◇No.42◇痛いです
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それは、春島の暖かい気候に入った日の出来事でした。
舵を握る船員は、穏やかな海に機嫌がよく、船縁に座っていたベポは、大きな魚を釣り上げ、嬉しそうな声を上げていました。
気持ちのいい気候の中で、各々が好きなように過ごしているように、なまえものんびりと甲板を歩き回っていました。
最近はずっとお気に入りのコートも着ていなかったので、船員達から『暑苦しいから脱げ。』と言われることもありません。
そして、裏甲板にやって来た彼女は、船縁に背中を預け、長い脚を投げ出した格好で座り、居眠りをしているローを見つけました。
船長室にいることの多い彼も、暖かい気候の気持ち良さに誘われて、甲板に出て来ていたようです。
トレードマークになっているキャスケットもかぶってはいませんでした。
彼の膝の上には、分厚い医学書が開いたままでおかれています。
裏甲板の床の上に無造作に投げ出された手は、医学書から滑り落ちたのかもしれません。
柔らかく気持ちのいい風が吹く度に、医学書のページがペラペラとめくられていきます。
なまえは、ゆっくりと彼に近づきました。
そして、彼の左腰の辺りで膝を折り曲げてしゃがみました。
ぐっすり眠っているのか、ローは、全く起きる気配がありません。
柔らかい風が、少し癖のある黒髪の一本一本をさらさらと靡かせます。
少し首をもたげて眠るローの寝顔を見る為に、なまえはそっと覗き込みました。
綺麗に整えられた眉と、真っすぐな鼻筋、閉じた瞼の下では、重たい睫毛が綺麗に並んでいます。
唇は、無防備に少しだけ開いていて、規則的な寝息も聞こえてきます。
彼女が、ローの寝顔を見るのは、久しぶりでした。
毎晩、船長室に出向いてバーに誘っても頷いてもらえなくなって、1か月が経とうとしていました。
どうして一緒に夜を過ごしてくれなくなったのか、なまえには分かりません。
ローにも聞けないままです。
最近では、バーに行かないのかと誘うなまえの顔すらも、ローは見てくれなくなっていました。
それでは、会話を続けることすら出来ず、結局、すんなりと引き下がるしかなかったのです。
なまえは、顔を覗き込んだままの格好で、そっと優しくローの髪を撫でました。
ふわりと伝わる柔らかい感触は、なまえには分かりません。
でも、以前読んだ本に、居眠りしている恋人の髪を優しく撫でるというシーンがありました。
それを、真似てみたのです。
そして、髪を撫でながら、なまえは、久しぶりに、昼間の明るい時間にローに話しかけました。
眠っている彼には聞こえないことは、分かっていました。
それでも、なまえは伝えることを選択したのです。
「ロー、大好きです。」
なまえの小さな声は、春の風に攫われて流れて消えていきます。
それが、寂しかったのでしょうか。
届かないまま消えてしまわせたくなかったのでしょうか。
まさか、ロボットである彼女が、そんな情緒的な気持ちを知るはずがありません。
きっと、これもいつか読んだ本のシーンの真似事に決まっています。
彼女は、ゆっくりと目を閉じると、無防備に開いたローの唇に、自分の唇を重ねたのです。
唇に触れた感触には、流石に眠っているローも気がつきました。
眉を顰めた後、目を開けた彼は、至近距離になまえを見つけて、すぐに状況を把握しました。
その途端に———。
「触るな!!」
ローは、なまえの両肩を押して、突き飛ばしました。
強い勢いで突き飛ばされたなまえは、そのまま後ろに倒れて尻餅をつきました。
いつもは無表情ななまえが、驚いたように目を見開いた表情は、ローも驚かせました。
それは、初めて、なまえがハッキリと見せた、感情を乗せた表情でした。
そのせいでしょう。
ローは、彼女にヒドイことをしてしまった気がして、罪悪感を覚えました。
でも、勝手にキスをしてきたのは彼女の方です。
寝込みを襲うな、というのは人間の世界では当然のルールなのです。
ロボットの彼女が知らないだけで———。
ローはスッとなまえから目を反らすと、彼女を突き飛ばしたときに膝の上から落ちてしまった医学書を拾ってから、立ち上がりました。
そんなローの一挙手一投足を、尻餅をついた格好のままのなまえは、見開いた目でただじっと追いかけていました。
それでも、目を反らし続けるローの視線と絡むことはありませんでした。
「船から降ろされたくなけりゃ、二度と俺に触るんじゃねぇ。」
ローは、なまえを見ないままそう言って、冷たく背中を向けました。
そして、そのまま、裏甲板から出て行ってしまいました。
春島の暖かく気持ちのいい風が、なまえの髪を靡かせます。
表甲板からは、シャチの嬉しそうな声が聞こえてきていました。
どうやら、大きな魚を釣り上げることが出来たようです。
でも、まるで、なまえの周りだけ、時間が止まってしまったようでした。
このとき、彼女からは、波の音も、風の強弱も、大切な仲間の声も、消えていました。
何が起こったのか分からず、電子回路がショートしかけていたのです。
そのせいです。
見開いた目は、閉じることを忘れてしまったせいで、熱くなっていました。
そして、一番大切な電子回路のある胸の辺りからは、焦げ付くような感じを覚えました。
それは、彼女が知った、初めての〝痛み〟でした。
舵を握る船員は、穏やかな海に機嫌がよく、船縁に座っていたベポは、大きな魚を釣り上げ、嬉しそうな声を上げていました。
気持ちのいい気候の中で、各々が好きなように過ごしているように、なまえものんびりと甲板を歩き回っていました。
最近はずっとお気に入りのコートも着ていなかったので、船員達から『暑苦しいから脱げ。』と言われることもありません。
そして、裏甲板にやって来た彼女は、船縁に背中を預け、長い脚を投げ出した格好で座り、居眠りをしているローを見つけました。
船長室にいることの多い彼も、暖かい気候の気持ち良さに誘われて、甲板に出て来ていたようです。
トレードマークになっているキャスケットもかぶってはいませんでした。
彼の膝の上には、分厚い医学書が開いたままでおかれています。
裏甲板の床の上に無造作に投げ出された手は、医学書から滑り落ちたのかもしれません。
柔らかく気持ちのいい風が吹く度に、医学書のページがペラペラとめくられていきます。
なまえは、ゆっくりと彼に近づきました。
そして、彼の左腰の辺りで膝を折り曲げてしゃがみました。
ぐっすり眠っているのか、ローは、全く起きる気配がありません。
柔らかい風が、少し癖のある黒髪の一本一本をさらさらと靡かせます。
少し首をもたげて眠るローの寝顔を見る為に、なまえはそっと覗き込みました。
綺麗に整えられた眉と、真っすぐな鼻筋、閉じた瞼の下では、重たい睫毛が綺麗に並んでいます。
唇は、無防備に少しだけ開いていて、規則的な寝息も聞こえてきます。
彼女が、ローの寝顔を見るのは、久しぶりでした。
毎晩、船長室に出向いてバーに誘っても頷いてもらえなくなって、1か月が経とうとしていました。
どうして一緒に夜を過ごしてくれなくなったのか、なまえには分かりません。
ローにも聞けないままです。
最近では、バーに行かないのかと誘うなまえの顔すらも、ローは見てくれなくなっていました。
それでは、会話を続けることすら出来ず、結局、すんなりと引き下がるしかなかったのです。
なまえは、顔を覗き込んだままの格好で、そっと優しくローの髪を撫でました。
ふわりと伝わる柔らかい感触は、なまえには分かりません。
でも、以前読んだ本に、居眠りしている恋人の髪を優しく撫でるというシーンがありました。
それを、真似てみたのです。
そして、髪を撫でながら、なまえは、久しぶりに、昼間の明るい時間にローに話しかけました。
眠っている彼には聞こえないことは、分かっていました。
それでも、なまえは伝えることを選択したのです。
「ロー、大好きです。」
なまえの小さな声は、春の風に攫われて流れて消えていきます。
それが、寂しかったのでしょうか。
届かないまま消えてしまわせたくなかったのでしょうか。
まさか、ロボットである彼女が、そんな情緒的な気持ちを知るはずがありません。
きっと、これもいつか読んだ本のシーンの真似事に決まっています。
彼女は、ゆっくりと目を閉じると、無防備に開いたローの唇に、自分の唇を重ねたのです。
唇に触れた感触には、流石に眠っているローも気がつきました。
眉を顰めた後、目を開けた彼は、至近距離になまえを見つけて、すぐに状況を把握しました。
その途端に———。
「触るな!!」
ローは、なまえの両肩を押して、突き飛ばしました。
強い勢いで突き飛ばされたなまえは、そのまま後ろに倒れて尻餅をつきました。
いつもは無表情ななまえが、驚いたように目を見開いた表情は、ローも驚かせました。
それは、初めて、なまえがハッキリと見せた、感情を乗せた表情でした。
そのせいでしょう。
ローは、彼女にヒドイことをしてしまった気がして、罪悪感を覚えました。
でも、勝手にキスをしてきたのは彼女の方です。
寝込みを襲うな、というのは人間の世界では当然のルールなのです。
ロボットの彼女が知らないだけで———。
ローはスッとなまえから目を反らすと、彼女を突き飛ばしたときに膝の上から落ちてしまった医学書を拾ってから、立ち上がりました。
そんなローの一挙手一投足を、尻餅をついた格好のままのなまえは、見開いた目でただじっと追いかけていました。
それでも、目を反らし続けるローの視線と絡むことはありませんでした。
「船から降ろされたくなけりゃ、二度と俺に触るんじゃねぇ。」
ローは、なまえを見ないままそう言って、冷たく背中を向けました。
そして、そのまま、裏甲板から出て行ってしまいました。
春島の暖かく気持ちのいい風が、なまえの髪を靡かせます。
表甲板からは、シャチの嬉しそうな声が聞こえてきていました。
どうやら、大きな魚を釣り上げることが出来たようです。
でも、まるで、なまえの周りだけ、時間が止まってしまったようでした。
このとき、彼女からは、波の音も、風の強弱も、大切な仲間の声も、消えていました。
何が起こったのか分からず、電子回路がショートしかけていたのです。
そのせいです。
見開いた目は、閉じることを忘れてしまったせいで、熱くなっていました。
そして、一番大切な電子回路のある胸の辺りからは、焦げ付くような感じを覚えました。
それは、彼女が知った、初めての〝痛み〟でした。