しかければいいんだ…。)
扉の陰から教室の中を覗き込みながら、澤村は嫌な汗を垂らす。
すぐ隣で同じような姿勢でいる菅原と東峰も似たような顔をしているから、同じことを考えているのだろう。
高校3年間、いや、中学の時代からバレーに打ち込んできたスポーツマンの澤村達にとって、陽キャ集団の3年1組の教室は、未知の世界というわけなのだ。
しかも、転入生の女子生徒がいるのは、教室の一番端、扉から一番遠い窓際だった。
声をかけるには、かなりの勇気を要する。
「なんか…、あそこだけ光ってる?」
「うん、そうみたいだね。」
菅原の言葉に東峰が頷く。何も答えなかったが、澤村も同じ印象を受けていた。
実際、窓際だから太陽の光が射しているというのもあるが、菅原が言っているのは、たぶんそういうことではない。
彼女のいるその場所だけが、キラキラと輝いて見えるのだ。
進級してすぐに、3年の全クラスで転入生のことが話題になったのは、高校最後の年に転校というのが珍しかったからというのもある、だが、それだけではない。
その転入生が、超が付くほどの美人だったのだ。東京から、超絶美少女が烏野に引っ越してきた、と男子生徒が大盛り上がりだったというわけである。
美人だという話は聞いたこともあったし、女子生徒に全く興味がなかったわけでもない澤村達だったが、実際に転入生を見るのは、今日が初めてだった。
そして、あれだけ教室中をザワつかせたのがよく分かる美人に、怖気付いている。
けれど、澤村達だって美人に免疫がないわけではない。
むしろ、美人なら毎日のように見ているし、会っているし、喋っている。
バレー部マネージャーの清水もまた、かなりの美人なのだ。これは、バレー部にとっての自慢のひとつでもある。
恐らく、烏野高校で一番の美人だ。贔屓目で見なくても、最強の美人だと自負している。
けれど、彼女は、その清水に並ぶ美人であることは認めざるを得ない。
どちらかというと凛としていて清楚な印象のある清水とは違い、彼女は所謂イマドキの女子高生らしい。淡い栗色に染めた長い髪を緩くカールさせた彼女は、窓際の席に座って、周囲に集まっているチャラそうな男子生徒達やギャル達と楽しそうに談笑している。
彼女を取り囲むチャラそうな友人達は、澤村達にとってまるで伊達工バレー部の鉄壁の壁だ。あまりにも高いブロックだ。スパイクなんて打ち込んだものならば、跳ね返って来た圧にやられて惨敗になるのが目に見えている。
スポーツなんて興味もなさそうな彼女が、バレー部のことなんて知っているわけがない。きっと、知らないはずだ。無駄骨になる。
諦めようか———。
澤村達は同じことを考えたのか、互いに目を見合わせると、小さく頷き合った。
「転入生は見つかりましたか?」
諦めて帰ろうとしていた澤村達に声をかけてきたのは、バレー部1年の変人コンビ、影山飛雄と日向翔陽だった。身長180㎝の長身である影山の背中から162㎝と小柄の日向がひょっこりと顔を出す。
「あー…それが…、ちょっと…まだっていうか、なんていうか。」
東峰が頭を掻きながら曖昧に答えた。
陽キャ集団を前にして怖気づき、声をかけるのを断念してしまったなんて、情けなくて、後輩に言えるわけがない。
「先輩達も今来たところだったんですね!
俺達、音駒のこと知れるのが楽しみで、一緒に聞きたいと思って来たんです!
このクラスなんですか?」
素直な日向が、素直に受け入れて訊ねる。
一応、そうだと答えると、影山が教室の扉の前にズイッと身体を出した。
「音駒高校からの転入生ってどこですか?」
影山は教室の扉から顔を出すと、近くにいた男子生徒にいきなり声をかけた。
驚いたのは、自席で集中して漫画を読んでいた彼だけではない。陽キャの圧におされていた澤村達もだ。
「ねこ…?あ~、名前か。チッ、また告白かよ、めんどくせぇな。」
明るい色に染めた髪を器用にセットして、耳にピアス、鼻と口にもピアスをしている彼は、不機嫌そうな表情を浮かべると、ブツブツと文句を垂れた。
なんとなく聞こえてきた言葉から察するに、教室の扉前に席がある彼は、美人と噂の転入生に告白をするためにやって来た大勢の男子生徒達の窓口のような役割を押し付けられているのかもしれない。
「おーい、名前~!またお呼ばれだぞ~!
今日は、背の高いイケメン後輩だ~!」
立ち上がった彼は、窓際にいる転入生、名字名前を大声で呼んだ。
クラスメイトなのだから当然なのかもしれないが、澤村達が絶対に出来そうになかったことを彼はいとも容易く、呼吸でもするかのようにやり遂げた。澤村達は、心の中で彼に拍手を送る。
彼の大きな声に反応したのは、名前だけではなかった。教室中の陽キャ達が、噂の転入生に挑む新しいチャレンジャーはどんなやつかと、好奇心旺盛な視線を向けてくる。
「まぁ、頑張れよ。どうせ、フラれると思うけど。」
影山をチラッと見てそう言った彼は、また自分の席に座って漫画を読み始めた。
「?????」
告白について身に覚えのない影山は、不思議そうに首を傾げている。
事情を知っている側からすると、とても滑稽な姿だ。
けれど、これで、名前から音駒高校のバレー部について聞けるかもしれない。
「えっと、君かな?背の高いイケメンくん?」
名前は、すぐにやって来た。
彼女の長い髪が揺れて、耳元で黒いピアスがキラリと光った。
いざ目の前にすると、その美人っぷりに思わず息を呑む。
離れたところから見るより、近くで見るとそのオーラに圧倒された。
東京の高校から転校してきたという先入観もあるのかもしれないが、都会の洗練された雰囲気まで感じるのだ。
可愛い女子生徒なら、烏野高校にもたくさんいるけれど、彼女はその誰とも違う。
1組は濃いメイクをしている女子生徒が多い。けれど、彼女は、メイクはしているのかもしれないけれど、ナチュラルに近いのではないだろうか。それなのに、目を引く大きな瞳は、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な薄茶色で、頬はほんのりサーモンピンクに染まり、薄い唇には潤いと艶がある。
顔が小さいのには気づいていたけれど、近くで見るとその小ささに驚かされる。男の拳くらいしかないんじゃないだろうか。そんなはずはないのだろうけれど、比べてみても、きっとそれほど差は感じないはずだ。
窓際の席に座っている姿を遠目から見ているときには気づかなかったが、手足もすごく長い。9頭身というのはこういうスタイルを言うのだろう。まるで、雑誌からそのまま飛び出してきたモデルのようだ。
短いスカートから惜しげもなく出した長い脚は真っ直ぐに伸びていて細く、スラッとした印象を受けるが、実際はとても小柄だった。日向と同じくらいだろうか。
今は、長身の影山の目の前に立っているせいで、余計に小さく感じる。
なんとなくだけれど、スポーツの経験はないんじゃないかと思った。
彼女は、音駒高校バレー部のことを知っているだろうか。
「いえ、俺の名前は池面ではなく、影山です。1年です。」
「そっか、影山君ね。背高いね、何センチあるの?」
「180です。」
「おー、たかーい。私にもちょっと分けてよ。」
「嫌です。」
あんなにも澤村達に声をかけることを躊躇させた名前だったけれど、フレンドリーで明るい性格のようだ。とても人懐っこい笑顔を浮かべている。
ほんの数秒で、親しみやすい印象に変わった。
澤村達は互いに顔を見合わせると、安心したように息を吐く。
その間に、話題は影山の好きな食べ物へ移った。身長が伸びた原因を探るべく、彼女が影山によく食べているものを聞いたのだ。
影山にこれ以上喋らせていたら、話が脱線したまま昼休みが終わってしまう。
そもそも、スタートから時間をロスしているのだ。万が一、音駒高校のバレー部について話が聞けたときの為にも、早めに本題に入りたい。
「あ、あの…!名字さんに訊きたいことが、あり…!ありまして!」
澤村は、影山の肩を乱暴に掴むと強引に横に押し退けた。狭い教室の扉のおかげで、完全に名前の前には立てなかったけれど、影山の斜め後ろにいる自分の存在を主張することには成功したはずだ。
だが、声が思いっきり上ずってしまった。
なんとか声をかけなければ———と焦りすぎた。
いつの間にか日向も交えて好きな食べ物の話題で盛り上がっていた3人が、驚いた顔をして澤村を見た。
澤村の気持ちが痛いほど分かる菅原と東峰だけが、頑張れ!と拳を握ってエールを送ってくる。
「えっと…?
…私に訊きたいこと?」
名前が澤村の方を向いて訊ねる。
影山の肩越しだというのに、大きな茶色い瞳と視線が合った瞬間にドキッとして心臓が跳ねる。途端に、緊張して身体が固まった。
女子と話すことを苦手だと思ったことはない。だからこそ、入学式のときから美人だと噂されていた清水を女子マネージャーとして勧誘することが出来たのだ。
でも、どう見てもあまり関りのないタイプの名前に、澤村は珍しく戸惑っている。
「俺、3年4組の澤村!名字さんは、東京の音駒高校から転校してきたって本当?」
澤村は、早口になりながらも、まず初めに確認したかった事はなんとか聞けた。
両隣にいる菅原と東峰が、よくやった、と親指を立てる。
「そう、だけど・・・?」
頷きながらも、名前は不思議そうに首を傾げていた。
けれど、これで、彼女が本当に音駒高校に通っていたということが分かった。
もしかしたら、練習試合前に音駒高校のバレー部について情報を得られるかもしれない。
澤村達の気持ちが高揚する。
「俺達、バレー部で、今度、音駒高校と練習試合するんだ!
それで、もし音駒高校のバレー部について知ってることがあれば、
何か教えてもらえれば、と…!思っ、って…。」
澤村の早まる気持ちが、早口になって表れていた。
一気にまくしたてるように続けた言葉は、みるみる変わっていく名前の表情を目の当たりにして失速していく。
あんなに人懐っこいフレンドリーで可愛らしい笑顔を見せていた名前は、バレー部だと聞いた途端に、若干、眉を顰めた。そして、音駒高校のバレー部と聞いた途端、美人が台無しになるほどに顔面を歪めて『不快だ!!不愉快だ!死ね!』と主張してくる。
これでもかという程に眉を顰め、大きかった瞳は左右のかたちを変えて細くなり、口角の上がっていた唇はへの字に歪んでいる。
目の前に吐しゃ物、いや、うん〇を積まれたような表情だ。
どうやら、彼女に『音駒高校バレー部』というワードは禁句だったらしい。
たぶんだけれど、この数分で、澤村達は彼女から心底嫌われた。
あんなに高揚した澤村達の気持ちは一気に萎み、後悔だけが押し寄せる。
やっぱりあのとき、諦めて帰ればよかった—————。