【家入硝子の場合】彼女は、可愛い人
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「そう。」
全てが終わった後、七海が連れて帰ってきた私の可愛い後輩は、この手で包めるくらいに小さくなっていた。
名前の亡骸を包んでいるのは、普段は七海が呪具に巻いている布だった。
思わず『よかったな。』と思ってしまった私は、最低だろうか。
私が初めて彼女に出逢ったのは、彼らが高専に入学してきて1か月が経った頃だった。
毎年、2年生が1年に体術を教え込んでいる。
とは言っても、名前達が1年の時代が、一番キツかったと思う。
何と言ってもあの悪童共、五条と夏油がいた。だから、特に七海と灰原は大変だったはずだ。運動場には、彼らの悲鳴がよく響いていた。
でも、女の呪術師がどんな扱いを受けるのかを嫌という程に思い知らされていた私の特訓も、それなりにキツかったと思う。
それでも———。
『硝子さん!』
名前は、どんなにツライ特訓にも食らいついてきた。そして、いつも笑顔を絶やさなかった。
彼女が泣いたのを見たのは、別件で五条に同伴して任務に出ている間に灰原が死んだことを知らされたときくらいだ。
それくらいに、いつだって、彼女は笑っていた。
そんな彼女を、私は人懐っこい仔犬みたいな娘だと思っていた。
コロコロと変わる表情が大好きで、思わず抱きしめることも多かったけれど、今、そんなことをしてしまったら、今度こそ彼女は壊れてしまいそうだ。
「よろしくお願いします。」
いつも通りの律儀な深いお辞儀をして、七海は医務室を出て行く。
処置室へと名前を運ぼうとしていた私は、少し強めに扉が閉まった音に驚いて思わず肩を跳ねて振り返る。
(いつも通り…、なわけないか。)
壁に寄りかかって、私は天井を仰ぐ。
強く閉じられた扉は、七海の動揺か。それとも、彼女に身勝手な縛りを科した私を責めているのか。
(いや、アイツは、)
自分を責めているのだろう。
七海は、一番守りたい仲間を、また1人失った。
彼を覆う呪いは、増幅していくばかりなように思える。
〝今の名前〟には大きすぎる手術台に、ナナミンが連れて帰って来た彼女をそっと乗せる。
職業柄、惨い遺体なら幾らでも見て来た。
けれど、見慣れた布に触れる私の手は、その怯えを隠しきれずに震えていた。
開いてしまったら、名前の最期の姿を見てしまったら、彼女はもうこの世にはいないのだと認めなくてはいけなくなる。
それが、嫌なのだ。怖いのだ。
私が、彼女を殺してしまったと思い知るのが———。
『硝子さん!』
今でもすぐそこから聞こえてくるみたいに、私を呼ぶ名前の声が蘇ってくる。
伊地知が襲われたと七海から連絡が来てすぐに、名前は誰の制止も聞かずに飛び出した。
あのとき、何が何でも引き留めればよかったのか———。
でもそうすれば、七海が死んでいた。
そして、名前は、助けられなかった自分を責めて、生きた屍になっていただろう。
嫌、もしかしたら、自らの命を———。
そこまで考えて、ありえないと力なく首を横に振る。
生きたいと願いながらも、仲間達が無残に散っていく姿を名前は嫌という程に見て来た。
そんな彼女が、自分の命を粗末にするはずがない。
だからやっぱり彼女は、七海を失った世界で、生きる意味も失いながらも、自分を罰するかのように無理して生きるのだろう。
でも、そうはならなかった。
名前は、誇りを持って、愛のもとにその命を捧げた———惚れた男のために我儘に捨てたわけじゃない。
ゆっくりと瞳を閉じれば、人懐っこい名前の笑みが瞼の裏に映し出される。
だから、サヨナラは言わない————。
瞼をそっと開いた後、七海が大切に包んだ布を、私もまた時間をかけて慎重に解く。
そうして現れたのは、白く細い華奢な指を残したままの名前の左手首だった。
惚れた男を命を懸けて守ろうとして、いつだって惚れた男に命懸けで守られていた名前らしい傷ひとつない綺麗な左手首だ。
(手だけが残るなんてね。)
七海と手を繋いで歩きたがっていた生前の名前の健気な姿が蘇って、フッと笑ってしまった。
そして唐突に、最期に七海の手を握りしめている名前の姿が脳裏に浮かんだのだ。
それは、そうであってほしいという私の願いが見せた幻だったのだろうか。
「綺麗にしてやるからな。」
そう声をかけて触れた名前の左手はとても冷たくて、目頭が熱くなる。
けれど、泣いている場合ではない。
私は医師で、呪術師で、彼女は私の可愛い後輩だ。
残念ながら、どんなに腕のいい呪術師でも、術式によって消滅してしまった身体を蘇らせることは出来ない。
それこそ、そんなことが出来たのは名前くらいだろう。
だから、私はせめて少しでも長く名前が七海に触れていられるように、反転術式を使い、左手首がその姿を長く保てるように処置を行った。
全てが終わった後、七海が連れて帰ってきた私の可愛い後輩は、この手で包めるくらいに小さくなっていた。
名前の亡骸を包んでいるのは、普段は七海が呪具に巻いている布だった。
思わず『よかったな。』と思ってしまった私は、最低だろうか。
私が初めて彼女に出逢ったのは、彼らが高専に入学してきて1か月が経った頃だった。
毎年、2年生が1年に体術を教え込んでいる。
とは言っても、名前達が1年の時代が、一番キツかったと思う。
何と言ってもあの悪童共、五条と夏油がいた。だから、特に七海と灰原は大変だったはずだ。運動場には、彼らの悲鳴がよく響いていた。
でも、女の呪術師がどんな扱いを受けるのかを嫌という程に思い知らされていた私の特訓も、それなりにキツかったと思う。
それでも———。
『硝子さん!』
名前は、どんなにツライ特訓にも食らいついてきた。そして、いつも笑顔を絶やさなかった。
彼女が泣いたのを見たのは、別件で五条に同伴して任務に出ている間に灰原が死んだことを知らされたときくらいだ。
それくらいに、いつだって、彼女は笑っていた。
そんな彼女を、私は人懐っこい仔犬みたいな娘だと思っていた。
コロコロと変わる表情が大好きで、思わず抱きしめることも多かったけれど、今、そんなことをしてしまったら、今度こそ彼女は壊れてしまいそうだ。
「よろしくお願いします。」
いつも通りの律儀な深いお辞儀をして、七海は医務室を出て行く。
処置室へと名前を運ぼうとしていた私は、少し強めに扉が閉まった音に驚いて思わず肩を跳ねて振り返る。
(いつも通り…、なわけないか。)
壁に寄りかかって、私は天井を仰ぐ。
強く閉じられた扉は、七海の動揺か。それとも、彼女に身勝手な縛りを科した私を責めているのか。
(いや、アイツは、)
自分を責めているのだろう。
七海は、一番守りたい仲間を、また1人失った。
彼を覆う呪いは、増幅していくばかりなように思える。
〝今の名前〟には大きすぎる手術台に、ナナミンが連れて帰って来た彼女をそっと乗せる。
職業柄、惨い遺体なら幾らでも見て来た。
けれど、見慣れた布に触れる私の手は、その怯えを隠しきれずに震えていた。
開いてしまったら、名前の最期の姿を見てしまったら、彼女はもうこの世にはいないのだと認めなくてはいけなくなる。
それが、嫌なのだ。怖いのだ。
私が、彼女を殺してしまったと思い知るのが———。
『硝子さん!』
今でもすぐそこから聞こえてくるみたいに、私を呼ぶ名前の声が蘇ってくる。
伊地知が襲われたと七海から連絡が来てすぐに、名前は誰の制止も聞かずに飛び出した。
あのとき、何が何でも引き留めればよかったのか———。
でもそうすれば、七海が死んでいた。
そして、名前は、助けられなかった自分を責めて、生きた屍になっていただろう。
嫌、もしかしたら、自らの命を———。
そこまで考えて、ありえないと力なく首を横に振る。
生きたいと願いながらも、仲間達が無残に散っていく姿を名前は嫌という程に見て来た。
そんな彼女が、自分の命を粗末にするはずがない。
だからやっぱり彼女は、七海を失った世界で、生きる意味も失いながらも、自分を罰するかのように無理して生きるのだろう。
でも、そうはならなかった。
名前は、誇りを持って、愛のもとにその命を捧げた———惚れた男のために我儘に捨てたわけじゃない。
ゆっくりと瞳を閉じれば、人懐っこい名前の笑みが瞼の裏に映し出される。
だから、サヨナラは言わない————。
瞼をそっと開いた後、七海が大切に包んだ布を、私もまた時間をかけて慎重に解く。
そうして現れたのは、白く細い華奢な指を残したままの名前の左手首だった。
惚れた男を命を懸けて守ろうとして、いつだって惚れた男に命懸けで守られていた名前らしい傷ひとつない綺麗な左手首だ。
(手だけが残るなんてね。)
七海と手を繋いで歩きたがっていた生前の名前の健気な姿が蘇って、フッと笑ってしまった。
そして唐突に、最期に七海の手を握りしめている名前の姿が脳裏に浮かんだのだ。
それは、そうであってほしいという私の願いが見せた幻だったのだろうか。
「綺麗にしてやるからな。」
そう声をかけて触れた名前の左手はとても冷たくて、目頭が熱くなる。
けれど、泣いている場合ではない。
私は医師で、呪術師で、彼女は私の可愛い後輩だ。
残念ながら、どんなに腕のいい呪術師でも、術式によって消滅してしまった身体を蘇らせることは出来ない。
それこそ、そんなことが出来たのは名前くらいだろう。
だから、私はせめて少しでも長く名前が七海に触れていられるように、反転術式を使い、左手首がその姿を長く保てるように処置を行った。
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