◇66ページ◇魔法使い(2)
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医療関係者専用のカフェテリアで、作りかけの論文を読みながら昼食をとっていると、タタタッと軽い足音が聞こえてきた。
それが誰のものかすぐに気づいた俺は、論文で顔を隠してククッと喉を鳴らした。
だいぶ元気になった少女の病室に入り浸るとナイルが煩く文句を言うようになって、雑用を押しつけられてなかなか会いに行けなくなったのだが、俺を魔法使いだと信じている少女は、あの日から、この病院の誰よりも俺に懐くようになった。
そこで、今度は少女の方から、俺に会いに来るようになった。
そして、こうしてカフェテリアで昼食をとっていると、必ず少女が現れる。
研修医の俺の昼食の時間はバラバラなのだけれど、少女が俺に懐いていることを知っているナイルやエルヴィン達が、教えているようだった。
職員専用のカフェテリアに顔パスで入れるのは、ピクシス院長の許可を貰っているからなのだそうだ。
少女は言わば、この病院のお姫様だ。
「リヴァイ先生!私も一緒にご飯食べてもいい?」
俺の隣の椅子を引いて腰をおろした少女は、返事を聞くよりも先にテーブルの上に母親の手作りの弁当を広げだした。
ダメだと言うつもりは元々ないけれど、きっとダメだと言ったって、少女は笑いながら隣に座るのだと思う。
記憶するということが出来るようになってから、少女は格段に明るくなったし、身体の調子もいいようだった。
脳にある影についても、ナイルの治療がうまくいっているようで、少しずつ小さくなっていると聞いている。
消すことは出来そうにないようだが、悪性の腫瘍というわけでもないし、あれが原因で命に関わるようなことは今後もないだろう。
ただ記憶回路についてはまだ予断を許さない状態で、俺が作った薬で強引に症状を抑えているが、いつまた記憶喪失になるか分からない。
それでも、少女が子供らしい笑顔を浮かべていると、素直によかったと思う。
「今日も美味そうだな。」
「ママは世界一料理が上手だもの。」
自慢気に言って、少女がニッと笑う。
でも、お世辞抜きに、少女の母親は料理が上手い。
食に対してあまり興味のない俺でも、栄養バランスの考えられたメニューに、彩りも鮮やかな弁当は、目で見るだけで食欲がそそられた。
「じゃあ、今日もシェアしようね。」
「それは助かる。」
少女は、慣れた手つきで、互いの皿を並べだす。
潔癖のつもりはないけれど、他人と食べ物をシェアするなんて絶対に嫌だ。
そのはずなのに、不思議と少女となら平気だった。
長い付き合いのファーランやエルヴィンは、そんな俺を見て目を丸くしていたけれど、一番驚いているのはきっと、俺自身だ。
少女は、俺が残していた玉子サンドを頬張ると、嬉しそうに頬を緩めた。
ここの玉子サンドは少し甘めだし、絶対に好きだと思ったのだ。
残しておいてよかった。
そんな少女を確かめた後、俺は、世界一美味いんじゃないかと思っている玉子焼きを箸で摘まんで口の中に放り込んだ。
やっぱり今日もー。
「美味しいね。」
「あぁ、美味いな。」
俺を見上げてニッと笑う少女に、俺も下手くそなりに口の端を上げて答えた。
それだけで、少女は心底嬉しそうにハニかむ。
「あら、お姫様は今日も魔法使いさんとお昼ご飯?
あなた達って本当に仲良しね。」
食べ終わった食器を乗せたトレイを持って通りがかったついでに、クスクスと笑いながら声をかけて来たのは、新米看護師のアンカだった。
病室から出ていろんな人と出逢うのが楽しいと笑う少女は、その素直で屈託のない笑顔が人気で、「お姫ちゃん」と呼ばれて、医療関係者から患者、その家族達から可愛がられている。
その少女に一番に懐かれているのが自分だというのは、少しだけ鼻が高かったかもしれない。
「だって、私、リヴァイ先生が大好きなの!」
少女は、楽しそうに答えた。
大人には眩しいくらいの素直で、直球の答えだ。
そして、それを俺にも求めてくる無邪気さに、そろそろ俺も慣れて来た。
「リヴァイ先生も私のこと好き?仲良し?」
「あぁ。仲良しだ。」
髪をクシャリと撫でてやれば、少女はいつものように嬉しそうにハニ噛んだ。
見慣れたやりとりに、初めは驚いた顔をしていたアンカも今では、微笑ましいくらいに思っているようだった。
「ふふ、そっか。じゃあ、ランチデートだったのね。」
デートという響きに、少女は頬を染めた。
こういうところは、女の子なのだな、と感じる。
可愛らしい顔立ちだから、もう今のうちからモテているらしく、学校帰りによく遊びに来ている少年もいる。
目つきの悪い少年だ。
彼とはとても仲が良いみたいで、病室の前を通りがかると楽しい笑い声が聞こえてくることもある。
でも、どうしてあの目つきの悪い少年なのか。少女は男を見る目がないんじゃないかと心配している。
可愛い妹が嫁に行くのが心配な兄のような気持ちなのかもしれない。
「大切な時間を邪魔しちゃ悪いから、退散するわ。
魔法使いさん、お姫様をちゃんとお城まで送ってあげてね。」
アンカはそう言うと、少女に手を振って立ち去った。
昼飯を再開させた俺は、自分のサンドイッチには手をつけずに、少女の弁当にばかり箸を運んでいた。
それを分かっているからか、最近の少女の弁当箱は大きくなった。
「退院したらね、ママが私にもお料理教えてくれるって約束してくれたの。」
「へぇ、そりゃいいな。お前の母さん、料理が美味いからな。」
「そしたら、リヴァイ先生、私が作ったお弁当食べてくれる?」
「あぁ、食いてぇな。」
「やったっ。」
嬉しそうな顔で小さなガッツポーズをした少女を見ながら、俺は、時々、一緒にいるのを見かける少年のことを思い出していた。
アイツが少女を嫁にするのだろうか。
それとも、病院でもお姫様と呼ばれている本物のお嬢様の少女は、いつか住む世界が同じ王子と結婚するのかもしれない。
そんなことを考えていると、、玉子サンドを握りしめて、少女が俺を真っすぐに見つめて言った。
「ママみたいにお料理が上手になったら、魔法使いさんのお嫁さんにしてくれる?」
真剣なその目を、俺は本気にしなかった。
少女は子供で、俺は大人で、俺達の間には確かにしっかりとした線引きがされていた。
そこを越えることは絶対にない、壁があったのだ。
「そこは王子の嫁になっとけ。」
俺はそう言って、少女の頬を軽くつねった。
冗談のつもりだった。
でも、少女はとても傷ついたように瞳を揺らした。
「魔法使いさんのお嫁さんがいいです。」
少女は、大きな瞳に涙を溜めて、でもそれを必死に堪えながら、真っすぐに俺を見た。
それでようやく、俺は少女が本気なのだと気づく。
ここで、どう答えるのが大人として正しいのか。
あまり長く沈黙するのは良くないことだけは分かっていたから、短い時間で頭を回転させてみたけれど、うまい答えは見つからなかった。
「お前が俺の理想の女になったらな。」
「本当!?理想の女になったら、お嫁さんにしてくれる!?」
苦し紛れに出て来た返事に、少女は瞳をキラキラに輝かせた。
そして、いつも持っている日記帳をバッグから取り出すと、ペンを握って、どんな女が理想なのかを訊ねた。
それが誰のものかすぐに気づいた俺は、論文で顔を隠してククッと喉を鳴らした。
だいぶ元気になった少女の病室に入り浸るとナイルが煩く文句を言うようになって、雑用を押しつけられてなかなか会いに行けなくなったのだが、俺を魔法使いだと信じている少女は、あの日から、この病院の誰よりも俺に懐くようになった。
そこで、今度は少女の方から、俺に会いに来るようになった。
そして、こうしてカフェテリアで昼食をとっていると、必ず少女が現れる。
研修医の俺の昼食の時間はバラバラなのだけれど、少女が俺に懐いていることを知っているナイルやエルヴィン達が、教えているようだった。
職員専用のカフェテリアに顔パスで入れるのは、ピクシス院長の許可を貰っているからなのだそうだ。
少女は言わば、この病院のお姫様だ。
「リヴァイ先生!私も一緒にご飯食べてもいい?」
俺の隣の椅子を引いて腰をおろした少女は、返事を聞くよりも先にテーブルの上に母親の手作りの弁当を広げだした。
ダメだと言うつもりは元々ないけれど、きっとダメだと言ったって、少女は笑いながら隣に座るのだと思う。
記憶するということが出来るようになってから、少女は格段に明るくなったし、身体の調子もいいようだった。
脳にある影についても、ナイルの治療がうまくいっているようで、少しずつ小さくなっていると聞いている。
消すことは出来そうにないようだが、悪性の腫瘍というわけでもないし、あれが原因で命に関わるようなことは今後もないだろう。
ただ記憶回路についてはまだ予断を許さない状態で、俺が作った薬で強引に症状を抑えているが、いつまた記憶喪失になるか分からない。
それでも、少女が子供らしい笑顔を浮かべていると、素直によかったと思う。
「今日も美味そうだな。」
「ママは世界一料理が上手だもの。」
自慢気に言って、少女がニッと笑う。
でも、お世辞抜きに、少女の母親は料理が上手い。
食に対してあまり興味のない俺でも、栄養バランスの考えられたメニューに、彩りも鮮やかな弁当は、目で見るだけで食欲がそそられた。
「じゃあ、今日もシェアしようね。」
「それは助かる。」
少女は、慣れた手つきで、互いの皿を並べだす。
潔癖のつもりはないけれど、他人と食べ物をシェアするなんて絶対に嫌だ。
そのはずなのに、不思議と少女となら平気だった。
長い付き合いのファーランやエルヴィンは、そんな俺を見て目を丸くしていたけれど、一番驚いているのはきっと、俺自身だ。
少女は、俺が残していた玉子サンドを頬張ると、嬉しそうに頬を緩めた。
ここの玉子サンドは少し甘めだし、絶対に好きだと思ったのだ。
残しておいてよかった。
そんな少女を確かめた後、俺は、世界一美味いんじゃないかと思っている玉子焼きを箸で摘まんで口の中に放り込んだ。
やっぱり今日もー。
「美味しいね。」
「あぁ、美味いな。」
俺を見上げてニッと笑う少女に、俺も下手くそなりに口の端を上げて答えた。
それだけで、少女は心底嬉しそうにハニかむ。
「あら、お姫様は今日も魔法使いさんとお昼ご飯?
あなた達って本当に仲良しね。」
食べ終わった食器を乗せたトレイを持って通りがかったついでに、クスクスと笑いながら声をかけて来たのは、新米看護師のアンカだった。
病室から出ていろんな人と出逢うのが楽しいと笑う少女は、その素直で屈託のない笑顔が人気で、「お姫ちゃん」と呼ばれて、医療関係者から患者、その家族達から可愛がられている。
その少女に一番に懐かれているのが自分だというのは、少しだけ鼻が高かったかもしれない。
「だって、私、リヴァイ先生が大好きなの!」
少女は、楽しそうに答えた。
大人には眩しいくらいの素直で、直球の答えだ。
そして、それを俺にも求めてくる無邪気さに、そろそろ俺も慣れて来た。
「リヴァイ先生も私のこと好き?仲良し?」
「あぁ。仲良しだ。」
髪をクシャリと撫でてやれば、少女はいつものように嬉しそうにハニ噛んだ。
見慣れたやりとりに、初めは驚いた顔をしていたアンカも今では、微笑ましいくらいに思っているようだった。
「ふふ、そっか。じゃあ、ランチデートだったのね。」
デートという響きに、少女は頬を染めた。
こういうところは、女の子なのだな、と感じる。
可愛らしい顔立ちだから、もう今のうちからモテているらしく、学校帰りによく遊びに来ている少年もいる。
目つきの悪い少年だ。
彼とはとても仲が良いみたいで、病室の前を通りがかると楽しい笑い声が聞こえてくることもある。
でも、どうしてあの目つきの悪い少年なのか。少女は男を見る目がないんじゃないかと心配している。
可愛い妹が嫁に行くのが心配な兄のような気持ちなのかもしれない。
「大切な時間を邪魔しちゃ悪いから、退散するわ。
魔法使いさん、お姫様をちゃんとお城まで送ってあげてね。」
アンカはそう言うと、少女に手を振って立ち去った。
昼飯を再開させた俺は、自分のサンドイッチには手をつけずに、少女の弁当にばかり箸を運んでいた。
それを分かっているからか、最近の少女の弁当箱は大きくなった。
「退院したらね、ママが私にもお料理教えてくれるって約束してくれたの。」
「へぇ、そりゃいいな。お前の母さん、料理が美味いからな。」
「そしたら、リヴァイ先生、私が作ったお弁当食べてくれる?」
「あぁ、食いてぇな。」
「やったっ。」
嬉しそうな顔で小さなガッツポーズをした少女を見ながら、俺は、時々、一緒にいるのを見かける少年のことを思い出していた。
アイツが少女を嫁にするのだろうか。
それとも、病院でもお姫様と呼ばれている本物のお嬢様の少女は、いつか住む世界が同じ王子と結婚するのかもしれない。
そんなことを考えていると、、玉子サンドを握りしめて、少女が俺を真っすぐに見つめて言った。
「ママみたいにお料理が上手になったら、魔法使いさんのお嫁さんにしてくれる?」
真剣なその目を、俺は本気にしなかった。
少女は子供で、俺は大人で、俺達の間には確かにしっかりとした線引きがされていた。
そこを越えることは絶対にない、壁があったのだ。
「そこは王子の嫁になっとけ。」
俺はそう言って、少女の頬を軽くつねった。
冗談のつもりだった。
でも、少女はとても傷ついたように瞳を揺らした。
「魔法使いさんのお嫁さんがいいです。」
少女は、大きな瞳に涙を溜めて、でもそれを必死に堪えながら、真っすぐに俺を見た。
それでようやく、俺は少女が本気なのだと気づく。
ここで、どう答えるのが大人として正しいのか。
あまり長く沈黙するのは良くないことだけは分かっていたから、短い時間で頭を回転させてみたけれど、うまい答えは見つからなかった。
「お前が俺の理想の女になったらな。」
「本当!?理想の女になったら、お嫁さんにしてくれる!?」
苦し紛れに出て来た返事に、少女は瞳をキラキラに輝かせた。
そして、いつも持っている日記帳をバッグから取り出すと、ペンを握って、どんな女が理想なのかを訊ねた。