2. ヒトリとフタリの年末
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年末年始は休業になっているバーの扉を、まるで実家の玄関のように我がもので開いてから5時間———いや、6時間、いや7時間———、よく覚えていないけれど、とにかくとても長い時間が流れているはずだ。
なぜなら、押しかけてきた私のせいで、休みの日に臨時に貸切でバーを開くことになってしまったイゾウが「いい加減もうやめろ。」と、さっきから耳が痛くなるくらいに繰り返しているせいだ。
それでも私は、フラフラの頭をもっとぼんやりさせるために、バーカウンターに突っ伏して、新しいお酒を待っている。
「で、元カレの夢見てセンチメンタルになっちゃったから、年末に朝からここでお酒飲んでるってわけ?」
親友のホワイティ・ベイが呆れたように言う。
でも、年末だというのについさっきまで仕事に追われ、やっとそれを片付けた後に電話をかける相手が、恋人ではなく女友達だった彼女には言われたくない。
バーカウンターに突っ伏したままで、ジトッとした視線を向ければ、私を見下ろす彼女にフッとバカにしたように笑われた。
ムカつくし、悔しいけれど、言い返す言葉は持ち合わせていない。
むしろそれを持ち合わせていないことを、幸運だと思うべきなのが悲しいところだ。
だって、何かを思いついたとしたとしても、それを言ったところで、ただの負け犬の遠吠えになるだけなのだ。
出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいるナイスバディの保有者で、大人のフェロモンを垂れ流す彼女は、切れ長なのに垂れ気味の大きな瞳が魅力的な超絶美人だ。
でも、ここ数年、彼女から恋人ができたという報告をされた覚えはない。
仕事が恋人だと本気で思ってる起業家の彼女が、男というのを求めていないというのもあるだろうし、そもそも、男たちが地位もお金もある美人に尻込みして声をかけられないのだ。
ただ単に、もう3年も浮いた話のないモテない私とは、語る次元が違うのだ。
グラスを傾けて、気心知れた同級生のバーでお酒を飲む姿まで様になっている彼女は、私の自慢の親友で、だから悔しいし、ムカつくし、どうしても比べてしまう自分が惨めで悲しい———。
「大事なところが抜けてる。
9時過ぎにダラダラ起きて、寝惚けて上司に慌てて電話するっていう
笑ってやることも出来ねぇ情けねぇオマケ付きだ。」
「なにそれ、もっと詳しく聞かせなさいよ。」
私のことを馬鹿にするためだけの話題に盛り上がりだした彼らに「うるさい黙れ。」とブツブツ文句を言ってみたけれど、カウンターに突っ伏す私の声は、盛り上がる意地悪達には届かないらしい。
「イゾウ~、お酒が来ないよ~。ちゃんと仕事しろ、仕事を。」
「客のつもりだったならちゃんと金払え、金を。」
「ベイだってお金払ってないのに、お酒貰ってるじゃん。」
「無銭飲食の常習犯と一緒にしないでくれる?
アタシは、いちいちレジを通すのが面倒だから、
開店祭のときに一生分のお金払っておいたのよ。」
「お金持ちはこれだから…。
お代っていうのには、その時に頂いたお酒に対して、ありがとう、って
感謝も込めるものなのよ。」
「ありがとうの感謝だけで金を払わねぇ馬鹿野郎よりは、
無感情の金をもらったほうがこっちは有難ぇんだけどな。」
文句を言いながら、イゾウが私の前にグラスを置いた。
なんだかんだとお酒を用意していたのなら、そんな守銭奴のようなことを言わないで、最初からグラスを渡してくれたらいいのに———。
イゾウは昔からそうなのだ。
高校生の頃から、彼は意地悪で、でも、本当は周りをよく見ていて面倒見が良くて、優しい———。
「———って、水じゃん!!」
身体を起こしてお酒のはずだったそれを飲んだ私は、グラスをカウンターに叩きつけて文句を吐いた。
「お前、本当にそこまでにしとけ。
モテねぇ女の酔っぱらいが一番質が悪ぃ。」
「うっさい。」
私が一番わかっていることを、わざわざ言葉にするイゾウの性格の悪さに、ムッと口を尖らせる。
こんなときくらい、優しい言葉をかけてくれてもいいと思うのだ。
あの日のことを、彼はすべて知っているのだから————。
「年下かぁ~。」
ベイが、自分のグラスをカラカラと鳴らしながら呟くように言う。
「年下さ~。」
適当に答えながら、美味しくもまずくもない水をチビチビと飲む。
「年下ってどこがいいの?うちにも最近、若いのが入ってきたけど
キーキーうるさい猿みたいに周りをウロチョロされて、邪魔でしかないわ。」
ベイが、綺麗に整えられた眉を少し顰めた。
(猿…ではなかったかなぁ。)
水をチビチビ飲みながら、お酒の力を借りて、たまには自分に、ほんの少しだけという条件付きで、あの頃を思い出すことを許可した。
蘇るのは、生意気な彼の切れ長の瞳と、思いっきり開いて楽しそうに笑う口、それから、悪戯な声———。
「キラキラしてた。」
「キラキラ?」
「良くも悪くも素直で、真っすぐで、ズルい大人みたいに裏がないの。
だから、一緒にいると、自分まですごく綺麗な人間になれたような気になれたの。」
「あ~…、それはなんとなく分かる気がするかも。」
ベイが頷いてくれたことが嬉しくて、珍しく恋愛話に付き合ってくれる彼女と、お互いの過去の恋愛を掘り下げて盛り上がる。
主に、自分達を過ぎ去っていった昔の男達の悪口だ。
「アハハ、なにそれ、最悪!
アンタって本当に、性格悪い男が好きよね~。」
「ベイこそ、未練たらたらの情けない男ばっかじゃーん。」
男達の悪口で盛り上がれば盛り上がるほど、イゾウの眉間の皴が深くなっていく。
でも、口を挟めば、酔っ払い女達から倍返しが来ると長い付き合いで理解している彼は、聞こえないフリをして、グラスを磨き続けていた。
どうやら、ベイは相当ストレスが溜まっていたらしく、元カレの悪口と並行して、新しく入ったという若い社員の愚痴を散々吐き出す。
しばらく、彼女の愚痴の聞き役に徹していると、スマホがバイブを鳴らした。
すぐにバッグの中を漁りだしたのは、ベイだ。
ベイは、取り出したスマホの表示を見ると、これでもかというほどに思いっきり表情を歪めた。
「どうした?」
不思議に思いながら、彼女の手元を覗き込む。
電話をかけてきているのが、人間ではなく【バカ猿】と表示されているのを見て、彼女が迷惑をそうな顔をした理由を知る。
「出ないの?」
「どうせくだらない理由だから無視。」
ベイは、溜息を吐くようにそう言って、スマホをバッグに戻してしまう。
でも、何度も何度もバイブ音が途切れては、また音を響かせて、バッグの中からお猿さんがベイを呼び続ける。
「おい、ベイ。うるせぇから出るか、スマホの電源切るかどっちにかにしろ。」
イゾウが不機嫌にバッグの中を睨みつける。
「あーッ、もうこのクソ猿!!」
溜まりに溜まった怒りを吐き出すように叫んだベイは、バッグの中からスマホを取り出して応答ボタンを押すと、要件を聞くために一旦、バーを出て行った。
世間では年末年始でお休みムードのこの日も、ベイのスマホには仕事関連のメールは届いているだろうし、電話もかかってくるかもしれない。
だから、お猿さんの為にスマホの電源を切ることは出来なかったのだろう。
ベイがバーを出てすぐに、またバイブが鳴った。
今度は、呼び出されたのはイゾウだったらしく、カウンター奥の棚に置いてあるスマホを見ると、彼もまた面倒そうな顔をした。
「うるせぇな、年末にまで電話してくんじゃねぇ。」
スマホを耳に当てて、イゾウが怒ったように言う。
意外と人見知りなところがある彼が、まったく気を遣わずに話せる相手のようなので、仲の良い友人なのだろう。
起き上がった身体をまた倒した私は、カウンターに突っ伏しながら、終始不機嫌そうに話すイゾウを眺める。
ベイも、イゾウも、面倒そうにしながらも、今年の終わりに連絡をしてきてくれる人がいることが、羨ましかった。
私なんて、今朝、カウントダウンライブの準備で忙しいとかなんとか汗マーク付きで、今人気絶頂のアイドルから間違いLINEが届いたっきりだ。
暇すぎて『ライブ、頑張ってください。』と返事をしたら、間違いLINEを送ってしまった謝罪と共に、もしかしたらこの出会いは運命かもしれないから、また一緒に話したいという素敵な文言と共に、知らないURLが返ってきた。
(虚しい…。)
何も成し遂げることもなければ、何も残らない無駄な時間が流れるだけの1年が、またひとつ終わっていくのか。
あの頃の私は、3年後の自分が、悪友のバーで酔っぱらうことしか出来ない虚しい女になってるなんて、想像もしてなかった。
ただ、輝かしい未来の隣で、私も幸せな未来を夢見ていたはずだったのに————。
なぜなら、押しかけてきた私のせいで、休みの日に臨時に貸切でバーを開くことになってしまったイゾウが「いい加減もうやめろ。」と、さっきから耳が痛くなるくらいに繰り返しているせいだ。
それでも私は、フラフラの頭をもっとぼんやりさせるために、バーカウンターに突っ伏して、新しいお酒を待っている。
「で、元カレの夢見てセンチメンタルになっちゃったから、年末に朝からここでお酒飲んでるってわけ?」
親友のホワイティ・ベイが呆れたように言う。
でも、年末だというのについさっきまで仕事に追われ、やっとそれを片付けた後に電話をかける相手が、恋人ではなく女友達だった彼女には言われたくない。
バーカウンターに突っ伏したままで、ジトッとした視線を向ければ、私を見下ろす彼女にフッとバカにしたように笑われた。
ムカつくし、悔しいけれど、言い返す言葉は持ち合わせていない。
むしろそれを持ち合わせていないことを、幸運だと思うべきなのが悲しいところだ。
だって、何かを思いついたとしたとしても、それを言ったところで、ただの負け犬の遠吠えになるだけなのだ。
出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいるナイスバディの保有者で、大人のフェロモンを垂れ流す彼女は、切れ長なのに垂れ気味の大きな瞳が魅力的な超絶美人だ。
でも、ここ数年、彼女から恋人ができたという報告をされた覚えはない。
仕事が恋人だと本気で思ってる起業家の彼女が、男というのを求めていないというのもあるだろうし、そもそも、男たちが地位もお金もある美人に尻込みして声をかけられないのだ。
ただ単に、もう3年も浮いた話のないモテない私とは、語る次元が違うのだ。
グラスを傾けて、気心知れた同級生のバーでお酒を飲む姿まで様になっている彼女は、私の自慢の親友で、だから悔しいし、ムカつくし、どうしても比べてしまう自分が惨めで悲しい———。
「大事なところが抜けてる。
9時過ぎにダラダラ起きて、寝惚けて上司に慌てて電話するっていう
笑ってやることも出来ねぇ情けねぇオマケ付きだ。」
「なにそれ、もっと詳しく聞かせなさいよ。」
私のことを馬鹿にするためだけの話題に盛り上がりだした彼らに「うるさい黙れ。」とブツブツ文句を言ってみたけれど、カウンターに突っ伏す私の声は、盛り上がる意地悪達には届かないらしい。
「イゾウ~、お酒が来ないよ~。ちゃんと仕事しろ、仕事を。」
「客のつもりだったならちゃんと金払え、金を。」
「ベイだってお金払ってないのに、お酒貰ってるじゃん。」
「無銭飲食の常習犯と一緒にしないでくれる?
アタシは、いちいちレジを通すのが面倒だから、
開店祭のときに一生分のお金払っておいたのよ。」
「お金持ちはこれだから…。
お代っていうのには、その時に頂いたお酒に対して、ありがとう、って
感謝も込めるものなのよ。」
「ありがとうの感謝だけで金を払わねぇ馬鹿野郎よりは、
無感情の金をもらったほうがこっちは有難ぇんだけどな。」
文句を言いながら、イゾウが私の前にグラスを置いた。
なんだかんだとお酒を用意していたのなら、そんな守銭奴のようなことを言わないで、最初からグラスを渡してくれたらいいのに———。
イゾウは昔からそうなのだ。
高校生の頃から、彼は意地悪で、でも、本当は周りをよく見ていて面倒見が良くて、優しい———。
「———って、水じゃん!!」
身体を起こしてお酒のはずだったそれを飲んだ私は、グラスをカウンターに叩きつけて文句を吐いた。
「お前、本当にそこまでにしとけ。
モテねぇ女の酔っぱらいが一番質が悪ぃ。」
「うっさい。」
私が一番わかっていることを、わざわざ言葉にするイゾウの性格の悪さに、ムッと口を尖らせる。
こんなときくらい、優しい言葉をかけてくれてもいいと思うのだ。
あの日のことを、彼はすべて知っているのだから————。
「年下かぁ~。」
ベイが、自分のグラスをカラカラと鳴らしながら呟くように言う。
「年下さ~。」
適当に答えながら、美味しくもまずくもない水をチビチビと飲む。
「年下ってどこがいいの?うちにも最近、若いのが入ってきたけど
キーキーうるさい猿みたいに周りをウロチョロされて、邪魔でしかないわ。」
ベイが、綺麗に整えられた眉を少し顰めた。
(猿…ではなかったかなぁ。)
水をチビチビ飲みながら、お酒の力を借りて、たまには自分に、ほんの少しだけという条件付きで、あの頃を思い出すことを許可した。
蘇るのは、生意気な彼の切れ長の瞳と、思いっきり開いて楽しそうに笑う口、それから、悪戯な声———。
「キラキラしてた。」
「キラキラ?」
「良くも悪くも素直で、真っすぐで、ズルい大人みたいに裏がないの。
だから、一緒にいると、自分まですごく綺麗な人間になれたような気になれたの。」
「あ~…、それはなんとなく分かる気がするかも。」
ベイが頷いてくれたことが嬉しくて、珍しく恋愛話に付き合ってくれる彼女と、お互いの過去の恋愛を掘り下げて盛り上がる。
主に、自分達を過ぎ去っていった昔の男達の悪口だ。
「アハハ、なにそれ、最悪!
アンタって本当に、性格悪い男が好きよね~。」
「ベイこそ、未練たらたらの情けない男ばっかじゃーん。」
男達の悪口で盛り上がれば盛り上がるほど、イゾウの眉間の皴が深くなっていく。
でも、口を挟めば、酔っ払い女達から倍返しが来ると長い付き合いで理解している彼は、聞こえないフリをして、グラスを磨き続けていた。
どうやら、ベイは相当ストレスが溜まっていたらしく、元カレの悪口と並行して、新しく入ったという若い社員の愚痴を散々吐き出す。
しばらく、彼女の愚痴の聞き役に徹していると、スマホがバイブを鳴らした。
すぐにバッグの中を漁りだしたのは、ベイだ。
ベイは、取り出したスマホの表示を見ると、これでもかというほどに思いっきり表情を歪めた。
「どうした?」
不思議に思いながら、彼女の手元を覗き込む。
電話をかけてきているのが、人間ではなく【バカ猿】と表示されているのを見て、彼女が迷惑をそうな顔をした理由を知る。
「出ないの?」
「どうせくだらない理由だから無視。」
ベイは、溜息を吐くようにそう言って、スマホをバッグに戻してしまう。
でも、何度も何度もバイブ音が途切れては、また音を響かせて、バッグの中からお猿さんがベイを呼び続ける。
「おい、ベイ。うるせぇから出るか、スマホの電源切るかどっちにかにしろ。」
イゾウが不機嫌にバッグの中を睨みつける。
「あーッ、もうこのクソ猿!!」
溜まりに溜まった怒りを吐き出すように叫んだベイは、バッグの中からスマホを取り出して応答ボタンを押すと、要件を聞くために一旦、バーを出て行った。
世間では年末年始でお休みムードのこの日も、ベイのスマホには仕事関連のメールは届いているだろうし、電話もかかってくるかもしれない。
だから、お猿さんの為にスマホの電源を切ることは出来なかったのだろう。
ベイがバーを出てすぐに、またバイブが鳴った。
今度は、呼び出されたのはイゾウだったらしく、カウンター奥の棚に置いてあるスマホを見ると、彼もまた面倒そうな顔をした。
「うるせぇな、年末にまで電話してくんじゃねぇ。」
スマホを耳に当てて、イゾウが怒ったように言う。
意外と人見知りなところがある彼が、まったく気を遣わずに話せる相手のようなので、仲の良い友人なのだろう。
起き上がった身体をまた倒した私は、カウンターに突っ伏しながら、終始不機嫌そうに話すイゾウを眺める。
ベイも、イゾウも、面倒そうにしながらも、今年の終わりに連絡をしてきてくれる人がいることが、羨ましかった。
私なんて、今朝、カウントダウンライブの準備で忙しいとかなんとか汗マーク付きで、今人気絶頂のアイドルから間違いLINEが届いたっきりだ。
暇すぎて『ライブ、頑張ってください。』と返事をしたら、間違いLINEを送ってしまった謝罪と共に、もしかしたらこの出会いは運命かもしれないから、また一緒に話したいという素敵な文言と共に、知らないURLが返ってきた。
(虚しい…。)
何も成し遂げることもなければ、何も残らない無駄な時間が流れるだけの1年が、またひとつ終わっていくのか。
あの頃の私は、3年後の自分が、悪友のバーで酔っぱらうことしか出来ない虚しい女になってるなんて、想像もしてなかった。
ただ、輝かしい未来の隣で、私も幸せな未来を夢見ていたはずだったのに————。