◇No.37◇帰る場所は、貴方です
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楽しい宴も終わったその日は、ハートの海賊団の出航の日でした。
海賊と言えども、今回の上陸ほど大金を手に入れて島を出ることは多くあることではありませんから、船に乗り込んでいく船員達は皆、とても上機嫌です。
「金は運んだのか!?確認したか!!」
先に船に乗り込んでいたペンギンが昇降口に顔を出して、船員達に声をかけました。
返事をしたのはシャチでした。
「昨日のうちに、なまえとベポに運ばせたぜ。な?」
「はい、すべて運んでおきました。」
「バッチリだよ!!」
「だってよ。」
自分が運んだわけではないのに、シャチは威張ったように鼻を鳴らしました。
あの大金は、海賊達が遊ぶためだけではなく、今後のハートの海賊団の航海資金にもなるのです。
とりあえず、金が運び込まれているのなら問題なので、ペンギンは安心しました。
「見送りくらいさせろよ!!」
後ろから、聞き覚えのある少年の声がして、ハートの海賊団の船員達が振り返ります。
駆け寄ってくるのは、エレンでした。両脇にはいつものようにミカサとアルミンも一緒でした。
さらにその後ろから続々とやって来ているのは、町の住人です。
風変わりな海賊団ではよくあることのようでしたが、海賊達の船出を島の住人が別れを惜しみつつ見送るなんてことは、普通はありえません。
ですから、見送りのために港に集まった大勢の町の住人達を見つけた時、ハートの海賊団の船員達は、とても驚きました。
「皆様には本当にお世話になりました。」
代表はカルラだと決めていたのか、彼女が頭を下げると、他の町の住人達も一斉に頭を下げました。
感謝の言葉を述べながら目に涙を浮かべている住人までいます。
ハートの海賊団の船員達にも、自分達は彼らの命の恩人だという意識は、確かにあります。
ですが、そのことが、巨大カジノのオーナーであるグロスの悪策を知るきっかけとなり、結局は、町の住人達をうまく利用したハートの海賊団がカジノを潰して大金を手に入れることが出来たのです。
泣くほど感謝される覚えはない——。
海賊達は素っ気ない態度をとっていました。
ですが、少しだけ頬が緩んでいたり、照れ臭そうに頭を掻いていたり、なんだか全員が嬉しそうです。
良いことをした——、そんな感覚が珍しくあるのかもしれません。
「よう、ガキ。お前、最近は海賊を駆逐してやるって言わねぇじゃねぇか。
なんだ、海賊が好きになっちまったか?」
エレンをからかいだしたのは、シャチでした。
膝を折り曲げて屈んで視線を合わせると、エレンの髪をクシャクシャッと雑に撫でました。
「やめろって!!」
エレンがウザったそうにシャチの手を振りほどきます。
造作もなく離れた手でしたが、代わりに、シャチは小馬鹿にしたようにゲラゲラと笑いだしました。
ミカサに腹を殴られて、吹っ飛んでいきました。
雪に埋もれたシャチでしたが、自業自得が過ぎるので誰も助けには行きません。
アルミンだけが、雪の中から這い出して来るシャチを心配そうに見ていました。
「俺は本当に悪いヤツを駆逐するって決めたんだ!
自分で見て、考えて、悪いヤツを駆逐するんだ!!」
エレンが力強く言いました。
海賊だというだけで一括りにして『駆逐してやる』と言っていた頃から、心境の変化はあったようです。
ですが、基本的なところは変わってはいないのでしょう。
カルラとミカサが、危ないことはやめてくれと注意をしますが、本人は面倒そうな顔をするだけで、心配を受け入れる様子はありません。
むしろ、無鉄砲さは今までとは全く別のベクトルを向いてしまい、問題は悪化していました。
なぜなら——。
「なんだお前、海軍にでもなるのか?」
ハートの海賊団の船員のほとんどが思ったことを訊ねてくれたのは、ペンギンでした。
ですが、エレンは首を横に振ります。
「海賊になって、悪いヤツらを駆逐する!!」
「あぁ…。」
ペンギンから何とも言えない声が漏れました。
エレンの隣で、カルラがため息をこぼし、グリシャが苦笑いを浮かべていました。
子供のエレンには、グロスをこの島から追い出したハートの海賊団がヒーローに見えたのかもしれません。
「エレン、悪いことは言わない。海賊なんてなるものじゃない。
いつ死ぬか分からないのに。」
「何をしてたって、いつ死ぬ分からねぇだろ!!」
ミカサが心配して言いますが、またエレンが言い返します。
確かに、エレンの言うことも一理あります。
ですが、子供が海賊に憧れるということは、教育上あまり良くはありません。
それをなまえが理解しているかは分かりませんが、エレンに意見をしたのは彼女でした。
「エレン、ミカサとカルラを泣かせてはいけません。」
「…なんだよ、お前まで海賊になるなとか言うなよ!
自分だって海賊のくせに!」
エレンが悔しそうな顔でなまえを見上げて、拳を握りました。
なまえは味方でいてくれる——、そんな根拠のない自信が彼にはあったのかもしれません。
カルラ達が、なまえだってそう言っていると続ければ、泣きそうな顔で唇を噛み始めました。
「強くなりたいだけじゃないか…!俺は、強くなって悪いヤツをやっつけて、
母さん達を守りたいんだ…!!もうあんなやつらに、故郷も家族も家も!!
奪わせたりしたくない…!!」
必死に涙を堪えながら、苦しそうに吐き出しました。
どうして誰も分かってくれないの——、彼のそんな心の声まで聞こえてくるようでした。
すると、なまえが、さっきシャチがしたように膝を折り曲げて屈み、エレンと視線を合わせました。
そして、優しくエレンの頭を撫でながら言います。
「エレン、あなたは強くなりたいですか?」
「そうだって、言ってるだろ…!」
「それなら、わざわざ海賊にならなくても
とてもいい見本が隣にいます。」
そう言って、なまえが見たのは、ミカサ——。
ではなく、その隣に立っていたアルミンでした。
驚いたのは、エレンではなくて、アルミンの方でした。
「ぼ…!僕は、強くなんかないよ!!」
焦ったアルミンが、顔の前で両手を左右に激しく振りました。
ですが、なまえは小さく首を横に振ってから、エレン、ミカサ、アルミンの3人に語り掛けるように続けます。
「アルミンは、町の人達を助けるために海賊に頭を下げました。
大切な人の為に嫌いな人に頭を下げることが出来る人は、とても強い人だと
天才博士が教えてくれました。だから、アルミンは、とても強い人です。」
なまえがそう言うと、アルミンは驚いた顔をした後、思わず目を伏せました。
あのときの悔しさ、恐怖、いろんな記憶が駆け巡りながら、なぜか分からないけれど、泣きそうになってしまったのです。
嬉しい——、その感情が一番近かったかもしれませんが、それだけではありません。
人間の感情は、いつだって、ただひとつの単語で表現することが出来るほどに単純なものではないのです。
「もしもエレンが、火の海から救ってくれたのが海賊だと思っているのなら、それは間違いです。」
そう続けたなまえは、あの日、この港まで走ってやって来たアルミンに、ハートの海賊団の船員達がどんな態度をとったのかを教えてやりました。
それは、今のようなとても友好的なものではありませんでした。
むしろ、反対です。海賊達は、泣きそうな顔で『助けてくれ!』と訴える彼を冷たく突き放したのです。
それでも、アルミンは負けませんでした。
踵を返すこともせず、本当は憎くて怖くて仕方がのない海賊達が『助けてやる。』と言ってくれるまで諦めず、頭を下げ続けたのです。
「エレン達の命の恩人は、アルミンです。忘れないでください。」
「…知ってる。分かってるよ、それくらい!!
でも、俺は強くなって、悪いヤツを駆逐したいんだ!!」
「はい、エレンは好きなように生きてください。
自由に生きるのは素晴らしいことです。」
「なんだよ、それ。ダメって言ったじゃねぇか!」
「私は、ミカサとカルラを泣かせてはいけないと言いました。
エレンの生き方を否定したことはありません。」
なまえは、真っすぐにエレンを見て言いました。
でも、子供のエレンには難しかったのかもしれません。
ダメだと言われたり、好きに生きろと言われたり、どうしろと言うんだ——、少し怒ったような顔でエレンはボソリと呟きます。
すると、なまえが、エレンの頬に触れました。
エレンが驚いたように目を見開いて、顔を真っ赤に染めました。
「な…!!何すんだよ!!」
真っ赤な顔で怒ったエレンでしたが、シャチにしたようになまえの手を振りほどこうとはしませんでした。
だから、なまえはエレンの頬に触れたままで続けます。
「エレンは、カルラの愛です。
私には分かりませんが、エレンに触れたカルラはとても温かいと幸せそうに言っていました。
そして、ミカサは、命の恩人のエレンが大好きです。」
「…知ってる。」
エレンはムスッとした顔で呟くように答えました。
ですが、彼にも少しずつですが、なまえが何を言おうとしているのかを理解していました。
「アルミンは、エレン達の帰る場所を守りたいと言っていました。
私達は、帰る場所を守れましたか?」
「守ってくれた!!守ってくれたよ…!!」
アルミンがすぐに答えました。
大きな瞳に涙を浮かべて、何度も頷きます。
そんな彼に、なまえも頷き返しました。
「アルミンはもう知っています。私達も知っていました。
帰る場所は、燃えた家ではありません。グロスが奪おうとした土地でもありません。
そこで生きている人達です。」
なまえはそう言うと、エレンの頬を優しく撫でました。
柔らかい赤ん坊のような肌です。
「エレン、ミカサやカルラの帰る場所は、あなたです。
ソファやベッド、美味しい食べ物のある家ではありません。
そこでは雨や風は防げるかもしれませんが、エレンが死んでしまったらそこはとても寒いです。」
「…うん。」
「自由に生きてください。そして、命を大切にしてください。
それはエレンのためではありません。エレンが、カルラやミカサの帰る場所を守るためです。
海賊にも、エレンにも、彼女達の大切な居場所を奪わせてはいけません。」
なまえは、真っすぐにエレンを見つめました。
エレンは返事をしませんでした。
ただじっと、自分を見つめるなまえの目を食い入るように見つめ続けます。
そして、数秒後、小さく、コクリと頷きました。
「いい子ですね。エレンはとてもいい子です、そして強い子です。」
なまえがエレンの頭を優しく撫でました。
今度は、頬を染めたエレンに「やめろよ!」と手を振りほどかれてしまいました。
とりあえず、命を大事にする——という約束はしてもらえました。
立ち上がったなまえに、カルラが「ありがとうございます。」と頭を下げました。
グロスを島から追い出すまでの間、同じ船内で生活を共にしたということもあるのか、こうして顔をあわせてしまうと別れが惜しくなってしまうものです。
ほんのささいな思い出話をした後に最後の挨拶を交わし終え、ハートの海賊団の船員達は、今度こそ昇降口を上がっていきます。
「なぁ。」
最後尾にいたなまえは、お気に入りのコートの裾を握られて立ち止まりました。
振り返ると、エレンがコートを握りしめて目を伏せていました。
彼とは反対に、その両脇に立っているミカサとアルミンは、なまえを見上げていました。
寂しい——、そう訴えるような2人の目がなまえを引き留めようとしているようでした。
きっと、エレンが伏せた目も、彼らと同じことを語っているのだろう。
そう分かるのは、空気の読める種類の人間だけです。
まさか、ロボットには分かりません。
「本当に行くのか…?」
「はい、今日は出航の日です。」
なまえは当然のように答えました。
全く寂しいとは思っていないいつも通りの声色です。
それが、悲しくて、悔しくて、とても寂しくて——。
コートの裾を握りしめるエレンの手が小さく震えました。
「…ん、るって、…たじゃねぇか…。」
目を伏せたまま、エレンがボソボソと零しました。
ですが、小さいその声は、港に打ち寄せる波の音がかき消してしまいます。
「どうしましたか?」
なまえが訊ねると、エレンが勢いよく顔を上げました。
大きな瞳には、涙がたくさん溜まっていました。
「また、雪合戦するって、言ったじゃねぇか!!嘘吐いたのかよ!!」
エレンはなまえを責めました。
本当に言いたかったことは、それではないことをなまえ以外のみんなが知っていました。
『行かないで。』
彼はきっと、そう言いたいのです。
それを言わないのは、彼なりのプライドなのか、言っても無駄だと知っているからなのか——。
それでも、どうしてもまだそばにいて欲しくて、子供らしい言葉が出てしまったのでしょう。
「嘘ではありません。」
「でも、行くんだろ!」
「はい、行きます。」
「それなら—。」
「だから、また来ます。」
「え。」
当然のように答えたなまえに、エレンは小さく声を漏らしました。
まさか、またこの島に来るつもりだったなんて、エレンだけではなくて、ロー達すらも知りませんでした。
だから、既に船に上がり、船縁から港を見下ろして様子を見守っていたロー達は互いの顔を見合わせて苦笑を漏らします。
ですが、誰も「もう二度と来ない。」とは言いません。
だって、彼らも、悪いヤツからエレン達が必死に取り返した町がどんな復興を遂げたのか見てみたいと思っていたのです。
「また、来るのか?」
「はい、来ます。」
「いつ?」
「それは分かりません。」
「なんだよ、それ…。」
僅かに目を伏せた後、エレンがボソッと呟くように返しました。
そして、ゆっくりと顔を上げたエレンは、躊躇いがちに不思議なことをなまえに訊ねました。
「ロボットって…、歳とるのか…?」
「いいえ、機械は生物ではないので、年齢はありません。」
「そっか。」
エレンは小さく呟いた後、少しだけ頬を緩めました。
その緩んだ頬を隠すように、勝気な笑みを浮かべてなまえを見ました。
「次にこの島に来たとき、もし、まだ俺が結婚してなかったら
なまえを嫁にもらってやるよ!!
その頃には俺の方が背も高くなってるからな!!」
「そうですか。分かりました。
結婚してもいいか、それまでにローに聞いておきます。」
「いつまでも来なかったら、俺、嫁さんもらってるかもしれないからな!!
ロボットのお前を嫁にもらってくれるやつなんて、なかなかいないぞ!!
分かってんのか!!」
エレンのセリフを聞いて、彼の気持ちに気づいた大人は少なくはありませんでした。
これは、エレンにとって、子供なりの精一杯のプロポーズでした。
ですが、当然のように、なまえがそれを察してやることはありません。
言葉は、言葉のまま受け止めるのが、なまえの短所であり、長所なのです。
「そうですね。ミカサがエレンのお嫁さんになっているかもしれません。
素敵なことです。」
ただの幼馴染だ——。
エレンとミカサが、顔を真っ赤にして言い返します。
今は、彼らが顔を真っ赤にしている理由は違うのかもしれません。
でも、あと数年もすれば、大人達にからかわれた彼らは同じ理由で顔を赤くするようになるのです。
もしかしたら、その頃には、ひとつなぎの大秘宝を手に入れたハートの海賊団の船員達が、またこの島に戻ってくるかもしれません。
そして、美しい花嫁に鼻の下を伸ばしているエレンをシャチがからかって、ウェディングドレス姿のミカサに投げ飛ばされるのでしょう。
その日まで、長いけれど、あっという間のお別れです。
「皆さん、元気でいてください。」
船に上がったなまえが、船縁からエレン達に手を振りました。
街の住人達も口々に、最後の別れの言葉を叫びます。
あぁ、でもそこに——。
「またな!!」
「トラファルガー・ロー!お前が海賊王になれよ!!」
「楽しい冒険の話をまた聞かせてね!!」
サヨナラ以外の、未来の約束が幾つも飛び交いました。
ハートの海賊団の船員達は、意外なそれに顔を見合わせながらも、嬉しそうに頬を緩ませます。
「おう!!またな!!」
「俺達のキャプテンがワンピースを手に入れるに決まってんだろ!!」
「すっげぇ冒険話を持って帰ってくるから、楽しみにしてろよ!!」
海賊達が大きく手を振りました。
「会おう!!必ずまた会おう!!」
出航していく船の上で、それでもまだ海賊達は大きく手を振り続けます。
だって、町の住人達が、彼らが見えなくなるまでずっと、ずっと、「生きてまた会おう!!」と叫び続けてくれたから——。
私に帰る場所をくれたのは、貴方でした
思い出深い島が見えなくなり、ポーラータング号は穏やかな気候の海を航海し始めました。
早速、言い出したのはシャチでした。
「キャプテン!みんなで大金の山分けしましょうよ!小遣い!!
小遣いが欲しい!!」
シャチの瞳はワクワクの色を通り越して、ベリーの記号に変わっていました。
まずは、会計士と一緒に今後の資金予定を立ててから——と考えていたローでしたが、シャチのおねだりを聞いた他の船員達も、小遣いが欲しいと騒ぎ始めてしまいました。
小さくため息を吐いたローは、ペンギンに声をかけました。
「金を半分持って来てくれ。とりあえず、半分を山分けにする。」
「分かりました。」
頷いたペンギンは、仲良く舵取りをしているなまえとベポを呼び寄せました。
そして、何の用かと訊ねる2人に、運び込んだ金はどこに置いたのかを訊ねました。
「さぁ、それはカルラ達に聞かないと分からないよ。」
「どうしてカルラ達が金の居場所を知ってんだよ。」
呆れた様にペンギンが言います。
「カルラに渡したからです。」
なまえが答えました。
「・・・・・・・・は?」
「シャチにどこか良さそうなところにお金を持って行けと言われたので、
カルラに渡しました。復興にはたくさんのお金が必要です。
とても喜んでくれていました。嬉しいと言いながら泣いていました。」
涙は悲しいときに流れるのにどうして嬉しいのに泣いたのだろうかとかなんとか——、なまえはブツブツと続けていましたが、ペンギンの耳にはもうその先は入って来ていませんでした。
目が点になっているのは、ペンギンだけではありません。
近くで聞いていたハートの海賊団の船員達、全員が同じです。
ローさえも、口を開いたまま閉じなくなってしまいました。
シャチなんて、驚きで口を開きすぎて、顎が甲板の下についてしまうくらい落ちてしまいました。
まるでどこかのゴム人間のようです。
「はァァァァァァァアアアアアアアアッ!?!?!?」
広い海原に海賊達の悲鳴のような叫び声が響きわたりました。
「何てことしてくれたんだよ!!お前は!!」
「アタシ達がどれだけ苦労して金を集めたか!!」
「金の在り処を偵察するのだって大変だったんだからな!!」
「死闘をな!!繰り広げたんだぞ!!」
ハートの海賊団の船員達が、なまえの肩を持って乱暴に前後に振りながら、悲痛な表情で叫び続けます。
自分達を見送る住人達が涙まで浮かべて感謝をしていたのは、そういう経緯があったからなのでしょう。
漸く合点がいっても「そういうことか。」と素直に納得なんて出来ません。
どれだけ苦労をしたのか、どれだけ頑張ったのか——。
もうここにお金はありませんし、そもそも、涙まで浮かべて見送った彼らに「やっぱりそれ返して。」なんて言えるわけもありません。
そう分かっていても、文句は言わなければ、怒りやショックはおさまりません。
いいえ、文句を言ったところで、ショックには変わりはありませんでした。
「ロー、私は間違えましたか?」
怒りとショックで奇声を上げる船員達に前後に身体を揺さぶられながら、なまえがローの方を向いて訊ねました。
本当に意味が分かっていないようなその様子に、ローはクスリと笑いをこぼします。
「いいや、間違ってねぇ。金は必要なところに必要なだけあればいい。」
ローが言いました。
大金は貰い損ねたローでしたが、なぜか、それよりももっともっと大切なものを手に入れたような——そんな気分でした。
きっとそれは、なまえの肩を揺さぶりながら、ついには大爆笑に変わっていった船員達も同じだったのでしょう。
ベポが勝手になまえを助けたとき、彼女を船に乗せると決めたとき、彼女のことを面倒事だとしか思っていませんでした。
でも今では、気づけばいつも、ハートの海賊団の船員達の中心にいるのはなまえです。
彼女の周りで、海賊達はいつも笑っているのです。
ハートの海賊団の船員達にとって、彼女はもう『帰る場所』でした。
心のない機械でしかないはずの彼女に、帰る場所の温かさを教えてもらうことになるなんて、誰が、いつ、想像したでしょうか。
だからどうか、なまえにとっても自分達が『帰る場所』ならいい——。
泣きながら大笑いするシャチに頭を叩かれて、無表情で思いきり叩き返したなまえを見ながら、ローはそんなことを考えていました。
(そして、出来れば…。)
その先の密かな気持ちは、そっと、ローの心に留めておきましょう。
今は、まだ——。
オマケ————。
雪合戦をし始めていたエレン達は、悲鳴のようなものが聞こえて動きを止めました。
声は、海の方から聞こえて来たようでした。
「海賊かな?」
「よし、見に行こうぜ!悪いやつだったら、俺が駆逐してやる!」
「エレン!なまえに言われたことをもう忘れてる!」
エレン達は、町の復興作業を始めた大人達の横を駆け抜けていきます。
向かったのは、森のさらに奥にある丘の上でした。
頂上までやって来ると、島の向こうの海がよく見えました。
確かに、見慣れない麦わら帽子の海賊旗を揺らして、ライオンのような船がやって来ています。
でも、彼らが見ているのは、見慣れない海賊旗が揺れるずっとずっと先でした。
青い海と青い空が重なるそこに、真っすぐに伸びる地平線があります。
その向こうで、彼らにとってとても大切な人達が、命をかけて冒険を続けているのです。
エレン達は、ただ黙って、遠い地平線を眺め続けました。
寂しい——、そう思わないと言えば、嘘になります。
でも、彼らには彼らの冒険が、エレン達にはエレン達の冒険があるのです。
そして、生き続けなければなりません。
どんなに悪いヤツがこの島にやって来ても、自分達の住む世界を壊そうとしても、負けはしません。
必ず、生き続けると彼らは自分自身に誓ったのです。
『いつかまた会おう。』
そんな約束だけを胸に刻んで——。
海賊と言えども、今回の上陸ほど大金を手に入れて島を出ることは多くあることではありませんから、船に乗り込んでいく船員達は皆、とても上機嫌です。
「金は運んだのか!?確認したか!!」
先に船に乗り込んでいたペンギンが昇降口に顔を出して、船員達に声をかけました。
返事をしたのはシャチでした。
「昨日のうちに、なまえとベポに運ばせたぜ。な?」
「はい、すべて運んでおきました。」
「バッチリだよ!!」
「だってよ。」
自分が運んだわけではないのに、シャチは威張ったように鼻を鳴らしました。
あの大金は、海賊達が遊ぶためだけではなく、今後のハートの海賊団の航海資金にもなるのです。
とりあえず、金が運び込まれているのなら問題なので、ペンギンは安心しました。
「見送りくらいさせろよ!!」
後ろから、聞き覚えのある少年の声がして、ハートの海賊団の船員達が振り返ります。
駆け寄ってくるのは、エレンでした。両脇にはいつものようにミカサとアルミンも一緒でした。
さらにその後ろから続々とやって来ているのは、町の住人です。
風変わりな海賊団ではよくあることのようでしたが、海賊達の船出を島の住人が別れを惜しみつつ見送るなんてことは、普通はありえません。
ですから、見送りのために港に集まった大勢の町の住人達を見つけた時、ハートの海賊団の船員達は、とても驚きました。
「皆様には本当にお世話になりました。」
代表はカルラだと決めていたのか、彼女が頭を下げると、他の町の住人達も一斉に頭を下げました。
感謝の言葉を述べながら目に涙を浮かべている住人までいます。
ハートの海賊団の船員達にも、自分達は彼らの命の恩人だという意識は、確かにあります。
ですが、そのことが、巨大カジノのオーナーであるグロスの悪策を知るきっかけとなり、結局は、町の住人達をうまく利用したハートの海賊団がカジノを潰して大金を手に入れることが出来たのです。
泣くほど感謝される覚えはない——。
海賊達は素っ気ない態度をとっていました。
ですが、少しだけ頬が緩んでいたり、照れ臭そうに頭を掻いていたり、なんだか全員が嬉しそうです。
良いことをした——、そんな感覚が珍しくあるのかもしれません。
「よう、ガキ。お前、最近は海賊を駆逐してやるって言わねぇじゃねぇか。
なんだ、海賊が好きになっちまったか?」
エレンをからかいだしたのは、シャチでした。
膝を折り曲げて屈んで視線を合わせると、エレンの髪をクシャクシャッと雑に撫でました。
「やめろって!!」
エレンがウザったそうにシャチの手を振りほどきます。
造作もなく離れた手でしたが、代わりに、シャチは小馬鹿にしたようにゲラゲラと笑いだしました。
ミカサに腹を殴られて、吹っ飛んでいきました。
雪に埋もれたシャチでしたが、自業自得が過ぎるので誰も助けには行きません。
アルミンだけが、雪の中から這い出して来るシャチを心配そうに見ていました。
「俺は本当に悪いヤツを駆逐するって決めたんだ!
自分で見て、考えて、悪いヤツを駆逐するんだ!!」
エレンが力強く言いました。
海賊だというだけで一括りにして『駆逐してやる』と言っていた頃から、心境の変化はあったようです。
ですが、基本的なところは変わってはいないのでしょう。
カルラとミカサが、危ないことはやめてくれと注意をしますが、本人は面倒そうな顔をするだけで、心配を受け入れる様子はありません。
むしろ、無鉄砲さは今までとは全く別のベクトルを向いてしまい、問題は悪化していました。
なぜなら——。
「なんだお前、海軍にでもなるのか?」
ハートの海賊団の船員のほとんどが思ったことを訊ねてくれたのは、ペンギンでした。
ですが、エレンは首を横に振ります。
「海賊になって、悪いヤツらを駆逐する!!」
「あぁ…。」
ペンギンから何とも言えない声が漏れました。
エレンの隣で、カルラがため息をこぼし、グリシャが苦笑いを浮かべていました。
子供のエレンには、グロスをこの島から追い出したハートの海賊団がヒーローに見えたのかもしれません。
「エレン、悪いことは言わない。海賊なんてなるものじゃない。
いつ死ぬか分からないのに。」
「何をしてたって、いつ死ぬ分からねぇだろ!!」
ミカサが心配して言いますが、またエレンが言い返します。
確かに、エレンの言うことも一理あります。
ですが、子供が海賊に憧れるということは、教育上あまり良くはありません。
それをなまえが理解しているかは分かりませんが、エレンに意見をしたのは彼女でした。
「エレン、ミカサとカルラを泣かせてはいけません。」
「…なんだよ、お前まで海賊になるなとか言うなよ!
自分だって海賊のくせに!」
エレンが悔しそうな顔でなまえを見上げて、拳を握りました。
なまえは味方でいてくれる——、そんな根拠のない自信が彼にはあったのかもしれません。
カルラ達が、なまえだってそう言っていると続ければ、泣きそうな顔で唇を噛み始めました。
「強くなりたいだけじゃないか…!俺は、強くなって悪いヤツをやっつけて、
母さん達を守りたいんだ…!!もうあんなやつらに、故郷も家族も家も!!
奪わせたりしたくない…!!」
必死に涙を堪えながら、苦しそうに吐き出しました。
どうして誰も分かってくれないの——、彼のそんな心の声まで聞こえてくるようでした。
すると、なまえが、さっきシャチがしたように膝を折り曲げて屈み、エレンと視線を合わせました。
そして、優しくエレンの頭を撫でながら言います。
「エレン、あなたは強くなりたいですか?」
「そうだって、言ってるだろ…!」
「それなら、わざわざ海賊にならなくても
とてもいい見本が隣にいます。」
そう言って、なまえが見たのは、ミカサ——。
ではなく、その隣に立っていたアルミンでした。
驚いたのは、エレンではなくて、アルミンの方でした。
「ぼ…!僕は、強くなんかないよ!!」
焦ったアルミンが、顔の前で両手を左右に激しく振りました。
ですが、なまえは小さく首を横に振ってから、エレン、ミカサ、アルミンの3人に語り掛けるように続けます。
「アルミンは、町の人達を助けるために海賊に頭を下げました。
大切な人の為に嫌いな人に頭を下げることが出来る人は、とても強い人だと
天才博士が教えてくれました。だから、アルミンは、とても強い人です。」
なまえがそう言うと、アルミンは驚いた顔をした後、思わず目を伏せました。
あのときの悔しさ、恐怖、いろんな記憶が駆け巡りながら、なぜか分からないけれど、泣きそうになってしまったのです。
嬉しい——、その感情が一番近かったかもしれませんが、それだけではありません。
人間の感情は、いつだって、ただひとつの単語で表現することが出来るほどに単純なものではないのです。
「もしもエレンが、火の海から救ってくれたのが海賊だと思っているのなら、それは間違いです。」
そう続けたなまえは、あの日、この港まで走ってやって来たアルミンに、ハートの海賊団の船員達がどんな態度をとったのかを教えてやりました。
それは、今のようなとても友好的なものではありませんでした。
むしろ、反対です。海賊達は、泣きそうな顔で『助けてくれ!』と訴える彼を冷たく突き放したのです。
それでも、アルミンは負けませんでした。
踵を返すこともせず、本当は憎くて怖くて仕方がのない海賊達が『助けてやる。』と言ってくれるまで諦めず、頭を下げ続けたのです。
「エレン達の命の恩人は、アルミンです。忘れないでください。」
「…知ってる。分かってるよ、それくらい!!
でも、俺は強くなって、悪いヤツを駆逐したいんだ!!」
「はい、エレンは好きなように生きてください。
自由に生きるのは素晴らしいことです。」
「なんだよ、それ。ダメって言ったじゃねぇか!」
「私は、ミカサとカルラを泣かせてはいけないと言いました。
エレンの生き方を否定したことはありません。」
なまえは、真っすぐにエレンを見て言いました。
でも、子供のエレンには難しかったのかもしれません。
ダメだと言われたり、好きに生きろと言われたり、どうしろと言うんだ——、少し怒ったような顔でエレンはボソリと呟きます。
すると、なまえが、エレンの頬に触れました。
エレンが驚いたように目を見開いて、顔を真っ赤に染めました。
「な…!!何すんだよ!!」
真っ赤な顔で怒ったエレンでしたが、シャチにしたようになまえの手を振りほどこうとはしませんでした。
だから、なまえはエレンの頬に触れたままで続けます。
「エレンは、カルラの愛です。
私には分かりませんが、エレンに触れたカルラはとても温かいと幸せそうに言っていました。
そして、ミカサは、命の恩人のエレンが大好きです。」
「…知ってる。」
エレンはムスッとした顔で呟くように答えました。
ですが、彼にも少しずつですが、なまえが何を言おうとしているのかを理解していました。
「アルミンは、エレン達の帰る場所を守りたいと言っていました。
私達は、帰る場所を守れましたか?」
「守ってくれた!!守ってくれたよ…!!」
アルミンがすぐに答えました。
大きな瞳に涙を浮かべて、何度も頷きます。
そんな彼に、なまえも頷き返しました。
「アルミンはもう知っています。私達も知っていました。
帰る場所は、燃えた家ではありません。グロスが奪おうとした土地でもありません。
そこで生きている人達です。」
なまえはそう言うと、エレンの頬を優しく撫でました。
柔らかい赤ん坊のような肌です。
「エレン、ミカサやカルラの帰る場所は、あなたです。
ソファやベッド、美味しい食べ物のある家ではありません。
そこでは雨や風は防げるかもしれませんが、エレンが死んでしまったらそこはとても寒いです。」
「…うん。」
「自由に生きてください。そして、命を大切にしてください。
それはエレンのためではありません。エレンが、カルラやミカサの帰る場所を守るためです。
海賊にも、エレンにも、彼女達の大切な居場所を奪わせてはいけません。」
なまえは、真っすぐにエレンを見つめました。
エレンは返事をしませんでした。
ただじっと、自分を見つめるなまえの目を食い入るように見つめ続けます。
そして、数秒後、小さく、コクリと頷きました。
「いい子ですね。エレンはとてもいい子です、そして強い子です。」
なまえがエレンの頭を優しく撫でました。
今度は、頬を染めたエレンに「やめろよ!」と手を振りほどかれてしまいました。
とりあえず、命を大事にする——という約束はしてもらえました。
立ち上がったなまえに、カルラが「ありがとうございます。」と頭を下げました。
グロスを島から追い出すまでの間、同じ船内で生活を共にしたということもあるのか、こうして顔をあわせてしまうと別れが惜しくなってしまうものです。
ほんのささいな思い出話をした後に最後の挨拶を交わし終え、ハートの海賊団の船員達は、今度こそ昇降口を上がっていきます。
「なぁ。」
最後尾にいたなまえは、お気に入りのコートの裾を握られて立ち止まりました。
振り返ると、エレンがコートを握りしめて目を伏せていました。
彼とは反対に、その両脇に立っているミカサとアルミンは、なまえを見上げていました。
寂しい——、そう訴えるような2人の目がなまえを引き留めようとしているようでした。
きっと、エレンが伏せた目も、彼らと同じことを語っているのだろう。
そう分かるのは、空気の読める種類の人間だけです。
まさか、ロボットには分かりません。
「本当に行くのか…?」
「はい、今日は出航の日です。」
なまえは当然のように答えました。
全く寂しいとは思っていないいつも通りの声色です。
それが、悲しくて、悔しくて、とても寂しくて——。
コートの裾を握りしめるエレンの手が小さく震えました。
「…ん、るって、…たじゃねぇか…。」
目を伏せたまま、エレンがボソボソと零しました。
ですが、小さいその声は、港に打ち寄せる波の音がかき消してしまいます。
「どうしましたか?」
なまえが訊ねると、エレンが勢いよく顔を上げました。
大きな瞳には、涙がたくさん溜まっていました。
「また、雪合戦するって、言ったじゃねぇか!!嘘吐いたのかよ!!」
エレンはなまえを責めました。
本当に言いたかったことは、それではないことをなまえ以外のみんなが知っていました。
『行かないで。』
彼はきっと、そう言いたいのです。
それを言わないのは、彼なりのプライドなのか、言っても無駄だと知っているからなのか——。
それでも、どうしてもまだそばにいて欲しくて、子供らしい言葉が出てしまったのでしょう。
「嘘ではありません。」
「でも、行くんだろ!」
「はい、行きます。」
「それなら—。」
「だから、また来ます。」
「え。」
当然のように答えたなまえに、エレンは小さく声を漏らしました。
まさか、またこの島に来るつもりだったなんて、エレンだけではなくて、ロー達すらも知りませんでした。
だから、既に船に上がり、船縁から港を見下ろして様子を見守っていたロー達は互いの顔を見合わせて苦笑を漏らします。
ですが、誰も「もう二度と来ない。」とは言いません。
だって、彼らも、悪いヤツからエレン達が必死に取り返した町がどんな復興を遂げたのか見てみたいと思っていたのです。
「また、来るのか?」
「はい、来ます。」
「いつ?」
「それは分かりません。」
「なんだよ、それ…。」
僅かに目を伏せた後、エレンがボソッと呟くように返しました。
そして、ゆっくりと顔を上げたエレンは、躊躇いがちに不思議なことをなまえに訊ねました。
「ロボットって…、歳とるのか…?」
「いいえ、機械は生物ではないので、年齢はありません。」
「そっか。」
エレンは小さく呟いた後、少しだけ頬を緩めました。
その緩んだ頬を隠すように、勝気な笑みを浮かべてなまえを見ました。
「次にこの島に来たとき、もし、まだ俺が結婚してなかったら
なまえを嫁にもらってやるよ!!
その頃には俺の方が背も高くなってるからな!!」
「そうですか。分かりました。
結婚してもいいか、それまでにローに聞いておきます。」
「いつまでも来なかったら、俺、嫁さんもらってるかもしれないからな!!
ロボットのお前を嫁にもらってくれるやつなんて、なかなかいないぞ!!
分かってんのか!!」
エレンのセリフを聞いて、彼の気持ちに気づいた大人は少なくはありませんでした。
これは、エレンにとって、子供なりの精一杯のプロポーズでした。
ですが、当然のように、なまえがそれを察してやることはありません。
言葉は、言葉のまま受け止めるのが、なまえの短所であり、長所なのです。
「そうですね。ミカサがエレンのお嫁さんになっているかもしれません。
素敵なことです。」
ただの幼馴染だ——。
エレンとミカサが、顔を真っ赤にして言い返します。
今は、彼らが顔を真っ赤にしている理由は違うのかもしれません。
でも、あと数年もすれば、大人達にからかわれた彼らは同じ理由で顔を赤くするようになるのです。
もしかしたら、その頃には、ひとつなぎの大秘宝を手に入れたハートの海賊団の船員達が、またこの島に戻ってくるかもしれません。
そして、美しい花嫁に鼻の下を伸ばしているエレンをシャチがからかって、ウェディングドレス姿のミカサに投げ飛ばされるのでしょう。
その日まで、長いけれど、あっという間のお別れです。
「皆さん、元気でいてください。」
船に上がったなまえが、船縁からエレン達に手を振りました。
街の住人達も口々に、最後の別れの言葉を叫びます。
あぁ、でもそこに——。
「またな!!」
「トラファルガー・ロー!お前が海賊王になれよ!!」
「楽しい冒険の話をまた聞かせてね!!」
サヨナラ以外の、未来の約束が幾つも飛び交いました。
ハートの海賊団の船員達は、意外なそれに顔を見合わせながらも、嬉しそうに頬を緩ませます。
「おう!!またな!!」
「俺達のキャプテンがワンピースを手に入れるに決まってんだろ!!」
「すっげぇ冒険話を持って帰ってくるから、楽しみにしてろよ!!」
海賊達が大きく手を振りました。
「会おう!!必ずまた会おう!!」
出航していく船の上で、それでもまだ海賊達は大きく手を振り続けます。
だって、町の住人達が、彼らが見えなくなるまでずっと、ずっと、「生きてまた会おう!!」と叫び続けてくれたから——。
私に帰る場所をくれたのは、貴方でした
思い出深い島が見えなくなり、ポーラータング号は穏やかな気候の海を航海し始めました。
早速、言い出したのはシャチでした。
「キャプテン!みんなで大金の山分けしましょうよ!小遣い!!
小遣いが欲しい!!」
シャチの瞳はワクワクの色を通り越して、ベリーの記号に変わっていました。
まずは、会計士と一緒に今後の資金予定を立ててから——と考えていたローでしたが、シャチのおねだりを聞いた他の船員達も、小遣いが欲しいと騒ぎ始めてしまいました。
小さくため息を吐いたローは、ペンギンに声をかけました。
「金を半分持って来てくれ。とりあえず、半分を山分けにする。」
「分かりました。」
頷いたペンギンは、仲良く舵取りをしているなまえとベポを呼び寄せました。
そして、何の用かと訊ねる2人に、運び込んだ金はどこに置いたのかを訊ねました。
「さぁ、それはカルラ達に聞かないと分からないよ。」
「どうしてカルラ達が金の居場所を知ってんだよ。」
呆れた様にペンギンが言います。
「カルラに渡したからです。」
なまえが答えました。
「・・・・・・・・は?」
「シャチにどこか良さそうなところにお金を持って行けと言われたので、
カルラに渡しました。復興にはたくさんのお金が必要です。
とても喜んでくれていました。嬉しいと言いながら泣いていました。」
涙は悲しいときに流れるのにどうして嬉しいのに泣いたのだろうかとかなんとか——、なまえはブツブツと続けていましたが、ペンギンの耳にはもうその先は入って来ていませんでした。
目が点になっているのは、ペンギンだけではありません。
近くで聞いていたハートの海賊団の船員達、全員が同じです。
ローさえも、口を開いたまま閉じなくなってしまいました。
シャチなんて、驚きで口を開きすぎて、顎が甲板の下についてしまうくらい落ちてしまいました。
まるでどこかのゴム人間のようです。
「はァァァァァァァアアアアアアアアッ!?!?!?」
広い海原に海賊達の悲鳴のような叫び声が響きわたりました。
「何てことしてくれたんだよ!!お前は!!」
「アタシ達がどれだけ苦労して金を集めたか!!」
「金の在り処を偵察するのだって大変だったんだからな!!」
「死闘をな!!繰り広げたんだぞ!!」
ハートの海賊団の船員達が、なまえの肩を持って乱暴に前後に振りながら、悲痛な表情で叫び続けます。
自分達を見送る住人達が涙まで浮かべて感謝をしていたのは、そういう経緯があったからなのでしょう。
漸く合点がいっても「そういうことか。」と素直に納得なんて出来ません。
どれだけ苦労をしたのか、どれだけ頑張ったのか——。
もうここにお金はありませんし、そもそも、涙まで浮かべて見送った彼らに「やっぱりそれ返して。」なんて言えるわけもありません。
そう分かっていても、文句は言わなければ、怒りやショックはおさまりません。
いいえ、文句を言ったところで、ショックには変わりはありませんでした。
「ロー、私は間違えましたか?」
怒りとショックで奇声を上げる船員達に前後に身体を揺さぶられながら、なまえがローの方を向いて訊ねました。
本当に意味が分かっていないようなその様子に、ローはクスリと笑いをこぼします。
「いいや、間違ってねぇ。金は必要なところに必要なだけあればいい。」
ローが言いました。
大金は貰い損ねたローでしたが、なぜか、それよりももっともっと大切なものを手に入れたような——そんな気分でした。
きっとそれは、なまえの肩を揺さぶりながら、ついには大爆笑に変わっていった船員達も同じだったのでしょう。
ベポが勝手になまえを助けたとき、彼女を船に乗せると決めたとき、彼女のことを面倒事だとしか思っていませんでした。
でも今では、気づけばいつも、ハートの海賊団の船員達の中心にいるのはなまえです。
彼女の周りで、海賊達はいつも笑っているのです。
ハートの海賊団の船員達にとって、彼女はもう『帰る場所』でした。
心のない機械でしかないはずの彼女に、帰る場所の温かさを教えてもらうことになるなんて、誰が、いつ、想像したでしょうか。
だからどうか、なまえにとっても自分達が『帰る場所』ならいい——。
泣きながら大笑いするシャチに頭を叩かれて、無表情で思いきり叩き返したなまえを見ながら、ローはそんなことを考えていました。
(そして、出来れば…。)
その先の密かな気持ちは、そっと、ローの心に留めておきましょう。
今は、まだ——。
オマケ————。
雪合戦をし始めていたエレン達は、悲鳴のようなものが聞こえて動きを止めました。
声は、海の方から聞こえて来たようでした。
「海賊かな?」
「よし、見に行こうぜ!悪いやつだったら、俺が駆逐してやる!」
「エレン!なまえに言われたことをもう忘れてる!」
エレン達は、町の復興作業を始めた大人達の横を駆け抜けていきます。
向かったのは、森のさらに奥にある丘の上でした。
頂上までやって来ると、島の向こうの海がよく見えました。
確かに、見慣れない麦わら帽子の海賊旗を揺らして、ライオンのような船がやって来ています。
でも、彼らが見ているのは、見慣れない海賊旗が揺れるずっとずっと先でした。
青い海と青い空が重なるそこに、真っすぐに伸びる地平線があります。
その向こうで、彼らにとってとても大切な人達が、命をかけて冒険を続けているのです。
エレン達は、ただ黙って、遠い地平線を眺め続けました。
寂しい——、そう思わないと言えば、嘘になります。
でも、彼らには彼らの冒険が、エレン達にはエレン達の冒険があるのです。
そして、生き続けなければなりません。
どんなに悪いヤツがこの島にやって来ても、自分達の住む世界を壊そうとしても、負けはしません。
必ず、生き続けると彼らは自分自身に誓ったのです。
『いつかまた会おう。』
そんな約束だけを胸に刻んで——。