◇No.36◇天使は悪戯はしません
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なまえが行方不明になった事件から1週間と数日が経過していたその日、エレン達の故郷では、海賊と町の住人達が入り乱れ、盛大な宴が開かれていました。
火の海になった名残りが消えたわけではありませんが、瓦礫も全て撤去され、子供達となまえとベポ、シャチがせっせと作ってくれた巨大カマクラの中で暖をとりながらの宴です。
とうとう、ローの計画が遂行され、大成功をおさめたのです。
海賊達の奇襲を受けた巨大カジノオーナーのグロスとその幹部や軍服の監視員達が、裏で相当悪いことをしていたことも把握済みでした。
セレブ街のセレブ達からも疎ましく思われていた彼らは、あっという間に王座から転がり落ちて居場所を失うしかなく、尻尾を巻いてこの島から逃げ出していきました。
巨大カジノでグロスがぼろ儲けした金はすべてハートの海賊団の懐に入り、町の住人達は失った土地と権利書を取り戻しました。
グロスはこの島のほとんどの土地を買い占めていましたから、今ではこの島のほとんどすべては町の住人達のものです。
土地の権利書をグロスに渡した際に貰った引っ越し資金を使って、彼らは今後、故郷とセレブ街の復興や改善を行うのだそうです。
「駆逐してやる!!」
かまくらの中で雪で出来た椅子に座り熱燗を飲んでいたローは、物騒な声が聞こえて来た方を見ました。
そこでは、視界いっぱいに広がる雪原の中心で、エレンがベポに向かって雪のボールを投げつけていました。
どうやら、子供達と一緒にベポとなまえ、シャチは雪合戦をしているようです。
周りに集まった大人達が、町の住人と海賊達に分かれて、彼らに野次を飛ばしながら応援しています。
今回、町の住人と海賊と一緒に合同で祝いの宴をしようと言い出したのは、エレンでした。
彼の心の変化が海賊との距離を縮めたことは、今ではもう全員が知っていることでした。
「俺、絶対にガリーナがキャプテンに擦り寄ってくると思ってましたよ。
追い返すためのセリフも考えてたんですけどね。」
ペンギンが隣に座って、ローの方を見ました。
その続きのセリフはありませんでしたが、ペンギンの目は、一体何をしたんだ、と無言で訊ねていました。
グロスに飼われていたガリーナが、ローに擦り寄ってくるのではないかと心配していたのは、ペンギンだけではありませんでした。
ローと彼女の過去の関係を知っていたハートの海賊団の船員のほとんどが、ペンギンと同じことを考えていたのです。
ですが、ガリーナは、ローを一瞥することもせず、豪華船に乗ってやって来た男とどこかへ消えていきました。
フッ、と鼻で笑ってローが熱燗を口に運びます。
すべてが、ローの思惑通りでした。
(絶対に何かやらかしたな、この人。)
きっと恐ろしい罠を仕掛けたに違いない——。
そう確信したペンギンは、それ以上追及するのを止めました。
こういうときのローの頭の中は、知ってもいいことなどないと長い付き合いで理解しているからです。
悪い顔をしたローの向こうでは、エレン達がまだ無邪気に雪合戦をしていました。
ついに、エレンの投げた雪のボールが、ベポにあたりました。
あからさまに凹むベポを尻目に、エレンがアルミンとハイタッチして喜びを分かち合います。
ですが、その隙に——、とシャチが雪のボールを構えました。
ベポにボールを当てることが出来てハシャいでいる彼らはそれに気づいていません。
シャチがニヤッと口の端を上げたときでした。
ハイタッチをしているエレンとアルミンの隣で、ミカサが巨大な雪のボールを両手で抱え上げました。
あ——。
シャチがヤバイという顔をしたときにはもう、ミカサは巨大な雪のボールを投げ飛ばしていました。
天才的なコントロールで飛んでいった巨大な雪のボールは、反射神経も逃げ足も速いシャチをしっかりとらえました。
頭から巨大な雪のボールを落とされたシャチが、雪原に前のめりに倒れます。
落ちた雪のボールに埋もれたシャチは、身体のすべてが雪に隠れてしまいました。
その様子をなんとなく眺めながら熱燗を飲んでいたローが、ふ、と何かを思い出したような顔をしました。
そして—。
「なまえ!こっちに来い!!」
ローは、ベポ達と一緒に雪合戦をしていたなまえを呼びました。
最後に残ったなまえは、ミカサに向けて雪のボールを投げようとしていたところでした。
ですが、なまえにとってローの命令がすべてであることは、今やエレン達だけではなく町の住人全員の周知の事実です。
今回も、なまえは当然のように雪のボールを投げ捨てて、ローの元へ向かいました。
途中、雪原が『ぐへぇッ!』と情けない悲鳴を上げていましたが、なまえは一瞬立ち止まったものの足元をチラリと見ただけでした。
ハートの海賊団の船員になる前から、なんとなく、ローもペンギンも感じていたことですが、なまえのシャチへの扱いは雑です。
他の船員達に対しては、仲間としての信頼と尊敬のようなものを感じているように見えるのですが、シャチに対しては、仲間とは認識しつつも、尊敬はあまりしていなさそうです。
シャチがなまえに何かをしでかしたというよりも、誰とでもすぐに距離を縮められる彼の長所が、そうさせているのでしょう。
まぁ、それだけではなく、シャチがよくなまえを意地悪くからかっているのも原因でしょうが——。
そういういろんなことが重なって、なまえはシャチに対して、友達のような感覚を持っているのです。
そう思っていても、なまえがシャチに雑な扱いをするのが可笑しくて、思わずククッと喉を鳴らしてしまったのは、ローもペンギンも同時でした。
「ロー、どうしましたか。」
シャチを踏み潰してやってきたなまえは、ローの前に立って訊ねました。
「新しいコートを買ってやった。
今度からはこれを着ろ。」
ローは足元に置いていた紙袋を取り上げると、なまえに渡しました。
ガリーナに騙されたなまえが、あの熊のような高いコートを奪われたことは、全員が知っていました。
ですが、わざわざ、ローがまた新しいコートを買ってやていたなんて思ってもいなかったペンギンは驚きました。
それは、近くで酒盛りをしていた他の船員達も同じ気持ちでした。
また熊のようなセンスの悪いコートを買ったのだろうか——。
海賊達の邪心な視線が、なまえが紙袋から取り出そうとしているコートに集まります。
出て来たのは、白い毛皮のコートのようでした。
両肩のあたりを持ってなまえがそのコートを広げると、ペンギンだけではなく、そばにいたハートの海賊団の船員達はみんな驚きました。
白い毛皮のコートは、ローが今着ている黒いコートの色違いだったのです。
裾の部分にハートの海賊団のロゴが描かれています。
行方不明になった翌日、セレブ街のオーダーメイドの仕立て屋にローが頼んで作らせたものです。
それが出来上がったのが、今日だったのです。
なまえも、ローと色違いのお揃いであることにすぐに気がついたようでした。
「世界一のコートです。」
なまえが言いました。
(世界一のコート?)
ペンギン達の頭にハテナが浮かぶ中、ローだけが満足気に口の端を上げていました。
早速、新しいコートに袖を通したなまえは、ローやペンギンに目もくれずに、エレン達の元へ走って行きました。
コートよりも、雪合戦の続きの方が大事だったのか——。
それもなまえらしいと思いながら、彼女の後姿を視線で追っていたローやペンギン達でしたが、どうやら、そうではなかったようです。
また『ぐへぇ!』と悲鳴が鳴る雪原の上を走ったなまえは、エレン達の前に立つと、いつもよりも少し大きめの声で話し出しました。
「ローがコートを買ってくれました。
世界一のコートです。ローと同じです。色違いです。」
なまえは、雪合戦がしたかったのではなく、新しいコートの自慢がしたかったようです。
それはとても意外な行動でしたが、ローはとても嬉しく思いました。
だってそれは、心も表情もないなまえが、新しいコートを喜んでくれているという証拠だったからです。
「わぁ!!いいね!!キャプテンと一緒だ!!よかったな、なまえ!!」
「とっても似合ってますよ、なまえさん!可愛いです。」
「うん、この前の熊みたいなセンスの悪いコートよりいいと思う。」
ベポとアルミン、ミカサに褒められたなまえは機嫌がよくなったのかもしれません。
もっとちゃんと見てください、と両手を広げてクルクルとまわり始めました。
「クッソ、なまえのやつ…俺を二回も踏んでいきやがって…。
アイツ、電子回路ギッシリだから、死ぬほど重ぇんだよ。」
痛む腰を擦りながら、ブツブツと愚痴って、ロー達の元へやってきたのはシャチでした。
「あれ?なまえは?」
シャチは、ローとペンギン達しかいないかまくらの中を見渡して首を傾げました。
愚痴をこぼしに来たのではなく、直接本人に文句を言いたかったようです。
ですが、残念ながら本人はいません。
本人は——。
「なまえなら、あっちで踊ってる。」
「踊ってる?」
シャチは、ペンギンが指さした方を見ました。
そこでは、ローからもらったお揃いのコートを全員に見せたいなまえが、広い雪原の上を縦横無尽にクルクルと回転しながら動き回っていました。
それを面白がって、町の住人や海賊達が「もっと早く回れ!」と囃し立てています。
なまえの気持ちと彼らの気持ちが思いきりすれ違っているのも、なかなかシュールです。
「何やってんの、アイツ…。」
「自慢の世界一のコートを見せびらかしてる。」
ペンギンが答えたそれで、シャチは漸く、なまえが新しいコートを着ていることに気がつきました。
それでも、自慢のコートを見せびらかすのが、どうして雪の上をクルクルまわりながら踊ることに繋がるのかは理解出来ません。
すると、クルクルまわるなまえのもとにエレンが駆け寄って、話しかけました。
「なまえ!ちゃんと礼は言ったのか!?
それ、あのトラ野郎にもらったんだろ!!」
エレンに言われて、クルクルし続けていたなまえの動きがピタッと止まりました。
ここでフラつかないのは、さすがロボットといったところでしょうか。
礼を伝えていないことを思い出したなまえは、走ってローの元へ戻ってきました。
誰もがなまえは礼を言うのだと思いました。
ですから、彼女が最初にした行動は、ローだけではなく、その場にいた全員を驚かせました。
ローの前に立ったなまえは、身体を屈めて、キスをしたのです。
カルラとグリシャ、ハンネスが、慌てて子供達の目を両手で隠しましたが、時はすでに遅く、既に彼らも男女のキスの目撃者でした。
それはほんの一瞬、触れるだけの子供同士がするようなキスでした。
それでも、まさかなまえがそんなことをするとは誰も思わず、驚き目を見開いたのはローだけではありませんでした。
騒がしかった宴の席は、なまえとローの周りだけ、まるで音がなくなったように、驚きでシンと静まり返っていました。
ですが、空気を読めるわけのないなまえは、唇が離れた後、膝を折り曲げてローと視線を合わせてから、口を開きました。
「ロー、ありがとうございます。
私はローが大好きです。」
なまえは、微笑んだわけではありません。
いつもの無表情と、単調な声でした。
それでも、それはとても温かく柔らかく、そして、とても可愛らしかったのです。
真っ白が広がる雪原の中、真っ白いコートに身を包むなまえは、微笑みを浮かべた天使でした。
そう聞こえたのも、そう見えたのも、今回ばかりはローだけではありませんでした。
だからこそ、さっきのキスは、無垢な子供の悪戯と同じようなものだったのだと大人達を安心させました。
ですが——。
「どういたしまして。」
ローがなまえの左頬をそっと撫でました。
さっきのキスは、きっとなまえからローへの愛の行為だったのでしょう。
そうだと教えたのはローで、教えられたこと以外は知らないのがなまえです。
子供の悪戯ではなかったことを知っているのは、ローとなまえだけです。
そして、それで充分でした。
他の誰が、それを知る必要があったでしょうか。
だって、2人が交わすキスは、2人だけの特別な〝愛の行為〟なのですから。
絡み合う視線に、お互いだけを映す2人が、それをちゃんと理解していれば、それで充分なのです。
火の海になった名残りが消えたわけではありませんが、瓦礫も全て撤去され、子供達となまえとベポ、シャチがせっせと作ってくれた巨大カマクラの中で暖をとりながらの宴です。
とうとう、ローの計画が遂行され、大成功をおさめたのです。
海賊達の奇襲を受けた巨大カジノオーナーのグロスとその幹部や軍服の監視員達が、裏で相当悪いことをしていたことも把握済みでした。
セレブ街のセレブ達からも疎ましく思われていた彼らは、あっという間に王座から転がり落ちて居場所を失うしかなく、尻尾を巻いてこの島から逃げ出していきました。
巨大カジノでグロスがぼろ儲けした金はすべてハートの海賊団の懐に入り、町の住人達は失った土地と権利書を取り戻しました。
グロスはこの島のほとんどの土地を買い占めていましたから、今ではこの島のほとんどすべては町の住人達のものです。
土地の権利書をグロスに渡した際に貰った引っ越し資金を使って、彼らは今後、故郷とセレブ街の復興や改善を行うのだそうです。
「駆逐してやる!!」
かまくらの中で雪で出来た椅子に座り熱燗を飲んでいたローは、物騒な声が聞こえて来た方を見ました。
そこでは、視界いっぱいに広がる雪原の中心で、エレンがベポに向かって雪のボールを投げつけていました。
どうやら、子供達と一緒にベポとなまえ、シャチは雪合戦をしているようです。
周りに集まった大人達が、町の住人と海賊達に分かれて、彼らに野次を飛ばしながら応援しています。
今回、町の住人と海賊と一緒に合同で祝いの宴をしようと言い出したのは、エレンでした。
彼の心の変化が海賊との距離を縮めたことは、今ではもう全員が知っていることでした。
「俺、絶対にガリーナがキャプテンに擦り寄ってくると思ってましたよ。
追い返すためのセリフも考えてたんですけどね。」
ペンギンが隣に座って、ローの方を見ました。
その続きのセリフはありませんでしたが、ペンギンの目は、一体何をしたんだ、と無言で訊ねていました。
グロスに飼われていたガリーナが、ローに擦り寄ってくるのではないかと心配していたのは、ペンギンだけではありませんでした。
ローと彼女の過去の関係を知っていたハートの海賊団の船員のほとんどが、ペンギンと同じことを考えていたのです。
ですが、ガリーナは、ローを一瞥することもせず、豪華船に乗ってやって来た男とどこかへ消えていきました。
フッ、と鼻で笑ってローが熱燗を口に運びます。
すべてが、ローの思惑通りでした。
(絶対に何かやらかしたな、この人。)
きっと恐ろしい罠を仕掛けたに違いない——。
そう確信したペンギンは、それ以上追及するのを止めました。
こういうときのローの頭の中は、知ってもいいことなどないと長い付き合いで理解しているからです。
悪い顔をしたローの向こうでは、エレン達がまだ無邪気に雪合戦をしていました。
ついに、エレンの投げた雪のボールが、ベポにあたりました。
あからさまに凹むベポを尻目に、エレンがアルミンとハイタッチして喜びを分かち合います。
ですが、その隙に——、とシャチが雪のボールを構えました。
ベポにボールを当てることが出来てハシャいでいる彼らはそれに気づいていません。
シャチがニヤッと口の端を上げたときでした。
ハイタッチをしているエレンとアルミンの隣で、ミカサが巨大な雪のボールを両手で抱え上げました。
あ——。
シャチがヤバイという顔をしたときにはもう、ミカサは巨大な雪のボールを投げ飛ばしていました。
天才的なコントロールで飛んでいった巨大な雪のボールは、反射神経も逃げ足も速いシャチをしっかりとらえました。
頭から巨大な雪のボールを落とされたシャチが、雪原に前のめりに倒れます。
落ちた雪のボールに埋もれたシャチは、身体のすべてが雪に隠れてしまいました。
その様子をなんとなく眺めながら熱燗を飲んでいたローが、ふ、と何かを思い出したような顔をしました。
そして—。
「なまえ!こっちに来い!!」
ローは、ベポ達と一緒に雪合戦をしていたなまえを呼びました。
最後に残ったなまえは、ミカサに向けて雪のボールを投げようとしていたところでした。
ですが、なまえにとってローの命令がすべてであることは、今やエレン達だけではなく町の住人全員の周知の事実です。
今回も、なまえは当然のように雪のボールを投げ捨てて、ローの元へ向かいました。
途中、雪原が『ぐへぇッ!』と情けない悲鳴を上げていましたが、なまえは一瞬立ち止まったものの足元をチラリと見ただけでした。
ハートの海賊団の船員になる前から、なんとなく、ローもペンギンも感じていたことですが、なまえのシャチへの扱いは雑です。
他の船員達に対しては、仲間としての信頼と尊敬のようなものを感じているように見えるのですが、シャチに対しては、仲間とは認識しつつも、尊敬はあまりしていなさそうです。
シャチがなまえに何かをしでかしたというよりも、誰とでもすぐに距離を縮められる彼の長所が、そうさせているのでしょう。
まぁ、それだけではなく、シャチがよくなまえを意地悪くからかっているのも原因でしょうが——。
そういういろんなことが重なって、なまえはシャチに対して、友達のような感覚を持っているのです。
そう思っていても、なまえがシャチに雑な扱いをするのが可笑しくて、思わずククッと喉を鳴らしてしまったのは、ローもペンギンも同時でした。
「ロー、どうしましたか。」
シャチを踏み潰してやってきたなまえは、ローの前に立って訊ねました。
「新しいコートを買ってやった。
今度からはこれを着ろ。」
ローは足元に置いていた紙袋を取り上げると、なまえに渡しました。
ガリーナに騙されたなまえが、あの熊のような高いコートを奪われたことは、全員が知っていました。
ですが、わざわざ、ローがまた新しいコートを買ってやていたなんて思ってもいなかったペンギンは驚きました。
それは、近くで酒盛りをしていた他の船員達も同じ気持ちでした。
また熊のようなセンスの悪いコートを買ったのだろうか——。
海賊達の邪心な視線が、なまえが紙袋から取り出そうとしているコートに集まります。
出て来たのは、白い毛皮のコートのようでした。
両肩のあたりを持ってなまえがそのコートを広げると、ペンギンだけではなく、そばにいたハートの海賊団の船員達はみんな驚きました。
白い毛皮のコートは、ローが今着ている黒いコートの色違いだったのです。
裾の部分にハートの海賊団のロゴが描かれています。
行方不明になった翌日、セレブ街のオーダーメイドの仕立て屋にローが頼んで作らせたものです。
それが出来上がったのが、今日だったのです。
なまえも、ローと色違いのお揃いであることにすぐに気がついたようでした。
「世界一のコートです。」
なまえが言いました。
(世界一のコート?)
ペンギン達の頭にハテナが浮かぶ中、ローだけが満足気に口の端を上げていました。
早速、新しいコートに袖を通したなまえは、ローやペンギンに目もくれずに、エレン達の元へ走って行きました。
コートよりも、雪合戦の続きの方が大事だったのか——。
それもなまえらしいと思いながら、彼女の後姿を視線で追っていたローやペンギン達でしたが、どうやら、そうではなかったようです。
また『ぐへぇ!』と悲鳴が鳴る雪原の上を走ったなまえは、エレン達の前に立つと、いつもよりも少し大きめの声で話し出しました。
「ローがコートを買ってくれました。
世界一のコートです。ローと同じです。色違いです。」
なまえは、雪合戦がしたかったのではなく、新しいコートの自慢がしたかったようです。
それはとても意外な行動でしたが、ローはとても嬉しく思いました。
だってそれは、心も表情もないなまえが、新しいコートを喜んでくれているという証拠だったからです。
「わぁ!!いいね!!キャプテンと一緒だ!!よかったな、なまえ!!」
「とっても似合ってますよ、なまえさん!可愛いです。」
「うん、この前の熊みたいなセンスの悪いコートよりいいと思う。」
ベポとアルミン、ミカサに褒められたなまえは機嫌がよくなったのかもしれません。
もっとちゃんと見てください、と両手を広げてクルクルとまわり始めました。
「クッソ、なまえのやつ…俺を二回も踏んでいきやがって…。
アイツ、電子回路ギッシリだから、死ぬほど重ぇんだよ。」
痛む腰を擦りながら、ブツブツと愚痴って、ロー達の元へやってきたのはシャチでした。
「あれ?なまえは?」
シャチは、ローとペンギン達しかいないかまくらの中を見渡して首を傾げました。
愚痴をこぼしに来たのではなく、直接本人に文句を言いたかったようです。
ですが、残念ながら本人はいません。
本人は——。
「なまえなら、あっちで踊ってる。」
「踊ってる?」
シャチは、ペンギンが指さした方を見ました。
そこでは、ローからもらったお揃いのコートを全員に見せたいなまえが、広い雪原の上を縦横無尽にクルクルと回転しながら動き回っていました。
それを面白がって、町の住人や海賊達が「もっと早く回れ!」と囃し立てています。
なまえの気持ちと彼らの気持ちが思いきりすれ違っているのも、なかなかシュールです。
「何やってんの、アイツ…。」
「自慢の世界一のコートを見せびらかしてる。」
ペンギンが答えたそれで、シャチは漸く、なまえが新しいコートを着ていることに気がつきました。
それでも、自慢のコートを見せびらかすのが、どうして雪の上をクルクルまわりながら踊ることに繋がるのかは理解出来ません。
すると、クルクルまわるなまえのもとにエレンが駆け寄って、話しかけました。
「なまえ!ちゃんと礼は言ったのか!?
それ、あのトラ野郎にもらったんだろ!!」
エレンに言われて、クルクルし続けていたなまえの動きがピタッと止まりました。
ここでフラつかないのは、さすがロボットといったところでしょうか。
礼を伝えていないことを思い出したなまえは、走ってローの元へ戻ってきました。
誰もがなまえは礼を言うのだと思いました。
ですから、彼女が最初にした行動は、ローだけではなく、その場にいた全員を驚かせました。
ローの前に立ったなまえは、身体を屈めて、キスをしたのです。
カルラとグリシャ、ハンネスが、慌てて子供達の目を両手で隠しましたが、時はすでに遅く、既に彼らも男女のキスの目撃者でした。
それはほんの一瞬、触れるだけの子供同士がするようなキスでした。
それでも、まさかなまえがそんなことをするとは誰も思わず、驚き目を見開いたのはローだけではありませんでした。
騒がしかった宴の席は、なまえとローの周りだけ、まるで音がなくなったように、驚きでシンと静まり返っていました。
ですが、空気を読めるわけのないなまえは、唇が離れた後、膝を折り曲げてローと視線を合わせてから、口を開きました。
「ロー、ありがとうございます。
私はローが大好きです。」
なまえは、微笑んだわけではありません。
いつもの無表情と、単調な声でした。
それでも、それはとても温かく柔らかく、そして、とても可愛らしかったのです。
真っ白が広がる雪原の中、真っ白いコートに身を包むなまえは、微笑みを浮かべた天使でした。
そう聞こえたのも、そう見えたのも、今回ばかりはローだけではありませんでした。
だからこそ、さっきのキスは、無垢な子供の悪戯と同じようなものだったのだと大人達を安心させました。
ですが——。
「どういたしまして。」
ローがなまえの左頬をそっと撫でました。
さっきのキスは、きっとなまえからローへの愛の行為だったのでしょう。
そうだと教えたのはローで、教えられたこと以外は知らないのがなまえです。
子供の悪戯ではなかったことを知っているのは、ローとなまえだけです。
そして、それで充分でした。
他の誰が、それを知る必要があったでしょうか。
だって、2人が交わすキスは、2人だけの特別な〝愛の行為〟なのですから。
絡み合う視線に、お互いだけを映す2人が、それをちゃんと理解していれば、それで充分なのです。