◇No.50◇愛しています
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おとなしくなったなまえを横向きに抱きかかえたローは、海水をかき分けて岸へと向かいます。
悪魔の実で呪われた身体に海水が纏わりつき、ひどく重く感じました。
それでも、不安そうにしながらもローの首にしっかりと両腕をまわし抱き着いているなまえの体温が、彼の心をひどく軽くしていました。
砂浜に上がったローは、ちょうどよい大きさの岩になまえをおろし、座らせると、自分のシャツを脱ぎました。
そして、腰を曲げて少し屈み、濡れずにすんだシャツで、彼女の濡れた身体を拭いてやります。
胸元は電子部品が露になっているということもありますが、破れた皮膚が痛々しくて、無意識に触れる手も優しくなってしまいます。
その間も、彼女はずっと目を伏せていました。
「もう二度と海に入ったりするんじゃねぇぞ。」
「壊れるからですか。」
「分かってるじゃねぇか。」
「壊れたら、ローは私を廃棄しますか。」
華奢な身体を拭いていたローの手がピタリと止まります。
なまえは、膝の上に置いた自分の両手を見下ろしていました。
まるで、質問の返事を聞きたくないと言っているようでした。
ローは、砂浜に膝をつきました。
そして、膝立ちになると、なまえの頬を両手で包むように挟み、少し強引に顔を上げます。
ひどく悲しい質問をしたはずなのに、なまえは、いつもの無表情のままでした。
当然です。彼女は機械です。
心もなければ、表情もありません。
でも、ローには、彼女がひどく不安そうにしていて、今にも泣き出しそうに見えていました。
それは、濡れた前髪から落ちた海水が、彼女の頬を濡らしていたせいではありません。
彼女が愛おしくて仕方のないローは、愛に錯覚を見せられているのです。
でも、それでいい———。
愛なんて、相手が人間だろうが、ロボットだろうが、そんなものなのですから。
ローは、思わず、苦笑してしまいました。
愛の錯覚にまんまと騙されようとしている自分自身になのか、泣き出しそうななまえがたまらなく愛おしかったのか。
それは、彼にしかわかりませんし、もしかすると、どちらの意味でもあるのかもしれません。
濡れて冷たくなった彼女の頬の上を、ローの長い指が撫でるように優しく動きます。
なまえの真っすぐな瞳とローの瞳は、重なったまま、決して離れませんでした。
ローが、ゆっくりと顔を近づければ、なまえがそっと瞼を閉じます。
そして、お互いにその時を待っていたみたいに、唇が優しく重なりました。
なまえの唇は海水で濡れていて、久しぶりに交わしたキスはとてもしょっぱくて、涙の味がしました。
ローは、胸が熱くなっていくのを感じました。
苦しくて、安心して、悲しくて、幸せ———。
溢れる感情のすべての出所は、なまえへの愛でした。
口づけたときと同じように、今度はそっと、唇を離します。
ローが瞼を上げると、なまえと至近距離で視線が重なりました。
数秒、2人で見つめ合っていました。
言葉が要らなかった、というわけではありません。
伝えあわなければならないことは、彼らにはたくさん残っていました。
それでもただ、今はまだ、こうしていたかった———。
見つめ合わずには、いられなかったのです。
しばらくして、先に口を開いたのは、なまえでした。
「どうして、私にキスをしましたか?」
「お前は、どうして受け入れた?」
彼女の質問に、ローは質問で返しました。
返事は、すぐに返って来ました。
「ローが、私の愛だからです。
だから、愛の行為をします。」
「ならよかった。俺も同じだ。」
頬を擦りながら、ローが言います。
彼の眉尻は下がり、とても柔らかい表情になっていました。
そして、それと同じように、彼の声もひどく柔らかく、優しさに溢れていました。
ですが、それは、機械のなまえには伝わりません。
彼女は、首を横に振って、彼の気持ちを否定します。
「前は、私はローの愛でした。
今は、違います。ローの愛は、美しい人です。」
「違ぇ。」
「違いません。愛は、移り変わるとイッカクが言いました。
そして、ローは、私ではなくて美しい人を愛しました。」
「そうじゃねぇ。」
「また、愛が移り変わりましたか?
私にローの愛が戻ってきましたか?」
「それも違ぇ。」
「分かりません。愛は、よく分かりません。」
なまえが、首を横に振ります。
彼女は、途方に暮れてしまったのかもしれません。
愛はよく分かりません。人間だって同じです。
難しい感情で、ローも振り回されて、心を乱されました。
「分からなくてもいい。」
ローは、なまえの髪を撫でながら言います。
「分からなくていいですか?ロボットだからですか?」
「いいや、俺が、お前の代わりに分かっててやるからだ。」
「ローが分かってれば、私は分からなくていいですか?」
「あぁ、それでいい。
その代わり、お前は、これだけ覚えておけ。」
ローはそこまで言うと、一度、言葉を切りました。
そして、生まれたばかりの赤ん坊に触れるように優しく、なまえの頬を撫でながら、続けます。
「———俺は、お前を愛してる。誰よりもだ。
そして、絶対にお前を捨てたりしない。壊れたお前だって、愛おしい。」
なまえは、何も言いませんでした。
今のセリフに返す言葉が、プログラムに入っていなかったのかもしれません。
でも、構わないのです。
彼女に求めるのは、ただひとつだけ。
どれほど深く愛しているのか、それだけを忘れないでいてくれるのなら、ローは、彼女を愛し続けられます。
だから———。
「お前を傷つけた。本当に悪かった。
もう二度と、お前を1人にしねぇし、不安にもさせねぇ。
お前を傷つけるものからも、全力で守る。」
だから———。
なまえの頬を撫でていたローの指に力がこもり、柔らかい頬が押されました。
ローは、懇願するように続けます。
「お願いだ。お前も、自分を傷つけないでくれ。」
ローが心から願うその気持ちが、なまえへ伝わるのかは分かりません。
それでも、ローは、彼女だけを映す瞳に、心底の想いと気持ちを込めて、彼女を見つめました。
なまえも、ただじっとローを見つめ続けます。
2人の瞳の間に、引力が発生しているかのようでした。
しばらくして、なまえの手が、ゆっくりと動き始めました。
それは、弱々しく、でも、真っすぐに、ローへと伸びます。
そして、ローの頬に、そっと乗るように触れました。
なまえは、まるで存在を確かめるみたいに、角度を変えながら、何度も何度もローの頬を撫で続けます。
そして———。
「ロー、私の頬は温かいですか?」
「あぁ、あったけぇ。」
なまえがなぜそんなことを訊ねたのか、ローは分かりませんでした。
ですが、素直に答えました。
すると、なまえは、一度だけ目を伏せた後、もう一度顔を上げ、ローに言います。
「私は、分かりません。愛の温度が、分かりません。」
あぁ、そういうことか———。
ローは、以前のなまえとカルラの会話を思い出しました。
そして、今彼女が、自分の頬を撫でながら、何を確かめようとしていたのかについても理解したのです。
「大丈夫だ、俺が分かる。お前はあったけぇし、俺も熱い。」
ローは、自分の頬に触れているなまえの手を包むように握りしめました。
こうして、お互いの温度も、愛も、自分がなまえの分まで感じていけばいい———。
そして、それをなまえが分かっていれば、不安は2人の間を邪魔することは決して出来ないでしょう。
一瞬だけ、なまえの手は逃げようとしました。
間違っている、と判断したのです。
そしてそれは、正しい判断でした。
人間とロボットが愛し合うなんて、ありえません。
その先に幸せが待っているとは、思えません。
理性だけでは動けない人間とは違い、正しい判断を下せる機械のなまえは、ローにそれを教えてやるべきでした。
そして、正してあげなければいけませんでした。
それが、人間のためになる機械として生まれたなまえの今すべきことでしたし、それを彼女も理解していました。
でも、ローから逃げるように離れようとした手は、すぐに動きを止めます。
そして、ローの頬に触れたまま、彼女は訊ねるのです。
「分からなくても、いいですか?」
「あぁ、いい。」
「壊れても、いいですか?」
「いい。」
「人間じゃなくても、いいですか?」
「あぁ、いいよ。」
まるで小さな子供を相手にしているような、語尾が優しく上がる言い方が、まるで自分ではないみたいで、ローは思わずクスリと笑いました。
こんなにも誰かに優しくしたい、甘やかしたいと思う気持ちが自分にあっただなんて、信じられませんでした。
信じられなかったけれど、嬉しくもありました。
もしかしたら、愛なんて不要なものだと思いながらも、本当はずっと、こんな日が来ることを誰よりも待ち焦がれていたのが、ローだったのかもしれません。
愛に飢えていたローだからこそ、誰かの為に愛する愛が必要だったのです。
「俺は、お前がいい。」
ローは、なまえを愛おしそうに見つめながら、優しく言います。
でも、なまえにはどうしても理解出来ないようでした。
それは、彼女が誰よりも、事実を把握している高性能の機械だからです。
それでも、彼女が知りたいのは、目に見えるものではなかったのです。
「ローは、私が、いいですか?」
「あぁ、他の誰かなら、要らねぇ。お前じゃねぇなら、要らねぇ。」
ローは、とても真剣でした。
自分の気持ちを認め、覚悟をするまで、時間をかけました。
そして、その間に、なまえを傷つけてしまったことは、ローにとっては苦い事実です。
ですが、人間がロボットを愛することを、簡単に受け入れることが出来ないのは仕方のないことです。
そうして、ローは、困難をとることを決めたのです。
そのためにはまず、人間の感情を理解することが出来ないなまえに、気持ちを知ってもらうことから始めなければなりません。
今までのお遊びの延長のような愛の行為では、いけないのです。
だから、ローは、真剣に伝えます。
「なまえが、いい。
————————愛してる。」
ローは、優しくなまえの頬を撫でました。
彼女からの返事は、すぐにはありませんでした。
黙り込むそれこそが、なまえに気持ちが伝わったことと、彼女の葛藤を物語っていました。
だから、ローは、彼女が返事をするまで、じっと待ちました。
そして、それがどんな答えだったとしても、生涯彼女を愛し続け、彼女を誰にも傷つけさせないことを心に誓ったのです。
しばらくして、なまえの唇がゆっくりと開きました。
とうとう、答えを出したようです。
「私もです、ロー。あなたを愛しています。」
なまえの気持ちは、自分を嫌う海の中で、痛いほどに感じていました。
それでも、彼女から愛の言葉を貰うのは、格別でした。
特別でした。
今まで聞いたどんな言葉よりも、今まで見たどんな宝よりも、ローの心臓を震わせました。
そして、これから聞くどんな言葉よりも、これから手に入れようとしているどんなにすごい宝よりも、ローの心を満たしたのです。
なまえの愛を手に入れたローは、やっと自分が完成した存在になったような気がしました。
だからもう、絶対に彼女を手放しません。
だって、彼女がいないと、自分は不完全なのだと、知ってしまったから————。
この世に生まれたすべてのものが平等に手に入れる権利のある愛ですが、それはどこにでも転がっているわけではありません。
自分には無理なのだと諦めていました。
愛は身を滅ぼすものだと信じ、やっと目の前にあらわれた愛に怯えたりもしました。
でも、勇気を出して手を伸ばしたとき、そこで、愛する人が待ってくれていました。
そして、しっかりと手を掴んでくれました。
やっと、ローは、なまえは、必要ないと信じ込もうとしながらも、本当は恋焦がれて仕方のなかった〝真実の愛〟を手に入れたのです。
悪魔の実で呪われた身体に海水が纏わりつき、ひどく重く感じました。
それでも、不安そうにしながらもローの首にしっかりと両腕をまわし抱き着いているなまえの体温が、彼の心をひどく軽くしていました。
砂浜に上がったローは、ちょうどよい大きさの岩になまえをおろし、座らせると、自分のシャツを脱ぎました。
そして、腰を曲げて少し屈み、濡れずにすんだシャツで、彼女の濡れた身体を拭いてやります。
胸元は電子部品が露になっているということもありますが、破れた皮膚が痛々しくて、無意識に触れる手も優しくなってしまいます。
その間も、彼女はずっと目を伏せていました。
「もう二度と海に入ったりするんじゃねぇぞ。」
「壊れるからですか。」
「分かってるじゃねぇか。」
「壊れたら、ローは私を廃棄しますか。」
華奢な身体を拭いていたローの手がピタリと止まります。
なまえは、膝の上に置いた自分の両手を見下ろしていました。
まるで、質問の返事を聞きたくないと言っているようでした。
ローは、砂浜に膝をつきました。
そして、膝立ちになると、なまえの頬を両手で包むように挟み、少し強引に顔を上げます。
ひどく悲しい質問をしたはずなのに、なまえは、いつもの無表情のままでした。
当然です。彼女は機械です。
心もなければ、表情もありません。
でも、ローには、彼女がひどく不安そうにしていて、今にも泣き出しそうに見えていました。
それは、濡れた前髪から落ちた海水が、彼女の頬を濡らしていたせいではありません。
彼女が愛おしくて仕方のないローは、愛に錯覚を見せられているのです。
でも、それでいい———。
愛なんて、相手が人間だろうが、ロボットだろうが、そんなものなのですから。
ローは、思わず、苦笑してしまいました。
愛の錯覚にまんまと騙されようとしている自分自身になのか、泣き出しそうななまえがたまらなく愛おしかったのか。
それは、彼にしかわかりませんし、もしかすると、どちらの意味でもあるのかもしれません。
濡れて冷たくなった彼女の頬の上を、ローの長い指が撫でるように優しく動きます。
なまえの真っすぐな瞳とローの瞳は、重なったまま、決して離れませんでした。
ローが、ゆっくりと顔を近づければ、なまえがそっと瞼を閉じます。
そして、お互いにその時を待っていたみたいに、唇が優しく重なりました。
なまえの唇は海水で濡れていて、久しぶりに交わしたキスはとてもしょっぱくて、涙の味がしました。
ローは、胸が熱くなっていくのを感じました。
苦しくて、安心して、悲しくて、幸せ———。
溢れる感情のすべての出所は、なまえへの愛でした。
口づけたときと同じように、今度はそっと、唇を離します。
ローが瞼を上げると、なまえと至近距離で視線が重なりました。
数秒、2人で見つめ合っていました。
言葉が要らなかった、というわけではありません。
伝えあわなければならないことは、彼らにはたくさん残っていました。
それでもただ、今はまだ、こうしていたかった———。
見つめ合わずには、いられなかったのです。
しばらくして、先に口を開いたのは、なまえでした。
「どうして、私にキスをしましたか?」
「お前は、どうして受け入れた?」
彼女の質問に、ローは質問で返しました。
返事は、すぐに返って来ました。
「ローが、私の愛だからです。
だから、愛の行為をします。」
「ならよかった。俺も同じだ。」
頬を擦りながら、ローが言います。
彼の眉尻は下がり、とても柔らかい表情になっていました。
そして、それと同じように、彼の声もひどく柔らかく、優しさに溢れていました。
ですが、それは、機械のなまえには伝わりません。
彼女は、首を横に振って、彼の気持ちを否定します。
「前は、私はローの愛でした。
今は、違います。ローの愛は、美しい人です。」
「違ぇ。」
「違いません。愛は、移り変わるとイッカクが言いました。
そして、ローは、私ではなくて美しい人を愛しました。」
「そうじゃねぇ。」
「また、愛が移り変わりましたか?
私にローの愛が戻ってきましたか?」
「それも違ぇ。」
「分かりません。愛は、よく分かりません。」
なまえが、首を横に振ります。
彼女は、途方に暮れてしまったのかもしれません。
愛はよく分かりません。人間だって同じです。
難しい感情で、ローも振り回されて、心を乱されました。
「分からなくてもいい。」
ローは、なまえの髪を撫でながら言います。
「分からなくていいですか?ロボットだからですか?」
「いいや、俺が、お前の代わりに分かっててやるからだ。」
「ローが分かってれば、私は分からなくていいですか?」
「あぁ、それでいい。
その代わり、お前は、これだけ覚えておけ。」
ローはそこまで言うと、一度、言葉を切りました。
そして、生まれたばかりの赤ん坊に触れるように優しく、なまえの頬を撫でながら、続けます。
「———俺は、お前を愛してる。誰よりもだ。
そして、絶対にお前を捨てたりしない。壊れたお前だって、愛おしい。」
なまえは、何も言いませんでした。
今のセリフに返す言葉が、プログラムに入っていなかったのかもしれません。
でも、構わないのです。
彼女に求めるのは、ただひとつだけ。
どれほど深く愛しているのか、それだけを忘れないでいてくれるのなら、ローは、彼女を愛し続けられます。
だから———。
「お前を傷つけた。本当に悪かった。
もう二度と、お前を1人にしねぇし、不安にもさせねぇ。
お前を傷つけるものからも、全力で守る。」
だから———。
なまえの頬を撫でていたローの指に力がこもり、柔らかい頬が押されました。
ローは、懇願するように続けます。
「お願いだ。お前も、自分を傷つけないでくれ。」
ローが心から願うその気持ちが、なまえへ伝わるのかは分かりません。
それでも、ローは、彼女だけを映す瞳に、心底の想いと気持ちを込めて、彼女を見つめました。
なまえも、ただじっとローを見つめ続けます。
2人の瞳の間に、引力が発生しているかのようでした。
しばらくして、なまえの手が、ゆっくりと動き始めました。
それは、弱々しく、でも、真っすぐに、ローへと伸びます。
そして、ローの頬に、そっと乗るように触れました。
なまえは、まるで存在を確かめるみたいに、角度を変えながら、何度も何度もローの頬を撫で続けます。
そして———。
「ロー、私の頬は温かいですか?」
「あぁ、あったけぇ。」
なまえがなぜそんなことを訊ねたのか、ローは分かりませんでした。
ですが、素直に答えました。
すると、なまえは、一度だけ目を伏せた後、もう一度顔を上げ、ローに言います。
「私は、分かりません。愛の温度が、分かりません。」
あぁ、そういうことか———。
ローは、以前のなまえとカルラの会話を思い出しました。
そして、今彼女が、自分の頬を撫でながら、何を確かめようとしていたのかについても理解したのです。
「大丈夫だ、俺が分かる。お前はあったけぇし、俺も熱い。」
ローは、自分の頬に触れているなまえの手を包むように握りしめました。
こうして、お互いの温度も、愛も、自分がなまえの分まで感じていけばいい———。
そして、それをなまえが分かっていれば、不安は2人の間を邪魔することは決して出来ないでしょう。
一瞬だけ、なまえの手は逃げようとしました。
間違っている、と判断したのです。
そしてそれは、正しい判断でした。
人間とロボットが愛し合うなんて、ありえません。
その先に幸せが待っているとは、思えません。
理性だけでは動けない人間とは違い、正しい判断を下せる機械のなまえは、ローにそれを教えてやるべきでした。
そして、正してあげなければいけませんでした。
それが、人間のためになる機械として生まれたなまえの今すべきことでしたし、それを彼女も理解していました。
でも、ローから逃げるように離れようとした手は、すぐに動きを止めます。
そして、ローの頬に触れたまま、彼女は訊ねるのです。
「分からなくても、いいですか?」
「あぁ、いい。」
「壊れても、いいですか?」
「いい。」
「人間じゃなくても、いいですか?」
「あぁ、いいよ。」
まるで小さな子供を相手にしているような、語尾が優しく上がる言い方が、まるで自分ではないみたいで、ローは思わずクスリと笑いました。
こんなにも誰かに優しくしたい、甘やかしたいと思う気持ちが自分にあっただなんて、信じられませんでした。
信じられなかったけれど、嬉しくもありました。
もしかしたら、愛なんて不要なものだと思いながらも、本当はずっと、こんな日が来ることを誰よりも待ち焦がれていたのが、ローだったのかもしれません。
愛に飢えていたローだからこそ、誰かの為に愛する愛が必要だったのです。
「俺は、お前がいい。」
ローは、なまえを愛おしそうに見つめながら、優しく言います。
でも、なまえにはどうしても理解出来ないようでした。
それは、彼女が誰よりも、事実を把握している高性能の機械だからです。
それでも、彼女が知りたいのは、目に見えるものではなかったのです。
「ローは、私が、いいですか?」
「あぁ、他の誰かなら、要らねぇ。お前じゃねぇなら、要らねぇ。」
ローは、とても真剣でした。
自分の気持ちを認め、覚悟をするまで、時間をかけました。
そして、その間に、なまえを傷つけてしまったことは、ローにとっては苦い事実です。
ですが、人間がロボットを愛することを、簡単に受け入れることが出来ないのは仕方のないことです。
そうして、ローは、困難をとることを決めたのです。
そのためにはまず、人間の感情を理解することが出来ないなまえに、気持ちを知ってもらうことから始めなければなりません。
今までのお遊びの延長のような愛の行為では、いけないのです。
だから、ローは、真剣に伝えます。
「なまえが、いい。
————————愛してる。」
ローは、優しくなまえの頬を撫でました。
彼女からの返事は、すぐにはありませんでした。
黙り込むそれこそが、なまえに気持ちが伝わったことと、彼女の葛藤を物語っていました。
だから、ローは、彼女が返事をするまで、じっと待ちました。
そして、それがどんな答えだったとしても、生涯彼女を愛し続け、彼女を誰にも傷つけさせないことを心に誓ったのです。
しばらくして、なまえの唇がゆっくりと開きました。
とうとう、答えを出したようです。
「私もです、ロー。あなたを愛しています。」
なまえの気持ちは、自分を嫌う海の中で、痛いほどに感じていました。
それでも、彼女から愛の言葉を貰うのは、格別でした。
特別でした。
今まで聞いたどんな言葉よりも、今まで見たどんな宝よりも、ローの心臓を震わせました。
そして、これから聞くどんな言葉よりも、これから手に入れようとしているどんなにすごい宝よりも、ローの心を満たしたのです。
なまえの愛を手に入れたローは、やっと自分が完成した存在になったような気がしました。
だからもう、絶対に彼女を手放しません。
だって、彼女がいないと、自分は不完全なのだと、知ってしまったから————。
この世に生まれたすべてのものが平等に手に入れる権利のある愛ですが、それはどこにでも転がっているわけではありません。
自分には無理なのだと諦めていました。
愛は身を滅ぼすものだと信じ、やっと目の前にあらわれた愛に怯えたりもしました。
でも、勇気を出して手を伸ばしたとき、そこで、愛する人が待ってくれていました。
そして、しっかりと手を掴んでくれました。
やっと、ローは、なまえは、必要ないと信じ込もうとしながらも、本当は恋焦がれて仕方のなかった〝真実の愛〟を手に入れたのです。