Q4.質問をすればいいんですか
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調査兵団の兵舎の3階奥に、私の部屋は用意されていた。
1階と2階に部屋を持つ調査兵達の居住フロアからは、少し離れている。
食堂へは少し遠くなるけれど、男性陣の多い兵士の中で、私が不安にならないようにというエルヴィン団長の気遣いなのだと思う。
3階には、私の部屋以外には、書庫や会議室、作戦立案室等があるので、昼間はそれなりに賑やかだけれど、夜になると途端に静かになる。
窓を開けると、柔らかい月あかりと、子守歌のような優しい風の音と共に緑の匂いが流れ込んでくる。
私は、その瞬間が、大好きだ。
窓際には、住み込みでの職場と決まったときに奮発して買った小さめの長脚テーブルと2脚の椅子が置いてある。
毎晩、私はそこに座って、柔らかい風に髪を揺らしながら、読書にふけったり、献立表を作ったりする。
それが、ここ数か月の私の有意義な夜の過ごし方だ。
一匹狼なわけでもないけれど、常に誰かと騒ぐのが得意ではない私にとって、ひとりでゆっくりと過ごすこの時間はとても貴重で、大切なのだ。
それなのに、今夜は———。
「なんだ、婚姻届に早く判を押してぇようなもの欲しそうな顔して
俺をじっと見やがって。」
その三白眼は節穴だろうか。
昨晩から私の思考の斜め上を行きつづけている兵長さんが、今日も夜遅くに『腹が減ったかもしれない』と曖昧なことを言ってやってきたのは、今から30分ほど前だった。
それからすぐに食堂へ行って遅すぎる夕飯を作ったら、私の部屋で食べることになってしまったのが10分前。
嫌だと言ったら何をされるか分からなくて、結局、今に至る。
彼は、私と向かい合うように、私のお気に入りの椅子に座って、私のお気に入りのテーブルに食事を乗せて、私の作った夕飯を食べている。
「どうして、私の部屋で食事をするんですか?
食堂の方がテーブルは広いですし、お部屋でゆっくり食べたいのなら
兵長さんのお部屋でもいいですよ。」
「俺の部屋に連れ込まれたかったってことか。
それならそうと早く言え。すぐに食い終わるから待ってろ。」
顔の両端についているのは耳だと思っていたのだけれど、聞き取ったセリフを都合の良いように書き換える変換機らしい。
「いえ、ゆっくりでお願いします。
そして、私の部屋が安全で——自分の部屋の方が落ち着きます。」
「そうか。まぁ————。」
兵長さんは、そう言うと、壁際に置いてあるベッドへ視線を向けた。
そして、数秒ほど考えるようなそぶりを見せた後、また私の方を向いて口を開く。
「俺の部屋のベッドよりは狭ぇが、ヤレねぇほどじゃねぇ。
身体の相性は大切だからな、よくわかってるじゃねぇか。
まさかお前から求めてくるとは、思わなかったがな。」
「・・・どこからつっこめばいいのかもわからなくて困惑してるんですけど、
どうしたらいいですか。」
「どうもしなくていい。
つっこまれるのは俺じゃねぇ、お前の方だ。」
ダメだ。会話が成り立たない。
生まれてこれまで、なんだかんだと恋愛事情も含めて真面目に生きてきた私にとって、こんなに卑猥な会話は初めてだ。
でも、なぜか卑猥に感じられず冷静でいられるのは、兵長さんが、いつものように不機嫌に隈を刻んだ顔で、飄々と答えているからなのだと思う。
彼自身が、自分が卑猥なことを口にしているという自覚がないのだ。
でも、これ以上、何を言えばいいのかも、どうやってその勘違いを正すことが出来るかも分からず、私は口を閉ざすしかなくなってしまう。
気まずい沈黙が流れると、兵長さんが小さく息を吐いてから、口を開いた。
「本気にするんじゃねぇ。冗談だ。」
「冗談、ですか?」
「恋人になった初日に襲う気はねぇ。
だから余計な心配して、泣きそうな顔で固まるんじゃねぇ。」
兵長さんの眉尻が、よく見ると少しだけ下がったような気がした。
あまり表情に出ていないけれど、自分の発言で私が戸惑っていることに気が付いて、困っているのだと思う。
勘違いばかりで会話が成り立たないと思っていたけれど、空気が読めない人なわけではないらしい。
「———はい、わかりました。」
「分かればいい。
それで、俺のことを知るために恋人になったんだろ。
何か質問でもしたらどうだ。」
「質問、ですか?」
また、兵長さんは新しい提案をする。
そして、彼は、今夜、私の部屋で食事をすることにしたのは、恋人になった当初の目的である〝自分を知ってもらうための質問をさせるため〟だったのだと続けた。
私が彼のことを知りたくて恋人になった——というような言い方だったけれど、正直、そんなつもりは全くない。
そもそも、恋人になったつもりもない。
兵長さんの機嫌を損ねないように、話を合わせているだけだ。
その間も常に、どうすればこの状況を打破できるか——そればかり考えているくらいだ。
「なんでもいいから、知りてぇことを聞け。」
兵長さんは、押し付けるように言って、自分は優雅にスープを飲み始めた。
そんなに突然、知りたいことを聞けと言われても、困る。
なぜなら、理由は簡単だ。
私は兵長さんに〝興味がない〟のだ。
知りたいことなど、何もない。
ゼロから何かを生み出すのは、とても大変だ。
だから私は、とても困った。
だって、正直に「別にあなたのことで知りたいこともないので結構です。」と言ってしまったら、私は明日、惨殺死体になってハンジさんかモブリットさんに発見されることになるのだろう。
それは、なにがなんでも避けなければならない。
「えー・・・っと、・・・・お名前は?」
「リヴァイ・アッカーマン。」
「お誕生日は?」
「12月25日。」
「身長は———。」
「・・・・。」
「っじゃなくて、えっと…、好きな食べ物は?」
「紅茶。」
「将来の夢は?」
「巨人を駆逐すること。
———って、お前、本当に俺に質問する気あるのか。」
意外だ。空気を読むことを全くしない人だから、分からないと思ったのだけれど、気づいたらしい。
ないです、と言いたい。
あぁ、言いたい。
「いえ…!何を聞けばいいか…っ、沢山ありすぎて
困ってしまって…っ。えーっと、じゃあ、次は———。」
私は、思いつく限りの質問を彼に続けるしかなくなる。
そうすれば彼は、まるで、一問一答のように、短いながらもハッキリと答え続けた。
訓練や壁外調査に関してもそうだけれど、彼はとても真面目だった。
まるで初めて会った子供にするような質問だったとしても、彼は真摯に答えてくれた。
そして———。
「それから?」
いつの間にか食べ終わっていたらしい兵長さんは、窓枠に肘をついて、こちらを見ていた。
柔らかく細められた目尻は、彼を微笑ませているように見えた。
私が、自分の命を守るために必死に質問を考えている間、美味しく食事をしていたと思ったら、今度はこんなに余裕な顔で楽しんでいるなんて———。
「もうないです。」
「あ?」
「ごめんなさい、まだあります。」
機嫌のいい兵長さんに、なんとか絞り出した質問を続けながら、私は、この時間が出来る限り早く終わることを願っていた。
1階と2階に部屋を持つ調査兵達の居住フロアからは、少し離れている。
食堂へは少し遠くなるけれど、男性陣の多い兵士の中で、私が不安にならないようにというエルヴィン団長の気遣いなのだと思う。
3階には、私の部屋以外には、書庫や会議室、作戦立案室等があるので、昼間はそれなりに賑やかだけれど、夜になると途端に静かになる。
窓を開けると、柔らかい月あかりと、子守歌のような優しい風の音と共に緑の匂いが流れ込んでくる。
私は、その瞬間が、大好きだ。
窓際には、住み込みでの職場と決まったときに奮発して買った小さめの長脚テーブルと2脚の椅子が置いてある。
毎晩、私はそこに座って、柔らかい風に髪を揺らしながら、読書にふけったり、献立表を作ったりする。
それが、ここ数か月の私の有意義な夜の過ごし方だ。
一匹狼なわけでもないけれど、常に誰かと騒ぐのが得意ではない私にとって、ひとりでゆっくりと過ごすこの時間はとても貴重で、大切なのだ。
それなのに、今夜は———。
「なんだ、婚姻届に早く判を押してぇようなもの欲しそうな顔して
俺をじっと見やがって。」
その三白眼は節穴だろうか。
昨晩から私の思考の斜め上を行きつづけている兵長さんが、今日も夜遅くに『腹が減ったかもしれない』と曖昧なことを言ってやってきたのは、今から30分ほど前だった。
それからすぐに食堂へ行って遅すぎる夕飯を作ったら、私の部屋で食べることになってしまったのが10分前。
嫌だと言ったら何をされるか分からなくて、結局、今に至る。
彼は、私と向かい合うように、私のお気に入りの椅子に座って、私のお気に入りのテーブルに食事を乗せて、私の作った夕飯を食べている。
「どうして、私の部屋で食事をするんですか?
食堂の方がテーブルは広いですし、お部屋でゆっくり食べたいのなら
兵長さんのお部屋でもいいですよ。」
「俺の部屋に連れ込まれたかったってことか。
それならそうと早く言え。すぐに食い終わるから待ってろ。」
顔の両端についているのは耳だと思っていたのだけれど、聞き取ったセリフを都合の良いように書き換える変換機らしい。
「いえ、ゆっくりでお願いします。
そして、私の部屋が安全で——自分の部屋の方が落ち着きます。」
「そうか。まぁ————。」
兵長さんは、そう言うと、壁際に置いてあるベッドへ視線を向けた。
そして、数秒ほど考えるようなそぶりを見せた後、また私の方を向いて口を開く。
「俺の部屋のベッドよりは狭ぇが、ヤレねぇほどじゃねぇ。
身体の相性は大切だからな、よくわかってるじゃねぇか。
まさかお前から求めてくるとは、思わなかったがな。」
「・・・どこからつっこめばいいのかもわからなくて困惑してるんですけど、
どうしたらいいですか。」
「どうもしなくていい。
つっこまれるのは俺じゃねぇ、お前の方だ。」
ダメだ。会話が成り立たない。
生まれてこれまで、なんだかんだと恋愛事情も含めて真面目に生きてきた私にとって、こんなに卑猥な会話は初めてだ。
でも、なぜか卑猥に感じられず冷静でいられるのは、兵長さんが、いつものように不機嫌に隈を刻んだ顔で、飄々と答えているからなのだと思う。
彼自身が、自分が卑猥なことを口にしているという自覚がないのだ。
でも、これ以上、何を言えばいいのかも、どうやってその勘違いを正すことが出来るかも分からず、私は口を閉ざすしかなくなってしまう。
気まずい沈黙が流れると、兵長さんが小さく息を吐いてから、口を開いた。
「本気にするんじゃねぇ。冗談だ。」
「冗談、ですか?」
「恋人になった初日に襲う気はねぇ。
だから余計な心配して、泣きそうな顔で固まるんじゃねぇ。」
兵長さんの眉尻が、よく見ると少しだけ下がったような気がした。
あまり表情に出ていないけれど、自分の発言で私が戸惑っていることに気が付いて、困っているのだと思う。
勘違いばかりで会話が成り立たないと思っていたけれど、空気が読めない人なわけではないらしい。
「———はい、わかりました。」
「分かればいい。
それで、俺のことを知るために恋人になったんだろ。
何か質問でもしたらどうだ。」
「質問、ですか?」
また、兵長さんは新しい提案をする。
そして、彼は、今夜、私の部屋で食事をすることにしたのは、恋人になった当初の目的である〝自分を知ってもらうための質問をさせるため〟だったのだと続けた。
私が彼のことを知りたくて恋人になった——というような言い方だったけれど、正直、そんなつもりは全くない。
そもそも、恋人になったつもりもない。
兵長さんの機嫌を損ねないように、話を合わせているだけだ。
その間も常に、どうすればこの状況を打破できるか——そればかり考えているくらいだ。
「なんでもいいから、知りてぇことを聞け。」
兵長さんは、押し付けるように言って、自分は優雅にスープを飲み始めた。
そんなに突然、知りたいことを聞けと言われても、困る。
なぜなら、理由は簡単だ。
私は兵長さんに〝興味がない〟のだ。
知りたいことなど、何もない。
ゼロから何かを生み出すのは、とても大変だ。
だから私は、とても困った。
だって、正直に「別にあなたのことで知りたいこともないので結構です。」と言ってしまったら、私は明日、惨殺死体になってハンジさんかモブリットさんに発見されることになるのだろう。
それは、なにがなんでも避けなければならない。
「えー・・・っと、・・・・お名前は?」
「リヴァイ・アッカーマン。」
「お誕生日は?」
「12月25日。」
「身長は———。」
「・・・・。」
「っじゃなくて、えっと…、好きな食べ物は?」
「紅茶。」
「将来の夢は?」
「巨人を駆逐すること。
———って、お前、本当に俺に質問する気あるのか。」
意外だ。空気を読むことを全くしない人だから、分からないと思ったのだけれど、気づいたらしい。
ないです、と言いたい。
あぁ、言いたい。
「いえ…!何を聞けばいいか…っ、沢山ありすぎて
困ってしまって…っ。えーっと、じゃあ、次は———。」
私は、思いつく限りの質問を彼に続けるしかなくなる。
そうすれば彼は、まるで、一問一答のように、短いながらもハッキリと答え続けた。
訓練や壁外調査に関してもそうだけれど、彼はとても真面目だった。
まるで初めて会った子供にするような質問だったとしても、彼は真摯に答えてくれた。
そして———。
「それから?」
いつの間にか食べ終わっていたらしい兵長さんは、窓枠に肘をついて、こちらを見ていた。
柔らかく細められた目尻は、彼を微笑ませているように見えた。
私が、自分の命を守るために必死に質問を考えている間、美味しく食事をしていたと思ったら、今度はこんなに余裕な顔で楽しんでいるなんて———。
「もうないです。」
「あ?」
「ごめんなさい、まだあります。」
機嫌のいい兵長さんに、なんとか絞り出した質問を続けながら、私は、この時間が出来る限り早く終わることを願っていた。