【第三訓】墓前で嘘を吐いたら呪われそうだから本音は隠した
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「その名で呼んでいいのは姉上だけだっつったろイ。」
言い慣れた憎まれ口と似ていたけれど、総悟の声は僅かに震えていた。
懐かしいセリフだったせいだ。
突然の再会に動揺していた。驚いていた。
行ったり来たりしている感情は、どこにも定着せず、何を感じているのかもハッキリ出来ず、揺れたままで、普段通りには、出来なかった。
でも、名前は、まるで懐かしいとでも言うように僅かに目を細めると、「変わらないね。」と小さく笑う。
どうやら、彼女には、あの頃のままの総悟が目の前にいるように見えたらしい。
あれから5年経ったのだ。
もう、子供じゃないのに————。
「はい、どうぞ。これ、ミツバへの贈り物でしょ。
この激辛せんべい好きだもんね。きっと喜ぶね。」
名前は、足元に散らばる花束と激辛せんべいを拾い上げると、総悟に差し出す。
「・・・・っ。
———今更、どのツラ下げて、姉上の墓前に立ってるんでィ。」
ひったくるように、花束と激辛せんべいを受け取った総悟は、スッと目を反らした。
それは、彼女に対してだけではない。
むしろ、目を反らし認めたくなかったのは、あの頃から何も変わっていない弱虫な自分自身の方だったかもしれない。
そんなことを知りもしない彼女は「その通りだね。」と困ったように眉尻を下げて、やっぱり笑う。
変わらないのは、彼女も同じだ。
青いチャイナ服も、透き通るような白い肌も、細く小さな手で大切そうにさしている番傘も、その笑みも、何も変わっていない。
相変わらず、番傘の内側には、目が覚めるような綺麗な青い空が描かれていて、5年の月日を感じさせない彼女を守っていた。
「ミツバ、先にいっちゃったんだね。」
総悟に背を向けるようにゆっくりと振り返った名前は、また、ミツバの墓を見下ろした。
その横顔には、寂しさと悲しみが滲んでいる。
ミツバよりもいくつか歳下だった彼女は、むさ苦しい男ばかりの中での唯一の女同士というのもあってか、すぐに仲良くなった。
お互いのことを〝親友〟だと呼び合って、一緒に笑い合っていたのをよく覚えている。
そして、まるで自分も総悟の姉にでもなったかのように、なんだかんだと面倒を見ようとしたり、ミツバの真似をしては『総ちゃん』と呼ぶのだ。
それが、すごく嫌いだったし、鬱陶しかった。
でもそれも、突然消えてしまうと、確かに、寂しかったのだ。
だって、これからもずっと、当たり前のように隣にあると思っていたから。
姉のミツバが、ずっとそばにいてくれると信じていたように———。
「近藤さんに、会ったのかイ。」
突然消えた彼女にミツバの逝去を知らせることが出来たのは誰か。
考えられるのは、真選組局長で、彼女にとっては通っていた道場の師である近藤しかいなかったのだ。
だが、彼女は、苦笑しながら弱弱しく首を横に振り、口を開く。
「どのツラ下げて、顔を出せるんでイ。」
「真似すんな。」
それもそうか———そう思いながら返す。
「近藤さんは、元気?」
名前は、顔を上げて、番傘に描かれた青い空を眺めながら、総悟に訊ねた。
「相変わらず、ゴリ———、元気にウホウホ言ってる。
あと、土方の野郎は死んだ。」
「何も言い直してないよ、それ。
トシくんに至っては、ストレートに悪口過ぎる。」
名前は、腹を抱えて可笑しそうに笑う。
何を言っても、何をしても、いつも笑ってたあの頃の彼女が、目の前にいた。
好きなだけ笑った後、彼女は、もう一度、番傘の内側に描かれている青い空を見上げた。
「———そっか。みんな、元気なんだ。」
一呼吸おいてから、名前は、まるで噛み締めるように小さく呟く。
「会いに行かねぇのかイ。」
総悟が訊ねてから、少し間が空いた。
それはたぶん、ほんの数秒だ。
でも、やけに長く感じられたのだ。
それは、彼女が何と答えるのか、なんとなく分かっていたせいかもしれない。
だって、素直な彼女の横顔から、その気持ちを読むのは、あの頃からとても簡単なのだ。
思った通り、彼女は小さく首を横に振った。
「どのツラ下げて、顔を出せるんでイ。」
名前はまた、総悟の喋り方を真似て言う。
それは、彼女の横顔から読んだ返事ではなかった。
けれど、横顔が語る彼女の感情は、相変わらず〝会いたくない〟と言っていた。
「なら、どうしてここにいるんでイ。」
少し大きくなった声には、各隙もない苛つきが混ざっていた。
腹が立ったのだ。
でもそれは、一度は同じ志の元に剣を交えた自分達に会いたくないと思っている彼女に対してなのか。それとも、彼女にそう思わせてしまった自分になのか。
それが分からないから、苛立っているのかもしれない。
「————ミツバに会いたかったの。」
名前は少し考えてから、答えた。
「今までずっと、一度も会いに来なかったくせに今更何言いやがる。
アンタが急に消えて、姉上がどれだけ探したか、知らなかったとは言わせねぇぜ。」
責めたかったわけではない。
でも、暗に『あなたに会いたかったわけではない。』と突き放された苛立ちをうまく抑えることは出来なかったのだ。
名前は、ただ静かに総悟の苛立ちを受け入れていた。
そして、おもむろに青空が描かれている番傘を閉じると、遠くに浮かぶ空を見上げた。
「———雨が降りそうだね。」
名前の視線を追いかけて、総悟も空を見上げる。
確かに、さっきまでは真っ青に広がっていたそこに、分厚い雲が流れ込んで来ていた。
一雨きそうだ。
「じゃあ、私はもう帰るね。」
空を見上げていた名前が、総悟の方を向く。
「さよなら。」
名前は、小さく手を振りながら、ハッキリと別れを告げる。
それは、5年前に出来なかった別れの挨拶のようだった。
そして、それは〝決別〟を意味しているように感じたのだ。
立ち去っていく名前の背中を追いかけるように、静かに雨が降り始めた。
『どこに帰るの。もう会えないの。』
————思わず聞こうとしてしまって、口を噤んだ自分の判断を褒めた。
〝何も変わってない。〟—————彼女の笑みを、そう思い込もうとした。
でも、気づいていたのだ。
綺麗になっていた。5年の月日は、彼女を〝女〟にしていた。
そして、あの頃はただ真っすぐに無邪気だった彼女の笑顔に、憂いを忍ばせた。
自分の知らない5年が、彼女の中には確かに存在していたのだ。
それは、あの日、彼女の涙から自分が逃げたからだ。
泣いてる彼女に傘をさしてやる勇気と優しさ、強さが自分にあったのなら、何か変わっていたのかもしれないのに———。
彼女が消えてからずっと、後悔は消えない。
まだ子供だったから仕方がなかったのだと、今日もまた、雨に打たれながら自分を誤魔化そうか。
だって————。
「相変わらずなのは、オレだけかイ。」
土砂降りではないけれど、ただ静かに振り続ける冷たい雨が、いつまでも、いつまでも、頬を濡らし続けた———。
それはまるで、あの日、彼女が誰にも知られぬようにそっと流していた涙のように———。
言い慣れた憎まれ口と似ていたけれど、総悟の声は僅かに震えていた。
懐かしいセリフだったせいだ。
突然の再会に動揺していた。驚いていた。
行ったり来たりしている感情は、どこにも定着せず、何を感じているのかもハッキリ出来ず、揺れたままで、普段通りには、出来なかった。
でも、名前は、まるで懐かしいとでも言うように僅かに目を細めると、「変わらないね。」と小さく笑う。
どうやら、彼女には、あの頃のままの総悟が目の前にいるように見えたらしい。
あれから5年経ったのだ。
もう、子供じゃないのに————。
「はい、どうぞ。これ、ミツバへの贈り物でしょ。
この激辛せんべい好きだもんね。きっと喜ぶね。」
名前は、足元に散らばる花束と激辛せんべいを拾い上げると、総悟に差し出す。
「・・・・っ。
———今更、どのツラ下げて、姉上の墓前に立ってるんでィ。」
ひったくるように、花束と激辛せんべいを受け取った総悟は、スッと目を反らした。
それは、彼女に対してだけではない。
むしろ、目を反らし認めたくなかったのは、あの頃から何も変わっていない弱虫な自分自身の方だったかもしれない。
そんなことを知りもしない彼女は「その通りだね。」と困ったように眉尻を下げて、やっぱり笑う。
変わらないのは、彼女も同じだ。
青いチャイナ服も、透き通るような白い肌も、細く小さな手で大切そうにさしている番傘も、その笑みも、何も変わっていない。
相変わらず、番傘の内側には、目が覚めるような綺麗な青い空が描かれていて、5年の月日を感じさせない彼女を守っていた。
「ミツバ、先にいっちゃったんだね。」
総悟に背を向けるようにゆっくりと振り返った名前は、また、ミツバの墓を見下ろした。
その横顔には、寂しさと悲しみが滲んでいる。
ミツバよりもいくつか歳下だった彼女は、むさ苦しい男ばかりの中での唯一の女同士というのもあってか、すぐに仲良くなった。
お互いのことを〝親友〟だと呼び合って、一緒に笑い合っていたのをよく覚えている。
そして、まるで自分も総悟の姉にでもなったかのように、なんだかんだと面倒を見ようとしたり、ミツバの真似をしては『総ちゃん』と呼ぶのだ。
それが、すごく嫌いだったし、鬱陶しかった。
でもそれも、突然消えてしまうと、確かに、寂しかったのだ。
だって、これからもずっと、当たり前のように隣にあると思っていたから。
姉のミツバが、ずっとそばにいてくれると信じていたように———。
「近藤さんに、会ったのかイ。」
突然消えた彼女にミツバの逝去を知らせることが出来たのは誰か。
考えられるのは、真選組局長で、彼女にとっては通っていた道場の師である近藤しかいなかったのだ。
だが、彼女は、苦笑しながら弱弱しく首を横に振り、口を開く。
「どのツラ下げて、顔を出せるんでイ。」
「真似すんな。」
それもそうか———そう思いながら返す。
「近藤さんは、元気?」
名前は、顔を上げて、番傘に描かれた青い空を眺めながら、総悟に訊ねた。
「相変わらず、ゴリ———、元気にウホウホ言ってる。
あと、土方の野郎は死んだ。」
「何も言い直してないよ、それ。
トシくんに至っては、ストレートに悪口過ぎる。」
名前は、腹を抱えて可笑しそうに笑う。
何を言っても、何をしても、いつも笑ってたあの頃の彼女が、目の前にいた。
好きなだけ笑った後、彼女は、もう一度、番傘の内側に描かれている青い空を見上げた。
「———そっか。みんな、元気なんだ。」
一呼吸おいてから、名前は、まるで噛み締めるように小さく呟く。
「会いに行かねぇのかイ。」
総悟が訊ねてから、少し間が空いた。
それはたぶん、ほんの数秒だ。
でも、やけに長く感じられたのだ。
それは、彼女が何と答えるのか、なんとなく分かっていたせいかもしれない。
だって、素直な彼女の横顔から、その気持ちを読むのは、あの頃からとても簡単なのだ。
思った通り、彼女は小さく首を横に振った。
「どのツラ下げて、顔を出せるんでイ。」
名前はまた、総悟の喋り方を真似て言う。
それは、彼女の横顔から読んだ返事ではなかった。
けれど、横顔が語る彼女の感情は、相変わらず〝会いたくない〟と言っていた。
「なら、どうしてここにいるんでイ。」
少し大きくなった声には、各隙もない苛つきが混ざっていた。
腹が立ったのだ。
でもそれは、一度は同じ志の元に剣を交えた自分達に会いたくないと思っている彼女に対してなのか。それとも、彼女にそう思わせてしまった自分になのか。
それが分からないから、苛立っているのかもしれない。
「————ミツバに会いたかったの。」
名前は少し考えてから、答えた。
「今までずっと、一度も会いに来なかったくせに今更何言いやがる。
アンタが急に消えて、姉上がどれだけ探したか、知らなかったとは言わせねぇぜ。」
責めたかったわけではない。
でも、暗に『あなたに会いたかったわけではない。』と突き放された苛立ちをうまく抑えることは出来なかったのだ。
名前は、ただ静かに総悟の苛立ちを受け入れていた。
そして、おもむろに青空が描かれている番傘を閉じると、遠くに浮かぶ空を見上げた。
「———雨が降りそうだね。」
名前の視線を追いかけて、総悟も空を見上げる。
確かに、さっきまでは真っ青に広がっていたそこに、分厚い雲が流れ込んで来ていた。
一雨きそうだ。
「じゃあ、私はもう帰るね。」
空を見上げていた名前が、総悟の方を向く。
「さよなら。」
名前は、小さく手を振りながら、ハッキリと別れを告げる。
それは、5年前に出来なかった別れの挨拶のようだった。
そして、それは〝決別〟を意味しているように感じたのだ。
立ち去っていく名前の背中を追いかけるように、静かに雨が降り始めた。
『どこに帰るの。もう会えないの。』
————思わず聞こうとしてしまって、口を噤んだ自分の判断を褒めた。
〝何も変わってない。〟—————彼女の笑みを、そう思い込もうとした。
でも、気づいていたのだ。
綺麗になっていた。5年の月日は、彼女を〝女〟にしていた。
そして、あの頃はただ真っすぐに無邪気だった彼女の笑顔に、憂いを忍ばせた。
自分の知らない5年が、彼女の中には確かに存在していたのだ。
それは、あの日、彼女の涙から自分が逃げたからだ。
泣いてる彼女に傘をさしてやる勇気と優しさ、強さが自分にあったのなら、何か変わっていたのかもしれないのに———。
彼女が消えてからずっと、後悔は消えない。
まだ子供だったから仕方がなかったのだと、今日もまた、雨に打たれながら自分を誤魔化そうか。
だって————。
「相変わらずなのは、オレだけかイ。」
土砂降りではないけれど、ただ静かに振り続ける冷たい雨が、いつまでも、いつまでも、頬を濡らし続けた———。
それはまるで、あの日、彼女が誰にも知られぬようにそっと流していた涙のように———。