11.懐かしいキーホルダーと繋がる鍵
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私は、最後の一枚の採点が終わると、顔を上げた。
街の中心から一本入った通りにある塾は、窓からネオンの光が良く見える。
いつもの癖で確認したスマホの時計は、普段よりも早い帰宅時間を表示していた。
ホッと息を吐いた私は、メッセージの受信通知に気づいた。
送信元の名前はイゾウだった。すぐに開いて、メッセージを確認する。
≪EBパーキングに車停めてある。急がなくていい。どうせ駐車代はお前持ちだ。≫
また、思ってもいない意地悪を言ってる———思わず、クスリと笑ってしまう。
駐車代はいくらになるだろうかと考えながら、受信時間を確認すれば、今から30分ほど前だった。
定時から少し遅れる程度の時間に到着してくれていたようだ。
知らない間に待たせていたことに申し訳なさを感じる。
(帰ろうかな。)
本当は、まだやり残していた仕事はあったのだけれど、急ぎではないそれは明日に繰り越すことにして、私はデスクの上に出しているテスト用紙や参考書を引き出しの中へと片付ける。
それと同時に、隣のデスクで仕事をしているエースに声をかけた。
彼に頼んだのは、託児サービスを利用している子供達の過去の課題の整理だ。
忙しい時間の中で、どうしても手が回らずに全員分の課題プリントをひとつのファイルにまとめて仕舞っていたのだが、本当はずっと、子供達毎に分けたいと思っていたのだ。
それから、エースが、彼らの課題を一枚一枚確認していく中で、子供達の個性や、得意と苦手をより一層理解してくれたら———という期待もある。
先週からこの塾で働き始めたエースは、まだ仕事に慣れているとは言えない。特に、中高生の為の進学塾の授業になると、戸惑うことも多いように思う。
でも、託児サービスの子供達と遊んであげているときの彼は、生き生きしているように見える。
子供達の性格や個性の違いを覚えて、彼らの短所も長所もまとめて、包み込んでくれているのが、私から見ても分かるほどだ。
だからきっと、子供達もエースの前にいると、心から安心して、屈託のない笑顔を見せるのだろう。
もしかすると、エースは、子供ながらに、周囲の目を気にしてうまく生きられない彼らと自分を重ねているのかもしれない。
「なに。」
整理しているプリントから顔を上げたエースが、面倒くさそうにこちらを向く。
この一週間で子供達とはすっかり打ち解けたエースだけれど、私への敵対心は、日に日に強くなっていくばかりか、距離も遠くなっているような気がする。
「今日はもう終わらせていいよ。時間も、もう遅いし。」
私が言うと、エースはすぐにデスクの上にある自分のスマホを手に取った。
相変わらず、ボロボロのスマホケースを利用しているそれを、スマホを忘れて帰ってしまったあの日から、彼は、肌身離さず持っている。
目を離すと、また私に勝手に触られると疑っているのかもしれない。
「遅ぇって、いつもよりは全然早ぇけど。」
どうやら、スマホで時間を確認していたようだ。
エースが最もな指摘をする。
「そうなんだけど、毎日毎日、定時を過ぎて何時間も働かせるわけにはいかないし。
私も今日は帰るから、エースもそこまででいいよ。それは急ぎの仕事ってわけでもないし。」
私がそう言うと、エースは自分の手元にあるファイルと大量のプリントに視線を落とした。
どうするか、考えているようだ。
少し待つと、エースが顔を上げて私の方を向く。
「俺はこれを終わらせちまいたいから、アンタだけ帰ればいい。」
「でも、自分は帰るのに助手にだけ仕事をさせるわけにはいかないし…。」
「別に気にしねぇから。むしろ俺は、隣にアンタがいない方がいい。」
「・・・・そう、だよね。」
今度こそ、私はぐうの音も出なかった。
確かに、エースが私と一緒に仕事をしたいと思っているとは感じられないし、むしろ、いない方が仕事も捗るような気もする。
「じゃあ、私は先に帰るね。
エースも、あんまり根をつめないようにして、ある程度まで終わったら帰っていいからね。」
バッグを持って立ち上がりながら、エースに声をかける。
エースは、早速、プリントの整理を始めていて、私の言葉に返事はしない。
まるで、私という存在が、透明人間にでもなったような態度をとるエースに「無理しないでね。」と伝えてから、職員室を出た。
街の中心から一本入った通りにある塾は、窓からネオンの光が良く見える。
いつもの癖で確認したスマホの時計は、普段よりも早い帰宅時間を表示していた。
ホッと息を吐いた私は、メッセージの受信通知に気づいた。
送信元の名前はイゾウだった。すぐに開いて、メッセージを確認する。
≪EBパーキングに車停めてある。急がなくていい。どうせ駐車代はお前持ちだ。≫
また、思ってもいない意地悪を言ってる———思わず、クスリと笑ってしまう。
駐車代はいくらになるだろうかと考えながら、受信時間を確認すれば、今から30分ほど前だった。
定時から少し遅れる程度の時間に到着してくれていたようだ。
知らない間に待たせていたことに申し訳なさを感じる。
(帰ろうかな。)
本当は、まだやり残していた仕事はあったのだけれど、急ぎではないそれは明日に繰り越すことにして、私はデスクの上に出しているテスト用紙や参考書を引き出しの中へと片付ける。
それと同時に、隣のデスクで仕事をしているエースに声をかけた。
彼に頼んだのは、託児サービスを利用している子供達の過去の課題の整理だ。
忙しい時間の中で、どうしても手が回らずに全員分の課題プリントをひとつのファイルにまとめて仕舞っていたのだが、本当はずっと、子供達毎に分けたいと思っていたのだ。
それから、エースが、彼らの課題を一枚一枚確認していく中で、子供達の個性や、得意と苦手をより一層理解してくれたら———という期待もある。
先週からこの塾で働き始めたエースは、まだ仕事に慣れているとは言えない。特に、中高生の為の進学塾の授業になると、戸惑うことも多いように思う。
でも、託児サービスの子供達と遊んであげているときの彼は、生き生きしているように見える。
子供達の性格や個性の違いを覚えて、彼らの短所も長所もまとめて、包み込んでくれているのが、私から見ても分かるほどだ。
だからきっと、子供達もエースの前にいると、心から安心して、屈託のない笑顔を見せるのだろう。
もしかすると、エースは、子供ながらに、周囲の目を気にしてうまく生きられない彼らと自分を重ねているのかもしれない。
「なに。」
整理しているプリントから顔を上げたエースが、面倒くさそうにこちらを向く。
この一週間で子供達とはすっかり打ち解けたエースだけれど、私への敵対心は、日に日に強くなっていくばかりか、距離も遠くなっているような気がする。
「今日はもう終わらせていいよ。時間も、もう遅いし。」
私が言うと、エースはすぐにデスクの上にある自分のスマホを手に取った。
相変わらず、ボロボロのスマホケースを利用しているそれを、スマホを忘れて帰ってしまったあの日から、彼は、肌身離さず持っている。
目を離すと、また私に勝手に触られると疑っているのかもしれない。
「遅ぇって、いつもよりは全然早ぇけど。」
どうやら、スマホで時間を確認していたようだ。
エースが最もな指摘をする。
「そうなんだけど、毎日毎日、定時を過ぎて何時間も働かせるわけにはいかないし。
私も今日は帰るから、エースもそこまででいいよ。それは急ぎの仕事ってわけでもないし。」
私がそう言うと、エースは自分の手元にあるファイルと大量のプリントに視線を落とした。
どうするか、考えているようだ。
少し待つと、エースが顔を上げて私の方を向く。
「俺はこれを終わらせちまいたいから、アンタだけ帰ればいい。」
「でも、自分は帰るのに助手にだけ仕事をさせるわけにはいかないし…。」
「別に気にしねぇから。むしろ俺は、隣にアンタがいない方がいい。」
「・・・・そう、だよね。」
今度こそ、私はぐうの音も出なかった。
確かに、エースが私と一緒に仕事をしたいと思っているとは感じられないし、むしろ、いない方が仕事も捗るような気もする。
「じゃあ、私は先に帰るね。
エースも、あんまり根をつめないようにして、ある程度まで終わったら帰っていいからね。」
バッグを持って立ち上がりながら、エースに声をかける。
エースは、早速、プリントの整理を始めていて、私の言葉に返事はしない。
まるで、私という存在が、透明人間にでもなったような態度をとるエースに「無理しないでね。」と伝えてから、職員室を出た。