アッカーマン夫妻は、凍える島の山のふもとにある田舎の町で、喫茶店を営んでいました。
丸太を組んで建てたログハウス調の喫茶店は、優しい温もりと懐かしさの漂う憩いの場として、町の住人にも長年愛されていましたが、それももう昔のことです。
少しずつ、少しずつ、田舎の町から住人がいなくなっていくのと比例するように、アッカーマン夫妻の喫茶店も、閑古鳥が鳴く日が増えるようになりました。
この町に活気を取り戻そうと奮闘していたアッカーマン夫妻でしたが、町を出て行く住人を止めることは出来ないまま、時間ばかりが過ぎていきます。
数日振りに喫茶店の扉が来客を知らせる鐘の音を鳴らしたのは、そんな頃でした。
カウンターで並んで立って、この町の再生計画案を見直していたアッカーマン夫妻は、勢いよく顔を上げました。
扉を開けて店に入って来たのは、10名ほどのガラの悪い男達でした。
恐らく海賊だろう、とすぐに検討がつきました。
山の頂上にあるカジノで散財した後、少しでも安いお店を求めてふもとにおりてくる海賊は少なくはなかったのです。
海賊だろうと、そうではなかろうと、お客様はお客様です。
丁寧に親切に出迎えるのが、アッカーマン夫妻の営む喫茶店の魅力のひとつでもありました。
このときも、ふわりと人の良い笑みを浮かべたアッカーマン夫妻は、彼らをお客様として受け入れたのです。

「いらっしゃいま・・・・・。」

夫が言い切る間もなく、ガラの悪い男達の中央にいた一番体格のいい船長だと思われる男が、銃を撃ちました。
パァァァァン、という銃声が鳴り響く中、額の中央を撃ち抜かれた夫が、血しぶきを上げながら膝から落ちていきます。
カウンターの下に倒れて、大量の血を流す夫は、既に絶命しているのは、誰が見てもわかるほどでした。

「キャ…、キャァァァァァアアア！！」

妻が悲鳴を上げました。
このとき、彼女には、何が起こったのか分からなかったはずです。
ですが、今自分が何をしなければならないのか、は彼女は瞬時に理解していました。
自宅と兼用になっている喫茶店は、2階にプライベートな居住スペースがあります。
今、そこには、アッカーマン夫妻が目に入れても痛くないくらいに可愛がっている1人娘のミカサがいました。
ミカサの部屋に昼食を持って行ったのは、まだ10分ほど前のことです。
今の銃声も悲鳴も、聞こえてしまったに違いありません。
彼女は、すぐに海賊達から背を向けると、店内の奥にある階段へ走りました。

「動くんじゃねぇ！！」

海賊の1人が威嚇して撃った銃が壁にめり込みましたが、彼女は止まりません。
娘を守らなければ——、その一心の彼女が、止まれるわけがないのです。
階段へ走る彼女を、海賊の銃が追いかけます。
言うことを聞かずに階段を駆け上がろうとする彼女に向かって、海賊が銃の引き金を引こうとしたのと、彼女が階段を降りてこようとしているミカサを見つけたのは、殆ど同時でした。

「お母さん？さっきの音は何？どうし——。」
「逃げて！！ミカサ、逃げて…ッ！！」

パァァァァァアン！——。
彼女の背中で、銃声が鳴り響きました。
娘に手を伸ばしたまま、彼女は前のめりに倒れていきます。
絶命する寸前、彼女が見たのは恐らく、娘のミカサの顔でしょう。
驚きと恐怖、絶望を見てしまった、娘の顔だったに違いありません。