Q12.お礼を言ってもいいですか?
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あと一歩、足を踏み出すのが怖い。
ジリジリとした痛みが、右足のかかとを襲うのだ。
歩き疲れで足の痛みを感じてはいたのだが、とうとう靴擦れを起こしてしまったらしい。
履きなれた靴を履いてきたつもりだったのだけれど、兵長さんが付き添ってくれるようになってから、買い物がスムーズになったおかげで、夢中になってしまった。
あっちもこっちもと休みなく歩き過ぎた私のせいだ。
あと一歩でも歩きたくなかったけれど、足が痛いから休ませてほしいと言う勇気がなかった。
額に冷や汗を浮かべながらも、必死に笑顔を取り繕う。
歩く度に『もう歩きたくない』と思うほどの痛みを感じるが、『もう歩けない』わけではない。
それなら、自分さえ少し無理をすれば何事もなかったかのように買い物を続けた方が良いと思ってしまう。
自分が我慢すればいいのなら、気持ちを押し殺して一歩引く方を選ぶ。
そんな私のことを〝優しい〟と言ってくれる人もいるけれど、そうじゃないのだ。
ただ、誰にも嫌われたくないだけだ。
そうしていたら、誰にも好かれることもなかったのだけれど———。
「待て。」
突然、兵長さんが私の腕を掴む。
目的地へ向かっていた足が、唐突に止まった途端に、ホッとしたのが分かった。
「どうし———。」
どうしたんですか———そう訊ねようとしたのに、私はもっと〝どうした〟のか分からない状況になっていた。
地面に押し付けられていた足の痛みと圧迫感から解放された瞬間に、私は、兵長さんに横抱きに抱えあげられていたのだ。
唐突のそれに、そばを通り過ぎていく人までもが、何事かとチラチラと見ていくのが分かる。
「な…っ、何するんですか…!?」
降ろしてください———と、訴えて兵長さんの胸を叩く。
私の背中と太ももにまわる腕の感触と、息がかかりそうなほど近くにある美しく整った顔が、羞恥心と躊躇いを増幅させる。
でも、少しだけ歩いた後、意外とあっさりと、兵長さんは私を降ろしてくれた。
座らされたのは、歩道脇にあるベンチだった。
「待ってろ。」
それだけ言うと、兵長さんは、説明も何もなくどこかへ行ってしまう。
一体、何だというのか。
私の足を止めたかったのだとしても、急に抱え上げるなんてやり過ぎだ。
でも———。
「助かったぁ…。」
ほぅ、と息を吐く。
座ったことで、疲労からきていたと思われる足の裏の痛みからも解放された。
兵長さんがどこかへ行ってる間だけでも休憩が出来るのは有難い。
(もう歩きたくないな…。)
心の中では、本音が漏れる。
兵長さんが戻ってきたら、また歩かなければならない。一度休んでしまった分、歩き出す一歩がさっきよりもずっと怖い。
何度目かのため息が零れた頃、漸く、兵長さんが戻ってきた。
手には小さな紙袋を持っている。
そして、ベンチに座る私の前に、片膝をついて跪いた。
まるで、プロポーズをする男性のようなポーズだ。
その途端、今まで何度も意味の分からない求婚に振り回されてきた私には、彼が持っている紙袋の中身が指輪に見えてしまった。
普通は、仕事の為の買い出しの途中に、思い立ったようにプロポーズなんてしない。
でも、兵長さんは、普通ではない。
充分にあり得ると思ったのだ。
「あの、兵長さん…、私、そういうことをされると困るんですけど…。」
「いいから黙って、足を出せ。」
「足?」
躊躇いがちに拒絶をしようとした私は、キョトンとしてしまう。
だって、プロポーズのときに、出すように求めるのは、足ではなく手だ。
永遠の愛を誓う指輪が輝くべき指は、足の指ではなく、手の指だからだ。
でも、私は大きな勘違いをしていたらしい。
兵長さんが紙袋から取り出したのは、指輪ではなくて、軟膏と傷テープ、それから、包帯だった。
「それ…。」
「ほら、足を出せ。」
驚き、戸惑う私に、傷テープの入ってる箱を開けるのに忙しい兵長さんは、素っ気なく言う。
説明も何もない。
でも、軟膏と傷テープが、彼が何に気づいてくれたのかも、何をしようとしているのかも、彼の優しさも、すべてを教えてくれた。
「はい…。ありがとう、ございます。」
驚きと戸惑いを感じながらも、おずおずと右足を出す。
すると、兵長さんは、少しだけ肩を跳ねさせて顔を上げた。
驚いたような表情に、私は首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「…いや、なんでもねぇ。」
少しだけ間をおいて、兵長さんは小さく首を横に振った。
「まずは、靴を脱がせる。痛かった言えよ。」
ひとつひとつ確認しながら、兵長さんは、私の靴と靴下を脱がせた。
そっと触れる手の感触と温度が、右足首の辺りから伝わってきて、緊張してしまう。
「あ…ッ。」
ひんやりとした手が、患部に触れて、思わず足がビクッと跳ねてしまった。
「痛かったか?」
少し驚いたような表情で、兵長さんが顔を上げる。
慌てて首を横に振った。
「ならいい。薬塗るから、痛かったら言ってくれ。」
兵長さんが、軟膏のケースを開ける。
適量を人差し指ですくうと、左手で私の右足首を支えながら患部にそっと軟膏を塗った。
ひんやりとした軟膏の柔らかい感触と優しい手つきが、痛みで緊張していた私の心を和らげていくようだった。
「すぐに気づいてやれなくて、悪かった。」
「えっ。」
思わぬ謝罪に驚いた私だったけれど、兵長さんは軟膏を塗った患部に傷テープを塗りながら、もう一度、自身がすぐに気づかなかったことを詫びた。
「そんな…っ。私の方こそ、迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。
気づかれてないと思っていたから、驚きました…っ。」
兵長さんは、包帯を取り出して、患部に巻き始める。
「気づく。」
「そ、そうですよね…っ。私、歩き方がおかしかったですかね。
恥ずかしいなぁ…っ。」
「違ぇ。歩き方が変だとも思ってねぇ。」
「え?でも、」
「俺は…、
お前の恋人なんだから、気づく。」
「そう、ですか…、ありがとうございます。」
急に恥ずかしくなって、私は、自分の腹を覗き込むくらいに顔を伏せた。
兵長さんが、上から見下ろしても分かるくらいに、耳まで顔を赤くしているせいだ。
早く、包帯を巻き終われ———そう願いながらも、痛くないように、でもしっかりと包帯を巻いていく器用な手は、すごく優しかった。
そして、それは、今までも何度も、彼が仲間を守ってきた証だった。
「よし、これでいい。
さっきよりは、マシになったはずだ。」
兵長さんはそう言いながら、靴を履かせ直してくれた。
患部を守るように、足首に巻かれている包帯が、あまりにも優しくて、温かくて、まるで兵長さんに抱きしめられているような気がして、なぜかすごく恥ずかしい。
「ありがとうございます。」
目を伏せて、礼を言った。
几帳面で綺麗好きの兵長さんは、すぐに、紙袋の中に軟膏や残りの傷テープを片付けを始める。
そのおかげで、目が合わなくてホッとした。
ジリジリとした痛みが、右足のかかとを襲うのだ。
歩き疲れで足の痛みを感じてはいたのだが、とうとう靴擦れを起こしてしまったらしい。
履きなれた靴を履いてきたつもりだったのだけれど、兵長さんが付き添ってくれるようになってから、買い物がスムーズになったおかげで、夢中になってしまった。
あっちもこっちもと休みなく歩き過ぎた私のせいだ。
あと一歩でも歩きたくなかったけれど、足が痛いから休ませてほしいと言う勇気がなかった。
額に冷や汗を浮かべながらも、必死に笑顔を取り繕う。
歩く度に『もう歩きたくない』と思うほどの痛みを感じるが、『もう歩けない』わけではない。
それなら、自分さえ少し無理をすれば何事もなかったかのように買い物を続けた方が良いと思ってしまう。
自分が我慢すればいいのなら、気持ちを押し殺して一歩引く方を選ぶ。
そんな私のことを〝優しい〟と言ってくれる人もいるけれど、そうじゃないのだ。
ただ、誰にも嫌われたくないだけだ。
そうしていたら、誰にも好かれることもなかったのだけれど———。
「待て。」
突然、兵長さんが私の腕を掴む。
目的地へ向かっていた足が、唐突に止まった途端に、ホッとしたのが分かった。
「どうし———。」
どうしたんですか———そう訊ねようとしたのに、私はもっと〝どうした〟のか分からない状況になっていた。
地面に押し付けられていた足の痛みと圧迫感から解放された瞬間に、私は、兵長さんに横抱きに抱えあげられていたのだ。
唐突のそれに、そばを通り過ぎていく人までもが、何事かとチラチラと見ていくのが分かる。
「な…っ、何するんですか…!?」
降ろしてください———と、訴えて兵長さんの胸を叩く。
私の背中と太ももにまわる腕の感触と、息がかかりそうなほど近くにある美しく整った顔が、羞恥心と躊躇いを増幅させる。
でも、少しだけ歩いた後、意外とあっさりと、兵長さんは私を降ろしてくれた。
座らされたのは、歩道脇にあるベンチだった。
「待ってろ。」
それだけ言うと、兵長さんは、説明も何もなくどこかへ行ってしまう。
一体、何だというのか。
私の足を止めたかったのだとしても、急に抱え上げるなんてやり過ぎだ。
でも———。
「助かったぁ…。」
ほぅ、と息を吐く。
座ったことで、疲労からきていたと思われる足の裏の痛みからも解放された。
兵長さんがどこかへ行ってる間だけでも休憩が出来るのは有難い。
(もう歩きたくないな…。)
心の中では、本音が漏れる。
兵長さんが戻ってきたら、また歩かなければならない。一度休んでしまった分、歩き出す一歩がさっきよりもずっと怖い。
何度目かのため息が零れた頃、漸く、兵長さんが戻ってきた。
手には小さな紙袋を持っている。
そして、ベンチに座る私の前に、片膝をついて跪いた。
まるで、プロポーズをする男性のようなポーズだ。
その途端、今まで何度も意味の分からない求婚に振り回されてきた私には、彼が持っている紙袋の中身が指輪に見えてしまった。
普通は、仕事の為の買い出しの途中に、思い立ったようにプロポーズなんてしない。
でも、兵長さんは、普通ではない。
充分にあり得ると思ったのだ。
「あの、兵長さん…、私、そういうことをされると困るんですけど…。」
「いいから黙って、足を出せ。」
「足?」
躊躇いがちに拒絶をしようとした私は、キョトンとしてしまう。
だって、プロポーズのときに、出すように求めるのは、足ではなく手だ。
永遠の愛を誓う指輪が輝くべき指は、足の指ではなく、手の指だからだ。
でも、私は大きな勘違いをしていたらしい。
兵長さんが紙袋から取り出したのは、指輪ではなくて、軟膏と傷テープ、それから、包帯だった。
「それ…。」
「ほら、足を出せ。」
驚き、戸惑う私に、傷テープの入ってる箱を開けるのに忙しい兵長さんは、素っ気なく言う。
説明も何もない。
でも、軟膏と傷テープが、彼が何に気づいてくれたのかも、何をしようとしているのかも、彼の優しさも、すべてを教えてくれた。
「はい…。ありがとう、ございます。」
驚きと戸惑いを感じながらも、おずおずと右足を出す。
すると、兵長さんは、少しだけ肩を跳ねさせて顔を上げた。
驚いたような表情に、私は首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「…いや、なんでもねぇ。」
少しだけ間をおいて、兵長さんは小さく首を横に振った。
「まずは、靴を脱がせる。痛かった言えよ。」
ひとつひとつ確認しながら、兵長さんは、私の靴と靴下を脱がせた。
そっと触れる手の感触と温度が、右足首の辺りから伝わってきて、緊張してしまう。
「あ…ッ。」
ひんやりとした手が、患部に触れて、思わず足がビクッと跳ねてしまった。
「痛かったか?」
少し驚いたような表情で、兵長さんが顔を上げる。
慌てて首を横に振った。
「ならいい。薬塗るから、痛かったら言ってくれ。」
兵長さんが、軟膏のケースを開ける。
適量を人差し指ですくうと、左手で私の右足首を支えながら患部にそっと軟膏を塗った。
ひんやりとした軟膏の柔らかい感触と優しい手つきが、痛みで緊張していた私の心を和らげていくようだった。
「すぐに気づいてやれなくて、悪かった。」
「えっ。」
思わぬ謝罪に驚いた私だったけれど、兵長さんは軟膏を塗った患部に傷テープを塗りながら、もう一度、自身がすぐに気づかなかったことを詫びた。
「そんな…っ。私の方こそ、迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。
気づかれてないと思っていたから、驚きました…っ。」
兵長さんは、包帯を取り出して、患部に巻き始める。
「気づく。」
「そ、そうですよね…っ。私、歩き方がおかしかったですかね。
恥ずかしいなぁ…っ。」
「違ぇ。歩き方が変だとも思ってねぇ。」
「え?でも、」
「俺は…、
お前の恋人なんだから、気づく。」
「そう、ですか…、ありがとうございます。」
急に恥ずかしくなって、私は、自分の腹を覗き込むくらいに顔を伏せた。
兵長さんが、上から見下ろしても分かるくらいに、耳まで顔を赤くしているせいだ。
早く、包帯を巻き終われ———そう願いながらも、痛くないように、でもしっかりと包帯を巻いていく器用な手は、すごく優しかった。
そして、それは、今までも何度も、彼が仲間を守ってきた証だった。
「よし、これでいい。
さっきよりは、マシになったはずだ。」
兵長さんはそう言いながら、靴を履かせ直してくれた。
患部を守るように、足首に巻かれている包帯が、あまりにも優しくて、温かくて、まるで兵長さんに抱きしめられているような気がして、なぜかすごく恥ずかしい。
「ありがとうございます。」
目を伏せて、礼を言った。
几帳面で綺麗好きの兵長さんは、すぐに、紙袋の中に軟膏や残りの傷テープを片付けを始める。
そのおかげで、目が合わなくてホッとした。