嵐の前の静けさ
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むせかえりそうになるような熱気と匂いが、部屋中に篭っていた。
畳の上に敷かれた布団には、まるで傷跡のように深い皴が刻まれている。
それは、男が抜け出しても残り続けた。むしろ、そこに確かにあったはずの体温が消えたことで、カタチと余韻は存在感を増したようだった。
白蛇がうねるように、細い腕がゆっくりと動き出すと、脱ぎ捨てられた着物へと伸びた。
女は、着物を掴むと、身体を起こさないままで、呆気なく冷えた身体に羽織らせる。
その間もずっと、女が見ていたのは、男の姿だった。
男は、窓際に立ち、夜闇を眺めていた。
音も聞こえないくらいに、静かに雨が降り続けている。
黒い雲に覆い尽くされ、夜なのか、地獄なのかも分からない世界に、月明かりはない。
それでも、世闇を眺めるひどく美しい横顔は、まさに月のように妖しく光り輝いていた。
遠くを見るような赤い瞳は、覆い隠されたその向こうにある朝焼けに焦がれているのだろうか。
とても儚いその姿は、つい先刻まで、強大な獣のように女の身体を弄んだ人間と同一人物だとは思えない。
女は、男が放つ魔力に魅せられていた。
まるで、妖しく光る月明かりを具現化したような男だ。
誰にも頼らずに独りで夜を照らし続ける姿は孤独そのものなのに、誰もがその美しさに惹きつけられる。
そして、逃げても逃げても追いかけてくる月に、いつの間にか魅了されてしまうのは人の方だ。
女はいつも思っていた、男は〝月の妖 〟に違いないと———。
月を眺めていた男が、ゆっくりと振り返った。
視線が重なると、男は、女の方へ歩み寄る。一歩、一歩、足を踏み出す度に、帯を軽く結んだだけの着物から、男の肢体が艶めかしく覗き、衣擦れの音が、窓の向こうにあった地獄を引き連れてくるかのように重たく、静かな部屋に響く。
男が、女の隣に膝をついた。そして、白い腕を引き上げれば、細い肩に乗せられていただけだった着物がゆっくりと落ちていく。
赤い痕を残す華奢な身体が外気に晒された頃には、女は男の腕の中だった。
この世で最も孤独なのは、月に見つかり、囚われてしまった人間なのかもしれない。
「お前を抱くと、必ず雨が降る。」
腕の中で強張った女の身体に、男は可笑しそうにククッと喉を鳴らした。
「土砂降りの雨を降らせやがれ。
どうせなら、もう二度と降り止まない雨がいい。」
「・・・・はい。」
「お前は本当にいい女だ。
———俺を悦ばせてくれよ。」
耳元で囁かれた男の声に、女は頷く。
そして、縋るように背中に抱き着き、男の着物を握りしめた。
満足気に、男の口の端が上がった。
窓の向こうでは、まるで、今から始まる地獄に抗おうとするかのように、太陽の光が、小さな雲の切れ間から一筋の糸となって漏れ始めていた。
畳の上に敷かれた布団には、まるで傷跡のように深い皴が刻まれている。
それは、男が抜け出しても残り続けた。むしろ、そこに確かにあったはずの体温が消えたことで、カタチと余韻は存在感を増したようだった。
白蛇がうねるように、細い腕がゆっくりと動き出すと、脱ぎ捨てられた着物へと伸びた。
女は、着物を掴むと、身体を起こさないままで、呆気なく冷えた身体に羽織らせる。
その間もずっと、女が見ていたのは、男の姿だった。
男は、窓際に立ち、夜闇を眺めていた。
音も聞こえないくらいに、静かに雨が降り続けている。
黒い雲に覆い尽くされ、夜なのか、地獄なのかも分からない世界に、月明かりはない。
それでも、世闇を眺めるひどく美しい横顔は、まさに月のように妖しく光り輝いていた。
遠くを見るような赤い瞳は、覆い隠されたその向こうにある朝焼けに焦がれているのだろうか。
とても儚いその姿は、つい先刻まで、強大な獣のように女の身体を弄んだ人間と同一人物だとは思えない。
女は、男が放つ魔力に魅せられていた。
まるで、妖しく光る月明かりを具現化したような男だ。
誰にも頼らずに独りで夜を照らし続ける姿は孤独そのものなのに、誰もがその美しさに惹きつけられる。
そして、逃げても逃げても追いかけてくる月に、いつの間にか魅了されてしまうのは人の方だ。
女はいつも思っていた、男は〝月の
月を眺めていた男が、ゆっくりと振り返った。
視線が重なると、男は、女の方へ歩み寄る。一歩、一歩、足を踏み出す度に、帯を軽く結んだだけの着物から、男の肢体が艶めかしく覗き、衣擦れの音が、窓の向こうにあった地獄を引き連れてくるかのように重たく、静かな部屋に響く。
男が、女の隣に膝をついた。そして、白い腕を引き上げれば、細い肩に乗せられていただけだった着物がゆっくりと落ちていく。
赤い痕を残す華奢な身体が外気に晒された頃には、女は男の腕の中だった。
この世で最も孤独なのは、月に見つかり、囚われてしまった人間なのかもしれない。
「お前を抱くと、必ず雨が降る。」
腕の中で強張った女の身体に、男は可笑しそうにククッと喉を鳴らした。
「土砂降りの雨を降らせやがれ。
どうせなら、もう二度と降り止まない雨がいい。」
「・・・・はい。」
「お前は本当にいい女だ。
———俺を悦ばせてくれよ。」
耳元で囁かれた男の声に、女は頷く。
そして、縋るように背中に抱き着き、男の着物を握りしめた。
満足気に、男の口の端が上がった。
窓の向こうでは、まるで、今から始まる地獄に抗おうとするかのように、太陽の光が、小さな雲の切れ間から一筋の糸となって漏れ始めていた。
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