20.他の女
Name change
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「…!…ース!!エース!!」
身体を揺さぶられていることにエースが気づいてから、おそらく5分は経過している。
もう昼過ぎなのだろう。だいぶ眠ったような気がする。
それでもエースが頑なに寝たフリを続けているのは、自分を起こそうとしている彼女の目的に見当がついていたからだ。
起きてしまったら、面倒なことになる。
それなら、無視をし続けて諦めてもらうのがいい———そう考えながら、瞼を強く閉じ続けるエースの耳元に微かな吐息がかかる。
彼女が耳元でスゥっと息を吸った。
「エ…!!」
「分かった!!起きる!!起きるから!!」
耳元で爆音を響かそうとした直後、エースは勢いよく飛び起きる。
鼓膜を守る為には、観念するしかなかった。
狸寝入りもバレていたのだろう。
目が合うと、ナミは勝ち誇ったように口の端を上げた。
だが、それもすぐに険しい表情へと変わる。
「聞いたわよ。エースに本命の彼女が出来たって。
どういうこと!?」
やっぱり———想定通りのセリフだった。
後輩とはいえ、昨日、夢の世界で会った彼女達はエースと同じ大学の学生だ。
ナミと関わりがあるはずがない。
けれど、情報通のナミには、光のようなスピードで情報が筒抜けになっている。
どこかで、エースの知り合いと繋がっているのだろう。
「耳元で騒ぐなって…。寝起きで頭も痛ぇ。」
エースは右手のひらで額を抑える仕草で、頭痛を訴える。
正直、そうでもなかった。
誠実に対応する気のない自分のズルさは理解していた。
でも今は、深くは考えたくなかったのだ。
特に、昨日のことについては———。
「じゃあ、どういうことなのか説明してよ!!
本命は作らないって約束したでしょ!?」
誤魔化そうとしたところで、ナミの怒りはエスカレートしただけだった。
エースはため息を吐きだす。
「出来そうにねぇ、って言っただけだろ。」
前のめりで怒りをぶつけるナミの肩を押しのけると、エースは、のっそりとベッドから降りる。
顔を洗おうと洗面所へ向かえば、その背中をナミが追いかけて来た。
「そんな屁理屈で私が納得するわけないでしょう!?」
「勝手に勘違いしてただけだろ。」
洗面所の蛇口をひねると、冷たい水が手のひらを流れて落ちていく。
水は、あの日、掴めなかった名前の冷たい手に似ているから嫌いだ。
背中の向こうで喚いているナミの怒りを、右から左に聞き流して、蛇口の下で両掌を広げて水をすくう。
それでも溢れて零れそうになる水をそっと包むように守った。
顔を洗えば、少しだけ気持ちが晴れやかになった気がする。
漸く、1日が始まった感覚。それは、同時に、夢の世界が終わった実感とも重なる。
『ダッセ!名前、びしょ濡れ!!』
『エースもひとのこと言えないからね!!』
『俺は、水も滴るいい男だろ?』
『じゃあ、私だってそう!!』
『貞子!』
『キーーー!エースがレインウェアを買わせてくれなかったから!!』
歯磨きをしながら、蛇口から流しっぱなしにしている水を眺めていると、からかう度に、本気で怒り返してくる名前の声が蘇った。
あの頃からそうだ。名前は、いつも一生懸命だった。
自分が高校生だということで歯がゆい思いをしたことはあるけれど、彼女といる時間だけは年齢差なんて気にならなかった。
昨日の夢の世界にいたのは、からかいがいのある可愛い恋人だった、あの頃の名前のままだった。
違うのは、エースはもう高校生ではなく、名前も教師ではないということ。それから、大好きで大好きで仕方なかった名前が、今では大嫌いで大嫌いで仕方がないということか。
(相当な違いだな。)
うがいまで終えたエースは、蛇口をきつくひねった。
キュッ、キュッと苦しそうな高い音と共に、しっかりと水が止まる。
鏡に映る憂鬱そうな自分の顔を眺めながら、ふと思う。
——こんな風に、心から溢れ出した名前への気持ちを止めることが出来れば、簡単に忘れられたのだろうか。
裏切られたと知りながらも、諦めきれずに引きずった長い時間は、美しかった日々を触れてはいけない黒い過去に変えた。そして、愛が憎しみへと変わる。
女性に対する軽い態度もそうだ。笑いながら、耳心地の良い言葉をかけていても、彼女達をほんの少しも信頼していない。だから、自分もまた誠実に対応する必要はないと考えてしまっている。
そしてそれは、再会した名前に対しては、頑なに拒む冷たい態度として表れた。
洗面所から部屋に戻ったエースは、クローゼットから適当に服を引っ張り出してソファに放り投げる。
相変わらずナミはエースの背中を追いかけて、喚いている。
適当に聞き流しながら着替えを終わらせると、棚の上に置いておいたキーケースとスマホ、財布を掴む。
「ちょっと!まだ話は終わってないわよ!」
玄関へ向かうエースの腕を、ナミが掴んで、怒鳴った。
「はぁ~…、休みの日までなんなんだよ。」
振り返ってため息を吐いたエースは、ポケットから財布を取り出した。
「お前もいつまでも靡かねぇ俺に構ってねぇで、
ルフィ達と遊んでこい。ビビちゃんとかさ。ほら、小遣いやるから。」
「バカにしないで!!」
金欠のエースなりに奮発して財布から取り出した2万円が、ナミの手に振り払われてハラハラと舞う。
そして、廊下に落ちたお札をエースは驚いた顔で見下ろす。
だって、ナミは、一にも二にも、お金が大好きなのだ。
他の女のところに遊びに行こうとしているところを咎められる度に、こうして『お小遣いだ』とお金を渡していれば、ナミは悪戯っ子な顔をして笑っていた。
エースだって、それを鵜呑みにしていたわけではない。
ナミの意思に反して、それでも無理して笑っていたのかもしれない。
けれど、それはつまり、彼女は自分の立ち位置をしっかり理解していたということだ。
少なくとも、エースに対して、こんな風に、感情をコントロールできないほどに怒りを爆発させることはなかった。
エースがどれだけ女と遊んだって、涙の一粒だって見せなかったのだ。
それがどうだ。
今、ナミは、大きな瞳に涙をためて、必死に泣くのを堪えている。
「どうしたんだよ、ナミ。
お前らしくねぇぞ。」
「エースが、その女とキスしたって聞いた。」
普段よりも低いナミの声は、涙で震えていた。
やっぱり———。
ナミの情報網は、ありとあらゆる場所に張り巡らされているのだろう。
いつだって、ほとんど間違いもなく正解な情報を持ってくる。
「誰がそんなことを———。」
「どうして!?エースは〝他の女〟を抱いたって、絶対にキスはしなかった!
それだけはダメだって、ちゃんと一線引いてたじゃない!
それがどうして、その女とキスなんかするの!?」
狭い廊下に、ナミの声が響く。
エースは、ナミの今の感情を〝怒っている〟だと思っていた。
だから、いつものように、大好きなお金を渡してご機嫌をとろうとした。
エースも馬鹿じゃない。そんなことをされたら、ナミがどう思うかなんて分かっている。
子供扱いされている、とナミにとっては不満でしかない態度だっただろう。
でも、それも、エースなりにナミとの間に引いた〝一線〟だったのだ。
〝他の女〟達に、頑なにキスだけは許さなかったことと同じだ。
そうすれば、彼女達も自分に本気になることはないと勝手に解釈していた。
でも、ナミは本気で、だからこそ今、恋する相手を失うかもしれない不安と恐怖に怯え、傷ついている。
今になってやっと、エースは漸く、ナミがどれほど強く自分を想ってくれていたのかを理解したのだ。
目の前にいるナミが、あの日、名前に裏切られたことを知った自分と重なる。
ひとつ違うのは、エースはエースなりに、ナミとの距離を保ったし、彼女の尊厳を傷つけるようなことはしていないということだ。
それにいつかは、ナミに諦めてもらわなければならなかった。
約束は約束として守らなければならないとしながらも、ナミにとってそれが幸せなことだとはどうしても思えなかった。
だって、ルフィの親友である彼女は、いつになってもエースにとっては可愛い妹と同様なのだ。
ナミがどんなに頑張ったところで、エースの気持ちが、彼女に向くことは、一生ない。
「〝他の女〟じゃねぇからだ。」
「なんで…っ。なんで、急に…!?
この間、会ったときはそんなこと一言も言ってなかったじゃない…!」
「馴れ初めが聞きてぇの?」
「…っ。」
「悪ぃけど、彼女が待ってるから行くわ。
ちゃんと鍵閉めて出てけよ。」
エースは、敢えて行き先をナミに告げて背を向ける。
そして、玄関で靴を履きながら、ふと思い出して、廊下に残してきたナミを振り返った。
「お前が勝手に作った合鍵、ポストに入れててくれ。
〝他の女〟がおれんちの合鍵持ってたら、彼女が嫌がるから。」
「…っ。バカエース!!
———今すぐ返すわよ、こんなもの!!」
バッグの中を漁ったナミは、キーホルダーのついた鍵を取り出すと、それを思いっきりエースの方へと投げつける。
腕力自慢ばかり集まっているようなルフィの友人の中で、華奢でか弱いナミの力では、エースの足元に届くのがやっとだった。
鍵を拾い上げたエースは、見覚えのあるキーホルダーに気付く。
サボとの高校卒業旅行先でエースがナミに買った土産だ。よくある現地のゆるキャラのキーホルダーで、渡した時には、ダサすぎて使えないとすごく嫌な顔をされたのを覚えている。
でも、ナミはまだ持っていたようだ。
罪悪感と共に、エースはキーホルダーをギュッと握りしめると、そのままポケットに入れて玄関から出た。
扉が閉まったとき、ナミも聞いてしまっただろうか。
目の前が真っ暗になって、人生が終わったように感じた。あの日の絶望の音を———。
身体を揺さぶられていることにエースが気づいてから、おそらく5分は経過している。
もう昼過ぎなのだろう。だいぶ眠ったような気がする。
それでもエースが頑なに寝たフリを続けているのは、自分を起こそうとしている彼女の目的に見当がついていたからだ。
起きてしまったら、面倒なことになる。
それなら、無視をし続けて諦めてもらうのがいい———そう考えながら、瞼を強く閉じ続けるエースの耳元に微かな吐息がかかる。
彼女が耳元でスゥっと息を吸った。
「エ…!!」
「分かった!!起きる!!起きるから!!」
耳元で爆音を響かそうとした直後、エースは勢いよく飛び起きる。
鼓膜を守る為には、観念するしかなかった。
狸寝入りもバレていたのだろう。
目が合うと、ナミは勝ち誇ったように口の端を上げた。
だが、それもすぐに険しい表情へと変わる。
「聞いたわよ。エースに本命の彼女が出来たって。
どういうこと!?」
やっぱり———想定通りのセリフだった。
後輩とはいえ、昨日、夢の世界で会った彼女達はエースと同じ大学の学生だ。
ナミと関わりがあるはずがない。
けれど、情報通のナミには、光のようなスピードで情報が筒抜けになっている。
どこかで、エースの知り合いと繋がっているのだろう。
「耳元で騒ぐなって…。寝起きで頭も痛ぇ。」
エースは右手のひらで額を抑える仕草で、頭痛を訴える。
正直、そうでもなかった。
誠実に対応する気のない自分のズルさは理解していた。
でも今は、深くは考えたくなかったのだ。
特に、昨日のことについては———。
「じゃあ、どういうことなのか説明してよ!!
本命は作らないって約束したでしょ!?」
誤魔化そうとしたところで、ナミの怒りはエスカレートしただけだった。
エースはため息を吐きだす。
「出来そうにねぇ、って言っただけだろ。」
前のめりで怒りをぶつけるナミの肩を押しのけると、エースは、のっそりとベッドから降りる。
顔を洗おうと洗面所へ向かえば、その背中をナミが追いかけて来た。
「そんな屁理屈で私が納得するわけないでしょう!?」
「勝手に勘違いしてただけだろ。」
洗面所の蛇口をひねると、冷たい水が手のひらを流れて落ちていく。
水は、あの日、掴めなかった名前の冷たい手に似ているから嫌いだ。
背中の向こうで喚いているナミの怒りを、右から左に聞き流して、蛇口の下で両掌を広げて水をすくう。
それでも溢れて零れそうになる水をそっと包むように守った。
顔を洗えば、少しだけ気持ちが晴れやかになった気がする。
漸く、1日が始まった感覚。それは、同時に、夢の世界が終わった実感とも重なる。
『ダッセ!名前、びしょ濡れ!!』
『エースもひとのこと言えないからね!!』
『俺は、水も滴るいい男だろ?』
『じゃあ、私だってそう!!』
『貞子!』
『キーーー!エースがレインウェアを買わせてくれなかったから!!』
歯磨きをしながら、蛇口から流しっぱなしにしている水を眺めていると、からかう度に、本気で怒り返してくる名前の声が蘇った。
あの頃からそうだ。名前は、いつも一生懸命だった。
自分が高校生だということで歯がゆい思いをしたことはあるけれど、彼女といる時間だけは年齢差なんて気にならなかった。
昨日の夢の世界にいたのは、からかいがいのある可愛い恋人だった、あの頃の名前のままだった。
違うのは、エースはもう高校生ではなく、名前も教師ではないということ。それから、大好きで大好きで仕方なかった名前が、今では大嫌いで大嫌いで仕方がないということか。
(相当な違いだな。)
うがいまで終えたエースは、蛇口をきつくひねった。
キュッ、キュッと苦しそうな高い音と共に、しっかりと水が止まる。
鏡に映る憂鬱そうな自分の顔を眺めながら、ふと思う。
——こんな風に、心から溢れ出した名前への気持ちを止めることが出来れば、簡単に忘れられたのだろうか。
裏切られたと知りながらも、諦めきれずに引きずった長い時間は、美しかった日々を触れてはいけない黒い過去に変えた。そして、愛が憎しみへと変わる。
女性に対する軽い態度もそうだ。笑いながら、耳心地の良い言葉をかけていても、彼女達をほんの少しも信頼していない。だから、自分もまた誠実に対応する必要はないと考えてしまっている。
そしてそれは、再会した名前に対しては、頑なに拒む冷たい態度として表れた。
洗面所から部屋に戻ったエースは、クローゼットから適当に服を引っ張り出してソファに放り投げる。
相変わらずナミはエースの背中を追いかけて、喚いている。
適当に聞き流しながら着替えを終わらせると、棚の上に置いておいたキーケースとスマホ、財布を掴む。
「ちょっと!まだ話は終わってないわよ!」
玄関へ向かうエースの腕を、ナミが掴んで、怒鳴った。
「はぁ~…、休みの日までなんなんだよ。」
振り返ってため息を吐いたエースは、ポケットから財布を取り出した。
「お前もいつまでも靡かねぇ俺に構ってねぇで、
ルフィ達と遊んでこい。ビビちゃんとかさ。ほら、小遣いやるから。」
「バカにしないで!!」
金欠のエースなりに奮発して財布から取り出した2万円が、ナミの手に振り払われてハラハラと舞う。
そして、廊下に落ちたお札をエースは驚いた顔で見下ろす。
だって、ナミは、一にも二にも、お金が大好きなのだ。
他の女のところに遊びに行こうとしているところを咎められる度に、こうして『お小遣いだ』とお金を渡していれば、ナミは悪戯っ子な顔をして笑っていた。
エースだって、それを鵜呑みにしていたわけではない。
ナミの意思に反して、それでも無理して笑っていたのかもしれない。
けれど、それはつまり、彼女は自分の立ち位置をしっかり理解していたということだ。
少なくとも、エースに対して、こんな風に、感情をコントロールできないほどに怒りを爆発させることはなかった。
エースがどれだけ女と遊んだって、涙の一粒だって見せなかったのだ。
それがどうだ。
今、ナミは、大きな瞳に涙をためて、必死に泣くのを堪えている。
「どうしたんだよ、ナミ。
お前らしくねぇぞ。」
「エースが、その女とキスしたって聞いた。」
普段よりも低いナミの声は、涙で震えていた。
やっぱり———。
ナミの情報網は、ありとあらゆる場所に張り巡らされているのだろう。
いつだって、ほとんど間違いもなく正解な情報を持ってくる。
「誰がそんなことを———。」
「どうして!?エースは〝他の女〟を抱いたって、絶対にキスはしなかった!
それだけはダメだって、ちゃんと一線引いてたじゃない!
それがどうして、その女とキスなんかするの!?」
狭い廊下に、ナミの声が響く。
エースは、ナミの今の感情を〝怒っている〟だと思っていた。
だから、いつものように、大好きなお金を渡してご機嫌をとろうとした。
エースも馬鹿じゃない。そんなことをされたら、ナミがどう思うかなんて分かっている。
子供扱いされている、とナミにとっては不満でしかない態度だっただろう。
でも、それも、エースなりにナミとの間に引いた〝一線〟だったのだ。
〝他の女〟達に、頑なにキスだけは許さなかったことと同じだ。
そうすれば、彼女達も自分に本気になることはないと勝手に解釈していた。
でも、ナミは本気で、だからこそ今、恋する相手を失うかもしれない不安と恐怖に怯え、傷ついている。
今になってやっと、エースは漸く、ナミがどれほど強く自分を想ってくれていたのかを理解したのだ。
目の前にいるナミが、あの日、名前に裏切られたことを知った自分と重なる。
ひとつ違うのは、エースはエースなりに、ナミとの距離を保ったし、彼女の尊厳を傷つけるようなことはしていないということだ。
それにいつかは、ナミに諦めてもらわなければならなかった。
約束は約束として守らなければならないとしながらも、ナミにとってそれが幸せなことだとはどうしても思えなかった。
だって、ルフィの親友である彼女は、いつになってもエースにとっては可愛い妹と同様なのだ。
ナミがどんなに頑張ったところで、エースの気持ちが、彼女に向くことは、一生ない。
「〝他の女〟じゃねぇからだ。」
「なんで…っ。なんで、急に…!?
この間、会ったときはそんなこと一言も言ってなかったじゃない…!」
「馴れ初めが聞きてぇの?」
「…っ。」
「悪ぃけど、彼女が待ってるから行くわ。
ちゃんと鍵閉めて出てけよ。」
エースは、敢えて行き先をナミに告げて背を向ける。
そして、玄関で靴を履きながら、ふと思い出して、廊下に残してきたナミを振り返った。
「お前が勝手に作った合鍵、ポストに入れててくれ。
〝他の女〟がおれんちの合鍵持ってたら、彼女が嫌がるから。」
「…っ。バカエース!!
———今すぐ返すわよ、こんなもの!!」
バッグの中を漁ったナミは、キーホルダーのついた鍵を取り出すと、それを思いっきりエースの方へと投げつける。
腕力自慢ばかり集まっているようなルフィの友人の中で、華奢でか弱いナミの力では、エースの足元に届くのがやっとだった。
鍵を拾い上げたエースは、見覚えのあるキーホルダーに気付く。
サボとの高校卒業旅行先でエースがナミに買った土産だ。よくある現地のゆるキャラのキーホルダーで、渡した時には、ダサすぎて使えないとすごく嫌な顔をされたのを覚えている。
でも、ナミはまだ持っていたようだ。
罪悪感と共に、エースはキーホルダーをギュッと握りしめると、そのままポケットに入れて玄関から出た。
扉が閉まったとき、ナミも聞いてしまっただろうか。
目の前が真っ暗になって、人生が終わったように感じた。あの日の絶望の音を———。