【第十二訓】赤ん坊のような寝顔の称号を押し付け合うな
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長い間、音沙汰もなかった。
当然だ。なまえは、自らの意思で行方をくらませた。
お互いの過ごした日々を知らないまま、長い月日が流れたのだから、積もる話は、幾らでもあったはずだった。
でも、総悟となまえの間に流れたのは、静かすぎる沈黙だった。
不思議なのは、少なくとも総悟には、何か話さなければという焦りが、全くないことだ。
沈黙が居心地が良いわけではない。
だからといって、なまえの話を聞きたいとも思わない。
行方をくらましていた間、なまえが一体、どんな生活をしていたのか———気にならないわけではない。
でも、今はただ———。
(…寝てんのかィ。)
月を見上げ続けるのも首が痛くなって、視線を落とした総悟が、チラリと横を向けば、なまえは、こくりこくりと船をこいでいた。
つい先刻まで、総悟の寝顔が赤ん坊のようで可愛かったとからかっていたというのに、一体、いつ眠ってしまったのか。その素早さに、呆れて、総悟は小さく息を吐いた。
「赤ん坊の寝顔ってのは、コレのことを言うんじゃねぇのかィ。」
総悟は、なまえの頬をつまんだ。
これで、起きると思ったのだ。
だが、なまえは、何の反応もなく、気持ちよさそうに寝息を立て続ける。
久々の再会の後に真剣勝負を交え、それからは近藤達から屯所の案内と真選組の仕事の説明を受け、その後は、歓迎会で夜遅くまで酒や懐かしい話に付き合わされたのだ。疲れて、熟睡してしまっても仕方がない。
「仕方ねェ。」
敢えて、それを口にして、総悟はゆっくりと立ち上がった。
そして、なまえの背中と太ももの後ろに手をまわして、軽々と抱え上げる。
なまえの部屋は、廊下を少し行った先にあった。
部屋の前までやってくると、総悟は、足で襖を開けた。部屋の中央には、既に布団が敷いてあった。
布団を敷いて眠ろうとしたのはいいものの、なかなか眠りにつけず、すぐ近くの縁側で、暇つぶしをしていたということなのだろう。
どちらにしろ、なまえを抱えていて両手がふさがれている総悟にとっては、すでに敷いてある布団はとても都合がよかった。
また、足を使って掛布団を適当にどかした総悟は、なまえを敷布団の上にそっと寝かせる。
そして、掛布団を、今度はなまえの肩のあたりまでかけてやる。
総悟は、そのまま、なまえの横に腰をおろした。
気持ちよさそうななまえの寝顔が、なんだかやけに憎たらしくて、おでこを指ではじいてみた。
少しだけ顔を顰めたなまえは、またすぐにすやすやと気持ちの良さそうな寝息を立て始める。
安心感———。
なまえとふたりで並んで、月を見上げながら、総悟が感じていたのは、それだった。
今、彼女は自分の隣にいる。もう、どこにいるのかも分からず探し回ることをしなくていい。今頃、彼女はまだ泣いているのだろうかと、胸をかきむしりたくなるほどの後悔を感じる必要もない。
なまえは隣にいて、泣いていれば、すぐに分かる距離にいる。
だから、沈黙が流れても、気にならなかったのだ。
(そういえば、)
なまえが言うには、遠い日、眠ってしまった総悟を彼女がこうして抱えて部屋に連れて行ってくれたことがあるらしい。都合の悪いことは、記憶の奥に封じてしまったらしく、覚えてはいない。
でも、そのときのなまえが、数年後、弟だと可愛がっている男に、自分がこうして抱えられるなんて、想像もしていなかったのだろう。
明日、一緒に眠っていることに気づいたら、なまえはどんな顔をするのだろうか。
きっともう、彼女は、赤ん坊のような寝顔だ、と頬を緩めることは出来ない。
長い時間が流れたのだ。
もう、お互いに、あの頃とは違う。
(…でも、アンタは、)
それでも、なまえは、赤ん坊のような寝顔が可愛かった、と総悟をからかうような気がした。
きっと、彼女は、総悟に、男であることは望んでいない。
一緒に眠って、なまえを驚かそうかと悪戯心が生まれたのは嘘ではないが、総悟はすぐにその考えを改めた。
眠るなまえの髪をさらりと撫でた後、総悟は立ち上がり、一度も振り返らず、部屋を後にする。
少なくとも、彼女を驚かすのは、今じゃない。
焦って、自分はもう子供ではないと訴えたところで、それはきっと、なまえの目には、大人になりたい子供の愛おしい姿に映るだけだ。
総悟は、自分はもう子供ではないと、なまえに分からせたかった。
男なのだと、理解させたかった。
その衝動を芽生えさせているのが、どの感情なのかは、まだ総悟も分かっていない。
長い時間が流れた。離れていたその時間は、確かにあの頃は感じていたかもしれない彼女に対しての特別な想いを、薄くしていった。
思い出すことが少なくなっていたどころか、時々、ふと思い出せばいいくらいになっていたのだ。
総悟は、立ち止まると、さっきまでなまえが一生懸命に見上げていた夜空に視線を上げた。
ゾクリ———。
無意識に、心に冷えた温度を感じ、身体が小さく震える。
さっきまでは、ただ寂しそうに見えた欠けた月が、やけに不気味に見えたのだ。
まるで、すべてを飲み込もうとしているかのような闇の中で、細く尖る月は、ニヤリと笑う口元のようだった。
当然だ。なまえは、自らの意思で行方をくらませた。
お互いの過ごした日々を知らないまま、長い月日が流れたのだから、積もる話は、幾らでもあったはずだった。
でも、総悟となまえの間に流れたのは、静かすぎる沈黙だった。
不思議なのは、少なくとも総悟には、何か話さなければという焦りが、全くないことだ。
沈黙が居心地が良いわけではない。
だからといって、なまえの話を聞きたいとも思わない。
行方をくらましていた間、なまえが一体、どんな生活をしていたのか———気にならないわけではない。
でも、今はただ———。
(…寝てんのかィ。)
月を見上げ続けるのも首が痛くなって、視線を落とした総悟が、チラリと横を向けば、なまえは、こくりこくりと船をこいでいた。
つい先刻まで、総悟の寝顔が赤ん坊のようで可愛かったとからかっていたというのに、一体、いつ眠ってしまったのか。その素早さに、呆れて、総悟は小さく息を吐いた。
「赤ん坊の寝顔ってのは、コレのことを言うんじゃねぇのかィ。」
総悟は、なまえの頬をつまんだ。
これで、起きると思ったのだ。
だが、なまえは、何の反応もなく、気持ちよさそうに寝息を立て続ける。
久々の再会の後に真剣勝負を交え、それからは近藤達から屯所の案内と真選組の仕事の説明を受け、その後は、歓迎会で夜遅くまで酒や懐かしい話に付き合わされたのだ。疲れて、熟睡してしまっても仕方がない。
「仕方ねェ。」
敢えて、それを口にして、総悟はゆっくりと立ち上がった。
そして、なまえの背中と太ももの後ろに手をまわして、軽々と抱え上げる。
なまえの部屋は、廊下を少し行った先にあった。
部屋の前までやってくると、総悟は、足で襖を開けた。部屋の中央には、既に布団が敷いてあった。
布団を敷いて眠ろうとしたのはいいものの、なかなか眠りにつけず、すぐ近くの縁側で、暇つぶしをしていたということなのだろう。
どちらにしろ、なまえを抱えていて両手がふさがれている総悟にとっては、すでに敷いてある布団はとても都合がよかった。
また、足を使って掛布団を適当にどかした総悟は、なまえを敷布団の上にそっと寝かせる。
そして、掛布団を、今度はなまえの肩のあたりまでかけてやる。
総悟は、そのまま、なまえの横に腰をおろした。
気持ちよさそうななまえの寝顔が、なんだかやけに憎たらしくて、おでこを指ではじいてみた。
少しだけ顔を顰めたなまえは、またすぐにすやすやと気持ちの良さそうな寝息を立て始める。
安心感———。
なまえとふたりで並んで、月を見上げながら、総悟が感じていたのは、それだった。
今、彼女は自分の隣にいる。もう、どこにいるのかも分からず探し回ることをしなくていい。今頃、彼女はまだ泣いているのだろうかと、胸をかきむしりたくなるほどの後悔を感じる必要もない。
なまえは隣にいて、泣いていれば、すぐに分かる距離にいる。
だから、沈黙が流れても、気にならなかったのだ。
(そういえば、)
なまえが言うには、遠い日、眠ってしまった総悟を彼女がこうして抱えて部屋に連れて行ってくれたことがあるらしい。都合の悪いことは、記憶の奥に封じてしまったらしく、覚えてはいない。
でも、そのときのなまえが、数年後、弟だと可愛がっている男に、自分がこうして抱えられるなんて、想像もしていなかったのだろう。
明日、一緒に眠っていることに気づいたら、なまえはどんな顔をするのだろうか。
きっともう、彼女は、赤ん坊のような寝顔だ、と頬を緩めることは出来ない。
長い時間が流れたのだ。
もう、お互いに、あの頃とは違う。
(…でも、アンタは、)
それでも、なまえは、赤ん坊のような寝顔が可愛かった、と総悟をからかうような気がした。
きっと、彼女は、総悟に、男であることは望んでいない。
一緒に眠って、なまえを驚かそうかと悪戯心が生まれたのは嘘ではないが、総悟はすぐにその考えを改めた。
眠るなまえの髪をさらりと撫でた後、総悟は立ち上がり、一度も振り返らず、部屋を後にする。
少なくとも、彼女を驚かすのは、今じゃない。
焦って、自分はもう子供ではないと訴えたところで、それはきっと、なまえの目には、大人になりたい子供の愛おしい姿に映るだけだ。
総悟は、自分はもう子供ではないと、なまえに分からせたかった。
男なのだと、理解させたかった。
その衝動を芽生えさせているのが、どの感情なのかは、まだ総悟も分かっていない。
長い時間が流れた。離れていたその時間は、確かにあの頃は感じていたかもしれない彼女に対しての特別な想いを、薄くしていった。
思い出すことが少なくなっていたどころか、時々、ふと思い出せばいいくらいになっていたのだ。
総悟は、立ち止まると、さっきまでなまえが一生懸命に見上げていた夜空に視線を上げた。
ゾクリ———。
無意識に、心に冷えた温度を感じ、身体が小さく震える。
さっきまでは、ただ寂しそうに見えた欠けた月が、やけに不気味に見えたのだ。
まるで、すべてを飲み込もうとしているかのような闇の中で、細く尖る月は、ニヤリと笑う口元のようだった。