人類の敵と兵士≪進撃/Bertolt≫
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トロスト区の街のあちこちを、兵士達が血眼になって駆けまわっていた。
先日、正体を現しエレンを攫おうとしたベルトルトがトロスト区に来ているという情報が、見張りの駐屯兵から入ったのだ。
(ベルトルト…っ、どこなの…!?)
忙しなく視線を動かす私も、仲間の兵士達と一緒に長身で細身の身体を探していた。
ベルトルトは、調査兵団に入団後、私の班に配属された。
技術は優れているのに、遠慮がちで自分に自信がなくて、いつも班員達の後ろにいるような青年だった。
それでも、包み込むような優しさを持った、大切な仲間だった。
仲間、だったー。
(どうして…っ。)
あの日、ウォール・ローゼ内に巨人が現れたことをリヴァイ兵長達に伝えるために早馬に乗っていた私は、そのまま駐屯兵達と一緒に壁付近の巨人討伐作戦に参加していた。
ベルトルトが超大型巨人になったところを見ていないせいもあって、どうしても未だに信じられないでいる。
分かっている。
何人もの仲間が、彼が超大型巨人になったのを見たし、ハンジさん達のことも信じてる。
でもー。
どうしても、私はー。
細い路地の前を走り抜けようとした時だった。細長い腕が目の前に現れたと思ったら、そのまま腕を掴まれて細い路地に引きずり込まれた。
チラッと見えたのは、ベルトルトの横顔だった気がした。
「ベルト・・・・ッ!?」
声を上げようとした口を大きな手に塞がれた。
そのまま背中側から身体を拘束されて、身動きが取れないまま廃墟に連れ込まれた。
重たい扉が閉まると、私の身体は少し乱暴に反転させられた。
私は、口を塞がれたままで、背中を壁に押しつけられる。
目の前に立っていたのはやっぱりベルトルトだった。
その向こうに廃墟の様子も確認できた。
以前は家として誰かが使っていたのか、廃墟の中には、古びたソファと倒れた椅子が2脚、破れたシーツをかぶせられただけの壊れかけのベッドが置いてあった。
「声を上げない。逃げないって約束してください。
そしたら、手を離してあげられるから。」
ベルトルトが真剣に言う。
なんて勝手なことを言っているんだろう。そんなこと聞けるわけないじゃないか。
頭の中で、兵士の私が怒っている声が聞こえた。
でも、実際の私は、素直に頷いていた。
少しまだ不安そうにしながらも、ベルトルトの手がゆっくりと私の口から離れていく。
「苦しかったですよね。ひどいことをして、本当にごめんなさい。」
手荒な真似をしたくせに、ベルトルトはとても申し訳なさそうに謝って、少しだけ目を伏せた。
もしかすると、彼が謝ったのは、今私にしたことだけではないのかもしれない。
5年前からのすべてを、私達を、私を騙したことを、謝っているような気がしたのだ。
だから、どうしても「いいよ。」とは言ってあげられなかった。
その代わり、私は、腕の下に投げ出されたベルトルトの手を握った。
驚くベルトルトを、私は真っすぐに見つめて口を開いた。
「私は、この手に何度も助けられた。班長になったばかりでうまくいかなくて悩んでるときも、
訓練で失敗して怪我をしそうになったときも、溜まった書類に埋もれそうになってるときだって、
ベルトルトのこの手は、私を助けてくれた。世界中がベルトルトの敵になっても、私は信じるよ。」
「僕は…。」
ベルトルトは言いかけた後、苦しそうに顔を顰めてから唇を噛んだ。
その先に続くはずで、どうしても声に出来なかった言葉を、私は知っていた。
何度も私を助けてくれたベルトルトの手は、何人もの尊い命を奪っていた。
分かっている。ちゃんと、私だって分かってるのだ。
それを認めたくない。
きっと、ベルトルトもー。
「ねぇ、みんな、あなたを探してる。一緒に戻ろう。大丈夫だから。
何か理由があったんでしょう?ちゃんと分かってもらえるように
エルヴィン団長達に私も一緒に話すからー。」
「もう遅いんだ…っ!」
握りしめていた私の手を乱暴に振りほどいて、ベルトルトが叫んだ。
驚いて目を見開く私に、悲痛な表情でベルトルトは続ける。
「僕達の手はもう汚れてしまった…っ!もう、後には戻れないんだ…っ!」
ベルトルトは斜め下を向いていて、私の方は決して見ようとはしなかった。
それが余計に、運命からは逃げられないのだと訴えているようで、胸が締め付けられた。
だって、目を反らしたベルトルトの気持ちが、私には分かったからだ。
きっと、目が合ってしまったら、気持ちが揺らぐと思ったのだろう。
私もそうだから、分かる。
いつからか、私達はお互いに知っていた。
兵舎の中でのなんてことない生活の中で、厳しい訓練の中で、重なる視線と、不意に触れる指の温度で、その奥にある隠し切れない気持ちをー。
だから、ベルトルトは、私から目を反らしたまま苦しそうに吐き出す。
「あなたに出逢わなければ…っ、もっとちゃんと出来たのに…!
最後に…、どうしても会いたいなんて…っ、
甘えたこと考えて敵陣に戻ってくるようなバカな真似、しなかったはずなのに…っ。」
ベルトルトは、ひどく悔しそうにしながら、でも悲しそうに言う。
さっき、振りほどかれた手は、拳を握って、痛々しいくらいに震えていた。
私は胸が締め付けられて、苦しくなって、その拳に、ベルトルトの覚悟を思い知らされる。
「本当にもう…、ダメなの…?行って、しまうの…?」
必死に涙を堪えながら訊ねた。
でも、もう終わりだと悟ってしまった私の心は壊れかけていて、瞳から涙を落とすことを許してしまった。
泣いているのを隠したくて顔を伏せると、ポタリ、と零れる幾つもの涙が頬を伝って、渇いた地面に落ちていった。
驚いたベルトルトが、私の頬に手を伸ばす。
そして、躊躇いがちに涙を拭おうとして、私の頬に触れる直前で動きが止まった。
『大丈夫ですか?』
『僕が手伝いますよ。』
『なまえさんって可愛い人ですね。』
『今夜は一緒にいます。僕の胸を貸しますから、
だから…、泣いてください。』
『他の人の前で、そんな顔をされるのは、嫌だな。』
ハンジさん達から超大型巨人の正体を知らされたあの日から、柔らかく微笑みかけてくれたベルトルトが、瞼の裏から消えななかった。
すぐそこにあるのは、いつも優しく私に触れていた、まだ熱を覚えているベルトルトの細くて長い指だ。
少し前までは、少しドキドキしながら、でも、まるで自分のものだって独占欲を見せるみたいに、私に触れていたはずだった。
でも、もう、あの日々には戻れないのだと言うように、グッと唇を噛んだベルトルトが、私に触れようとした指を遠ざける。
まるで、触れてはいけない神聖なものでも前にしているみたいで、私は胸が引き裂かれそうだった。
だって、そんなことない。
私は触れて欲しいと思ってる。
神聖なものがあるとすれば、それはきっと私じゃない。
人類の敵を、訓練兵時代に苦楽を共にした大切な友人を血眼になって探し回っている本物の兵士達だ。
だって私は、人類の敵を、人類の敵だと知っていて、ベルトルトをー。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
分からなくて、悔しくて、悲しくて。
溢れて止まらない涙は、幾つも零れて流れて落ちていく。
「ごめー。」
「謝らないで…っ。」
私は涙声で、声を上げた。
ビクッと肩を揺らしてベルトルトが言葉を切る。
私はグッと拳を握った後、一度目を閉じてからゆっくりと瞳を上げた。
これが最後になるのなら、泣いてる場合じゃない。
最後にベルトルトに見せるのは、涙じゃない。
違うー。
今度こそ涙を堪えてから、私は顔を上げてベルトルトを見つめた。
決意と覚悟は、たぶん、トロスト区を走り回っているときから出来ていたのだと思う。
ううん、違う。
これはそんな大それたものじゃない。
私はただ、ベルトルトに会いたかっただけー。それだけー。
だから、ベルトルトにもそうであってほしい。それだけなのだー。
「あなたが謝ってしまったら、私達は本当に人類の敵と兵士になってしまう…。
だから、今だけ、忘れて…。ベルトルトが何を背負ってるのかは分からないけど、でも…。
今だけは、忘れて…。私のことだけ、見て…。」
ベルトルトを見つめて懇願した。
少しだけ目を見開いたベルトルトから、戸惑いと躊躇いの空気を感じた。
それでも、ベルトルトは私に触れようと手を伸ばした。
さっき、躊躇いがちに伸びたまま、私に触れることなく離れていった細く長い指が、ゆっくり、ゆっくりと私の頬に近づく。
そして、とうとう私の頬に触れた。
私の知っている、熱を帯びた指の温度に、堪えていた涙がまた落ちた。
その涙を拭き取ろうとしたベルトルトの指は、もう止まらないと叫ぶみたいに私の両頬を少し乱暴に包み込んだ。
押しつけられるみたいに唇が重なる。
私の唇を貪るように角度を変えてキスを落とすベルトルトは、欲望にまみれた獣みたいだった。
それでよかった。それが、よかった。
大きな背中に抱き着けば、ベルトルトは唇を重ねたままで私を横抱きに抱えた。
彼が私を運んだのはベッドの上で、とても優しく寝かされた。
ベルトルトが、私の腰の上に馬乗りになる。
壊れかけのベッドと破れたシーツ。
ここが、私とベルトルトの恋が叶って、死ぬ場所だ。
これから、人類を、大切な仲間を裏切ろうとしている私達に、言葉はなかった。
必要もなかった。
見つめ合う瞳が、懺悔を、苦しみを、狂おしいほどの愛を、感情のすべてを語っていたからー。
ベルトルトの細く長い指が私の頬を撫でる。
まるで、あの日々の続きをしているみたいなそれに、私はまた泣いた。
私の指が、初めて、ベルトルトの頬に触れた。
とても自然に惹かれ合った私達の心のように、唇が重なる。
私達に、言葉はない。
『愛してる。』
伝えてはいけないその言葉は、キスと一緒に唇の奥に飲み込んだ。
語ってしまう瞳は、瞼の奥に隠した。
あぁ、それでも、伝われー。
愛してるんだって。
ベルトルトになら殺されてもいいと、思ってしまっているくらいに愛してる気持ちよ、どうか、伝われー。
いつか、ベルトルトが懺悔して苦しむことが、ないようにー。
だって私は、伝わっているから。
優しく触れるその指から、伝えてしまいそうになっている私の声ごとのみ込もうとしてくれている熱い唇から、私だけは殺したくないって、ベルトルトの叫びが、愛がー。
僕を見つけてくれて、ありがとう。
この世で最も悲しい愛の言葉を囁いて、貴方は私の敵になった
パタンー。
そっと扉が閉まる音を確認して、私は目を開けた。
肩までかけられた破れたシーツには、まだベルトルトの優しさが残っている気がして、震える手で手繰り寄せて抱きしめる。
寝たフリの私に、寝たフリだと知っていて、最後にベルトルトが残した身勝手な願いが悲しくて、私は泣いた。
ベルトルトと愛し合った残り香が包むひとりぼっちの廃墟で、私は声を押し殺して人知れず泣いた。
「愛してる…っ。」
泣きながら繰り返される悲痛な愛の叫びを、ベルトルトは扉に背を向けて聞き続けているんでしょう。
まるで、それが自分に課せられた罰だというみたいにー。
もう二度と会えない愛する人の声を、耳に焼き付けるためにー。
そして、最後の言葉を、お願いを、どうか、聞き入れてくれることを祈っているのでしょう。
ねぇ、ベルトルト。
こんなに苦しい世界で生きていくくらいなら、私は貴方に、殺されたい…。
貴方を見つけるのは、私がいい。
どんなに抗っても、私達は、人類の敵と兵士。
私達の願いは、決して交わらないね。
『愛してます。だからどうか、もう二度と僕を見つけないで…。』
先日、正体を現しエレンを攫おうとしたベルトルトがトロスト区に来ているという情報が、見張りの駐屯兵から入ったのだ。
(ベルトルト…っ、どこなの…!?)
忙しなく視線を動かす私も、仲間の兵士達と一緒に長身で細身の身体を探していた。
ベルトルトは、調査兵団に入団後、私の班に配属された。
技術は優れているのに、遠慮がちで自分に自信がなくて、いつも班員達の後ろにいるような青年だった。
それでも、包み込むような優しさを持った、大切な仲間だった。
仲間、だったー。
(どうして…っ。)
あの日、ウォール・ローゼ内に巨人が現れたことをリヴァイ兵長達に伝えるために早馬に乗っていた私は、そのまま駐屯兵達と一緒に壁付近の巨人討伐作戦に参加していた。
ベルトルトが超大型巨人になったところを見ていないせいもあって、どうしても未だに信じられないでいる。
分かっている。
何人もの仲間が、彼が超大型巨人になったのを見たし、ハンジさん達のことも信じてる。
でもー。
どうしても、私はー。
細い路地の前を走り抜けようとした時だった。細長い腕が目の前に現れたと思ったら、そのまま腕を掴まれて細い路地に引きずり込まれた。
チラッと見えたのは、ベルトルトの横顔だった気がした。
「ベルト・・・・ッ!?」
声を上げようとした口を大きな手に塞がれた。
そのまま背中側から身体を拘束されて、身動きが取れないまま廃墟に連れ込まれた。
重たい扉が閉まると、私の身体は少し乱暴に反転させられた。
私は、口を塞がれたままで、背中を壁に押しつけられる。
目の前に立っていたのはやっぱりベルトルトだった。
その向こうに廃墟の様子も確認できた。
以前は家として誰かが使っていたのか、廃墟の中には、古びたソファと倒れた椅子が2脚、破れたシーツをかぶせられただけの壊れかけのベッドが置いてあった。
「声を上げない。逃げないって約束してください。
そしたら、手を離してあげられるから。」
ベルトルトが真剣に言う。
なんて勝手なことを言っているんだろう。そんなこと聞けるわけないじゃないか。
頭の中で、兵士の私が怒っている声が聞こえた。
でも、実際の私は、素直に頷いていた。
少しまだ不安そうにしながらも、ベルトルトの手がゆっくりと私の口から離れていく。
「苦しかったですよね。ひどいことをして、本当にごめんなさい。」
手荒な真似をしたくせに、ベルトルトはとても申し訳なさそうに謝って、少しだけ目を伏せた。
もしかすると、彼が謝ったのは、今私にしたことだけではないのかもしれない。
5年前からのすべてを、私達を、私を騙したことを、謝っているような気がしたのだ。
だから、どうしても「いいよ。」とは言ってあげられなかった。
その代わり、私は、腕の下に投げ出されたベルトルトの手を握った。
驚くベルトルトを、私は真っすぐに見つめて口を開いた。
「私は、この手に何度も助けられた。班長になったばかりでうまくいかなくて悩んでるときも、
訓練で失敗して怪我をしそうになったときも、溜まった書類に埋もれそうになってるときだって、
ベルトルトのこの手は、私を助けてくれた。世界中がベルトルトの敵になっても、私は信じるよ。」
「僕は…。」
ベルトルトは言いかけた後、苦しそうに顔を顰めてから唇を噛んだ。
その先に続くはずで、どうしても声に出来なかった言葉を、私は知っていた。
何度も私を助けてくれたベルトルトの手は、何人もの尊い命を奪っていた。
分かっている。ちゃんと、私だって分かってるのだ。
それを認めたくない。
きっと、ベルトルトもー。
「ねぇ、みんな、あなたを探してる。一緒に戻ろう。大丈夫だから。
何か理由があったんでしょう?ちゃんと分かってもらえるように
エルヴィン団長達に私も一緒に話すからー。」
「もう遅いんだ…っ!」
握りしめていた私の手を乱暴に振りほどいて、ベルトルトが叫んだ。
驚いて目を見開く私に、悲痛な表情でベルトルトは続ける。
「僕達の手はもう汚れてしまった…っ!もう、後には戻れないんだ…っ!」
ベルトルトは斜め下を向いていて、私の方は決して見ようとはしなかった。
それが余計に、運命からは逃げられないのだと訴えているようで、胸が締め付けられた。
だって、目を反らしたベルトルトの気持ちが、私には分かったからだ。
きっと、目が合ってしまったら、気持ちが揺らぐと思ったのだろう。
私もそうだから、分かる。
いつからか、私達はお互いに知っていた。
兵舎の中でのなんてことない生活の中で、厳しい訓練の中で、重なる視線と、不意に触れる指の温度で、その奥にある隠し切れない気持ちをー。
だから、ベルトルトは、私から目を反らしたまま苦しそうに吐き出す。
「あなたに出逢わなければ…っ、もっとちゃんと出来たのに…!
最後に…、どうしても会いたいなんて…っ、
甘えたこと考えて敵陣に戻ってくるようなバカな真似、しなかったはずなのに…っ。」
ベルトルトは、ひどく悔しそうにしながら、でも悲しそうに言う。
さっき、振りほどかれた手は、拳を握って、痛々しいくらいに震えていた。
私は胸が締め付けられて、苦しくなって、その拳に、ベルトルトの覚悟を思い知らされる。
「本当にもう…、ダメなの…?行って、しまうの…?」
必死に涙を堪えながら訊ねた。
でも、もう終わりだと悟ってしまった私の心は壊れかけていて、瞳から涙を落とすことを許してしまった。
泣いているのを隠したくて顔を伏せると、ポタリ、と零れる幾つもの涙が頬を伝って、渇いた地面に落ちていった。
驚いたベルトルトが、私の頬に手を伸ばす。
そして、躊躇いがちに涙を拭おうとして、私の頬に触れる直前で動きが止まった。
『大丈夫ですか?』
『僕が手伝いますよ。』
『なまえさんって可愛い人ですね。』
『今夜は一緒にいます。僕の胸を貸しますから、
だから…、泣いてください。』
『他の人の前で、そんな顔をされるのは、嫌だな。』
ハンジさん達から超大型巨人の正体を知らされたあの日から、柔らかく微笑みかけてくれたベルトルトが、瞼の裏から消えななかった。
すぐそこにあるのは、いつも優しく私に触れていた、まだ熱を覚えているベルトルトの細くて長い指だ。
少し前までは、少しドキドキしながら、でも、まるで自分のものだって独占欲を見せるみたいに、私に触れていたはずだった。
でも、もう、あの日々には戻れないのだと言うように、グッと唇を噛んだベルトルトが、私に触れようとした指を遠ざける。
まるで、触れてはいけない神聖なものでも前にしているみたいで、私は胸が引き裂かれそうだった。
だって、そんなことない。
私は触れて欲しいと思ってる。
神聖なものがあるとすれば、それはきっと私じゃない。
人類の敵を、訓練兵時代に苦楽を共にした大切な友人を血眼になって探し回っている本物の兵士達だ。
だって私は、人類の敵を、人類の敵だと知っていて、ベルトルトをー。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
分からなくて、悔しくて、悲しくて。
溢れて止まらない涙は、幾つも零れて流れて落ちていく。
「ごめー。」
「謝らないで…っ。」
私は涙声で、声を上げた。
ビクッと肩を揺らしてベルトルトが言葉を切る。
私はグッと拳を握った後、一度目を閉じてからゆっくりと瞳を上げた。
これが最後になるのなら、泣いてる場合じゃない。
最後にベルトルトに見せるのは、涙じゃない。
違うー。
今度こそ涙を堪えてから、私は顔を上げてベルトルトを見つめた。
決意と覚悟は、たぶん、トロスト区を走り回っているときから出来ていたのだと思う。
ううん、違う。
これはそんな大それたものじゃない。
私はただ、ベルトルトに会いたかっただけー。それだけー。
だから、ベルトルトにもそうであってほしい。それだけなのだー。
「あなたが謝ってしまったら、私達は本当に人類の敵と兵士になってしまう…。
だから、今だけ、忘れて…。ベルトルトが何を背負ってるのかは分からないけど、でも…。
今だけは、忘れて…。私のことだけ、見て…。」
ベルトルトを見つめて懇願した。
少しだけ目を見開いたベルトルトから、戸惑いと躊躇いの空気を感じた。
それでも、ベルトルトは私に触れようと手を伸ばした。
さっき、躊躇いがちに伸びたまま、私に触れることなく離れていった細く長い指が、ゆっくり、ゆっくりと私の頬に近づく。
そして、とうとう私の頬に触れた。
私の知っている、熱を帯びた指の温度に、堪えていた涙がまた落ちた。
その涙を拭き取ろうとしたベルトルトの指は、もう止まらないと叫ぶみたいに私の両頬を少し乱暴に包み込んだ。
押しつけられるみたいに唇が重なる。
私の唇を貪るように角度を変えてキスを落とすベルトルトは、欲望にまみれた獣みたいだった。
それでよかった。それが、よかった。
大きな背中に抱き着けば、ベルトルトは唇を重ねたままで私を横抱きに抱えた。
彼が私を運んだのはベッドの上で、とても優しく寝かされた。
ベルトルトが、私の腰の上に馬乗りになる。
壊れかけのベッドと破れたシーツ。
ここが、私とベルトルトの恋が叶って、死ぬ場所だ。
これから、人類を、大切な仲間を裏切ろうとしている私達に、言葉はなかった。
必要もなかった。
見つめ合う瞳が、懺悔を、苦しみを、狂おしいほどの愛を、感情のすべてを語っていたからー。
ベルトルトの細く長い指が私の頬を撫でる。
まるで、あの日々の続きをしているみたいなそれに、私はまた泣いた。
私の指が、初めて、ベルトルトの頬に触れた。
とても自然に惹かれ合った私達の心のように、唇が重なる。
私達に、言葉はない。
『愛してる。』
伝えてはいけないその言葉は、キスと一緒に唇の奥に飲み込んだ。
語ってしまう瞳は、瞼の奥に隠した。
あぁ、それでも、伝われー。
愛してるんだって。
ベルトルトになら殺されてもいいと、思ってしまっているくらいに愛してる気持ちよ、どうか、伝われー。
いつか、ベルトルトが懺悔して苦しむことが、ないようにー。
だって私は、伝わっているから。
優しく触れるその指から、伝えてしまいそうになっている私の声ごとのみ込もうとしてくれている熱い唇から、私だけは殺したくないって、ベルトルトの叫びが、愛がー。
僕を見つけてくれて、ありがとう。
この世で最も悲しい愛の言葉を囁いて、貴方は私の敵になった
パタンー。
そっと扉が閉まる音を確認して、私は目を開けた。
肩までかけられた破れたシーツには、まだベルトルトの優しさが残っている気がして、震える手で手繰り寄せて抱きしめる。
寝たフリの私に、寝たフリだと知っていて、最後にベルトルトが残した身勝手な願いが悲しくて、私は泣いた。
ベルトルトと愛し合った残り香が包むひとりぼっちの廃墟で、私は声を押し殺して人知れず泣いた。
「愛してる…っ。」
泣きながら繰り返される悲痛な愛の叫びを、ベルトルトは扉に背を向けて聞き続けているんでしょう。
まるで、それが自分に課せられた罰だというみたいにー。
もう二度と会えない愛する人の声を、耳に焼き付けるためにー。
そして、最後の言葉を、お願いを、どうか、聞き入れてくれることを祈っているのでしょう。
ねぇ、ベルトルト。
こんなに苦しい世界で生きていくくらいなら、私は貴方に、殺されたい…。
貴方を見つけるのは、私がいい。
どんなに抗っても、私達は、人類の敵と兵士。
私達の願いは、決して交わらないね。
『愛してます。だからどうか、もう二度と僕を見つけないで…。』
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