【第十一訓】縁側の記憶
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真選組の屯所を淡い闇が包み込む、静かな夜だ。
数時間前まで宴会を開いていた隊士達が、騒ぎ疲れて、すっかり寝静まった頃、総悟は、屯所の縁側を1人で歩いていた。
食堂の冷蔵庫の中に土方がストックしてある数本のマヨネーズの中に、辛子入りの当たりを作ってきた帰りだった。
時折、鼾が虚しく聞こえる以外は、シンという音が聞こえてくるような気がするほどの静けさの中、部屋まであと少しというところで、総悟は、なまえを見つける。
彼女は、縁側に座っていた。両手を縁側について、視線を上げ、夜空を見上げている。
心許ない月明かりは、かろうじて縁側に届いているだけだった。
だから、余計に、橙色の彼女の髪が美しく光り、まるで夜に抗う太陽が目の前に現れたように見えたのだ。
思わず立ち止まり、総悟もまた、彼女の視線の先にあるものを探すかのように、夜空を見上げる。
そこにあったのは、吸い込まれそうになるほどの暗闇だった。
その中央で、欠けた月が寂しそうに浮かんでいる。
「こんな時間に、何やってるんでイ。」
総悟が声をかけると、なまえの視線が暗闇からズレた。
目が合うと、彼女は困ったように眉尻を下げる。
「総ちゃんが、一緒に寝てくれないから。
寂しくて、眠れなかったの。」
適当なことを言いやがって———総悟の心の声は、ピクリと上がった片眉に、隠す気もなく現れる。
寂しいくらいに静かな縁側で夜空を見上げていたなまえは、ひとりになりたいように見えた。だから、声だけかければ、すぐに部屋に戻るつもりだったのだ。
でも、冗談を交えながらも、誰かを求めるようなその科白は、彼女の印象とは真逆を語っていた。
「夜更かしは、美容の敵なんじゃねぇのかイ。
あぁ…!もう手遅れってことか。」
総悟は、相変わらずの憎まれ口を叩きながら、なまえの隣にゆっくりと腰を下ろした。
縁側に座って夜空を見上げれば、寂しそうな月は、より一層、遠くに感じた。
なまえは、縁側に両手をついたままで、俯き、視線を下げて「うるさいな。」と怒ったように頬を膨らませながらも、クスクスと笑う。
遠い昔、総悟が〝子供〟と呼ばれることに違和感を覚え始めた頃、こんな風に、なまえと一緒に、共に暮らした小さな屋敷の縁側に座って、夜空を見上げたことがある。
あのときの月は、満月だったような気もするし、こんな風に欠けて寂しそうにしていたような気もする。
でも、これだけは覚えている。
総悟が縁側で見つけたなまえは、まるで、この欠けた月のように孤独に堪えながら寂しそうにしていた————。
「前にもあったね、こんなこと。」
なまえは、俯き視線を下げたままで言う。
同じことを思い出していたのか———そう思いながら、なまえの表情を伺うけれど、その横顔は、サラリと流れて落ちた髪に隠されて見えない。
「覚えてねェ。」
忘れたフリをして適当に流せば、なまえは「寂しいなぁ。」と困ったように笑う。
「花火大会の夜、総悟が一緒に花火を見てくれたの。」
「あ~…、そんなこともあったっかイ。」
そういえば、そうだった———総悟の脳裏に、あの夜の記憶が鮮やかに蘇ってくる。
あの日、武州にあった道場近くの河川敷では、花火大会が開催されていた。
でも、花火大会の会場に、なまえはいなかった。
誰もなまえのことを誘わなかったわけではない。
総悟も、近藤やミツバが、彼女を誘っているのを見ている。
だから、彼女も一緒に来るものだと当然のように思っていたのだ。
どうしていないのだろうか———そう思ったのも束の間、仲睦まじく花火を見上げるミツバと土方を見たとき、総悟も、子供ながらに、彼女がなぜ来なかったのかが分かった気がした。
だって、姉をとられたような気がして寂しかった総悟も、似たような気持だったから———。
「花火を見たの、あの夜が初めてだったんだぁ。」
漸く視線を上げたなまえは、懐かしそうに夜空を見上げる。
心許なげな月明かりに照らされる彼女の横顔は、とても嬉しそうに見えた。
でも、総悟には、分からなかった。
だって、あの夜、屋敷の縁側で見た花火は、遠くの木々に隠されて、華やかな光の残り火が漏れて零れているだけだった。
だから、総悟は、あれを花火だと認識せずに———。
(あぁ、そうだ。思い出した。)
縁側に並んで夜空を見上げた記憶が、少しずつ形作られていくようだった。
花火の残り火が遠くに微かに零れるだけの夜空を、なぜかとても嬉しそうに見ているなまえがあまりにも不憫で、総悟は、確かこう言ったのだ。
『あ~ぁ、花火を見損ねちまった。
アンタのせいだ。お詫びに、来年は俺に特等席を用意しとけよ。』
素直にはなれない子供なりの、なまえへの誘いだった。
そして、来年も一緒にいられることへの確認と、願いもこもっていたのかもしれない。
あの頃から、なんとなくだけれど、なまえは、目を離せば消えてしまいそうな不安を覚えていたような気がする。
(あのとき、なまえは何て言った?)
記憶を呼び起こそうとするが、全く思い出せない。
かろうじて覚えているのは、花火の破裂音が遠くから微かに聞こえる中で、とても悲しそうに目を伏せているなまえだけだ。
「花火見てたら、総悟が寝ちゃったんだよね。」
「そうだったか。覚えてねェ。」
「私が総悟を抱っこして、部屋まで連れて行ってあげたのを覚えてるなァ。
総悟がね、甘えるみたいに私にギューッてするから、一緒に寝てあげたんだよね。」
「は?」
「ぐっすり眠ってる顔が赤ちゃんみたいで可愛かった。」
なまえが、ひどく嬉しそうに言う。
何がそんなに嬉しいのか分からない。
子供の頃の恥ずかしい想い出を聞かされて、総悟は不機嫌そうに眉を顰めた。
数時間前まで宴会を開いていた隊士達が、騒ぎ疲れて、すっかり寝静まった頃、総悟は、屯所の縁側を1人で歩いていた。
食堂の冷蔵庫の中に土方がストックしてある数本のマヨネーズの中に、辛子入りの当たりを作ってきた帰りだった。
時折、鼾が虚しく聞こえる以外は、シンという音が聞こえてくるような気がするほどの静けさの中、部屋まであと少しというところで、総悟は、なまえを見つける。
彼女は、縁側に座っていた。両手を縁側について、視線を上げ、夜空を見上げている。
心許ない月明かりは、かろうじて縁側に届いているだけだった。
だから、余計に、橙色の彼女の髪が美しく光り、まるで夜に抗う太陽が目の前に現れたように見えたのだ。
思わず立ち止まり、総悟もまた、彼女の視線の先にあるものを探すかのように、夜空を見上げる。
そこにあったのは、吸い込まれそうになるほどの暗闇だった。
その中央で、欠けた月が寂しそうに浮かんでいる。
「こんな時間に、何やってるんでイ。」
総悟が声をかけると、なまえの視線が暗闇からズレた。
目が合うと、彼女は困ったように眉尻を下げる。
「総ちゃんが、一緒に寝てくれないから。
寂しくて、眠れなかったの。」
適当なことを言いやがって———総悟の心の声は、ピクリと上がった片眉に、隠す気もなく現れる。
寂しいくらいに静かな縁側で夜空を見上げていたなまえは、ひとりになりたいように見えた。だから、声だけかければ、すぐに部屋に戻るつもりだったのだ。
でも、冗談を交えながらも、誰かを求めるようなその科白は、彼女の印象とは真逆を語っていた。
「夜更かしは、美容の敵なんじゃねぇのかイ。
あぁ…!もう手遅れってことか。」
総悟は、相変わらずの憎まれ口を叩きながら、なまえの隣にゆっくりと腰を下ろした。
縁側に座って夜空を見上げれば、寂しそうな月は、より一層、遠くに感じた。
なまえは、縁側に両手をついたままで、俯き、視線を下げて「うるさいな。」と怒ったように頬を膨らませながらも、クスクスと笑う。
遠い昔、総悟が〝子供〟と呼ばれることに違和感を覚え始めた頃、こんな風に、なまえと一緒に、共に暮らした小さな屋敷の縁側に座って、夜空を見上げたことがある。
あのときの月は、満月だったような気もするし、こんな風に欠けて寂しそうにしていたような気もする。
でも、これだけは覚えている。
総悟が縁側で見つけたなまえは、まるで、この欠けた月のように孤独に堪えながら寂しそうにしていた————。
「前にもあったね、こんなこと。」
なまえは、俯き視線を下げたままで言う。
同じことを思い出していたのか———そう思いながら、なまえの表情を伺うけれど、その横顔は、サラリと流れて落ちた髪に隠されて見えない。
「覚えてねェ。」
忘れたフリをして適当に流せば、なまえは「寂しいなぁ。」と困ったように笑う。
「花火大会の夜、総悟が一緒に花火を見てくれたの。」
「あ~…、そんなこともあったっかイ。」
そういえば、そうだった———総悟の脳裏に、あの夜の記憶が鮮やかに蘇ってくる。
あの日、武州にあった道場近くの河川敷では、花火大会が開催されていた。
でも、花火大会の会場に、なまえはいなかった。
誰もなまえのことを誘わなかったわけではない。
総悟も、近藤やミツバが、彼女を誘っているのを見ている。
だから、彼女も一緒に来るものだと当然のように思っていたのだ。
どうしていないのだろうか———そう思ったのも束の間、仲睦まじく花火を見上げるミツバと土方を見たとき、総悟も、子供ながらに、彼女がなぜ来なかったのかが分かった気がした。
だって、姉をとられたような気がして寂しかった総悟も、似たような気持だったから———。
「花火を見たの、あの夜が初めてだったんだぁ。」
漸く視線を上げたなまえは、懐かしそうに夜空を見上げる。
心許なげな月明かりに照らされる彼女の横顔は、とても嬉しそうに見えた。
でも、総悟には、分からなかった。
だって、あの夜、屋敷の縁側で見た花火は、遠くの木々に隠されて、華やかな光の残り火が漏れて零れているだけだった。
だから、総悟は、あれを花火だと認識せずに———。
(あぁ、そうだ。思い出した。)
縁側に並んで夜空を見上げた記憶が、少しずつ形作られていくようだった。
花火の残り火が遠くに微かに零れるだけの夜空を、なぜかとても嬉しそうに見ているなまえがあまりにも不憫で、総悟は、確かこう言ったのだ。
『あ~ぁ、花火を見損ねちまった。
アンタのせいだ。お詫びに、来年は俺に特等席を用意しとけよ。』
素直にはなれない子供なりの、なまえへの誘いだった。
そして、来年も一緒にいられることへの確認と、願いもこもっていたのかもしれない。
あの頃から、なんとなくだけれど、なまえは、目を離せば消えてしまいそうな不安を覚えていたような気がする。
(あのとき、なまえは何て言った?)
記憶を呼び起こそうとするが、全く思い出せない。
かろうじて覚えているのは、花火の破裂音が遠くから微かに聞こえる中で、とても悲しそうに目を伏せているなまえだけだ。
「花火見てたら、総悟が寝ちゃったんだよね。」
「そうだったか。覚えてねェ。」
「私が総悟を抱っこして、部屋まで連れて行ってあげたのを覚えてるなァ。
総悟がね、甘えるみたいに私にギューッてするから、一緒に寝てあげたんだよね。」
「は?」
「ぐっすり眠ってる顔が赤ちゃんみたいで可愛かった。」
なまえが、ひどく嬉しそうに言う。
何がそんなに嬉しいのか分からない。
子供の頃の恥ずかしい想い出を聞かされて、総悟は不機嫌そうに眉を顰めた。