◇72ページ◇可哀想なクリスマス・イヴ
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カフェテラスに設置されたテレビは、いつものようにお昼の情報番組が流れていた。
最近よく見る若い女子アナが、イルミネーションが人気のスポットを紹介している楽しそうな声も、睡眠不足で疲れた頭に虚しく届く。
どうやら、世間はクリスマスの色に染まって、老若男女問わず浮足立っているらしい。
いつの間にかもうそんな季節かー。
そんなことを思いながら、俺は、苺を避けてケーキにフォークを刺した。
「あ、リヴァイさんも今お昼ですか。一緒にいいっすか~。」
訊ねる気なんてあまりなさそうな声が聞こえて顔を上げた。
今日のA定食のチーズハンバーグ定食をトレイに乗せたエレンが、テーブルを挟んだ向こうにいた。
4月から研修医になって半年以上が過ぎて、漸く白衣姿も見慣れてきた、かもしれない。
無駄に長い髪を後ろに適当に結んだ若い研修医がセクシーだと、看護師や女性患者から人気があると、コイツの指導係になったファーランが愚痴っていた。
そんなことはどうでもよかったが、俺の手元にあるコンビニケーキを見下ろすエレンの蔑んだ目には無性に腹が立った。
「それ以上何か言ったら、てめぇのうなじ削ぐぞ。」
「まだ何も言ってないじゃないっすか。」
睨みつけてやれば、エレンは子供のように口を尖らせながら言って、俺の向かいの椅子に腰をおろした。
チーズハンバーグが大好物だなんて、本当に子どもみたいだ。
どこがセクシーなのかさっぱり分からない。
「クリスマスイヴだから、ケーキなんか似合わないもん食ってんすか。」
「…。」
何も言うなと言ったそばから、余計なことを言っているエレンをギロリと睨みつけた。
だが、当の本人は睨まれたことすら分からない顔をして、チーズハンバーグを頬張った。
こういう空気の読めないところは、初めて話したときから全く変わっていない。
こんな男が本当に医者になってしまったら、無駄に傷つく患者が増えるんじゃないかと、心配になってしまう。
「あ、可哀想なクリスマス・イヴと言えば、知ってますか?」
「…お前が俺に削がれてぇことしか知らねぇ。」
「えー、そんなこと思ってないっすよ。
で、可哀想なクリスマス・イヴの話に戻るんですけど。」
二回言った。
可哀想なクリスマス・イヴと二回も言った。
エレンと話していると、腹が立つのも馬鹿らしくなってくる。
一度、無視をしたら「聞いてますか?」と煩かったから、適当に流すことに決めて、甘ったるいケーキを咀嚼した。
「名前、昨日からまた入院したんですよ。」
適当に流そうと思っていたのに、不意に出て来た名前という名前とその内容に、俺は思わず顔を上げてしまった。
驚いた俺の顔を見たエレンは「あ、違うんです。」と軽く首を振った。
「今回は発作とかじゃなくて、ブライダルチェックらしいです。」
「ブライダルチェック?」
「最近流行ってるんですよ。結婚する前に身体に問題ないか検査するんです。」
「結婚式は1月じゃなかったか?今さら、そんなことすんのか。」
「あの超豪華な病室の空きがクリスマス前後しかなくて、
今になっちまったって名前が言ってました。
婚約して最初のクリスマス・イヴなのに入院って可哀想じゃないですか?」
「そうだな。
ブライダルチェックってのは、普通するもんなのか?」
「うちの病院でも増えてるみたいっすけど、ナイル先生が言うには、
名前の場合は、婚約者のお母さんに、無理やり受けさせられることになったみたいですよ。」
そういうのが結婚って面倒くさいですよね、とエレンはため息を吐き出した。
まだ20代そこそこで何を結婚を語っているのかと思いながら、俺も名前がこれから義母のことで苦労しなければいいがと心配になった。
いつ発作が起きて記憶障害を発症するか分からなかった名前は、元々、実家を継ぐ予定はなかったと聞いている。
家元の娘として、茶道の作法は他の誰よりも厳しく学んで来たらしいが、それも記憶障害を発症したことで、ゼロに戻ってしまった。
それでも、白鹿流の家元の令嬢が表千家の家元の子息に嫁ぐというのは、茶道界を変えるくらいにすごいことなのだそうだ。
「婚約者の母さん、このブライダルチェックで悪い結果が出たら、
結婚を取りやめにする気なんじゃないっすかね。」
「は?どうしてだ?あっちから結婚してくれって言って来たんだろ。」
「それは、息子の総二郎だけですよ。西門家側はほとんどみんな、記憶障害の嫁なんて嫌だって
すげぇ反対してるんですよ。でも、名前を記憶障害にした責任は
取らなきゃいけないと思ってるみたいです。」
だから、何か断る理由が欲しいんじゃないかと言うエレンには、珍しく嫌味っぽい棘があった。
記憶障害にした責任というのが気になって、俺は思わず眉を顰める。
「は?どういうことだ?」
「あ、もしかして、知らなかったですか?名前が記憶障害を起こすきっかけ作ったのって
あの総二郎ってやつなんです。」
「は?」
「親に連れられて西門邸に行ったときに、あの総二郎ってやつが
名前に意地悪して、家の屋根の上に登らせたんですよ。それで落っこちたんです。
ガキの頃から、ジャンがそのことをすげぇ怒ってたから、友達はみんな知ってますよ。」
へぇ、知らなかったんだー。
どうでもよさそうに言って、エレンは最後のチーズハンバーグを口の中に放り込んだ。
「ごちそうさまっした。じゃあ、俺、行きますね。」
あっという間に食べ終わったらしいエレンは、空になった食器を乗せたトレイを持って立ち上がった。
「あ、その苺、食わないなら俺にー。」
「やらねぇ。」
「ケチ~。」
エレンはまた子供のように口を尖らせて、去っていった。
やっと煩いのがいなくなった。
また、ひとりになったテーブルで、残りのケーキを黙々と口に運ぶ。
コンビニケーキは2個入りしかなくて、1人で食べるには多い。
甘ったるさで胸焼けがしそうだ。
なんとか最後の一口を食べ終えた後、エレンに狙われた苺が2個残った。
『じゃあ、これからもリヴァイさんのケーキに乗った苺は
私のものってことにしちゃいましょう。』
『勝手に決めんな。俺だって苺は食う。』
『とか言って、私にあげちゃうリヴァイさんの優しさ、分かってるんですよ。』
『言ってろ。』
『ふふ、大好き~。苺もリヴァイさんも。』
『同列に並べんじゃねぇよ。』
苺が大好きな名前が勝手なことを言うから、食べられなくなってしまった。
楽しそうな笑い声だって、頭から離れない。
まだたったの1年しか経っていないのに、遠い昔のことみたいだ。
どうしても苺に手を付けられず、俺は小さくため息を吐いた。
コンビニの袋に、ゴミと一緒に苺2個も入れて立ち上がる。
ゴミ箱に捨てようとしたら、またエレンと出くわした。
今度は、同じ研修医のアルミンと話していたらしい。
「あ!リヴァイさん、苺捨てるんすか!?
それなら、俺にくれてもよかっー。」
エレンを無視して、ごみ箱にコンビニの袋を捨てた。
あぁ、こんな風に、名前にあっけなくゴミのように捨てられた俺の想いも、捨てられたらいいのにー。
ボーッとそんなことを思いながら歩いていたら、院内のコンビニ前で誰かと肩がぶつかった。
持っていた財布が落ちて、入れておいたカードやらが散らばった。
「すみません…っ。」
ぶつかった相手も財布を落としたようで、慌てた様子で足元に散らばったカードを拾いだした。
ツイてないー。
正直、そう思いながら、俺は足元に落ちていた自分のものではない免許証を拾い上げた。
「これ、お前のだろ。」
「あっ、ありがとうございます!」
免許証を渡すと、名前は笑顔で受け取った。
名前は俺のカードも拾ってくれたらしく、受け取って財布に入れ直した。
「本当にすみませんでした。」
「いや、いい。俺もボーッとしてた。悪かった。」
肩がぶつかっただけなのに、名前は丁寧にお辞儀をして謝った。
好きじゃなくなってすみませんー。
考え過ぎも甚だしいけれど、そんなことを謝られた気がして、俺は早くこの場から立ち去りたかった。
だから、早口で答えてすぐに背を向けた。
君に会うとまだ呆れるくらい好きなんだと思い知るから
もう二度と会いたくない
入院しているからといって病気なわけでもないし、昼間から寝る気はなくて、ベッドに膝を立てて座っていた。
伸ばした腕の先で、手に持った免許証の顔写真に窓から差す太陽があたって白く光らせた。
これは、私の免許証じゃない。
さっき、病室に戻る途中で白衣のお医者さんとぶつかってしまったとき、あの人の免許証が間違って私の財布に紛れ込んでしまったらしい。
「リヴァイ・アッカーマンさんか~…。
どうしよ、コレ。」
長めの黒髪の向こうにある三白眼と目が合った気がした。
なぜだろう。
私はそんなに困ってなかった。
だって、あの人には、また会える気がしていたんだ。
最近よく見る若い女子アナが、イルミネーションが人気のスポットを紹介している楽しそうな声も、睡眠不足で疲れた頭に虚しく届く。
どうやら、世間はクリスマスの色に染まって、老若男女問わず浮足立っているらしい。
いつの間にかもうそんな季節かー。
そんなことを思いながら、俺は、苺を避けてケーキにフォークを刺した。
「あ、リヴァイさんも今お昼ですか。一緒にいいっすか~。」
訊ねる気なんてあまりなさそうな声が聞こえて顔を上げた。
今日のA定食のチーズハンバーグ定食をトレイに乗せたエレンが、テーブルを挟んだ向こうにいた。
4月から研修医になって半年以上が過ぎて、漸く白衣姿も見慣れてきた、かもしれない。
無駄に長い髪を後ろに適当に結んだ若い研修医がセクシーだと、看護師や女性患者から人気があると、コイツの指導係になったファーランが愚痴っていた。
そんなことはどうでもよかったが、俺の手元にあるコンビニケーキを見下ろすエレンの蔑んだ目には無性に腹が立った。
「それ以上何か言ったら、てめぇのうなじ削ぐぞ。」
「まだ何も言ってないじゃないっすか。」
睨みつけてやれば、エレンは子供のように口を尖らせながら言って、俺の向かいの椅子に腰をおろした。
チーズハンバーグが大好物だなんて、本当に子どもみたいだ。
どこがセクシーなのかさっぱり分からない。
「クリスマスイヴだから、ケーキなんか似合わないもん食ってんすか。」
「…。」
何も言うなと言ったそばから、余計なことを言っているエレンをギロリと睨みつけた。
だが、当の本人は睨まれたことすら分からない顔をして、チーズハンバーグを頬張った。
こういう空気の読めないところは、初めて話したときから全く変わっていない。
こんな男が本当に医者になってしまったら、無駄に傷つく患者が増えるんじゃないかと、心配になってしまう。
「あ、可哀想なクリスマス・イヴと言えば、知ってますか?」
「…お前が俺に削がれてぇことしか知らねぇ。」
「えー、そんなこと思ってないっすよ。
で、可哀想なクリスマス・イヴの話に戻るんですけど。」
二回言った。
可哀想なクリスマス・イヴと二回も言った。
エレンと話していると、腹が立つのも馬鹿らしくなってくる。
一度、無視をしたら「聞いてますか?」と煩かったから、適当に流すことに決めて、甘ったるいケーキを咀嚼した。
「名前、昨日からまた入院したんですよ。」
適当に流そうと思っていたのに、不意に出て来た名前という名前とその内容に、俺は思わず顔を上げてしまった。
驚いた俺の顔を見たエレンは「あ、違うんです。」と軽く首を振った。
「今回は発作とかじゃなくて、ブライダルチェックらしいです。」
「ブライダルチェック?」
「最近流行ってるんですよ。結婚する前に身体に問題ないか検査するんです。」
「結婚式は1月じゃなかったか?今さら、そんなことすんのか。」
「あの超豪華な病室の空きがクリスマス前後しかなくて、
今になっちまったって名前が言ってました。
婚約して最初のクリスマス・イヴなのに入院って可哀想じゃないですか?」
「そうだな。
ブライダルチェックってのは、普通するもんなのか?」
「うちの病院でも増えてるみたいっすけど、ナイル先生が言うには、
名前の場合は、婚約者のお母さんに、無理やり受けさせられることになったみたいですよ。」
そういうのが結婚って面倒くさいですよね、とエレンはため息を吐き出した。
まだ20代そこそこで何を結婚を語っているのかと思いながら、俺も名前がこれから義母のことで苦労しなければいいがと心配になった。
いつ発作が起きて記憶障害を発症するか分からなかった名前は、元々、実家を継ぐ予定はなかったと聞いている。
家元の娘として、茶道の作法は他の誰よりも厳しく学んで来たらしいが、それも記憶障害を発症したことで、ゼロに戻ってしまった。
それでも、白鹿流の家元の令嬢が表千家の家元の子息に嫁ぐというのは、茶道界を変えるくらいにすごいことなのだそうだ。
「婚約者の母さん、このブライダルチェックで悪い結果が出たら、
結婚を取りやめにする気なんじゃないっすかね。」
「は?どうしてだ?あっちから結婚してくれって言って来たんだろ。」
「それは、息子の総二郎だけですよ。西門家側はほとんどみんな、記憶障害の嫁なんて嫌だって
すげぇ反対してるんですよ。でも、名前を記憶障害にした責任は
取らなきゃいけないと思ってるみたいです。」
だから、何か断る理由が欲しいんじゃないかと言うエレンには、珍しく嫌味っぽい棘があった。
記憶障害にした責任というのが気になって、俺は思わず眉を顰める。
「は?どういうことだ?」
「あ、もしかして、知らなかったですか?名前が記憶障害を起こすきっかけ作ったのって
あの総二郎ってやつなんです。」
「は?」
「親に連れられて西門邸に行ったときに、あの総二郎ってやつが
名前に意地悪して、家の屋根の上に登らせたんですよ。それで落っこちたんです。
ガキの頃から、ジャンがそのことをすげぇ怒ってたから、友達はみんな知ってますよ。」
へぇ、知らなかったんだー。
どうでもよさそうに言って、エレンは最後のチーズハンバーグを口の中に放り込んだ。
「ごちそうさまっした。じゃあ、俺、行きますね。」
あっという間に食べ終わったらしいエレンは、空になった食器を乗せたトレイを持って立ち上がった。
「あ、その苺、食わないなら俺にー。」
「やらねぇ。」
「ケチ~。」
エレンはまた子供のように口を尖らせて、去っていった。
やっと煩いのがいなくなった。
また、ひとりになったテーブルで、残りのケーキを黙々と口に運ぶ。
コンビニケーキは2個入りしかなくて、1人で食べるには多い。
甘ったるさで胸焼けがしそうだ。
なんとか最後の一口を食べ終えた後、エレンに狙われた苺が2個残った。
『じゃあ、これからもリヴァイさんのケーキに乗った苺は
私のものってことにしちゃいましょう。』
『勝手に決めんな。俺だって苺は食う。』
『とか言って、私にあげちゃうリヴァイさんの優しさ、分かってるんですよ。』
『言ってろ。』
『ふふ、大好き~。苺もリヴァイさんも。』
『同列に並べんじゃねぇよ。』
苺が大好きな名前が勝手なことを言うから、食べられなくなってしまった。
楽しそうな笑い声だって、頭から離れない。
まだたったの1年しか経っていないのに、遠い昔のことみたいだ。
どうしても苺に手を付けられず、俺は小さくため息を吐いた。
コンビニの袋に、ゴミと一緒に苺2個も入れて立ち上がる。
ゴミ箱に捨てようとしたら、またエレンと出くわした。
今度は、同じ研修医のアルミンと話していたらしい。
「あ!リヴァイさん、苺捨てるんすか!?
それなら、俺にくれてもよかっー。」
エレンを無視して、ごみ箱にコンビニの袋を捨てた。
あぁ、こんな風に、名前にあっけなくゴミのように捨てられた俺の想いも、捨てられたらいいのにー。
ボーッとそんなことを思いながら歩いていたら、院内のコンビニ前で誰かと肩がぶつかった。
持っていた財布が落ちて、入れておいたカードやらが散らばった。
「すみません…っ。」
ぶつかった相手も財布を落としたようで、慌てた様子で足元に散らばったカードを拾いだした。
ツイてないー。
正直、そう思いながら、俺は足元に落ちていた自分のものではない免許証を拾い上げた。
「これ、お前のだろ。」
「あっ、ありがとうございます!」
免許証を渡すと、名前は笑顔で受け取った。
名前は俺のカードも拾ってくれたらしく、受け取って財布に入れ直した。
「本当にすみませんでした。」
「いや、いい。俺もボーッとしてた。悪かった。」
肩がぶつかっただけなのに、名前は丁寧にお辞儀をして謝った。
好きじゃなくなってすみませんー。
考え過ぎも甚だしいけれど、そんなことを謝られた気がして、俺は早くこの場から立ち去りたかった。
だから、早口で答えてすぐに背を向けた。
君に会うとまだ呆れるくらい好きなんだと思い知るから
もう二度と会いたくない
入院しているからといって病気なわけでもないし、昼間から寝る気はなくて、ベッドに膝を立てて座っていた。
伸ばした腕の先で、手に持った免許証の顔写真に窓から差す太陽があたって白く光らせた。
これは、私の免許証じゃない。
さっき、病室に戻る途中で白衣のお医者さんとぶつかってしまったとき、あの人の免許証が間違って私の財布に紛れ込んでしまったらしい。
「リヴァイ・アッカーマンさんか~…。
どうしよ、コレ。」
長めの黒髪の向こうにある三白眼と目が合った気がした。
なぜだろう。
私はそんなに困ってなかった。
だって、あの人には、また会える気がしていたんだ。