◇79ページ◇魔法使いの使者
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魔法も解けた0時過ぎ、私は、開いていたページを閉じて机に突っ伏した。
ブライダルチェックのための入院を終えて、数日前から実家に帰って来ていた。
冷たい木の感触を頬で感じながら、分厚い背表紙の『Cinderella』の文字をなぞる。
魔法使いに素敵なお姫様にしてもらったシンデレラは、王子様と恋に落ちて、幸せに暮らしましたー。
そんな素敵な決まり文句で終わった物語。
シンデレラを綺麗にしてサヨナラした魔法使いは独りぼっちなのに、全然めでたしめでたしじゃない。
あの魔法のような夜が過ぎた翌朝、広く感じるベッドで1人で目を覚ました。
私を抱きしめて眠ったはずのリヴァイさんの温もりはなくなっていた。
だから私は、リヴァイさんは本物の魔法使いだったのだと、自分に納得させるしかなかった。
だって、それから退院するまでの数日、リヴァイさんが会いに来ることもなかったし、散歩だと嘘をついて病院中を歩き回っても、後ろ姿すら見つけられなかったからー。
リヴァイさんは、まるで魔法が解けてしまったみたいに消えてしまったのだ。
きっと、シンデレラのところへ行ってしまったのだ。
明日が来るのが怖くて、なかなか寝付けない私は、本を閉じて部屋を出た。
縁側を歩けば、琥珀色の月の幻想的な輝きが私を照らす。
でも、歪に欠けた月は、どこか寂しそうに見えた。
それとも、寂しいのは月じゃなくて、私の方だろうかー。
(明日結婚する花嫁が思うことじゃないね。)
自分が最低過ぎて苦笑すら漏れず、私はため息を呑み込んだ。
そのとき、後ろの部屋から何かが落ちるような音が聞こえた。
お客様用の茶室だ。
不審に思いながらも、大切な茶道の道具が壊れていてはいけないと思って、部屋の中を確かめることにした。
障子をゆっくりと開けた。
明かりのついていない部屋は真っ暗で何も見えない。
壁のスイッチを押して電気をつけると、奥にある棚の扉が開いて、中に仕舞っておいた茶道の道具が落ちて畳の上に散らばっていた。
昼間、若い使用人達が茶室の掃除をしていたのを思い出した。
そのときに、うまく扉が閉まっていなかったのかもしれない。
キクに見つかったらまたガミガミと小言が始まるのは目に見えている。
コッソリ片付けておこうと、畳の上に散らばる茶道の道具に手を伸ばして、壊れた木箱を見つけた。
鍵付きの蓋だったようだが、落ちた衝撃で蓋が外れてしまっている。
記憶はなくしたけれど、家事洗濯や料理、茶道のことなら身体が覚えている。
茶道の道具にこんなものはない。
少なくとも、私は知らない。
(これ、何だろう?)
不思議に思いながら、外れた蓋を手に取った。
すると、木箱の中から本のようなものが2冊、零れるように落ちて出て来た。
1冊は黄ばんで古くなっていたけれど、もう1冊は比較的新しく見えた。
(ノート?本?茶道の作法が書いてあるとか?)
古い方を拾ってみると『Diary』と書いてあった。
どうやら、誰かの日記のようだ。
よく見て見れば、新しい方の表紙にも『Diary』という文字があった。
他人の日記を読む趣味はないし、失礼だ。
そう思って、2冊の本を仕舞おうとした私は、木箱の奥に何かが入っているのに気が付いた。
少し黄ばんだ白い紙のようなもので、10年以上前の日付が書かれていた。
(何だろう?写真?)
この日記の持ち主の写真だろうかー。
仕舞おうとしていた日記帳を一旦、畳の上に置いて、私は白い紙を取り出した。
ひっくり返せば、思った通り、それは写真だった。
色褪せたその写真には、少女とお医者さんが映っていた。
「リヴァイ、さん…?」
私から掠れた声が漏れた。
写真の中で、少女と指切りをしながらこちらを向いているのはリヴァイさんだった。
真夜中に病室を訪れていたリヴァイさんよりも若い気がするけれど、それは10年以上前の写真だからなのだろう。
でも、どうしてリヴァイさんの写真が白鹿邸の茶室にあるのか。
しかも、まるで隠すみたいに、鍵付きの木箱に仕舞ってー。
(じゃあ、この日記は…?)
私は、仕舞おうとしていた日記に視線を落とした。
リヴァイさんの日記だろうか。
それとも、リヴァイさんと写っている少女のものだろうか。
勝手に見てはいけないー。
理性ではそう分かっているのに、頭の奥で誰かがその日記帳を開いてくれと叫んでいた。
少し高い子供のような声だ。
リヴァイさんと写っている少女が、私に日記帳を見てくれと言っているー、そんな気がした。
緊張しながら、古い日記帳を手に取った。
そして、ゆっくりと1ページ目をめくった。
拙い子供らしい文字でそこに書かれていたのは、記憶を失った少女の葛藤だった。
(私と同じ…。)
記憶を失ったと知ったときの私と同じ気持ちが、切々と綴られていて胸が苦しくなった。
こんなに小さな少女も、私と同じように記憶障害で苦しんでいたなんてー。
そんなことを思いながら読み進めていけば、途中から日記は様変わりしていった。
少女が淡い初恋をしたからだ。
相手は、自分を記憶障害から救ってくれた魔法使いのリヴァイさん。
(昔から、リヴァイさんは優しくて素敵な魔法使いだったのね。)
写真を見るに、きっと、本当はお医者様だったのだと思う。
でも、少女に合わせて魔法使いだと名乗ったリヴァイさんの優しさに、無意識に頬が綻んだ。
古い日記帳の最後は、リヴァイさんの理想の女の人になりたいと書いていた。
リヴァイさんをもう忘れずに、少女は理想の女になれたのだろうか。
その答え合わせはきっと、この2冊目の日記で出来る。
ドキドキしながら、私は新しい日記帳を開いた。
見慣れた字で始まったそれは、10年以上の時を経て、ずっと想い続けていたリヴァイさんへ会いに行く期待と不安でいっぱいだった。
そこから続いていく物語のすべてに、リヴァイさんへの想いや喜び、切なさや悲しみが溢れていた。
いつか記憶を失うと分かっていながらも、リヴァイさんと生きる未来を諦められなかった恋心が切なくて、1ページめくる毎に、私の心臓は悲鳴を上げた。
それなりに分厚いこの日記帳をどれだけ時間をかけて読み終えたのかは分からない。
障子の向こうはいつの間にか少しずつ朝の光が漏れてきていた。
でも、私にとって、魔法の恋物語の世界に浸っていた時間は、あっという間だった。
最後のページを開いた私は、記憶が消えるそのときに書いたと思われる、涙に滲んだ歪んだ文字を指でなぞった。
≪ わすれたくない
わすれないで ≫
叶わなかった最後の願いー。
私の瞳から落ちる幾つもの涙が、歪んだ文字をさらに滲ませていく。
どうして、私は間違ってしまったんだろう。
紅茶の香りのする優しい抱擁も、黒髪も、リヴァイさんだった。
私がずっとずっと想っていたのは、リヴァイさんだったのにー。
忘れてしまっていた。
今だって、思い出せない。
この日記に書かれているそれが、真実であることは心が分かっているのに、頭がまだ混乱して信じてない。
私は、リヴァイさんの理想の女になれなかった。
『俺のシンデレラは、ずっと名前だけだから。』
魔法の夜のリヴァイさんの声と姿が蘇る。
あぁ、私がシンデレラだった。
シンデレラだったのにー。
「誰かそこにいるんですか。」
聞こえてきたのは、早起きのキクの声だった。
それからすぐに障子が開いて、日記帳を抱きしめて泣いている私を見つけてキクが目を見開いた。
でも、すぐにその目はスッと細くなる。
「すぐにその日記帳を捨てなさい。」
「…っ、いや…っ。」
「我儘を言ってはいけません。今すぐ捨てるんです。」
「どうして…っ、これは、私の記憶でしょう…っ、大切な私のー。」
「何を勘違いしてるのか知りませんが、それは名前様の記憶ではありません。
誰のものでもない。要らないものです。」
「要らない…?」
「はい、要りません。そんなものがあって、誰が幸せになるとお思いですか?
それとも、記憶を失った名前様を支えてくださった総二郎様を裏切りたいのですか?」
「…っ。」
総ちゃんの優しい笑みが浮かんで、私は唇を噛んだ。
その日の昼、結婚式場へ向かう準備をしているとき、庭園から煙が上がっているのを見た。
淡く儚い初恋をした少女の泣き声が、聞こえた気がした。
それとも、泣いていたのは私だったのだろうか。
頬を伝う涙はもう、あの歪んだ最後の願いを滲ませることすら出来ない。
ブライダルチェックのための入院を終えて、数日前から実家に帰って来ていた。
冷たい木の感触を頬で感じながら、分厚い背表紙の『Cinderella』の文字をなぞる。
魔法使いに素敵なお姫様にしてもらったシンデレラは、王子様と恋に落ちて、幸せに暮らしましたー。
そんな素敵な決まり文句で終わった物語。
シンデレラを綺麗にしてサヨナラした魔法使いは独りぼっちなのに、全然めでたしめでたしじゃない。
あの魔法のような夜が過ぎた翌朝、広く感じるベッドで1人で目を覚ました。
私を抱きしめて眠ったはずのリヴァイさんの温もりはなくなっていた。
だから私は、リヴァイさんは本物の魔法使いだったのだと、自分に納得させるしかなかった。
だって、それから退院するまでの数日、リヴァイさんが会いに来ることもなかったし、散歩だと嘘をついて病院中を歩き回っても、後ろ姿すら見つけられなかったからー。
リヴァイさんは、まるで魔法が解けてしまったみたいに消えてしまったのだ。
きっと、シンデレラのところへ行ってしまったのだ。
明日が来るのが怖くて、なかなか寝付けない私は、本を閉じて部屋を出た。
縁側を歩けば、琥珀色の月の幻想的な輝きが私を照らす。
でも、歪に欠けた月は、どこか寂しそうに見えた。
それとも、寂しいのは月じゃなくて、私の方だろうかー。
(明日結婚する花嫁が思うことじゃないね。)
自分が最低過ぎて苦笑すら漏れず、私はため息を呑み込んだ。
そのとき、後ろの部屋から何かが落ちるような音が聞こえた。
お客様用の茶室だ。
不審に思いながらも、大切な茶道の道具が壊れていてはいけないと思って、部屋の中を確かめることにした。
障子をゆっくりと開けた。
明かりのついていない部屋は真っ暗で何も見えない。
壁のスイッチを押して電気をつけると、奥にある棚の扉が開いて、中に仕舞っておいた茶道の道具が落ちて畳の上に散らばっていた。
昼間、若い使用人達が茶室の掃除をしていたのを思い出した。
そのときに、うまく扉が閉まっていなかったのかもしれない。
キクに見つかったらまたガミガミと小言が始まるのは目に見えている。
コッソリ片付けておこうと、畳の上に散らばる茶道の道具に手を伸ばして、壊れた木箱を見つけた。
鍵付きの蓋だったようだが、落ちた衝撃で蓋が外れてしまっている。
記憶はなくしたけれど、家事洗濯や料理、茶道のことなら身体が覚えている。
茶道の道具にこんなものはない。
少なくとも、私は知らない。
(これ、何だろう?)
不思議に思いながら、外れた蓋を手に取った。
すると、木箱の中から本のようなものが2冊、零れるように落ちて出て来た。
1冊は黄ばんで古くなっていたけれど、もう1冊は比較的新しく見えた。
(ノート?本?茶道の作法が書いてあるとか?)
古い方を拾ってみると『Diary』と書いてあった。
どうやら、誰かの日記のようだ。
よく見て見れば、新しい方の表紙にも『Diary』という文字があった。
他人の日記を読む趣味はないし、失礼だ。
そう思って、2冊の本を仕舞おうとした私は、木箱の奥に何かが入っているのに気が付いた。
少し黄ばんだ白い紙のようなもので、10年以上前の日付が書かれていた。
(何だろう?写真?)
この日記の持ち主の写真だろうかー。
仕舞おうとしていた日記帳を一旦、畳の上に置いて、私は白い紙を取り出した。
ひっくり返せば、思った通り、それは写真だった。
色褪せたその写真には、少女とお医者さんが映っていた。
「リヴァイ、さん…?」
私から掠れた声が漏れた。
写真の中で、少女と指切りをしながらこちらを向いているのはリヴァイさんだった。
真夜中に病室を訪れていたリヴァイさんよりも若い気がするけれど、それは10年以上前の写真だからなのだろう。
でも、どうしてリヴァイさんの写真が白鹿邸の茶室にあるのか。
しかも、まるで隠すみたいに、鍵付きの木箱に仕舞ってー。
(じゃあ、この日記は…?)
私は、仕舞おうとしていた日記に視線を落とした。
リヴァイさんの日記だろうか。
それとも、リヴァイさんと写っている少女のものだろうか。
勝手に見てはいけないー。
理性ではそう分かっているのに、頭の奥で誰かがその日記帳を開いてくれと叫んでいた。
少し高い子供のような声だ。
リヴァイさんと写っている少女が、私に日記帳を見てくれと言っているー、そんな気がした。
緊張しながら、古い日記帳を手に取った。
そして、ゆっくりと1ページ目をめくった。
拙い子供らしい文字でそこに書かれていたのは、記憶を失った少女の葛藤だった。
(私と同じ…。)
記憶を失ったと知ったときの私と同じ気持ちが、切々と綴られていて胸が苦しくなった。
こんなに小さな少女も、私と同じように記憶障害で苦しんでいたなんてー。
そんなことを思いながら読み進めていけば、途中から日記は様変わりしていった。
少女が淡い初恋をしたからだ。
相手は、自分を記憶障害から救ってくれた魔法使いのリヴァイさん。
(昔から、リヴァイさんは優しくて素敵な魔法使いだったのね。)
写真を見るに、きっと、本当はお医者様だったのだと思う。
でも、少女に合わせて魔法使いだと名乗ったリヴァイさんの優しさに、無意識に頬が綻んだ。
古い日記帳の最後は、リヴァイさんの理想の女の人になりたいと書いていた。
リヴァイさんをもう忘れずに、少女は理想の女になれたのだろうか。
その答え合わせはきっと、この2冊目の日記で出来る。
ドキドキしながら、私は新しい日記帳を開いた。
見慣れた字で始まったそれは、10年以上の時を経て、ずっと想い続けていたリヴァイさんへ会いに行く期待と不安でいっぱいだった。
そこから続いていく物語のすべてに、リヴァイさんへの想いや喜び、切なさや悲しみが溢れていた。
いつか記憶を失うと分かっていながらも、リヴァイさんと生きる未来を諦められなかった恋心が切なくて、1ページめくる毎に、私の心臓は悲鳴を上げた。
それなりに分厚いこの日記帳をどれだけ時間をかけて読み終えたのかは分からない。
障子の向こうはいつの間にか少しずつ朝の光が漏れてきていた。
でも、私にとって、魔法の恋物語の世界に浸っていた時間は、あっという間だった。
最後のページを開いた私は、記憶が消えるそのときに書いたと思われる、涙に滲んだ歪んだ文字を指でなぞった。
≪ わすれたくない
わすれないで ≫
叶わなかった最後の願いー。
私の瞳から落ちる幾つもの涙が、歪んだ文字をさらに滲ませていく。
どうして、私は間違ってしまったんだろう。
紅茶の香りのする優しい抱擁も、黒髪も、リヴァイさんだった。
私がずっとずっと想っていたのは、リヴァイさんだったのにー。
忘れてしまっていた。
今だって、思い出せない。
この日記に書かれているそれが、真実であることは心が分かっているのに、頭がまだ混乱して信じてない。
私は、リヴァイさんの理想の女になれなかった。
『俺のシンデレラは、ずっと名前だけだから。』
魔法の夜のリヴァイさんの声と姿が蘇る。
あぁ、私がシンデレラだった。
シンデレラだったのにー。
「誰かそこにいるんですか。」
聞こえてきたのは、早起きのキクの声だった。
それからすぐに障子が開いて、日記帳を抱きしめて泣いている私を見つけてキクが目を見開いた。
でも、すぐにその目はスッと細くなる。
「すぐにその日記帳を捨てなさい。」
「…っ、いや…っ。」
「我儘を言ってはいけません。今すぐ捨てるんです。」
「どうして…っ、これは、私の記憶でしょう…っ、大切な私のー。」
「何を勘違いしてるのか知りませんが、それは名前様の記憶ではありません。
誰のものでもない。要らないものです。」
「要らない…?」
「はい、要りません。そんなものがあって、誰が幸せになるとお思いですか?
それとも、記憶を失った名前様を支えてくださった総二郎様を裏切りたいのですか?」
「…っ。」
総ちゃんの優しい笑みが浮かんで、私は唇を噛んだ。
その日の昼、結婚式場へ向かう準備をしているとき、庭園から煙が上がっているのを見た。
淡く儚い初恋をした少女の泣き声が、聞こえた気がした。
それとも、泣いていたのは私だったのだろうか。
頬を伝う涙はもう、あの歪んだ最後の願いを滲ませることすら出来ない。