◇No.8◇夜は明けますか?
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今夜も夜遅くまで医学本を読み漁っていたローは、不寝番達の様子を見に行くために船長室を出て歩き出そうとしてすぐに、扉のすぐそばに置いていたケージに足をぶつけてしまいました。
これも数か月前にベポが怪我をしているラパーンの子供を勝手に保護してきたときに、あまりにも狂暴過ぎて仕方なく入れていたケージです。
元々は敵を捕まえたときに拘束するために用意していたもので、鉄製の檻のようになっていて、かなり頑丈に作られています。
サイズも大きめで、小さなラパーンの子供にとってはそれなりに広いようでしたが、それでも、檻に閉じ込めているようで、ベポや船員達からあまり評判が良くなくてすぐに却下されたという経緯があります。
そのラパーンの子供も、少し前の冬島で母親の元に帰ったのですが、今でもローの船長室の前に置いたままにしていたようです。
倉庫に片付けておけと言っているのに、重たいそれを動かすのが面倒なのか、誰も触れようとしないのです。
明日こそは片付けさせようと決めて、ローは静かな廊下を歩き始めました。
深夜にもなると、海賊達の騒がしい声が響くポーラータング号も静かになります。
シンと静まり返っている廊下は、靴底の下から深海の冷たい温度が伝わってくるようでした。
少し歩いていると、ローは彼女の姿を見つけました。
廊下の丸窓の前に立って、海を見ているようです。
彼女を助けたベポや、ビームに興奮したシャチは、彼女に友好的でしたが、自分達の海賊船に世界政府が密かに開発していた対海賊用の殺人兵器が乗っているということに対して、良く思っていない船員もいます。
むしろ、その方が多数派です。
そんな状態で、彼女が船内を自由に歩き回っていては、ハートの海賊団内の仲間割れに繋がりかねません。
ですから、世話係のベポには、3日後に機械仕掛けの島に上陸するまでは彼女を部屋から出さないようにと指示を出していたはずです。
ベポは我儘なところもありますが、基本的に指示にはしっかりと従います。
きっと、またベポが寝たのを見計らって彼女が勝手に部屋から抜け出してきたということでしょう。
『あの子、本当は愛のない島になんて行きたくないんじゃないかな。』
ふ、と今朝のベポの言葉が蘇りました。
そのせいかもしれません。
冷たい丸窓に手を添えて、ただジッと海底の様子を眺めている横顔に、涙が伝っているように見えたのです。
まさか、ロボットの彼女が泣くはずがないー。
自分の目を疑ってすぐに、ローは自分が見間違えてしまった理由に気が付きました。
(あぁ、波のせいか…!)
丸窓に映ってユラユラと揺れる海底の波が反射して、彼女の頬の辺りを照らしていたようです。
どうやら、それが涙に見えていたようでした。
当然です。
彼女はロボットです。
泣くどころか、心すらないのです。
「なまえ。」
ローは、彼女の元へ向かいながら、彼女が望んだ名前で呼びました。
大切な仲間に囲まれて、愛してる人に心から愛されたという女の名前です。
ですが、海の底の様子をただじっと眺めている彼女は、ピクリとも反応しません。
「おい、なまえ。」
もう一度、声をかけてみましたが、反応はありません。
世界政府が作った精巧なロボットが、ローの存在に気づかないはずがありません。
ですが、無視をしているというようにも見えませんでした。
おそらく、自分が呼ばれていると気づいていないのでしょう。
「H0(エイチゼロ)。」
今朝、彼女が言っていた製造番号で呼んで見ました。
すぐに、彼女が反応してローの方を向きました。
思った通り、なまえが自分のことだと認識していなかったようです。
「はい、何でしょうか。」
「そんなとこで何をしてる?おとなしく部屋で寝とけ。」
「私に睡眠時間はありません。」
彼女にそう言われて、ローもそれもそうかと納得しました。
睡眠というのは疲れを癒すために必要なものですが、そもそも機械である彼女は、疲れるということがありません。
「それでも、部屋から出るなとベポから言われてるはずだ。」
「魚は自由ですか?」
「は?」
成立しなかった会話に、ローは眉を顰めました。
ですが、気にする様子はなく、彼女はローに向けていた視線を丸窓の向こうへと戻します。
「魚が泳いでいます。鱗がキラキラ輝きます。
彼らはどこへ行きますか?」
「知らねぇよ。好きなとこに行くんだろ。」
「それは自由ですか?」
「まぁ…、自由だな。」
「私は魚になればいいですか?」
成り立たないどころか着地点も分からない会話に、ローは面倒くさくなりました。
ここから無理やり部屋に引っ張っていくことも、部屋に戻れと命令することも出来たはずでしたが、ローはそれは選択しませんでした。
正直言えば、ベポやシャチ達に負けず劣らず好奇心旺盛なローもまた、世界政府が作った秘密兵器に興味があったのです。
ローは、丸窓の横の壁に寄り掛かって腕を組み、話を続けることに決めました。
「魚になりてぇのか?」
「彼に、これからは自由に生きろと言われました。」
「お前を研究施設から逃がした男か。」
「はい。私は自由ではありませんでしたか?
自由に生きるとはどうすればいいのですか?」
「勝手に逃げて来た責任をとれってことだ。」
「責任。はい、分かりました。」
彼女が本当に理解したのかどうかはわかりません。
ですが、自由についての説明というのは、愛は何かを説明するくらい難しいものです。
そして、ローには彼女にそれを教えてやる義理もありません。
とりあえず、何か面白い話でも聞けるかと思いましたが、面倒な質問が続きそうだったので、ローは部屋に戻るように彼女に命令しました。
今回もまた、彼女は素直にローの命令に従い、部屋のある方へと歩き出しました。
ちゃんと部屋に戻るかを確認するために、彼女の背中を見送っていたローは、ふと彼女が裸足であることに気が付きました。
そういえば、初めて本屋で見たときから、彼女は靴を履いていませんでした。
「待て、H0(エイチゼロ)。」
ローが呼び止めると、彼女はピタリと止まり振り返ります。
「何でしょうか?」
「靴はどうした。足が冷てぇだろ。」
「私は温度は感じません。靴も必要ありません。」
「それは、足だけじゃなくて、身体全体が温度を感知しねぇってことか?」
「はい。サカズキ大将のマグマをかけられても溶けないことを確認済みです。
-100度の冷凍室に丸一日入っていても、凍りませんでした。」
「かなり丈夫に作られてるんだな。」
「半永久的に使用可能なロボットです。」
「へぇ。」
ローは、片方の口の端を上げて、顎の髭をなぞります。
全身が殺人武器になり、どんな高温にも低温にも耐える強靭な身体は魅力的です。
しかも、恐らく、今までは世界政府の命令に従っていたであろう彼女は、逃亡をしたことでプログラムを書きかえられたのか、今は誰の命令でも素直に聞いています。
うまく利用すれば、ハートの海賊団の強い戦力になるでしょう。
万が一にでも彼女が世界政府の元に戻ってしまうことになる前に、自分達のものにしてしまうというのもなくはないー。
そう思ったローでしたが、すぐに考えを改めます。
損得勘定で考えると、損の方が大きすぎました。
彼女は、あの大将赤犬も実験に協力している精巧な殺人兵器です。
多額の投資もして製造したであろう彼女のことを、世界政府は今後も追いかけてくるでしょう。
それに、彼女がいつまで自分の命令に従うかもわかりません。
その他にも幾つも問題は浮かびました。
彼女をハートの海賊団専属の殺人兵器にするには、面倒の方が多すぎるのです。
「まぁいい。部屋に戻れ。」
「分かりました。」
彼女はまたローに背を向けました。
ペタ、ペタ、と裸足で歩く音は、小さな華奢な背中が見えなくなるまで、やけに虚しく静かな廊下に響いていました。
これも数か月前にベポが怪我をしているラパーンの子供を勝手に保護してきたときに、あまりにも狂暴過ぎて仕方なく入れていたケージです。
元々は敵を捕まえたときに拘束するために用意していたもので、鉄製の檻のようになっていて、かなり頑丈に作られています。
サイズも大きめで、小さなラパーンの子供にとってはそれなりに広いようでしたが、それでも、檻に閉じ込めているようで、ベポや船員達からあまり評判が良くなくてすぐに却下されたという経緯があります。
そのラパーンの子供も、少し前の冬島で母親の元に帰ったのですが、今でもローの船長室の前に置いたままにしていたようです。
倉庫に片付けておけと言っているのに、重たいそれを動かすのが面倒なのか、誰も触れようとしないのです。
明日こそは片付けさせようと決めて、ローは静かな廊下を歩き始めました。
深夜にもなると、海賊達の騒がしい声が響くポーラータング号も静かになります。
シンと静まり返っている廊下は、靴底の下から深海の冷たい温度が伝わってくるようでした。
少し歩いていると、ローは彼女の姿を見つけました。
廊下の丸窓の前に立って、海を見ているようです。
彼女を助けたベポや、ビームに興奮したシャチは、彼女に友好的でしたが、自分達の海賊船に世界政府が密かに開発していた対海賊用の殺人兵器が乗っているということに対して、良く思っていない船員もいます。
むしろ、その方が多数派です。
そんな状態で、彼女が船内を自由に歩き回っていては、ハートの海賊団内の仲間割れに繋がりかねません。
ですから、世話係のベポには、3日後に機械仕掛けの島に上陸するまでは彼女を部屋から出さないようにと指示を出していたはずです。
ベポは我儘なところもありますが、基本的に指示にはしっかりと従います。
きっと、またベポが寝たのを見計らって彼女が勝手に部屋から抜け出してきたということでしょう。
『あの子、本当は愛のない島になんて行きたくないんじゃないかな。』
ふ、と今朝のベポの言葉が蘇りました。
そのせいかもしれません。
冷たい丸窓に手を添えて、ただジッと海底の様子を眺めている横顔に、涙が伝っているように見えたのです。
まさか、ロボットの彼女が泣くはずがないー。
自分の目を疑ってすぐに、ローは自分が見間違えてしまった理由に気が付きました。
(あぁ、波のせいか…!)
丸窓に映ってユラユラと揺れる海底の波が反射して、彼女の頬の辺りを照らしていたようです。
どうやら、それが涙に見えていたようでした。
当然です。
彼女はロボットです。
泣くどころか、心すらないのです。
「なまえ。」
ローは、彼女の元へ向かいながら、彼女が望んだ名前で呼びました。
大切な仲間に囲まれて、愛してる人に心から愛されたという女の名前です。
ですが、海の底の様子をただじっと眺めている彼女は、ピクリとも反応しません。
「おい、なまえ。」
もう一度、声をかけてみましたが、反応はありません。
世界政府が作った精巧なロボットが、ローの存在に気づかないはずがありません。
ですが、無視をしているというようにも見えませんでした。
おそらく、自分が呼ばれていると気づいていないのでしょう。
「H0(エイチゼロ)。」
今朝、彼女が言っていた製造番号で呼んで見ました。
すぐに、彼女が反応してローの方を向きました。
思った通り、なまえが自分のことだと認識していなかったようです。
「はい、何でしょうか。」
「そんなとこで何をしてる?おとなしく部屋で寝とけ。」
「私に睡眠時間はありません。」
彼女にそう言われて、ローもそれもそうかと納得しました。
睡眠というのは疲れを癒すために必要なものですが、そもそも機械である彼女は、疲れるということがありません。
「それでも、部屋から出るなとベポから言われてるはずだ。」
「魚は自由ですか?」
「は?」
成立しなかった会話に、ローは眉を顰めました。
ですが、気にする様子はなく、彼女はローに向けていた視線を丸窓の向こうへと戻します。
「魚が泳いでいます。鱗がキラキラ輝きます。
彼らはどこへ行きますか?」
「知らねぇよ。好きなとこに行くんだろ。」
「それは自由ですか?」
「まぁ…、自由だな。」
「私は魚になればいいですか?」
成り立たないどころか着地点も分からない会話に、ローは面倒くさくなりました。
ここから無理やり部屋に引っ張っていくことも、部屋に戻れと命令することも出来たはずでしたが、ローはそれは選択しませんでした。
正直言えば、ベポやシャチ達に負けず劣らず好奇心旺盛なローもまた、世界政府が作った秘密兵器に興味があったのです。
ローは、丸窓の横の壁に寄り掛かって腕を組み、話を続けることに決めました。
「魚になりてぇのか?」
「彼に、これからは自由に生きろと言われました。」
「お前を研究施設から逃がした男か。」
「はい。私は自由ではありませんでしたか?
自由に生きるとはどうすればいいのですか?」
「勝手に逃げて来た責任をとれってことだ。」
「責任。はい、分かりました。」
彼女が本当に理解したのかどうかはわかりません。
ですが、自由についての説明というのは、愛は何かを説明するくらい難しいものです。
そして、ローには彼女にそれを教えてやる義理もありません。
とりあえず、何か面白い話でも聞けるかと思いましたが、面倒な質問が続きそうだったので、ローは部屋に戻るように彼女に命令しました。
今回もまた、彼女は素直にローの命令に従い、部屋のある方へと歩き出しました。
ちゃんと部屋に戻るかを確認するために、彼女の背中を見送っていたローは、ふと彼女が裸足であることに気が付きました。
そういえば、初めて本屋で見たときから、彼女は靴を履いていませんでした。
「待て、H0(エイチゼロ)。」
ローが呼び止めると、彼女はピタリと止まり振り返ります。
「何でしょうか?」
「靴はどうした。足が冷てぇだろ。」
「私は温度は感じません。靴も必要ありません。」
「それは、足だけじゃなくて、身体全体が温度を感知しねぇってことか?」
「はい。サカズキ大将のマグマをかけられても溶けないことを確認済みです。
-100度の冷凍室に丸一日入っていても、凍りませんでした。」
「かなり丈夫に作られてるんだな。」
「半永久的に使用可能なロボットです。」
「へぇ。」
ローは、片方の口の端を上げて、顎の髭をなぞります。
全身が殺人武器になり、どんな高温にも低温にも耐える強靭な身体は魅力的です。
しかも、恐らく、今までは世界政府の命令に従っていたであろう彼女は、逃亡をしたことでプログラムを書きかえられたのか、今は誰の命令でも素直に聞いています。
うまく利用すれば、ハートの海賊団の強い戦力になるでしょう。
万が一にでも彼女が世界政府の元に戻ってしまうことになる前に、自分達のものにしてしまうというのもなくはないー。
そう思ったローでしたが、すぐに考えを改めます。
損得勘定で考えると、損の方が大きすぎました。
彼女は、あの大将赤犬も実験に協力している精巧な殺人兵器です。
多額の投資もして製造したであろう彼女のことを、世界政府は今後も追いかけてくるでしょう。
それに、彼女がいつまで自分の命令に従うかもわかりません。
その他にも幾つも問題は浮かびました。
彼女をハートの海賊団専属の殺人兵器にするには、面倒の方が多すぎるのです。
「まぁいい。部屋に戻れ。」
「分かりました。」
彼女はまたローに背を向けました。
ペタ、ペタ、と裸足で歩く音は、小さな華奢な背中が見えなくなるまで、やけに虚しく静かな廊下に響いていました。