◇No.39◇幾千の愛が降る夜
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酒を注いだグラスを両手に持って、甲板に出たローの頬を、ひんやりと冷たい夜風が撫でて流れていきます。
昼間が暑すぎたので上着すら羽織って来なかったことを、少し後悔しました。
船員が溶けるほどの猛暑は夕方のうちに抜け、ポーラータング号は、少し肌寒い秋の気候に入っていました。
船縁には、夜釣りをしている船員がチラホラいて、楽しそうにお喋りをしています。
彼らは、しっかりと防寒着を羽織っていて、夜の風に備えているようでした。
自分も上着を取りに行くか——。
少し悩んだローでしたが、結局、自室に取りに行くほどでもないと判断すると、裏甲板に向かいました。
夜釣りをしている船員達がいた表甲板と違って、人影すらなくとても静かです。
適当に船縁に寄り掛かったローは、左手に持っていたグラスだけを甲板に置きました。
「誕生日、おめでとう、コラさん。」
右手に持ったグラスを、甲板に置いたグラスに傾けます。
ガラス同士がぶつかった小さな音が鳴り、グラスの中で氷がカラカラと揺れました。
「なぁ、とうとう俺も、コラさんと同じ歳だぜ。
俺が何度誕生日を祝ってやっても
アンタがいつまで経っても、歳をとらねぇせいだ。」
船縁に頭を預けて夜空を見上げたローが、恨めし気に言います。
数えるのも途方にないほどの星が眩しく輝いていて、それが余計に忌々しく感じました。
ローが、ひとりきりで、大切な人の誕生日を祝うようになって何年が経ったのでしょうか。
それは、ローにとって、あっという間で、とても長い時間でした。
今のローには、信頼にたる仲間や、共闘出来るおかしな奴らもいます。
彼らのおかげで、長年の想いを一応は遂げることが出来ました。
それでも、大好きな人がいない——、という虚しさややるせなさが消えるわけではありません。
「ロー、探しました。今日はバーには行きませんか?」
なまえの声が聞こえてきて、ローは、幾千の星が浮かぶ夜空から視線を落としました。
ランドリールームから引っ張り出してきたのか、またお気に入りのコートを着ています。
思わず苦笑しつつ、ローは、今日はバーには行かないと答えました。
「今日は、大好きな人の誕生日なんだ。
だからここで、一緒に酒を飲む。」
「大好きな人とですか?でも、ローは1人です。」
なまえは不思議そうに言いながら、キョロキョロとまわりを見渡しました。
ローと一緒にお酒を飲む〝大好きな人〟を探しているのでしょう。
もう、どこを探したって、見つかるわけがないのに——。
「上だ。」
ローはそう言いながら、右手の人差し指で星をさしました。
なまえが、首を90度近く折り曲げて、夜空を見上げます。
「どこですか?」
「死んだやつはな、星になるんだ。」
なまえがしているように、ローも思いきり首を折り曲げて夜空を見上げます。
幾千の星が輝きすぎていて、どれがコラソンなのか分かりません。
そもそもそこにコラソンはいるのか——。
夜空の星は、あまりにも遠すぎるのです。
「星は遠すぎて一緒にお酒は呑めません。」
なまえがローを見て、正論を言いいます。
「そうだな。」
その通りだ。
死んだ人間とは、酒は呑めない——。
まだ13歳だったローは、コラソンと酒を酌み交わした経験なんて、ないのです。
どんな風に話して、どんな風に酔っぱらって、どんな風にくだらないことで笑い合うのか——。
想像することしか出来ません。
「ローは、大好きな人とお酒が呑みたいですか?」
「あぁ、呑めたらよかったのにと思う。
せめて、姿でも見れたらいいのにな。」
ローは、星を見上げたまま言いました。
コラソンの誕生日だということが、彼をほんの少し、センチメンタルな気持ちにしてしまっていたのかもしれません。
まだ酔っていないのに、本音がポロポロと零れ落ちていきます。
それとも、なまえの前だからでしょうか。
彼女なら、自分のことをすべて受け入れてくれると、知っているから——。
「分かりました。大好きな人の近くに行きましょう。
そうすれば、姿くらいは見えるかもしれません。」
は?———。
意味が分からず、夜空を見上げていた視線を落としたローが見たのは、天使でした。
いいえ、違います。目の前に立って、ローを見下ろしているのは、なまえです。
そう、分かっていても、ローは見開いた目が元に戻りません。
何が起こったのか分からず、ただ凝視するようになまえの姿を瞳に映し続けました。
なまえは、華奢な背中に、大きな白い翼を生やしていました。
白いコートを羽織り、幾千の星が輝く夜空の下で、大きな白い翼を背負う彼女は、神話に登場する天使のようでした。
「その翼は、どこから出て来た…。」
ローは、なまえの背中を指さしました。
「私の背中です。」
それは分かっている——。
つっこむのも無駄だと、ローは既に学んでいます。
そして、回転の速い頭をまわして、どういう状況なのかを考えました。
割とすぐに、その答えは出て来ました。
「もしかして、その翼で空を飛べる仕様になってるのか。」
「はい、飛行可能のロボットです。」
早く言えよ——。
正直、まずはそう思ったローでしたが、それもつっこむだけ無駄です。
聞かれませんでした、と答えるに決まっています。
いまだに驚いているローの空気を読むことはせず、なまえが前屈みになって、手を差し伸べました。
「さぁ、この船で一番高いところに飛んで、
大好きな人に会いに行きましょう。」
「・・・・あぁ、そうだな。」
少し考えたローでしたが、なまえの手を握ることに決めました。
力の強い彼女に引っ張り上げられてローが立ち上がると、白い翼が大きくうねりました。
夜風を揺らすときに出た大きな音が耳元で響き、冷気が身体を包んだときでした。
なまえの身体が、この世を去っていったコラソンを追いかけようとしているように、浮いたのです。
昼間が暑すぎたので上着すら羽織って来なかったことを、少し後悔しました。
船員が溶けるほどの猛暑は夕方のうちに抜け、ポーラータング号は、少し肌寒い秋の気候に入っていました。
船縁には、夜釣りをしている船員がチラホラいて、楽しそうにお喋りをしています。
彼らは、しっかりと防寒着を羽織っていて、夜の風に備えているようでした。
自分も上着を取りに行くか——。
少し悩んだローでしたが、結局、自室に取りに行くほどでもないと判断すると、裏甲板に向かいました。
夜釣りをしている船員達がいた表甲板と違って、人影すらなくとても静かです。
適当に船縁に寄り掛かったローは、左手に持っていたグラスだけを甲板に置きました。
「誕生日、おめでとう、コラさん。」
右手に持ったグラスを、甲板に置いたグラスに傾けます。
ガラス同士がぶつかった小さな音が鳴り、グラスの中で氷がカラカラと揺れました。
「なぁ、とうとう俺も、コラさんと同じ歳だぜ。
俺が何度誕生日を祝ってやっても
アンタがいつまで経っても、歳をとらねぇせいだ。」
船縁に頭を預けて夜空を見上げたローが、恨めし気に言います。
数えるのも途方にないほどの星が眩しく輝いていて、それが余計に忌々しく感じました。
ローが、ひとりきりで、大切な人の誕生日を祝うようになって何年が経ったのでしょうか。
それは、ローにとって、あっという間で、とても長い時間でした。
今のローには、信頼にたる仲間や、共闘出来るおかしな奴らもいます。
彼らのおかげで、長年の想いを一応は遂げることが出来ました。
それでも、大好きな人がいない——、という虚しさややるせなさが消えるわけではありません。
「ロー、探しました。今日はバーには行きませんか?」
なまえの声が聞こえてきて、ローは、幾千の星が浮かぶ夜空から視線を落としました。
ランドリールームから引っ張り出してきたのか、またお気に入りのコートを着ています。
思わず苦笑しつつ、ローは、今日はバーには行かないと答えました。
「今日は、大好きな人の誕生日なんだ。
だからここで、一緒に酒を飲む。」
「大好きな人とですか?でも、ローは1人です。」
なまえは不思議そうに言いながら、キョロキョロとまわりを見渡しました。
ローと一緒にお酒を飲む〝大好きな人〟を探しているのでしょう。
もう、どこを探したって、見つかるわけがないのに——。
「上だ。」
ローはそう言いながら、右手の人差し指で星をさしました。
なまえが、首を90度近く折り曲げて、夜空を見上げます。
「どこですか?」
「死んだやつはな、星になるんだ。」
なまえがしているように、ローも思いきり首を折り曲げて夜空を見上げます。
幾千の星が輝きすぎていて、どれがコラソンなのか分かりません。
そもそもそこにコラソンはいるのか——。
夜空の星は、あまりにも遠すぎるのです。
「星は遠すぎて一緒にお酒は呑めません。」
なまえがローを見て、正論を言いいます。
「そうだな。」
その通りだ。
死んだ人間とは、酒は呑めない——。
まだ13歳だったローは、コラソンと酒を酌み交わした経験なんて、ないのです。
どんな風に話して、どんな風に酔っぱらって、どんな風にくだらないことで笑い合うのか——。
想像することしか出来ません。
「ローは、大好きな人とお酒が呑みたいですか?」
「あぁ、呑めたらよかったのにと思う。
せめて、姿でも見れたらいいのにな。」
ローは、星を見上げたまま言いました。
コラソンの誕生日だということが、彼をほんの少し、センチメンタルな気持ちにしてしまっていたのかもしれません。
まだ酔っていないのに、本音がポロポロと零れ落ちていきます。
それとも、なまえの前だからでしょうか。
彼女なら、自分のことをすべて受け入れてくれると、知っているから——。
「分かりました。大好きな人の近くに行きましょう。
そうすれば、姿くらいは見えるかもしれません。」
は?———。
意味が分からず、夜空を見上げていた視線を落としたローが見たのは、天使でした。
いいえ、違います。目の前に立って、ローを見下ろしているのは、なまえです。
そう、分かっていても、ローは見開いた目が元に戻りません。
何が起こったのか分からず、ただ凝視するようになまえの姿を瞳に映し続けました。
なまえは、華奢な背中に、大きな白い翼を生やしていました。
白いコートを羽織り、幾千の星が輝く夜空の下で、大きな白い翼を背負う彼女は、神話に登場する天使のようでした。
「その翼は、どこから出て来た…。」
ローは、なまえの背中を指さしました。
「私の背中です。」
それは分かっている——。
つっこむのも無駄だと、ローは既に学んでいます。
そして、回転の速い頭をまわして、どういう状況なのかを考えました。
割とすぐに、その答えは出て来ました。
「もしかして、その翼で空を飛べる仕様になってるのか。」
「はい、飛行可能のロボットです。」
早く言えよ——。
正直、まずはそう思ったローでしたが、それもつっこむだけ無駄です。
聞かれませんでした、と答えるに決まっています。
いまだに驚いているローの空気を読むことはせず、なまえが前屈みになって、手を差し伸べました。
「さぁ、この船で一番高いところに飛んで、
大好きな人に会いに行きましょう。」
「・・・・あぁ、そうだな。」
少し考えたローでしたが、なまえの手を握ることに決めました。
力の強い彼女に引っ張り上げられてローが立ち上がると、白い翼が大きくうねりました。
夜風を揺らすときに出た大きな音が耳元で響き、冷気が身体を包んだときでした。
なまえの身体が、この世を去っていったコラソンを追いかけようとしているように、浮いたのです。