13. 歓迎会
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土曜の夜の居酒屋は、賑やかを通り越して騒々しかった。
仕事終わりのサラリーマンが酔っぱらって顔を真っ赤にして大声で何かを捲し立て、その隣の座敷席では綺麗なお姉さん達が上司や彼氏の愚痴を延々と続けている。
少し前まで向こうの座敷席にいたのは、大学生くらいの若い男達だけだったのに、いつの間にか同じ人数の若い女が合流している。自己紹介をしている声が時々聞こえてくるので、きっと合コンなのだろう。
エースのいる座敷席からは、女性陣の顔は見えないけれど、男達の楽しそうな表情から察するに、なかなかの美人揃いらしい。
だが、残念ながら、エースの前にいるのは、綺麗なお姉さんでも美人揃いの女子大生ではなく酔っぱらって顔を真っ赤にして大声で何かを捲し立てているシャンクスと、それを介抱するベックマンだ。
さらに、両隣には、ひたすら肉をかじり続けるルー、ひたすら注文を続けるヤソップが陣取っている。その周りには、名前を含めたその他大勢のバイト先の上司や先輩達が適当に座って、それぞれ、お酒を飲みながら楽しい雑談を交わしている。
(自分らが飲みてぇだけじゃねぇか。せっかくの休みを返せ。)
20歳になるよりだいぶ前に味を覚えたビールを一気に飲み干し、エースは心の中で悪態を吐く。
土日も勉強を教えている塾も多いが、学生は遊ぶのが本業だと考える塾長であるシャンクスの考えの元、
バイト先であるレッド・フォースの授業は、特別な事情を除いて、基本的に月曜から金曜までになっている。
その為、エースの出勤日は平日のみなのだ。
あの恐ろしいバイト募集要項に書かれていた通り、残業や休日出勤を余儀なくされてて、毎日ように悲鳴を上げているバイト仲間は多い。
だが、名前の場合は、出来る限り、エースの大学生活や私用を優先してくれる。さすがに、センター試験前は忙しかったし休日出勤もあった。平日でも出勤すれば残業は当たり前だ。
それでも、センター試験が落ち着けば、平日にも休みは取れる日々が戻ったし、当然、土日はもちろん休みだ。
だが今夜は、そうもいかなかった。
まだ、一般入試は終わっていないが、春に塾への新入生が増える前に、エースの歓迎会をしてしまおうということになったのだ。
「どうだ、名前とはうまくやってるかぁ、エースくん。」
一通り、好き放題の注文が終わったらしいヤソップが、エースの肩を乱暴に抱き寄せた。
ニヤニヤとした顔が、何か良からぬことを期待していることを教えてくれる。
「期待してるところ悪ぃけど、俺はあの人のことなんとも思ってねぇから。」
「えーーー!なんでだよぉ!若い男女が一緒にいたら、愛に発展するだろう!愛に!」
「肉うううう!俺は肉が!肉がねぇと生きていけねぇ!そこの兄ちゃん、俺におかわりくれー!」
「ほら見ろ!ルーは、肉と一緒にいすぎて、肉と愛に発展してるじゃねぇーか!」
「違いねぇ!!」
肉を催促しながら肉を食べているルーの周りで、ヤソップ達が楽しそうにゲラゲラと笑い声を上げる。
酔っぱらいの中年男達は、質が悪い。
「それで、真面目な話。教師目指してんだろ?
うちでの仕事はどうだ?ためになりそうか?」
思う存分下品に笑った後、ヤソップがエースに訊ねる。
どうだ———と言われても、正直、エースにもよく分からなかった。
初めは、名前と子供たちのペースについていくのに精一杯だった。
漸く少しずつ、子供達との接し方も含めて、塾講師の助手としての仕事に慣れてはきたけれど、この経験が自分の目指す教師という仕事に役立つかどうかと言われれば、正直自信がない。
午前中は子供達と遊ぶばかりだし、午後からは名前が忙しくて買いに行けない昼食を準備したり、授業で使う必要なものを用意したりするばかりで、教師らしいことと言えば、採点をするくらいだ。
「ガキと一緒に雑草の名前を覚えていってる記憶しかねぇかな。」
「アハハ!チョッパーか!」
ヤソップが楽しそうに笑う。
どうやら、ヤソップも、チョッパーが雑草に興味があることを知っているようだ。
そう思ったが、彼は、エースよりもずっとチョッパーのことを知っていた。
「チョッパーの実家が診療所を経営してるのは知ってるか?」
「あ~、名前・・・先生に渡された子供達の書類に書いてあったのを見たと思う。」
確か、彼の両親は2人とも医師で、少し離れた田舎町で小さな診療所をしていると書いていたはずだ。
ガープに良い泌尿器科を探してほしいと言われてネットで病院を調べていた時にたまたまチョッパーの両親が経営している診療所の情報を見つけたことがある。
腕は良くないが明るく気のいい父親と厳しくも総合病院からいまだにスカウトが来るほどの腕前の母親のおかげで、患者の数はそれなりに多く、クチコミは好評だった。
だが、ヤソップから聞く話だと、まるで慈善事業のような父親のやり方のおかげで、経営は火の車なのだそうだ。
「その父親が、不治の病なんだとよ。」
「え。」
「それで、チョッパーは自分がどんな病気でも治せる医者になって
父親を救うんだと、薬草での薬の調合を勉強してるんだよ。」
そういうことか————チョッパーが、毎日飽きもしないで〝奇跡の草〟を探している理由にようやく合点がいく。
そして、それと同時に、それを見守る名前の優しい眼差しの意味も理解した。
「チョッパーと両親はさ、血が繋がってないんだ。養子なんだよ。」
教えてくれたのは、ルーだった。
でも、それを聞いたところで、エースからは「へぇ。」という反応しか返せない。
確かに、驚きはした。チョッパーを塾に迎えに来る父親は、いつも朗らかで明るく、とても仲の良い親子に見えていたからだ。
だが、それを隠さずにいるかどうかは別として、そういう親子関係は少なくはないはずだ。
実際、エースも今、従弟であるルフィの父親のドラゴンを『父』と呼んでいる。
幼い頃に亡くなった実の両親の戸籍はそのままで、養子縁組まではしていないが、同じ高校に通うために実家を出てサボの家に居候をしていた時期以外は、エースに何かあれば保護者として対応していたのはドラゴンだ。
「実の親にネグレクトされてたんだとよ。」
会話に加わったのは、ヤソップだった。
だが、話が聞こえていたのは彼だけではなかったらしく、ルー達もみな、神妙な表情をしていた。
「ネグレクト?」
「育児放棄だよ。自分の子供が栄養失調で死にかけるまで放置した挙句
面倒くさくなって蒸発なんてよ、よくそんなことが出来るもんだ。鬼畜の極みかよ。
今からでも、ぶん殴ってやりてぇくらいだ。」
ヤソップが、行き場のない怒りを託した拳は、小刻みに震えていた。
自身も子供の親であるヤソップだからこそ、余計に、チョッパーの苦しみが堪えられなかったのだろう。
そこには、さっきまで下品に笑っていた酔っぱらいの中年男ではなく、子を想う愛情深い父親の姿があった。
「両親に捨てられて栄養失調を起こして危険な状態にいたチョッパーを見つけたのが、
訪問診療の途中だったヒルルクさんだったそうだ。」
「それから、奥さんの反対を押し切って彼を引き取って、養子縁組までしちまうんだから
もうほんと…、男の中の男だよ。いや、親の中の親だ!」
震えた拳をテーブルに叩きつけたヤソップが、おんおんと泣き出した。
どうやら、酔っぱらっていたところで、感情が昂り、泣き上戸をこじらせてしまったらしい。
エースは、座布団をずらして、面倒くさい状態になってしまったヤソップと距離を置く。
「だからこそ、自分を救ってくれた父親を今度は自分が救ってやりてぇんだろうな。
なんて…熱い親子愛だ…!!俺は、奴らを応援してるぜ!!」
ヤソップが、涙を流しながら熱く語る。
それに、ルー達も、うんうんと頷いている。
エースも、彼らの互いを思いやる優しさに胸が熱くなっていた。
だから、勇気を出して、聞いてみたのだ。
「不治の病って、何なんだ?」
「ヘルペスだ。」
ルーが言った。
「へ?」
「ヘルペスだよ。ほら、唇とかに出来るあれ。」
「奥さんに叱られる度にストレスで唇にヘルペスが出来るから
美味い飯を思いっきり食えないのがつらいとよく嘆いてる。」
ルーの後に、ベックマンは、そう付け足すと、ポカンとしたエースを見て、面白そうに吹き出した。
(なんだよそれ。)
不治の病だというから、とても重い病気を想像してしまった。
大袈裟だな———そう思いながらも、エースはホッと息を吐く。
———よかった。
「名前のこと、ちゃんと見とけよ。」
唐突に、ヤソップがそんなことを言い出した。
そして、それが、どういう意味か分からないエースに、こう続ける。
「教師になりてぇなら、いろんな教師を見て覚えていくのがいい。
名前は、参考になるはずだ。」
「あ~…そう…かな。」
エースの返事が曖昧になったのは、そうは思わないということではないのだ。
名前は、とても良い教師と呼べるだろう。
だからこそ、彼女が教師という職を辞めたと聞いて驚いたし、ショックでもあった。
ただ、自分がされたことを思うと、どうしても、彼女のことを良い教師だとは素直に言えなかったのだ。
「時間外でもさ、名前は出来る限り子供達を受け入れるんだよ。
チョッパーだけじゃなくて、アイツらはそれぞれアイツらなりに問題抱えてる。
そんな奴らを放っておけないんだろうな。」
ヤソップがそう言えば、ルー達がうんうんと頷く。
それは、エースも同意だった。
忙しくて仕方のないセンター前の時期でも、名前は出来る限り子供達との時間を作っていた。
親が忙しくて迎えに来れないなんて連絡が来れば、ヤソップ達が悲鳴を上げている横で、キッズルームで寂しそうに親を待つ子供達のそばに一緒にいてやるのだ。
そんなことしていれば、受験生達の試験対策に追われることは分かっていたはずだ。
でも、名前は、目の前にいる子供達を絶対に受け入れる。そこにどんな正当な理由があろうが、拒否する言葉なんて、聞いたことがない。
そのせいで、自分が寝不足になって身体を壊しかけようが、お構いなしだった。
「名前が本当に教えたいのは、勉強じゃねぇのさ。」
そう言ったのは、ベックマンだった。
教師が勉強を教えないで何を教えたいのか———そんなエースの表情を読み取ったのか、ベックマンがククッと喉を鳴らしてから、口を開く。
「名前が教えてぇのは、どんなときでも味方になってくれるヤツは必ずいるってことだ。
生きていくうえで、頼れるヤツがいるってのは、勉強よりもずっと自分を助けてくれるだろうからな。」
ベックマンは、それがシャンクスと同じ考えだったからこそ、名前を塾に引き入れたのだと続けた。
『私はいつだって、エースの味方だからね。』
握り潰された紙切れみたいにクシャクシャに色褪せた記憶が、一気に蘇ってきた。
あの頃、名前はいつも、大人を諦めて誰に対しても心を開こうとしなかったエースにそう言っていた。
そして、エースは、そばにはいつだって、手を伸ばせばその手を掴み、全力で守ってくれる大人がいることを知った。
心を開けば、一緒に笑って、共に手を握り助け合ってくれる友人もいた。
全部、名前が、教えてくれたのだ。
「まぁ、参考にするだけにして
名前を目指すのは止めた方がいいけどな。」
ヤソップが、困ったように笑って言った。
彼の視線の先では、今日も寝不足でウトウトしながら同僚の話を聞いている名前がいた。
仕事終わりのサラリーマンが酔っぱらって顔を真っ赤にして大声で何かを捲し立て、その隣の座敷席では綺麗なお姉さん達が上司や彼氏の愚痴を延々と続けている。
少し前まで向こうの座敷席にいたのは、大学生くらいの若い男達だけだったのに、いつの間にか同じ人数の若い女が合流している。自己紹介をしている声が時々聞こえてくるので、きっと合コンなのだろう。
エースのいる座敷席からは、女性陣の顔は見えないけれど、男達の楽しそうな表情から察するに、なかなかの美人揃いらしい。
だが、残念ながら、エースの前にいるのは、綺麗なお姉さんでも美人揃いの女子大生ではなく酔っぱらって顔を真っ赤にして大声で何かを捲し立てているシャンクスと、それを介抱するベックマンだ。
さらに、両隣には、ひたすら肉をかじり続けるルー、ひたすら注文を続けるヤソップが陣取っている。その周りには、名前を含めたその他大勢のバイト先の上司や先輩達が適当に座って、それぞれ、お酒を飲みながら楽しい雑談を交わしている。
(自分らが飲みてぇだけじゃねぇか。せっかくの休みを返せ。)
20歳になるよりだいぶ前に味を覚えたビールを一気に飲み干し、エースは心の中で悪態を吐く。
土日も勉強を教えている塾も多いが、学生は遊ぶのが本業だと考える塾長であるシャンクスの考えの元、
バイト先であるレッド・フォースの授業は、特別な事情を除いて、基本的に月曜から金曜までになっている。
その為、エースの出勤日は平日のみなのだ。
あの恐ろしいバイト募集要項に書かれていた通り、残業や休日出勤を余儀なくされてて、毎日ように悲鳴を上げているバイト仲間は多い。
だが、名前の場合は、出来る限り、エースの大学生活や私用を優先してくれる。さすがに、センター試験前は忙しかったし休日出勤もあった。平日でも出勤すれば残業は当たり前だ。
それでも、センター試験が落ち着けば、平日にも休みは取れる日々が戻ったし、当然、土日はもちろん休みだ。
だが今夜は、そうもいかなかった。
まだ、一般入試は終わっていないが、春に塾への新入生が増える前に、エースの歓迎会をしてしまおうということになったのだ。
「どうだ、名前とはうまくやってるかぁ、エースくん。」
一通り、好き放題の注文が終わったらしいヤソップが、エースの肩を乱暴に抱き寄せた。
ニヤニヤとした顔が、何か良からぬことを期待していることを教えてくれる。
「期待してるところ悪ぃけど、俺はあの人のことなんとも思ってねぇから。」
「えーーー!なんでだよぉ!若い男女が一緒にいたら、愛に発展するだろう!愛に!」
「肉うううう!俺は肉が!肉がねぇと生きていけねぇ!そこの兄ちゃん、俺におかわりくれー!」
「ほら見ろ!ルーは、肉と一緒にいすぎて、肉と愛に発展してるじゃねぇーか!」
「違いねぇ!!」
肉を催促しながら肉を食べているルーの周りで、ヤソップ達が楽しそうにゲラゲラと笑い声を上げる。
酔っぱらいの中年男達は、質が悪い。
「それで、真面目な話。教師目指してんだろ?
うちでの仕事はどうだ?ためになりそうか?」
思う存分下品に笑った後、ヤソップがエースに訊ねる。
どうだ———と言われても、正直、エースにもよく分からなかった。
初めは、名前と子供たちのペースについていくのに精一杯だった。
漸く少しずつ、子供達との接し方も含めて、塾講師の助手としての仕事に慣れてはきたけれど、この経験が自分の目指す教師という仕事に役立つかどうかと言われれば、正直自信がない。
午前中は子供達と遊ぶばかりだし、午後からは名前が忙しくて買いに行けない昼食を準備したり、授業で使う必要なものを用意したりするばかりで、教師らしいことと言えば、採点をするくらいだ。
「ガキと一緒に雑草の名前を覚えていってる記憶しかねぇかな。」
「アハハ!チョッパーか!」
ヤソップが楽しそうに笑う。
どうやら、ヤソップも、チョッパーが雑草に興味があることを知っているようだ。
そう思ったが、彼は、エースよりもずっとチョッパーのことを知っていた。
「チョッパーの実家が診療所を経営してるのは知ってるか?」
「あ~、名前・・・先生に渡された子供達の書類に書いてあったのを見たと思う。」
確か、彼の両親は2人とも医師で、少し離れた田舎町で小さな診療所をしていると書いていたはずだ。
ガープに良い泌尿器科を探してほしいと言われてネットで病院を調べていた時にたまたまチョッパーの両親が経営している診療所の情報を見つけたことがある。
腕は良くないが明るく気のいい父親と厳しくも総合病院からいまだにスカウトが来るほどの腕前の母親のおかげで、患者の数はそれなりに多く、クチコミは好評だった。
だが、ヤソップから聞く話だと、まるで慈善事業のような父親のやり方のおかげで、経営は火の車なのだそうだ。
「その父親が、不治の病なんだとよ。」
「え。」
「それで、チョッパーは自分がどんな病気でも治せる医者になって
父親を救うんだと、薬草での薬の調合を勉強してるんだよ。」
そういうことか————チョッパーが、毎日飽きもしないで〝奇跡の草〟を探している理由にようやく合点がいく。
そして、それと同時に、それを見守る名前の優しい眼差しの意味も理解した。
「チョッパーと両親はさ、血が繋がってないんだ。養子なんだよ。」
教えてくれたのは、ルーだった。
でも、それを聞いたところで、エースからは「へぇ。」という反応しか返せない。
確かに、驚きはした。チョッパーを塾に迎えに来る父親は、いつも朗らかで明るく、とても仲の良い親子に見えていたからだ。
だが、それを隠さずにいるかどうかは別として、そういう親子関係は少なくはないはずだ。
実際、エースも今、従弟であるルフィの父親のドラゴンを『父』と呼んでいる。
幼い頃に亡くなった実の両親の戸籍はそのままで、養子縁組まではしていないが、同じ高校に通うために実家を出てサボの家に居候をしていた時期以外は、エースに何かあれば保護者として対応していたのはドラゴンだ。
「実の親にネグレクトされてたんだとよ。」
会話に加わったのは、ヤソップだった。
だが、話が聞こえていたのは彼だけではなかったらしく、ルー達もみな、神妙な表情をしていた。
「ネグレクト?」
「育児放棄だよ。自分の子供が栄養失調で死にかけるまで放置した挙句
面倒くさくなって蒸発なんてよ、よくそんなことが出来るもんだ。鬼畜の極みかよ。
今からでも、ぶん殴ってやりてぇくらいだ。」
ヤソップが、行き場のない怒りを託した拳は、小刻みに震えていた。
自身も子供の親であるヤソップだからこそ、余計に、チョッパーの苦しみが堪えられなかったのだろう。
そこには、さっきまで下品に笑っていた酔っぱらいの中年男ではなく、子を想う愛情深い父親の姿があった。
「両親に捨てられて栄養失調を起こして危険な状態にいたチョッパーを見つけたのが、
訪問診療の途中だったヒルルクさんだったそうだ。」
「それから、奥さんの反対を押し切って彼を引き取って、養子縁組までしちまうんだから
もうほんと…、男の中の男だよ。いや、親の中の親だ!」
震えた拳をテーブルに叩きつけたヤソップが、おんおんと泣き出した。
どうやら、酔っぱらっていたところで、感情が昂り、泣き上戸をこじらせてしまったらしい。
エースは、座布団をずらして、面倒くさい状態になってしまったヤソップと距離を置く。
「だからこそ、自分を救ってくれた父親を今度は自分が救ってやりてぇんだろうな。
なんて…熱い親子愛だ…!!俺は、奴らを応援してるぜ!!」
ヤソップが、涙を流しながら熱く語る。
それに、ルー達も、うんうんと頷いている。
エースも、彼らの互いを思いやる優しさに胸が熱くなっていた。
だから、勇気を出して、聞いてみたのだ。
「不治の病って、何なんだ?」
「ヘルペスだ。」
ルーが言った。
「へ?」
「ヘルペスだよ。ほら、唇とかに出来るあれ。」
「奥さんに叱られる度にストレスで唇にヘルペスが出来るから
美味い飯を思いっきり食えないのがつらいとよく嘆いてる。」
ルーの後に、ベックマンは、そう付け足すと、ポカンとしたエースを見て、面白そうに吹き出した。
(なんだよそれ。)
不治の病だというから、とても重い病気を想像してしまった。
大袈裟だな———そう思いながらも、エースはホッと息を吐く。
———よかった。
「名前のこと、ちゃんと見とけよ。」
唐突に、ヤソップがそんなことを言い出した。
そして、それが、どういう意味か分からないエースに、こう続ける。
「教師になりてぇなら、いろんな教師を見て覚えていくのがいい。
名前は、参考になるはずだ。」
「あ~…そう…かな。」
エースの返事が曖昧になったのは、そうは思わないということではないのだ。
名前は、とても良い教師と呼べるだろう。
だからこそ、彼女が教師という職を辞めたと聞いて驚いたし、ショックでもあった。
ただ、自分がされたことを思うと、どうしても、彼女のことを良い教師だとは素直に言えなかったのだ。
「時間外でもさ、名前は出来る限り子供達を受け入れるんだよ。
チョッパーだけじゃなくて、アイツらはそれぞれアイツらなりに問題抱えてる。
そんな奴らを放っておけないんだろうな。」
ヤソップがそう言えば、ルー達がうんうんと頷く。
それは、エースも同意だった。
忙しくて仕方のないセンター前の時期でも、名前は出来る限り子供達との時間を作っていた。
親が忙しくて迎えに来れないなんて連絡が来れば、ヤソップ達が悲鳴を上げている横で、キッズルームで寂しそうに親を待つ子供達のそばに一緒にいてやるのだ。
そんなことしていれば、受験生達の試験対策に追われることは分かっていたはずだ。
でも、名前は、目の前にいる子供達を絶対に受け入れる。そこにどんな正当な理由があろうが、拒否する言葉なんて、聞いたことがない。
そのせいで、自分が寝不足になって身体を壊しかけようが、お構いなしだった。
「名前が本当に教えたいのは、勉強じゃねぇのさ。」
そう言ったのは、ベックマンだった。
教師が勉強を教えないで何を教えたいのか———そんなエースの表情を読み取ったのか、ベックマンがククッと喉を鳴らしてから、口を開く。
「名前が教えてぇのは、どんなときでも味方になってくれるヤツは必ずいるってことだ。
生きていくうえで、頼れるヤツがいるってのは、勉強よりもずっと自分を助けてくれるだろうからな。」
ベックマンは、それがシャンクスと同じ考えだったからこそ、名前を塾に引き入れたのだと続けた。
『私はいつだって、エースの味方だからね。』
握り潰された紙切れみたいにクシャクシャに色褪せた記憶が、一気に蘇ってきた。
あの頃、名前はいつも、大人を諦めて誰に対しても心を開こうとしなかったエースにそう言っていた。
そして、エースは、そばにはいつだって、手を伸ばせばその手を掴み、全力で守ってくれる大人がいることを知った。
心を開けば、一緒に笑って、共に手を握り助け合ってくれる友人もいた。
全部、名前が、教えてくれたのだ。
「まぁ、参考にするだけにして
名前を目指すのは止めた方がいいけどな。」
ヤソップが、困ったように笑って言った。
彼の視線の先では、今日も寝不足でウトウトしながら同僚の話を聞いている名前がいた。