Q20.お熱ですか?
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部屋を飛び出した私は、一目散にリヴァイ兵長の部屋へと向かう。
長い廊下を走り、階段を駆け上がり、幹部の執務室のあるフロアまでやって来ると少しだけ緊張した。
あまり来ることのない場所だ。
リヴァイ兵長が『俺達は恋人だ』とおかしなことを言い出してからも、私がこの幹部フロアに来ることはなかった。
大抵、リヴァイ兵長が私の部屋に勝手に来ていたし、自分の部屋に来てくれと言われたこともない。
一応、リヴァイ兵長の執務室の場所は知っている。でも、行ったことはない。
仕事で用があるのは、大抵エルヴィン団長かハンジさんだ。
なんとなく幹部フロアの廊下は走りづらくて、緊張も相まって、私はゆっくりとした足取りでリヴァイ兵長の部屋に向かう。
幹部の調査兵と何度かすれ違ったが、彼らは特に、私のことを気にしていないようだった。
きっと、仕事だと思っているのだろう。
変な目で見られたらどうしよう、と考えていたから、幾らか緊張も解けて安堵した。
リヴァイ兵長の執務室までたどり着いた私は、扉の前で深呼吸をする。
まずは、何を言えばいいのだろう。
伝えなければならないことが、たくさんありすぎた。
嘘をついたことの謝罪、暴言を吐いたことの謝罪、突き飛ばしたことの謝罪、それから、指輪を見つけてくれたことへの感謝。
それらの全てを伝えた後、リヴァイ兵長はどんな顔をするのだろう。
今、思い返せば思い返すほど、謝らなければならないことがたくさんありすぎて、不安になってくる。
少し前までは、リヴァイ兵長と距離をとりたくて仕方がなかったのに、今は、リヴァイ兵長に嫌われるのが怖いのだ。
直接、リヴァイ兵長から拒絶の言葉を聞くかもしれないことが、怖くて仕方がないーーーー。
それでもーーーー。
コンコン。
私は、勇気を出して、扉を叩いた。
扉の向こうからは、なかなか返事が返ってこなかった。
いないのだろうか。
コンコン。
「なまえです。リヴァイ兵長はいらっしゃいますか?」
もう一度、扉をノックした後に、今度は声もかけてみた。
やっぱり、扉の向こうっからは返事は返ってこない。
不在のようだ。
少しホッとしたような、けれど、残念なようなーーー多分、私はリヴァイ兵長に会いたかったのだと思う。
でも、いないのなら仕方がない。
出直そう。そう考えて、扉から一歩後ろに退がった時だった。
扉がゆっくりと開き、リヴァイ兵長が隙間から顔を出した。
「…どうした?」
扉は開けきらず、少し俯き気味のリヴァイ兵長とは視線も重ならない。
低い声からは、明らかな拒絶が感じられた。
途端に、怖くなる。
リヴァイ兵長が怖い顔をして怒鳴っているわけでもないのに、身体が震えるのだ。
私は、リヴァイ兵長に拒絶され、嫌われ、突き放される。この時間と空気が、怖い。
逃げそうになった足の先にグッと力を込めて、私は拳を握った。
「指輪を見つけてくれたお礼をお伝えしに来ました。」
「あぁ…、入れ。」
ゆっくりと扉が開く。
客人を部屋に招き入れるために一歩退がったリヴァイ兵長だったけれど、相変わらず俯いたままで、視線は重ならない。
戸惑いながらも、私は躊躇いつつ、部屋の中に足を一歩踏み出す。
リヴァイ兵長の執務室に入るのは、初めてだ。
部屋の間取りは、ハンジさんの執務室と同じだった。
掃除が行き届いているのだろう。塵どころか埃さえもないくらいに綺麗だ。さすが、リヴァイ兵長の執務室だ。
中央に大きな木製のデスクがあるだけのシンプルなレイアウトだった。
大きな本棚が部屋中を囲んでいる少し雑然としたハンジさんの執務室に見慣れていたから、とても広く感じる。
「悪いな、ソファも何もなくて。
紅茶でも飲むか?隣が自室なんだ。あ、ハンジの部屋に行ったことあるなら、なまえも知ってるか。
給湯室もあるから、すぐに作れる。少し待っててくれ。」
相変わらず目は合わなかったけれど、リヴァイ兵長は早口でそう言うと、そのまま隣の部屋へ向かおうとした。
「あ、あのっ、結構です!」
私は、リヴァイ兵長の背中に慌てて声をかける。
思わず大きな声になってしまった。
リヴァイ兵長が振り向く。
「えっと…、紅茶は、大丈夫です。
お礼を伝えに来ただけなので。」
「あぁ…、そうだな。
立っていると疲れるだろ。俺の椅子でいいなら、そこに座ってくれ。」
そう言って、リヴァイ兵長が指差したのは、デスクの椅子だった。
どう見ても高価な造りの木製のデスクと椅子だ。兵士長という役職の彼に調査兵団から与えられた価値のあるものだろう。
そんな凄い椅子を私が使えるわけがない。
「いえっ。私は大丈夫なので、リヴァイ兵長が座ってください。」
私は、慌てて断った。
「…分かった。なまえが座らないなら、俺も立ってる。」
リヴァイ兵長は、チラリとデスクの椅子を見た。
けれど、座ることはせずに私の前に立つ。
「え、そんな…、私に構わず座ってください。」
「座らなくていい。」
キッパリと拒否されてしまって、私はもうこれ以上、何も言えなくなる。
それに、勇気を出してリヴァイ兵長に会いに来たのは、座る座らないの談義をするためじゃない。
「指輪、見つけてくださって、ありがとうございました。
もう諦めていたので…、すごく嬉しかったです。」
私がそっと拳を開くと、握りしめたままだった白いハンカチがはらりと広がった。
中央に包まれていた指輪が、執務室のランタンの灯りに照らされて、柔らかく輝いている。
「…あぁ。よかったな。」
他人事のような物言いで、リヴァイ兵長は、スッと目を逸らす。
あからさまな拒絶に、胸が痛い。
「それから…、リヴァイ兵長にひどいことを言って
突き飛ばしてしまって、すみませんでした。」
指輪をハンカチごとギュッと握りしめて、胸元に押し当てる。
そして、頭を下げた。
リヴァイ兵長からは、何の反応もない。
あぁ、分かっていた。許してもらえるとは思っていないし、許してもらうために謝ったわけでもない。
でも、私は泣きそうだった。不必要に身体に力が入って、震える。
リヴァイ兵長に嫌われるのが、こんなに怖いことだなんて、想像してなかった。
もう許してはもらえないのだーーー諦めて、顔を上げようとしたとき、リヴァイ兵長が小さく息を吸った音が、静かな部屋の中でやけに大きく耳に響いた。
不安がどっと押し寄せてきて、私は顔を伏せたままキュッと目を閉じた。
「嫌われて…、当然のことをした。
なまえは何も悪くない。」
「嫌ってなんか…、いません!!」
私は、思わず顔を上げた。
驚いたリヴァイ兵長の切長の瞳が、大きく見開いている。
今日やっと、目が合った。
リヴァイ兵長と視線が重なったのは、久しぶりだ。
あぁ、泣きそうだ。
「嫌ってなんか、いません…っ。ただ…、あの時は、いろんなことがショックで
悲しくて…、思わず…、思ってもないことを言ってしまったんです。
リヴァイ兵長のことを嫌いだと思ったこと、ないです。」
私は必死に弁明した。
本当にひどいことをした、と今になって改めて実感する。
自分本位だった。
あの時、優しいリヴァイ兵長は、あんな汚い池の中にいる私のことを心配してくれていたのだ。
分かっていなかったわけじゃないのに、気に入らないところばかり見て、勝手に怒っていた。
そして、傷つけてしまった。
「ひどいことを言って、突き飛ばしたりして
本当に…っ、すみませんでした…っ。」
私はもう一度、頭を下げた。
今度はすぐに、リヴァイ兵長から反応があった。
「俺のこと、嫌ってるんじゃないのか…?」
「嫌ってなんかいませんっ。」
頭を下げたまま、私は必死に伝えた。
どうしてだろう。それだけは、絶対に理解して欲しかった。
「顔を上げてくれ。」
ほんの一瞬、リヴァイ兵長の手が私の肩に触れた気がした。
それが、勘違いなのか、事実なのかもわからないまま、私はゆっくりと顔を上げる。
リヴァイ兵長は、私の方をじっと見ていた。
「もう一度、聞いていいか。」
「はい。」
「俺のこと、嫌ってないのか?」
「嫌いじゃないです。そんなこと、思ったことないです。
本当です、私、リヴァイ兵長のこと尊敬してるし、いつもすごく優しくして頂いて
何度も助けられて、嬉しかったし、それに…っ。」
「もういい。それなら、いい。」
必死に弁明する私の勢いに押されたのか、リヴァイ兵長はスッと目を逸らすと小さく息を吐いた。
やりすぎてしまったーーー後悔してしまったけれど、もう遅い。
何とも言えない空気が流れる中、私は目を伏せる。
「…よかった。」
リヴァイ兵長が、ホッと息を吐いた。
伏せた私の視線の向こうで、リヴァイ兵長の履いているブーツが一歩前に歩み出る。
そして、今度こそ、私の肩にリヴァイ兵長の手が触れた。
あーーーーそう思った時にはもう、私はリヴァイ兵長に抱きしめられていた。
「え、あ、あの…っ。」
何が起こったのか分からなかった。
いつもの想像の斜め上をいくリヴァイ兵長が戻ってきたのだろうか。
戸惑う私の身体にリヴァイ兵長が覆い被さってくる。
私よりほんの少し身長があるだけの小柄な体型なのに、リヴァイ兵長の体重は、想像していたよりもずっと重たい。これが、筋肉の重みというものなのだろうか。
「リヴァイ兵長っ、倒れちゃいますっ。ちょっと、待ってっ。」
とうとう、私はリヴァイ兵長の体重を支えきれず、背中から倒れてしまった。
リヴァイ兵長に押し倒されたような格好になっていた。いや、押し倒すというよりも、リヴァイ兵長は完全に私の身体の上に乗っている。
「はぁ…っ。はぁ…っ。」
耳元で、リヴァイ兵長が荒い息を漏らしている。
ひどく辛そうだ。
すぐ横にあるリヴァイ兵長の顔に視線を向けると、苦しげに眉を顰めているのが見えた。よく見ると顔が赤い気がする。
慌てて、その額に手を当てると、信じられないくらい熱くて、驚いた。凄い熱だ。
とにかく、リヴァイ兵長をベッドに寝かせたい。そして、医療兵を呼んできて、すぐに診てもらわなければならない。
けれど、立ちあがろうにも、リヴァイ兵長の身体が重たくてビクともしないのだ。
「リヴァイ兵長っ!聞こえますか!?」
必死に声をかけるが、リヴァイ兵長からは苦しそうな息遣いが返ってくるだけだ。
意識が朦朧としているのか。
一体、いつからこんな調子だったのだろうか。
全く気づかなかった。
どうしようーーーーーー途方に暮れそうになりながらも、必死にリヴァイ兵長の肩を押して、身体を起こそうとしている時だった。
ノックもなしに、執務室の扉が開いた。
「リヴァーイ!聞いてくれ!
面白い実験思いついたんだよ!」
勢いよく開いた扉から、騒がしく入ってきたのは、ハンジさんだった。
まずは、デスクの方に向いていたハンジさんの視線は、そこにリヴァイ兵長がいないとわかると、人の気配を感じたらしい足元へと移った。
リヴァイ兵長に押し倒された格好で、いきなりのハンジさんの登場に驚いた私と視線が絡む。
「あー…、ごめん。いや、邪魔をするつもりはなかったんだよ。
まさか執務室でそんな大胆なことするとは思わないだろ?
いや、愛し合う男女には必要な行為だってことはちゃんと理解してるから、気にしないでくれ。
今度からはノックをするようにするよ。さぁ、どうぞ、続きを楽しんでくれ。」
ハンジさんが早口で言い訳を捲し立てると、さっさと部屋を出て行こうとする。
完全に勘違いしている。そうじゃない。そうじゃないのだ。
「リヴァイ兵長、凄い熱なんです!!」
私は、必死に叫んだ。
ハンジさんは、キョトンとした顔をする。
「あぁ、知ってるよ。君に凄いお熱なんだろう?」
ーーーー。
長い廊下を走り、階段を駆け上がり、幹部の執務室のあるフロアまでやって来ると少しだけ緊張した。
あまり来ることのない場所だ。
リヴァイ兵長が『俺達は恋人だ』とおかしなことを言い出してからも、私がこの幹部フロアに来ることはなかった。
大抵、リヴァイ兵長が私の部屋に勝手に来ていたし、自分の部屋に来てくれと言われたこともない。
一応、リヴァイ兵長の執務室の場所は知っている。でも、行ったことはない。
仕事で用があるのは、大抵エルヴィン団長かハンジさんだ。
なんとなく幹部フロアの廊下は走りづらくて、緊張も相まって、私はゆっくりとした足取りでリヴァイ兵長の部屋に向かう。
幹部の調査兵と何度かすれ違ったが、彼らは特に、私のことを気にしていないようだった。
きっと、仕事だと思っているのだろう。
変な目で見られたらどうしよう、と考えていたから、幾らか緊張も解けて安堵した。
リヴァイ兵長の執務室までたどり着いた私は、扉の前で深呼吸をする。
まずは、何を言えばいいのだろう。
伝えなければならないことが、たくさんありすぎた。
嘘をついたことの謝罪、暴言を吐いたことの謝罪、突き飛ばしたことの謝罪、それから、指輪を見つけてくれたことへの感謝。
それらの全てを伝えた後、リヴァイ兵長はどんな顔をするのだろう。
今、思い返せば思い返すほど、謝らなければならないことがたくさんありすぎて、不安になってくる。
少し前までは、リヴァイ兵長と距離をとりたくて仕方がなかったのに、今は、リヴァイ兵長に嫌われるのが怖いのだ。
直接、リヴァイ兵長から拒絶の言葉を聞くかもしれないことが、怖くて仕方がないーーーー。
それでもーーーー。
コンコン。
私は、勇気を出して、扉を叩いた。
扉の向こうからは、なかなか返事が返ってこなかった。
いないのだろうか。
コンコン。
「なまえです。リヴァイ兵長はいらっしゃいますか?」
もう一度、扉をノックした後に、今度は声もかけてみた。
やっぱり、扉の向こうっからは返事は返ってこない。
不在のようだ。
少しホッとしたような、けれど、残念なようなーーー多分、私はリヴァイ兵長に会いたかったのだと思う。
でも、いないのなら仕方がない。
出直そう。そう考えて、扉から一歩後ろに退がった時だった。
扉がゆっくりと開き、リヴァイ兵長が隙間から顔を出した。
「…どうした?」
扉は開けきらず、少し俯き気味のリヴァイ兵長とは視線も重ならない。
低い声からは、明らかな拒絶が感じられた。
途端に、怖くなる。
リヴァイ兵長が怖い顔をして怒鳴っているわけでもないのに、身体が震えるのだ。
私は、リヴァイ兵長に拒絶され、嫌われ、突き放される。この時間と空気が、怖い。
逃げそうになった足の先にグッと力を込めて、私は拳を握った。
「指輪を見つけてくれたお礼をお伝えしに来ました。」
「あぁ…、入れ。」
ゆっくりと扉が開く。
客人を部屋に招き入れるために一歩退がったリヴァイ兵長だったけれど、相変わらず俯いたままで、視線は重ならない。
戸惑いながらも、私は躊躇いつつ、部屋の中に足を一歩踏み出す。
リヴァイ兵長の執務室に入るのは、初めてだ。
部屋の間取りは、ハンジさんの執務室と同じだった。
掃除が行き届いているのだろう。塵どころか埃さえもないくらいに綺麗だ。さすが、リヴァイ兵長の執務室だ。
中央に大きな木製のデスクがあるだけのシンプルなレイアウトだった。
大きな本棚が部屋中を囲んでいる少し雑然としたハンジさんの執務室に見慣れていたから、とても広く感じる。
「悪いな、ソファも何もなくて。
紅茶でも飲むか?隣が自室なんだ。あ、ハンジの部屋に行ったことあるなら、なまえも知ってるか。
給湯室もあるから、すぐに作れる。少し待っててくれ。」
相変わらず目は合わなかったけれど、リヴァイ兵長は早口でそう言うと、そのまま隣の部屋へ向かおうとした。
「あ、あのっ、結構です!」
私は、リヴァイ兵長の背中に慌てて声をかける。
思わず大きな声になってしまった。
リヴァイ兵長が振り向く。
「えっと…、紅茶は、大丈夫です。
お礼を伝えに来ただけなので。」
「あぁ…、そうだな。
立っていると疲れるだろ。俺の椅子でいいなら、そこに座ってくれ。」
そう言って、リヴァイ兵長が指差したのは、デスクの椅子だった。
どう見ても高価な造りの木製のデスクと椅子だ。兵士長という役職の彼に調査兵団から与えられた価値のあるものだろう。
そんな凄い椅子を私が使えるわけがない。
「いえっ。私は大丈夫なので、リヴァイ兵長が座ってください。」
私は、慌てて断った。
「…分かった。なまえが座らないなら、俺も立ってる。」
リヴァイ兵長は、チラリとデスクの椅子を見た。
けれど、座ることはせずに私の前に立つ。
「え、そんな…、私に構わず座ってください。」
「座らなくていい。」
キッパリと拒否されてしまって、私はもうこれ以上、何も言えなくなる。
それに、勇気を出してリヴァイ兵長に会いに来たのは、座る座らないの談義をするためじゃない。
「指輪、見つけてくださって、ありがとうございました。
もう諦めていたので…、すごく嬉しかったです。」
私がそっと拳を開くと、握りしめたままだった白いハンカチがはらりと広がった。
中央に包まれていた指輪が、執務室のランタンの灯りに照らされて、柔らかく輝いている。
「…あぁ。よかったな。」
他人事のような物言いで、リヴァイ兵長は、スッと目を逸らす。
あからさまな拒絶に、胸が痛い。
「それから…、リヴァイ兵長にひどいことを言って
突き飛ばしてしまって、すみませんでした。」
指輪をハンカチごとギュッと握りしめて、胸元に押し当てる。
そして、頭を下げた。
リヴァイ兵長からは、何の反応もない。
あぁ、分かっていた。許してもらえるとは思っていないし、許してもらうために謝ったわけでもない。
でも、私は泣きそうだった。不必要に身体に力が入って、震える。
リヴァイ兵長に嫌われるのが、こんなに怖いことだなんて、想像してなかった。
もう許してはもらえないのだーーー諦めて、顔を上げようとしたとき、リヴァイ兵長が小さく息を吸った音が、静かな部屋の中でやけに大きく耳に響いた。
不安がどっと押し寄せてきて、私は顔を伏せたままキュッと目を閉じた。
「嫌われて…、当然のことをした。
なまえは何も悪くない。」
「嫌ってなんか…、いません!!」
私は、思わず顔を上げた。
驚いたリヴァイ兵長の切長の瞳が、大きく見開いている。
今日やっと、目が合った。
リヴァイ兵長と視線が重なったのは、久しぶりだ。
あぁ、泣きそうだ。
「嫌ってなんか、いません…っ。ただ…、あの時は、いろんなことがショックで
悲しくて…、思わず…、思ってもないことを言ってしまったんです。
リヴァイ兵長のことを嫌いだと思ったこと、ないです。」
私は必死に弁明した。
本当にひどいことをした、と今になって改めて実感する。
自分本位だった。
あの時、優しいリヴァイ兵長は、あんな汚い池の中にいる私のことを心配してくれていたのだ。
分かっていなかったわけじゃないのに、気に入らないところばかり見て、勝手に怒っていた。
そして、傷つけてしまった。
「ひどいことを言って、突き飛ばしたりして
本当に…っ、すみませんでした…っ。」
私はもう一度、頭を下げた。
今度はすぐに、リヴァイ兵長から反応があった。
「俺のこと、嫌ってるんじゃないのか…?」
「嫌ってなんかいませんっ。」
頭を下げたまま、私は必死に伝えた。
どうしてだろう。それだけは、絶対に理解して欲しかった。
「顔を上げてくれ。」
ほんの一瞬、リヴァイ兵長の手が私の肩に触れた気がした。
それが、勘違いなのか、事実なのかもわからないまま、私はゆっくりと顔を上げる。
リヴァイ兵長は、私の方をじっと見ていた。
「もう一度、聞いていいか。」
「はい。」
「俺のこと、嫌ってないのか?」
「嫌いじゃないです。そんなこと、思ったことないです。
本当です、私、リヴァイ兵長のこと尊敬してるし、いつもすごく優しくして頂いて
何度も助けられて、嬉しかったし、それに…っ。」
「もういい。それなら、いい。」
必死に弁明する私の勢いに押されたのか、リヴァイ兵長はスッと目を逸らすと小さく息を吐いた。
やりすぎてしまったーーー後悔してしまったけれど、もう遅い。
何とも言えない空気が流れる中、私は目を伏せる。
「…よかった。」
リヴァイ兵長が、ホッと息を吐いた。
伏せた私の視線の向こうで、リヴァイ兵長の履いているブーツが一歩前に歩み出る。
そして、今度こそ、私の肩にリヴァイ兵長の手が触れた。
あーーーーそう思った時にはもう、私はリヴァイ兵長に抱きしめられていた。
「え、あ、あの…っ。」
何が起こったのか分からなかった。
いつもの想像の斜め上をいくリヴァイ兵長が戻ってきたのだろうか。
戸惑う私の身体にリヴァイ兵長が覆い被さってくる。
私よりほんの少し身長があるだけの小柄な体型なのに、リヴァイ兵長の体重は、想像していたよりもずっと重たい。これが、筋肉の重みというものなのだろうか。
「リヴァイ兵長っ、倒れちゃいますっ。ちょっと、待ってっ。」
とうとう、私はリヴァイ兵長の体重を支えきれず、背中から倒れてしまった。
リヴァイ兵長に押し倒されたような格好になっていた。いや、押し倒すというよりも、リヴァイ兵長は完全に私の身体の上に乗っている。
「はぁ…っ。はぁ…っ。」
耳元で、リヴァイ兵長が荒い息を漏らしている。
ひどく辛そうだ。
すぐ横にあるリヴァイ兵長の顔に視線を向けると、苦しげに眉を顰めているのが見えた。よく見ると顔が赤い気がする。
慌てて、その額に手を当てると、信じられないくらい熱くて、驚いた。凄い熱だ。
とにかく、リヴァイ兵長をベッドに寝かせたい。そして、医療兵を呼んできて、すぐに診てもらわなければならない。
けれど、立ちあがろうにも、リヴァイ兵長の身体が重たくてビクともしないのだ。
「リヴァイ兵長っ!聞こえますか!?」
必死に声をかけるが、リヴァイ兵長からは苦しそうな息遣いが返ってくるだけだ。
意識が朦朧としているのか。
一体、いつからこんな調子だったのだろうか。
全く気づかなかった。
どうしようーーーーーー途方に暮れそうになりながらも、必死にリヴァイ兵長の肩を押して、身体を起こそうとしている時だった。
ノックもなしに、執務室の扉が開いた。
「リヴァーイ!聞いてくれ!
面白い実験思いついたんだよ!」
勢いよく開いた扉から、騒がしく入ってきたのは、ハンジさんだった。
まずは、デスクの方に向いていたハンジさんの視線は、そこにリヴァイ兵長がいないとわかると、人の気配を感じたらしい足元へと移った。
リヴァイ兵長に押し倒された格好で、いきなりのハンジさんの登場に驚いた私と視線が絡む。
「あー…、ごめん。いや、邪魔をするつもりはなかったんだよ。
まさか執務室でそんな大胆なことするとは思わないだろ?
いや、愛し合う男女には必要な行為だってことはちゃんと理解してるから、気にしないでくれ。
今度からはノックをするようにするよ。さぁ、どうぞ、続きを楽しんでくれ。」
ハンジさんが早口で言い訳を捲し立てると、さっさと部屋を出て行こうとする。
完全に勘違いしている。そうじゃない。そうじゃないのだ。
「リヴァイ兵長、凄い熱なんです!!」
私は、必死に叫んだ。
ハンジさんは、キョトンとした顔をする。
「あぁ、知ってるよ。君に凄いお熱なんだろう?」
ーーーー。