◇No.20◇いただきます
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最後のページを読み終えて、ローは医学関連の文献を閉じました。
元々、医学関連の本ばかりがズラリと並んでいた船長室の本棚には、なまえが書きだした医学関連の文献や医学本が新しく仲間入りしています。
それなりの数でしたし、毎日読んでももう少しは楽しめそうです。
本棚に医学関連の文献を戻したローは、壁掛けの時計を確認しました。
時間は、2時でした。
昼間の2時かと思ったローでしたが、違います。
もう真夜中です。
朝からずっと本を読み続けていたローは気づいていませんでしたが、丸窓の向こうは真っ暗です。
(そういえば、腹が減ったな。)
ローは、視線を下に向け、自分の腹に手を当てます。
朝から何も食べていないことに気がついた途端に、空腹感に襲われました。
もう1冊くらい読もうかと思っていたローでしたが、考えを改めて、今から食堂へ行くことに決めました。
もう真夜中の2時ですから、コック達も寝ているでしょう。
食事を作ってもらうことは出来ないでしょうが、何か適当に食べられれば構いませんでした。
案の定、船長室から出ると、廊下は暗く、改めてもう真夜中なのだと実感します。
食堂の入口までやってきたローは、パーテイションになっている扉を押し開けて、壁の電気をつけました。
真夜中の食堂は、廊下よりもシンとしていました。
そして、とても冷たく感じます。
いつもは、腹を空かせた騒がしい船員達でひしめき合っているから、余計にそう感じるのでしょう。
「何をしているんですか?」
後ろから声をかけられて、ローは振り返ります。
首を傾げているのは、なまえでした。
「腹が減って、何か食いに来た。
お前こそ、こんな夜中に何やってんだ。
寝たフリでもいいから、ベッドに入れと言っておいたはずだ。」
「不寝番の交代です。今から部屋に戻るところでした。」
「あぁ、そういうことか。」
「ローは今から夜ご飯ですか?ベポ達はもう食べ終わりました。」
「なまえが書きだした文献読んでたら、飯を食うのを忘れてた。」
「そうですか。では、お詫びに私が夜ご飯を作ります。」
なまえはそう言いながら、ローの隣をすり抜けて食堂の中へ入って行きました。
その背中を追いかけて、ローはなまえに訊ねます。
「食事はとらねぇのに、料理は出来るのか?」
「はい。和食、フレンチ、イタリアン、世界中のありとあらゆるレシピのデータが入っています。」
返事をしながら、なまえは食堂奥のキッチンスペースに入って行きました。
適当に、白飯と漬物で済ませようと考えていたローですが、きちんとした食事がとれるのであれば、その方が有難かったので、なまえの好意を素直に受け入れることにしました。
テーブル席がいくつか並ぶ食堂ですが、キッチン側には長めのカウンターがあります。
キッチンで料理の準備を始めたなまえと向かい合うように、ローはカウンター席に腰を降ろしました。
「それなら、俺は——。」
「和食ですね。おにぎりとお味噌汁、焼き魚を作ります。」
「よく分かったな。」
ローは驚きました。
今、リクエストしようとした通りのメニューだったのです。
「食事中のローを観察していました。
好きな食べ物から味付けの好み、食べる順番もすべて知っています。」
「・・・・それは少し、いや、だいぶ気持ちが悪ぃな。」
「何か言いましたか?」
「いや。」
ボソリと呟いた言葉を拾われかけたローは、誤魔化すように目を反らしてから、小さく苦笑を漏らしました。
食事をしないはずのなまえは、朝も昼も晩も、必ずと言っていいほど食堂にやってきていました。
いつもは、船内での仕事もあって、バラバラにいる船員達が一度に集まるのが食事の時間です。
ですから、ただ単に、仲間とお喋りをするためになまえも食堂に来ているのだと思っていたローでしたが、まさか自分の観察をされていたと知り驚きました。
ですが、嫌な気はしません。
ロボットのなまえにとって、人間の食事風景は興味深いものでしょうし、ただの知識として身につけようとしただけだと分かるからです。
「研究所でも食事を作ってたのか?」
ローは、なまえに訊ねました。
料理をしているなまえの姿を見たのは、もちろん初めてでした。
今は野菜を切っているようで、軽快な包丁の音がとても心地がよく食堂に響きます。
カウンター越しからも分かる手際の良さに感心していました。
「はい。天才博士の食事は私が担当していました。」
「へぇ。ご苦労だな。」
「いいえ、苦労ではありませんでした。
でも、作っている間、天才博士は自分の部屋にいたので、私はひとりでキッチンにいました。
ローは、カウンターに座ってお喋りをしてくれるので、もっと苦労ではありません。」
「そりゃよかった。」
「はい、よかったです。」
切った野菜を鍋に入れながら、なまえは言います。
他人事のようなそれが可笑しくて、ローはククッと喉を鳴らしました。
ガスの火がついて、温度が上がったからでしょうか。
来たときには冷たかったはずの食堂は、今ではとても温かい雰囲気に包まれているようでした。
医学本に夢中になりすぎて1日中の食事をとり損ねたローでしたが、コトコトという鍋の音と包丁の軽快なリズムがとても心地よくむしろ幸運だったのではないかという気になります。
「出来上がりました。どうぞ召し上がれ。」
トレイに乗せられた食事を、なまえがカウンターにそっと置きました。
海苔のおにぎりが2個と焼き魚にお味噌汁、それから湯気をユラユラと揺らす緑茶もトレイに乗っています。
思わず、ゴクリ、とローの喉が上下に動きました。
彩りを考えて添えられた野菜のせいでしょうか。
普段見ているコックの料理よりも美味そうに見えました。
朝から何も食べていなかったせいでお腹が空いていたので、余計にそう見えたのかもしれません。
食欲がそそられて、腹が鳴りそうです。
まず最初にローが手を伸ばしたのは、おにぎりでした。
大きく口を開いて思いっきりかじりつきます。
なまえが味付けの好みも把握済みだと言っていた通り、塩加減も完璧でした。
焼き魚も味噌汁も、緑茶でさえも、ローの好みの味でした。
なまえは、調理器具を洗いながら、時々手を止めて、ローが食べている姿も見ていました。
食事をしている姿を観察されていることに気づいていなかったローでしたが、こうマジマジと見られるととても気になります。
ですが、食事をする手と口は、全く止まりません。
結局、美味し過ぎて、こんな真夜中に、それなりの量の食事をペロリと食べきってしまいました。
「片付けくらいは俺がやる。」
食事を終えたローは、トレイを持ってキッチンスペースに入りました。
ですが、なまえは首を振ります。
「ダメです。片付けまでが、料理です。私がやります。」
天才博士、というのにそう教えられていたのかもしれません。
そもそも、自分のことを『天才博士』とロボットに呼ばせる男が、食事の片づけをするとも思えません。
ですが、ここは研究施設ではありませんし、ローは天才博士とは違います。
「濡れたせいでなまえが壊れる方が迷惑だ。
お前はカウンターで待ってろ。」
「分かりました。迷惑はかけたくありません。」
なまえは真面目に答えて、キッチンスペースを出て行きました。
迷惑だから——、とは言いましたが、本当にローがそう思っているわけではありません。
ただ、そういう言い方しか出来なかっただけなのです。
これが、付き合いの長いペンギンやシャチなら、ローの不器用な優しさだと気づいたでしょう。
ですが、心というものが分からないなまえは、言葉は言葉のまま、ストレートに受け取ってしまいます。
きっと、本当にローが迷惑だと思っていると認識しているのでしょう。
本当は、違うのに——。
水道の蛇口を捻りながら、指示通り、なまえがカウンター席に座るのを待ちました。
そして、カウンターになまえが座ると、スポンジに洗剤をつけようとしていた手を止めて口を開きます。
「あのな——。」
「食器洗いで濡れた後は両手が動かしづらくなって苦手でした。
とても助かります。ありがとうございます。」
カウンターに座ったなまえは、ローを見上げて言いました。
なんだ——。
「そりゃよかった。」
ローはフッと笑って、答えるとスポンジを軽く何度か握りました。
白い泡がふわふわとスポンジから溢れていきます。
不器用な優しさが伝わったかは分かりません。
恐らく、迷惑という言葉を、なまえきっとそのままの意味で受け止めているのでしょう。
でも、ローの行動によって、自分が助かるということは理解してくれていたようです。
フライパンや鍋といった調理器具を既になまえが洗い終わってくれていたというのもありますが、綺麗に食べきった皿を洗うのは、とても簡単でした。
あっという間に片付けも終わり、タオルで手を拭いたローは、なまえと一緒に食堂を出ました。
「美味かった。また作ってくれ。」
「はい、いつでも作ります。食べたくなったら言ってください。」
自分の船室へ戻りながら、ローは、次の約束を手に入れました。
その夜、ベッドに入ってからも、なまえが作ってくれた料理を思い出していました。
本当に、とても美味しい料理でした。
昔、幼い頃にコラソンと食べたおにぎりの味を思い出しました。
それは、ドフラミンゴの屋敷で食べていたような豪華な料理とは違って、あまりにも質素なものでした。
でも、とても美味しかったのです。
泣いてしまうくらいに、美味しかったのだけ、ハッキリと覚えています。
今夜、なまえが作ってくれた料理は、あのときと同じくらい、美味しい味がしました。
いつも食べている食材で作っただけなのに、とても不思議ですけれど——。
元々、医学関連の本ばかりがズラリと並んでいた船長室の本棚には、なまえが書きだした医学関連の文献や医学本が新しく仲間入りしています。
それなりの数でしたし、毎日読んでももう少しは楽しめそうです。
本棚に医学関連の文献を戻したローは、壁掛けの時計を確認しました。
時間は、2時でした。
昼間の2時かと思ったローでしたが、違います。
もう真夜中です。
朝からずっと本を読み続けていたローは気づいていませんでしたが、丸窓の向こうは真っ暗です。
(そういえば、腹が減ったな。)
ローは、視線を下に向け、自分の腹に手を当てます。
朝から何も食べていないことに気がついた途端に、空腹感に襲われました。
もう1冊くらい読もうかと思っていたローでしたが、考えを改めて、今から食堂へ行くことに決めました。
もう真夜中の2時ですから、コック達も寝ているでしょう。
食事を作ってもらうことは出来ないでしょうが、何か適当に食べられれば構いませんでした。
案の定、船長室から出ると、廊下は暗く、改めてもう真夜中なのだと実感します。
食堂の入口までやってきたローは、パーテイションになっている扉を押し開けて、壁の電気をつけました。
真夜中の食堂は、廊下よりもシンとしていました。
そして、とても冷たく感じます。
いつもは、腹を空かせた騒がしい船員達でひしめき合っているから、余計にそう感じるのでしょう。
「何をしているんですか?」
後ろから声をかけられて、ローは振り返ります。
首を傾げているのは、なまえでした。
「腹が減って、何か食いに来た。
お前こそ、こんな夜中に何やってんだ。
寝たフリでもいいから、ベッドに入れと言っておいたはずだ。」
「不寝番の交代です。今から部屋に戻るところでした。」
「あぁ、そういうことか。」
「ローは今から夜ご飯ですか?ベポ達はもう食べ終わりました。」
「なまえが書きだした文献読んでたら、飯を食うのを忘れてた。」
「そうですか。では、お詫びに私が夜ご飯を作ります。」
なまえはそう言いながら、ローの隣をすり抜けて食堂の中へ入って行きました。
その背中を追いかけて、ローはなまえに訊ねます。
「食事はとらねぇのに、料理は出来るのか?」
「はい。和食、フレンチ、イタリアン、世界中のありとあらゆるレシピのデータが入っています。」
返事をしながら、なまえは食堂奥のキッチンスペースに入って行きました。
適当に、白飯と漬物で済ませようと考えていたローですが、きちんとした食事がとれるのであれば、その方が有難かったので、なまえの好意を素直に受け入れることにしました。
テーブル席がいくつか並ぶ食堂ですが、キッチン側には長めのカウンターがあります。
キッチンで料理の準備を始めたなまえと向かい合うように、ローはカウンター席に腰を降ろしました。
「それなら、俺は——。」
「和食ですね。おにぎりとお味噌汁、焼き魚を作ります。」
「よく分かったな。」
ローは驚きました。
今、リクエストしようとした通りのメニューだったのです。
「食事中のローを観察していました。
好きな食べ物から味付けの好み、食べる順番もすべて知っています。」
「・・・・それは少し、いや、だいぶ気持ちが悪ぃな。」
「何か言いましたか?」
「いや。」
ボソリと呟いた言葉を拾われかけたローは、誤魔化すように目を反らしてから、小さく苦笑を漏らしました。
食事をしないはずのなまえは、朝も昼も晩も、必ずと言っていいほど食堂にやってきていました。
いつもは、船内での仕事もあって、バラバラにいる船員達が一度に集まるのが食事の時間です。
ですから、ただ単に、仲間とお喋りをするためになまえも食堂に来ているのだと思っていたローでしたが、まさか自分の観察をされていたと知り驚きました。
ですが、嫌な気はしません。
ロボットのなまえにとって、人間の食事風景は興味深いものでしょうし、ただの知識として身につけようとしただけだと分かるからです。
「研究所でも食事を作ってたのか?」
ローは、なまえに訊ねました。
料理をしているなまえの姿を見たのは、もちろん初めてでした。
今は野菜を切っているようで、軽快な包丁の音がとても心地がよく食堂に響きます。
カウンター越しからも分かる手際の良さに感心していました。
「はい。天才博士の食事は私が担当していました。」
「へぇ。ご苦労だな。」
「いいえ、苦労ではありませんでした。
でも、作っている間、天才博士は自分の部屋にいたので、私はひとりでキッチンにいました。
ローは、カウンターに座ってお喋りをしてくれるので、もっと苦労ではありません。」
「そりゃよかった。」
「はい、よかったです。」
切った野菜を鍋に入れながら、なまえは言います。
他人事のようなそれが可笑しくて、ローはククッと喉を鳴らしました。
ガスの火がついて、温度が上がったからでしょうか。
来たときには冷たかったはずの食堂は、今ではとても温かい雰囲気に包まれているようでした。
医学本に夢中になりすぎて1日中の食事をとり損ねたローでしたが、コトコトという鍋の音と包丁の軽快なリズムがとても心地よくむしろ幸運だったのではないかという気になります。
「出来上がりました。どうぞ召し上がれ。」
トレイに乗せられた食事を、なまえがカウンターにそっと置きました。
海苔のおにぎりが2個と焼き魚にお味噌汁、それから湯気をユラユラと揺らす緑茶もトレイに乗っています。
思わず、ゴクリ、とローの喉が上下に動きました。
彩りを考えて添えられた野菜のせいでしょうか。
普段見ているコックの料理よりも美味そうに見えました。
朝から何も食べていなかったせいでお腹が空いていたので、余計にそう見えたのかもしれません。
食欲がそそられて、腹が鳴りそうです。
まず最初にローが手を伸ばしたのは、おにぎりでした。
大きく口を開いて思いっきりかじりつきます。
なまえが味付けの好みも把握済みだと言っていた通り、塩加減も完璧でした。
焼き魚も味噌汁も、緑茶でさえも、ローの好みの味でした。
なまえは、調理器具を洗いながら、時々手を止めて、ローが食べている姿も見ていました。
食事をしている姿を観察されていることに気づいていなかったローでしたが、こうマジマジと見られるととても気になります。
ですが、食事をする手と口は、全く止まりません。
結局、美味し過ぎて、こんな真夜中に、それなりの量の食事をペロリと食べきってしまいました。
「片付けくらいは俺がやる。」
食事を終えたローは、トレイを持ってキッチンスペースに入りました。
ですが、なまえは首を振ります。
「ダメです。片付けまでが、料理です。私がやります。」
天才博士、というのにそう教えられていたのかもしれません。
そもそも、自分のことを『天才博士』とロボットに呼ばせる男が、食事の片づけをするとも思えません。
ですが、ここは研究施設ではありませんし、ローは天才博士とは違います。
「濡れたせいでなまえが壊れる方が迷惑だ。
お前はカウンターで待ってろ。」
「分かりました。迷惑はかけたくありません。」
なまえは真面目に答えて、キッチンスペースを出て行きました。
迷惑だから——、とは言いましたが、本当にローがそう思っているわけではありません。
ただ、そういう言い方しか出来なかっただけなのです。
これが、付き合いの長いペンギンやシャチなら、ローの不器用な優しさだと気づいたでしょう。
ですが、心というものが分からないなまえは、言葉は言葉のまま、ストレートに受け取ってしまいます。
きっと、本当にローが迷惑だと思っていると認識しているのでしょう。
本当は、違うのに——。
水道の蛇口を捻りながら、指示通り、なまえがカウンター席に座るのを待ちました。
そして、カウンターになまえが座ると、スポンジに洗剤をつけようとしていた手を止めて口を開きます。
「あのな——。」
「食器洗いで濡れた後は両手が動かしづらくなって苦手でした。
とても助かります。ありがとうございます。」
カウンターに座ったなまえは、ローを見上げて言いました。
なんだ——。
「そりゃよかった。」
ローはフッと笑って、答えるとスポンジを軽く何度か握りました。
白い泡がふわふわとスポンジから溢れていきます。
不器用な優しさが伝わったかは分かりません。
恐らく、迷惑という言葉を、なまえきっとそのままの意味で受け止めているのでしょう。
でも、ローの行動によって、自分が助かるということは理解してくれていたようです。
フライパンや鍋といった調理器具を既になまえが洗い終わってくれていたというのもありますが、綺麗に食べきった皿を洗うのは、とても簡単でした。
あっという間に片付けも終わり、タオルで手を拭いたローは、なまえと一緒に食堂を出ました。
「美味かった。また作ってくれ。」
「はい、いつでも作ります。食べたくなったら言ってください。」
自分の船室へ戻りながら、ローは、次の約束を手に入れました。
その夜、ベッドに入ってからも、なまえが作ってくれた料理を思い出していました。
本当に、とても美味しい料理でした。
昔、幼い頃にコラソンと食べたおにぎりの味を思い出しました。
それは、ドフラミンゴの屋敷で食べていたような豪華な料理とは違って、あまりにも質素なものでした。
でも、とても美味しかったのです。
泣いてしまうくらいに、美味しかったのだけ、ハッキリと覚えています。
今夜、なまえが作ってくれた料理は、あのときと同じくらい、美味しい味がしました。
いつも食べている食材で作っただけなのに、とても不思議ですけれど——。