◇No.17◇大好きです
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今夜は、刀で真っ二つに切り分けたような半月です。
心許ない月光が、ポーラータング号を照らします。
不寝番のなまえは、見張り台の明かりの下で、壁に背中を預けて両脚を前に真っすぐに伸ばして座っていました。
殆ど直角に首を上げて、なまえは、ひたすらに夜空を見上げています。
数えきれないほどの星達が、途方もないほど遠くで輝いていました。
研究施設の中に軟禁されていた頃は、見られなかった景色です。
天才博士は、なまえにありとあらゆる知識を教え込みました。
ですが、ポーラータング号の船に乗ってから、幾つかのことを教えてもらった格子のない世界で見る景色は、遠くで輝くだけの星よりも、キラキラ光って見えていました。
しばらくそうやって夜空を見上げていると、見張り台へ続く階段を上がってくる足音が聞こえてきました。
『とにかく、怪しいヤツがいないか見張ってりゃいい。』
不寝番についいて、シャチからそんな大雑把な説明を受けていたなまえは、扉の方を睨むように凝視しながら、足音に耳を澄まします。
十数秒ほどの間、見張り台は緊張感に包まれていました。
扉を開いたのは、この船の船長のローでした。
座ったままで扉を凝視していたなまえとローの目が合います。
「問題ありません。ローは怪しいヤツではありません。」
「…だろうな。俺はこの船の船長だ。
一応、不寝番はしてるみてぇだな。」
ローはそう言いながら、壁にかけてあった双眼鏡で海の向こうを見始めました。
どうやら、初めての不寝番をしているなまえが、きちんと仕事を出来ているか、様子を見に来たようです。
特におかしなものもないことを確認したローは、なまえの隣に無造作に座りました。
今日の昼間の出来事は、ポーラータング号の船の雰囲気を一気に変えました。
なまえは、自分に向けられている敵意を、自分の手で好意に変えたのです。
船長である自分がどうにかしなければならない——、そう考えていたローにとっては、とても有難いことでもありました。
だからと言って、なまえに礼を言うつもりはありません。
自分のことは自分で——、それがハートの海賊団のやり方だからです。
「次の島ではイッカクに買い物に連れて行ってもらえ。」
「買い物ですか?」
「いつまでもイッカクに服も靴も借りてるわけにはいかねぇからな。
必要なもんは、イッカクがリストにすることになった。アイツの言う通りにしてりゃ問題ねぇ。」
「はい、わかりました。」
なまえは、まるで他人事のように頷きました。
そして、また夜空を見上げだします。
次の島で、新しい洋服や靴を買ってもらえることよりも、格子のない夜空の方が、なまえにとっては魅力的なのです。
ですが、そんなことを知らないローは、島での自由を奪われた、と無表情の横顔に責められているように感じました。
「小遣いもやるから、買い物が終われば、好きなとこに行けばいい。」
夜空を見上げていたなまえが、ローの方を見ました。
そして、訊ねます。
「次の島に、本屋はありますか?」
「あるところじゃねぇと上陸させねぇ。」
「それなら、本屋に行きたいです。」
「何の本が読みたいんだ?」
「愛の本です。」
「愛?」
「はい。私は、愛が知りたいです。」
なまえは、淡い月の光に浮かび上がる黒い地平線を眺めます。
死にたくないなら愛を知ったらいけない。身を滅ぼす——。
あの言葉の意味は、今もなまえには分かりません。
だからこそ、愛を知らなければならないのです。
なまえには、仲間が出来ました。今日、初めて友達も出来ました。
仲間は、仲間が困っていたら助けるものだと学びました。
ですから、身を滅ぼしている場合ではないのです。
「ローは、愛を知っていますか?」
なまえがローを見て訊ねます。
想定外の質問に、ローは思わず狼狽えてしまいました。
でも、すぐに気持ちを切り替えて、口を開きます。
「あぁ、大好きな人がいる。」
ローは、素直に答えました。
もしもこれが、ペンギンやシャチ、他の船員の前だったら言えなかったはずです。
機械で心のないなまえが、相手だったからこそ、照れ臭さも忘れて、正直になれたのです。
「大好きな人は、愛ですか?」
なまえが首を傾げます。
ただ純粋に『愛』を知ろうとしているのが分かるから、やっぱり、ローは素直に答えます。
それは、そう、まるで、何も分からない子供のために授業をしている教師のような感覚だったのかもしれません。
「なまえの言う愛が、何を指してるのかは分からねぇが、
前にお前が読んだっていうなまえって名前の女が出てくる本に書いてた愛のことを言ってんなら
それとは違ぇ。」
「では、大好きな人とは何ですか?」
「俺にとってあの人は、俺に命をくれた恩人だ。」
幾千の星が輝く夜空を見上げたローの瞳には、在りし日のコラソンの下手くそな笑顔が映っていました。
今でも鮮やかに思い出せるけれど、彼にはもう二度と会えません。
復讐心だけを胸に生きていた日々も終わりを迎えることになって、心にぽっかりと空いた穴を埋めようとするように『会いたい。』と願う気持ちが増していました。
きっとこれもひとつの『愛』のカタチなのでしょう。
でも、なまえはそんな複雑な人間の心を理解は出来ないでしょうし、ローもまた、説明するための言葉を持っていませんでした。
「分かりました。ローは私の大好きな人ということですね。」
「あ?」
「ローは、私に命をくれました。」
「あぁ…。」
あぁ、そうなるのか——。
自分に真っすぐな瞳を向けるなまえを見ながら、そういうことかと理解しました。
なまえは、ローをただひたすらに見つめて、続けます。
「私は、ローが大好きです。」
心許ない半月の淡い光に照らされるなまえは、とても綺麗でした。
それはきっと、この世で唯一、嘘を吐かない存在に違いないからでしょう。
だからきっと、愛を知らない彼女がしたこの『告白』は、この世で最も純粋で綺麗な『愛の告白』なんじゃないか——。
不意に、ローはそんなことを感じたのです。
「そりゃ、よかった。俺もお前が大好きだ。」
ローは、なまえの髪をクシャリと撫でます。
不思議そうにしながら、なまえが首を傾げます。
「私は、ローの命の恩人ではありません。」
「あぁ、知ってる。お前に助けられる気はねぇ。」
「それなら、私がローの大好きな人は、おかしいです。」
「いいんだよ、それで。」
「いいんですか?」
「俺がいいと言えば、いい。」
「分かりました。私はローの大好きな人になりました。」
「それはよかったな。」
「はい、よかったです。私もローが大好きです。」
まるで負けじと対抗したみたいな言い方が可笑しくて、ローはククッと喉を鳴らしました。
波の音だけが聞こえてくる静かな夜です。
春島の気候に入ったおかげで、心地よい風が、頬や髪を撫でていきます。
大好きな人を亡くしたあの日から、憎しみや悲しみ、寂しさで少しずつ尖るしかなかった心にも、春島の風が吹いたような気分でした。
ローにとって、なまえは、今まで出逢った誰とも違う存在でした。
それもそうでしょう。彼女は人間ではなくロボットですから。
でも、もしかすると、ローにとってもなまえは『命の恩人』になるのかもしれません。
だって、長い年月をかけながら尖っていった心というのは、いつか心臓を突き刺して、息の根を止めようとするものです。
その心が、なまえの真っすぐで純粋で綺麗な瞳に触れて、少しだけ、柔らかくなったのですから。
あぁ、でも。
そのことにローが気づくのは、残念ながらまだ先の話ですけれど——。
心許ない月光が、ポーラータング号を照らします。
不寝番のなまえは、見張り台の明かりの下で、壁に背中を預けて両脚を前に真っすぐに伸ばして座っていました。
殆ど直角に首を上げて、なまえは、ひたすらに夜空を見上げています。
数えきれないほどの星達が、途方もないほど遠くで輝いていました。
研究施設の中に軟禁されていた頃は、見られなかった景色です。
天才博士は、なまえにありとあらゆる知識を教え込みました。
ですが、ポーラータング号の船に乗ってから、幾つかのことを教えてもらった格子のない世界で見る景色は、遠くで輝くだけの星よりも、キラキラ光って見えていました。
しばらくそうやって夜空を見上げていると、見張り台へ続く階段を上がってくる足音が聞こえてきました。
『とにかく、怪しいヤツがいないか見張ってりゃいい。』
不寝番についいて、シャチからそんな大雑把な説明を受けていたなまえは、扉の方を睨むように凝視しながら、足音に耳を澄まします。
十数秒ほどの間、見張り台は緊張感に包まれていました。
扉を開いたのは、この船の船長のローでした。
座ったままで扉を凝視していたなまえとローの目が合います。
「問題ありません。ローは怪しいヤツではありません。」
「…だろうな。俺はこの船の船長だ。
一応、不寝番はしてるみてぇだな。」
ローはそう言いながら、壁にかけてあった双眼鏡で海の向こうを見始めました。
どうやら、初めての不寝番をしているなまえが、きちんと仕事を出来ているか、様子を見に来たようです。
特におかしなものもないことを確認したローは、なまえの隣に無造作に座りました。
今日の昼間の出来事は、ポーラータング号の船の雰囲気を一気に変えました。
なまえは、自分に向けられている敵意を、自分の手で好意に変えたのです。
船長である自分がどうにかしなければならない——、そう考えていたローにとっては、とても有難いことでもありました。
だからと言って、なまえに礼を言うつもりはありません。
自分のことは自分で——、それがハートの海賊団のやり方だからです。
「次の島ではイッカクに買い物に連れて行ってもらえ。」
「買い物ですか?」
「いつまでもイッカクに服も靴も借りてるわけにはいかねぇからな。
必要なもんは、イッカクがリストにすることになった。アイツの言う通りにしてりゃ問題ねぇ。」
「はい、わかりました。」
なまえは、まるで他人事のように頷きました。
そして、また夜空を見上げだします。
次の島で、新しい洋服や靴を買ってもらえることよりも、格子のない夜空の方が、なまえにとっては魅力的なのです。
ですが、そんなことを知らないローは、島での自由を奪われた、と無表情の横顔に責められているように感じました。
「小遣いもやるから、買い物が終われば、好きなとこに行けばいい。」
夜空を見上げていたなまえが、ローの方を見ました。
そして、訊ねます。
「次の島に、本屋はありますか?」
「あるところじゃねぇと上陸させねぇ。」
「それなら、本屋に行きたいです。」
「何の本が読みたいんだ?」
「愛の本です。」
「愛?」
「はい。私は、愛が知りたいです。」
なまえは、淡い月の光に浮かび上がる黒い地平線を眺めます。
死にたくないなら愛を知ったらいけない。身を滅ぼす——。
あの言葉の意味は、今もなまえには分かりません。
だからこそ、愛を知らなければならないのです。
なまえには、仲間が出来ました。今日、初めて友達も出来ました。
仲間は、仲間が困っていたら助けるものだと学びました。
ですから、身を滅ぼしている場合ではないのです。
「ローは、愛を知っていますか?」
なまえがローを見て訊ねます。
想定外の質問に、ローは思わず狼狽えてしまいました。
でも、すぐに気持ちを切り替えて、口を開きます。
「あぁ、大好きな人がいる。」
ローは、素直に答えました。
もしもこれが、ペンギンやシャチ、他の船員の前だったら言えなかったはずです。
機械で心のないなまえが、相手だったからこそ、照れ臭さも忘れて、正直になれたのです。
「大好きな人は、愛ですか?」
なまえが首を傾げます。
ただ純粋に『愛』を知ろうとしているのが分かるから、やっぱり、ローは素直に答えます。
それは、そう、まるで、何も分からない子供のために授業をしている教師のような感覚だったのかもしれません。
「なまえの言う愛が、何を指してるのかは分からねぇが、
前にお前が読んだっていうなまえって名前の女が出てくる本に書いてた愛のことを言ってんなら
それとは違ぇ。」
「では、大好きな人とは何ですか?」
「俺にとってあの人は、俺に命をくれた恩人だ。」
幾千の星が輝く夜空を見上げたローの瞳には、在りし日のコラソンの下手くそな笑顔が映っていました。
今でも鮮やかに思い出せるけれど、彼にはもう二度と会えません。
復讐心だけを胸に生きていた日々も終わりを迎えることになって、心にぽっかりと空いた穴を埋めようとするように『会いたい。』と願う気持ちが増していました。
きっとこれもひとつの『愛』のカタチなのでしょう。
でも、なまえはそんな複雑な人間の心を理解は出来ないでしょうし、ローもまた、説明するための言葉を持っていませんでした。
「分かりました。ローは私の大好きな人ということですね。」
「あ?」
「ローは、私に命をくれました。」
「あぁ…。」
あぁ、そうなるのか——。
自分に真っすぐな瞳を向けるなまえを見ながら、そういうことかと理解しました。
なまえは、ローをただひたすらに見つめて、続けます。
「私は、ローが大好きです。」
心許ない半月の淡い光に照らされるなまえは、とても綺麗でした。
それはきっと、この世で唯一、嘘を吐かない存在に違いないからでしょう。
だからきっと、愛を知らない彼女がしたこの『告白』は、この世で最も純粋で綺麗な『愛の告白』なんじゃないか——。
不意に、ローはそんなことを感じたのです。
「そりゃ、よかった。俺もお前が大好きだ。」
ローは、なまえの髪をクシャリと撫でます。
不思議そうにしながら、なまえが首を傾げます。
「私は、ローの命の恩人ではありません。」
「あぁ、知ってる。お前に助けられる気はねぇ。」
「それなら、私がローの大好きな人は、おかしいです。」
「いいんだよ、それで。」
「いいんですか?」
「俺がいいと言えば、いい。」
「分かりました。私はローの大好きな人になりました。」
「それはよかったな。」
「はい、よかったです。私もローが大好きです。」
まるで負けじと対抗したみたいな言い方が可笑しくて、ローはククッと喉を鳴らしました。
波の音だけが聞こえてくる静かな夜です。
春島の気候に入ったおかげで、心地よい風が、頬や髪を撫でていきます。
大好きな人を亡くしたあの日から、憎しみや悲しみ、寂しさで少しずつ尖るしかなかった心にも、春島の風が吹いたような気分でした。
ローにとって、なまえは、今まで出逢った誰とも違う存在でした。
それもそうでしょう。彼女は人間ではなくロボットですから。
でも、もしかすると、ローにとってもなまえは『命の恩人』になるのかもしれません。
だって、長い年月をかけながら尖っていった心というのは、いつか心臓を突き刺して、息の根を止めようとするものです。
その心が、なまえの真っすぐで純粋で綺麗な瞳に触れて、少しだけ、柔らかくなったのですから。
あぁ、でも。
そのことにローが気づくのは、残念ながらまだ先の話ですけれど——。