◇No.70◇愛する人を救う方法を模索しました
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墓地園のすぐそばに、寄り添うようにひっそりと建っている小屋は、重苦しい雰囲気に包まれていました。
ここで、リヴァイは、遠い昔はエルヴィンとふたりで、ここ最近は独りきりで、身を隠していたのです。
話も終盤に差し掛かり、リヴァイが、ゆっくりと口を閉ざしていくのと同時に、あちこちから、やるせないため息の音が聞こえてきます。
リヴァイの言う通り、寒空の下、墓地の真ん中で話すには、あまりにも重た過ぎる話でした。
「———俺は、どうにかアイツを止める方法はねぇかと研究施設から飛び出した。」
そこまで言って、リヴァイは悔し気に唇を噛みました。
それは、彼の努力が無駄に終わったことを示しています。
100年かけて積み重ねられた憎しみや怒り、悲しみが、たったひとりの努力で消えるわけがないのです。
きっとそれは、彼も承知の上で、研究施設から飛び出したのでしょう。
何か出来ないか、と藁にも縋る思いで———。
「アイツはいずれ、本当に復讐を起こすつもりだった。
その前に、なまえだけは救いたかった。
これは…ただの、俺の…エゴだ。」
リヴァイは、テーブルの上に置いていた手で、ゆっくりと拳を握りました。
なまえはもう、彼の知っている彼女とは違うことを理解していても尚、恋人のDNAを埋め込まれたアンドロイドを、復讐の道具にはさせたくなかったのでしょう。
どうせただのアンドロイドだろう———少し前のローならば、そう感じたかもしれません。
でも今は、違います。
立場や境遇は違えど、愛する女性を前に、男がどれほど無力で、無謀で、哀れだということを、身をもって知ってしまいました。
「でも、なまえをひとりにしたんだよね?
なまえはひとりぼっちで、海軍に追われて、壊れかけてたんだ。
それを俺達が救ったんだよ。あの時、リヴァイがいたらすぐに助けられたんじゃないの。」
ベポは責めるように言いました。
シャチら数名も同じ気持ちだったのか、怖い顔でリヴァイを睨みつけます。
でも、ローをはじめとする他の海賊達には、なんとなく、わかります。
それこそが、今回、手放したはずのなまえの前にリヴァイが現れた理由だからです。
「そうするしか、方法がなかった。」
「独りぼっちにするしかないって、どういうことだよ!」
「なまえには、呪いがかかってる。」
「呪い?」
ベポが首を傾げる隣で、シャチが『呪い』という言葉に怯えて、ヒーッと悲鳴を上げました。
「アイツは、もう二度と、仲間が苦しむ姿を見たくねぇんだ。
だから、生み出したアンドロイドの全てに、自分や俺にしたように〝生〟を与えなかった。」
「〝生〟?」
「心だ。精巧なアンドロイドは、教えられたことを素直に覚えていく。
でも、アイツは、愛を教えなかった。心を持たねぇようにしたかったからだ。
そして、万が一、愛を覚えてしまったら…、」
そこまで言って、リヴァイが口を噤みます。
テーブルの上で握りしめている拳が、微かに震えてます。
怯えか、それとも怒りか———本人ですら、わかってはいないのかもしれません。
リヴァイの口から、この先に続く言葉を、ロー達はなんとなく理解していました。
だから、聞きたくはなかったのです。
でも、なまえの為に、聞く必要もありました。
固唾をのんでその時を待つロ―達の前で、リヴァイが、ゆっくりと息を吸いました。
あぁ、ついに———。
「アイツが生み出したアンドロイドに、心が生まれたとき、ソレは人間になれる。
それも、悪魔の実の能力なんだと思う。自分や俺をアンドロイドにした時には出来なかった力だ。
きっと、100年の時を経て、そういう力を身につけたんだろう。」
「・・・え?」
「え!?」
「マジか!」
想定外の言葉に、一瞬、ポカンとしたベポ達でしたが、その意味を理解した後は、驚愕の表情に変わり、それは一気に喜びになりました。
ハイタッチをしたり、抱き合ったりして、なまえが人間になれることを喜び合います。
なんだ、最近よく眠っているのは、人間になる前兆だったのか———彼らは、そう解釈したのです。
リヴァイがひどく硬い表情で話していたことも、ローの顔色が悪いことも、彼らは気づきません。
いえ、見たくないものを、脳が拒絶しているのです。
ですが、現実は現実としてあります。事実を、無かったことにはできないのです。
喜び合う彼らを前にしても、リヴァイの表情は硬いまま、無情にも、続けました。
「そして、その瞬間、人間になったソレは、心臓を止める。」
「・・・・・へ?」
「アンドロイドを生み出した時、アイツがそう仕組んだ。
蓄積された痛みや苦しみに襲われながら、死んでいくんだ。」
「何、言ってるの?」
「本来は、心臓を止めるだけで十分だったんだろうが、
人間になったことで、今までの蓄積された痛みや苦しみに襲われちまう。
その副作用は、消せなかったみたいだ。」
「そんな…。」
「これを知ってるのは、俺と、今俺から話を聞いたお前達だけだ。
海軍や世界政府は知らねぇ。まぁ、そもそも、機械が心を持つなんて想定が奴らにはねぇだろうがな。」
リヴァイが飄々と答える中、ハイタッチをした格好で、抱き合った格好で、ベポ達の時は止まっていました。
今度こそ、頭が、理解を拒んだのです。
ローが振り上げた拳が、テーブルを勢いよく叩きます。
嫌な音を立てて、ヒビが入りました。
それはまるで、気づかないうちに、ロー達となまえの間に入っていた綻びのようで、ひどく悲しく見えたのです。
「どうして!?なんで、止まっちゃうの!?
人間になった途端に死んじゃうなんて、そんなのあんまりだよ!!」
「そうだ!アイツはいつも、人間になりてぇって言ってたんだよ!!」
「それが、夢が叶った途端に死ぬなんて、あんまりじゃねぇか!!」
ベポ達は、事実を淡々と告げたリヴァイに、食ってかかります。
ですが、リヴァイは冷たい三白眼で、不憫そうに彼らを見るばかりで、良い返事はくれません。
彼らは、必死でした。
なまえが覚えた屈託のない無邪気な笑顔を思うと、胸が張り裂けそうです。
ローの隣で、時々、寂しそうに目を伏せている姿を思うと、彼らの方が泣きそうになります。
人間になりたい———なまえの願いなんて、聞かなくたって、皆知っていました。
どうにかその願いを叶えることは出来ないかと、仲間達が、コッソリと自分なりに調べていることだって、皆、知っていました。
ハートの海賊団の皆の願いが、今、この場で、打ち砕かれたのです。
「人間になりそうだから…迎えに来たの…?
なまえを助けるために…?」
ベポは、腕を下げた先で拳を震わせ、弱々しく訊ねました。
「ずっと、お前達といるなまえを見てた。
アレはもう、限界だ。これ以上、一緒にいても互いの為にならねぇ。」
「ずっと見てたなら、どうして記憶を消したの?
きっと、なまえはリヴァイのことを知っていたんでしょ?
ひとりになったときに、寂しくならないように?」
ベポが訊ねます。
それに、リヴァイは小さく頷いてから答えました。
「これからは、何の柵もねぇ場所で、自由に生きればいいと思った。
———ただ、アイツと一緒に過ごした記憶だけは、奪えなかった。」
「リヴァイは、なまえのことが今も好きなの?」
「好きか嫌いかで言えば、好きだろうな。大切だ。」
リヴァイの返答に、息を呑んだのはベポだけではありませんでした。
もしかすると、リヴァイは、なまえがローを愛したことを快く思わなくて、取り返しに来たのではないか———そう疑ってしまったのです。
「だが、それだけだ。
俺が愛した女は、100年前に死んだ。」
リヴァイが僅かに目を伏せます。
ひどく傷ついたような、寂しそうなその表情は、真実を語っていました。
彼から、100年前に亡くなった恋人への深い愛が、伝わってきたのです。
「死んだ恋人の生まれ変わりみたいななまえを…、手放したくなかったんじゃないの?
それなのに、どうして記憶を消してまで、なまえをひとりにしたの?
一緒にはいたくなかったの?」
「俺がそばにいることで、万が一、なまえのDNAに刻まれた記憶が蘇ったら…。
それを思うと、怖ろしくて、どうしてもそばにはおいておけなかった。」
そういうことか———。
ベポ達も漸く、理解します。
リヴァイは、なまえをひとりにしたかったわけでも、ましてや邪魔だったわけでもなかったのです。
きっと、生前のなまえが、見たかった海や自由を思いきり生きて欲しかったのでしょう。
その為に、自分の存在が足枷になるのならば、喜んで身を引いた———。
ヒビの入ったテーブルに両肘をつき、ローが頭を抱えます。
「…天才博士ってやつなら、どうにかできるんじゃねぇのか。」
ローは、声を絞り出すようにして言いました。
なまえというアンドロイドを生み出し、そして、心を奪った張本人が、エルヴィンという男です。
彼に頼るなんて、死んでも御免でした。
ですが、自分のプライドなど、なまえの命に比べれば、小さな石ころに過ぎません。
なまえを救えるのなら、何だってします。地獄へだって行きます。悪魔にだってなります。
でも、自分達にはなす術がないというのなら、死んでも頼りたくない相手に、頭を下げるしかありません。
それこそ、藁にも縋る思いでした。
「それが出来てりゃ、こんなことにはなってねぇ。
アイツの頭の中はもう、復讐でいっぱいで、誰の声も聞こえてねぇんだ。」
分かっていました。
リヴァイの存在に気づいたその時から、ローは理解していました。
もうどうにもならないことを———。
それでも———。
(信じたかった…っ。)
ローは、なまえと共に生きる未来を、最後の最後まで夢見ていたかったのです。
信じ続けていたかったのです。
ただひたむきに愛してくれる彼女の願いを叶えてあげたかった———。
しばらくそうして頭を抱え込んだ後、ローは、ゆっくりと顔を上げました。
ヒビの入ったテーブルの上で、拳を強く握り、リヴァイを見据えます。
「俺達をここに呼んだのは、自分達の不幸な境遇を聞かせて
同情してもらうのに、一番都合が良い舞台だと思ったからか。」
呼んだとはとどういうことか———ベポ達は顔を見合わせます。
この島へやってきたのは、ハートの海賊団の海賊船、ポーラータング号の調子が悪くなってしまったからです。
機械が壊れて———そこまで考えて、彼らはハッとします。
ポーラータング号が故障したことも、そのときの海域がこの島の近くだったことも、すべてがリヴァイに仕組まれていたことだったのです。
それに気づいていたから、ローに焦った様子はなく、この島のことが書かれている新聞記事をひたすらに読み漁っていたのだということも、同時に理解しました。
「わざわざそんなことの為に、こんな回りくどい真似はしねぇ。」
「だろうな。お前は焦ってた。だから、俺達に姿を見られる危険を顧みず
ポーラータング号に細工をした。」
「あぁ、そうだ。」
「正直に言え。お前、何を考えてんだ。」
「———アイツの、エルヴィンの復讐の準備は整った。時期に、この島で戦争が起こる。
俺は、それを止める為にこの島に来た。なまえには、俺と一緒にアイツらと戦ってもらう。」
「ふざけんなよ!!」
「なまえは、お前の為の機械じゃねぇんだ!!」
「アイツは、俺達の仲間だ!!」
飄々と答えたリヴァイに、ベポ達がまた食ってかかります。
そんな彼らを制したのは、ローでした。
そして、彼は、驚くべきことをリヴァイに言ったのです。
「なまえを、お前に渡してもいい。」
息を呑む音が、あちこちから聞こえました。
信じられませんでした。
でも、確かにローは、ハッキリとそう、告げたのです———。
ここで、リヴァイは、遠い昔はエルヴィンとふたりで、ここ最近は独りきりで、身を隠していたのです。
話も終盤に差し掛かり、リヴァイが、ゆっくりと口を閉ざしていくのと同時に、あちこちから、やるせないため息の音が聞こえてきます。
リヴァイの言う通り、寒空の下、墓地の真ん中で話すには、あまりにも重た過ぎる話でした。
「———俺は、どうにかアイツを止める方法はねぇかと研究施設から飛び出した。」
そこまで言って、リヴァイは悔し気に唇を噛みました。
それは、彼の努力が無駄に終わったことを示しています。
100年かけて積み重ねられた憎しみや怒り、悲しみが、たったひとりの努力で消えるわけがないのです。
きっとそれは、彼も承知の上で、研究施設から飛び出したのでしょう。
何か出来ないか、と藁にも縋る思いで———。
「アイツはいずれ、本当に復讐を起こすつもりだった。
その前に、なまえだけは救いたかった。
これは…ただの、俺の…エゴだ。」
リヴァイは、テーブルの上に置いていた手で、ゆっくりと拳を握りました。
なまえはもう、彼の知っている彼女とは違うことを理解していても尚、恋人のDNAを埋め込まれたアンドロイドを、復讐の道具にはさせたくなかったのでしょう。
どうせただのアンドロイドだろう———少し前のローならば、そう感じたかもしれません。
でも今は、違います。
立場や境遇は違えど、愛する女性を前に、男がどれほど無力で、無謀で、哀れだということを、身をもって知ってしまいました。
「でも、なまえをひとりにしたんだよね?
なまえはひとりぼっちで、海軍に追われて、壊れかけてたんだ。
それを俺達が救ったんだよ。あの時、リヴァイがいたらすぐに助けられたんじゃないの。」
ベポは責めるように言いました。
シャチら数名も同じ気持ちだったのか、怖い顔でリヴァイを睨みつけます。
でも、ローをはじめとする他の海賊達には、なんとなく、わかります。
それこそが、今回、手放したはずのなまえの前にリヴァイが現れた理由だからです。
「そうするしか、方法がなかった。」
「独りぼっちにするしかないって、どういうことだよ!」
「なまえには、呪いがかかってる。」
「呪い?」
ベポが首を傾げる隣で、シャチが『呪い』という言葉に怯えて、ヒーッと悲鳴を上げました。
「アイツは、もう二度と、仲間が苦しむ姿を見たくねぇんだ。
だから、生み出したアンドロイドの全てに、自分や俺にしたように〝生〟を与えなかった。」
「〝生〟?」
「心だ。精巧なアンドロイドは、教えられたことを素直に覚えていく。
でも、アイツは、愛を教えなかった。心を持たねぇようにしたかったからだ。
そして、万が一、愛を覚えてしまったら…、」
そこまで言って、リヴァイが口を噤みます。
テーブルの上で握りしめている拳が、微かに震えてます。
怯えか、それとも怒りか———本人ですら、わかってはいないのかもしれません。
リヴァイの口から、この先に続く言葉を、ロー達はなんとなく理解していました。
だから、聞きたくはなかったのです。
でも、なまえの為に、聞く必要もありました。
固唾をのんでその時を待つロ―達の前で、リヴァイが、ゆっくりと息を吸いました。
あぁ、ついに———。
「アイツが生み出したアンドロイドに、心が生まれたとき、ソレは人間になれる。
それも、悪魔の実の能力なんだと思う。自分や俺をアンドロイドにした時には出来なかった力だ。
きっと、100年の時を経て、そういう力を身につけたんだろう。」
「・・・え?」
「え!?」
「マジか!」
想定外の言葉に、一瞬、ポカンとしたベポ達でしたが、その意味を理解した後は、驚愕の表情に変わり、それは一気に喜びになりました。
ハイタッチをしたり、抱き合ったりして、なまえが人間になれることを喜び合います。
なんだ、最近よく眠っているのは、人間になる前兆だったのか———彼らは、そう解釈したのです。
リヴァイがひどく硬い表情で話していたことも、ローの顔色が悪いことも、彼らは気づきません。
いえ、見たくないものを、脳が拒絶しているのです。
ですが、現実は現実としてあります。事実を、無かったことにはできないのです。
喜び合う彼らを前にしても、リヴァイの表情は硬いまま、無情にも、続けました。
「そして、その瞬間、人間になったソレは、心臓を止める。」
「・・・・・へ?」
「アンドロイドを生み出した時、アイツがそう仕組んだ。
蓄積された痛みや苦しみに襲われながら、死んでいくんだ。」
「何、言ってるの?」
「本来は、心臓を止めるだけで十分だったんだろうが、
人間になったことで、今までの蓄積された痛みや苦しみに襲われちまう。
その副作用は、消せなかったみたいだ。」
「そんな…。」
「これを知ってるのは、俺と、今俺から話を聞いたお前達だけだ。
海軍や世界政府は知らねぇ。まぁ、そもそも、機械が心を持つなんて想定が奴らにはねぇだろうがな。」
リヴァイが飄々と答える中、ハイタッチをした格好で、抱き合った格好で、ベポ達の時は止まっていました。
今度こそ、頭が、理解を拒んだのです。
ローが振り上げた拳が、テーブルを勢いよく叩きます。
嫌な音を立てて、ヒビが入りました。
それはまるで、気づかないうちに、ロー達となまえの間に入っていた綻びのようで、ひどく悲しく見えたのです。
「どうして!?なんで、止まっちゃうの!?
人間になった途端に死んじゃうなんて、そんなのあんまりだよ!!」
「そうだ!アイツはいつも、人間になりてぇって言ってたんだよ!!」
「それが、夢が叶った途端に死ぬなんて、あんまりじゃねぇか!!」
ベポ達は、事実を淡々と告げたリヴァイに、食ってかかります。
ですが、リヴァイは冷たい三白眼で、不憫そうに彼らを見るばかりで、良い返事はくれません。
彼らは、必死でした。
なまえが覚えた屈託のない無邪気な笑顔を思うと、胸が張り裂けそうです。
ローの隣で、時々、寂しそうに目を伏せている姿を思うと、彼らの方が泣きそうになります。
人間になりたい———なまえの願いなんて、聞かなくたって、皆知っていました。
どうにかその願いを叶えることは出来ないかと、仲間達が、コッソリと自分なりに調べていることだって、皆、知っていました。
ハートの海賊団の皆の願いが、今、この場で、打ち砕かれたのです。
「人間になりそうだから…迎えに来たの…?
なまえを助けるために…?」
ベポは、腕を下げた先で拳を震わせ、弱々しく訊ねました。
「ずっと、お前達といるなまえを見てた。
アレはもう、限界だ。これ以上、一緒にいても互いの為にならねぇ。」
「ずっと見てたなら、どうして記憶を消したの?
きっと、なまえはリヴァイのことを知っていたんでしょ?
ひとりになったときに、寂しくならないように?」
ベポが訊ねます。
それに、リヴァイは小さく頷いてから答えました。
「これからは、何の柵もねぇ場所で、自由に生きればいいと思った。
———ただ、アイツと一緒に過ごした記憶だけは、奪えなかった。」
「リヴァイは、なまえのことが今も好きなの?」
「好きか嫌いかで言えば、好きだろうな。大切だ。」
リヴァイの返答に、息を呑んだのはベポだけではありませんでした。
もしかすると、リヴァイは、なまえがローを愛したことを快く思わなくて、取り返しに来たのではないか———そう疑ってしまったのです。
「だが、それだけだ。
俺が愛した女は、100年前に死んだ。」
リヴァイが僅かに目を伏せます。
ひどく傷ついたような、寂しそうなその表情は、真実を語っていました。
彼から、100年前に亡くなった恋人への深い愛が、伝わってきたのです。
「死んだ恋人の生まれ変わりみたいななまえを…、手放したくなかったんじゃないの?
それなのに、どうして記憶を消してまで、なまえをひとりにしたの?
一緒にはいたくなかったの?」
「俺がそばにいることで、万が一、なまえのDNAに刻まれた記憶が蘇ったら…。
それを思うと、怖ろしくて、どうしてもそばにはおいておけなかった。」
そういうことか———。
ベポ達も漸く、理解します。
リヴァイは、なまえをひとりにしたかったわけでも、ましてや邪魔だったわけでもなかったのです。
きっと、生前のなまえが、見たかった海や自由を思いきり生きて欲しかったのでしょう。
その為に、自分の存在が足枷になるのならば、喜んで身を引いた———。
ヒビの入ったテーブルに両肘をつき、ローが頭を抱えます。
「…天才博士ってやつなら、どうにかできるんじゃねぇのか。」
ローは、声を絞り出すようにして言いました。
なまえというアンドロイドを生み出し、そして、心を奪った張本人が、エルヴィンという男です。
彼に頼るなんて、死んでも御免でした。
ですが、自分のプライドなど、なまえの命に比べれば、小さな石ころに過ぎません。
なまえを救えるのなら、何だってします。地獄へだって行きます。悪魔にだってなります。
でも、自分達にはなす術がないというのなら、死んでも頼りたくない相手に、頭を下げるしかありません。
それこそ、藁にも縋る思いでした。
「それが出来てりゃ、こんなことにはなってねぇ。
アイツの頭の中はもう、復讐でいっぱいで、誰の声も聞こえてねぇんだ。」
分かっていました。
リヴァイの存在に気づいたその時から、ローは理解していました。
もうどうにもならないことを———。
それでも———。
(信じたかった…っ。)
ローは、なまえと共に生きる未来を、最後の最後まで夢見ていたかったのです。
信じ続けていたかったのです。
ただひたむきに愛してくれる彼女の願いを叶えてあげたかった———。
しばらくそうして頭を抱え込んだ後、ローは、ゆっくりと顔を上げました。
ヒビの入ったテーブルの上で、拳を強く握り、リヴァイを見据えます。
「俺達をここに呼んだのは、自分達の不幸な境遇を聞かせて
同情してもらうのに、一番都合が良い舞台だと思ったからか。」
呼んだとはとどういうことか———ベポ達は顔を見合わせます。
この島へやってきたのは、ハートの海賊団の海賊船、ポーラータング号の調子が悪くなってしまったからです。
機械が壊れて———そこまで考えて、彼らはハッとします。
ポーラータング号が故障したことも、そのときの海域がこの島の近くだったことも、すべてがリヴァイに仕組まれていたことだったのです。
それに気づいていたから、ローに焦った様子はなく、この島のことが書かれている新聞記事をひたすらに読み漁っていたのだということも、同時に理解しました。
「わざわざそんなことの為に、こんな回りくどい真似はしねぇ。」
「だろうな。お前は焦ってた。だから、俺達に姿を見られる危険を顧みず
ポーラータング号に細工をした。」
「あぁ、そうだ。」
「正直に言え。お前、何を考えてんだ。」
「———アイツの、エルヴィンの復讐の準備は整った。時期に、この島で戦争が起こる。
俺は、それを止める為にこの島に来た。なまえには、俺と一緒にアイツらと戦ってもらう。」
「ふざけんなよ!!」
「なまえは、お前の為の機械じゃねぇんだ!!」
「アイツは、俺達の仲間だ!!」
飄々と答えたリヴァイに、ベポ達がまた食ってかかります。
そんな彼らを制したのは、ローでした。
そして、彼は、驚くべきことをリヴァイに言ったのです。
「なまえを、お前に渡してもいい。」
息を呑む音が、あちこちから聞こえました。
信じられませんでした。
でも、確かにローは、ハッキリとそう、告げたのです———。