◇64ページ◇少女(2)
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4人掛けのソファに大きなテレビ、窓の外から見えるのはプライベートの庭園だ。
まるで高級ホテルの一室のようなその病室が、少女に与えられた楽園だった。
最新のテレビゲームもあるし、流行りの魔法世界を描いた本も全巻揃っている。
大人ほどのサイズもある大きなテディベアまである。
少女は、父親は日本画壇の巨匠、母親が白鹿流茶道の家元という正真正銘のお嬢様だった。
でも、普通の病室のものとは比べものにならないくらいに質のいいベッドで眠る少女は、そのすべてを捨てて自殺未遂をした。
俺が見つけたのは、睡眠薬を大量に服用してすぐだったようだった。
その場で出せるだけ吐かせた後、処置室で胃の洗浄もしたから、とりあえずもう心配することはないだろう。
「ありがとうございました…っ。本当に…っ。」
ナイルと一緒に様子を見に来た俺に、少女の母親は涙を浮かべ、綺麗に結った頭を下げた。
上品な着物は、襟元や裾が着崩れていた。
研修医達が出世の道具にしようという邪な気持ちで少女を探していたとき、この母親はただ無償の愛で少女のことを想って血眼になって病院を走り回っていたのだろう。
「お母さん、顔を上げてください。
私達は当然のことをしただけですから。」
ナイルが母親に優しく声をかけた。
まるで自分の手柄のような誇らしげな表情が鼻についたが、俺は聞き流してベッド脇の椅子に腰をおろした。
あどけない寝顔の少女は、屋上でもそうしていたように、とても気持ちよさそうに眠っていた。
綺麗で若い母親に、遊ぶもので溢れた豪華な部屋を持っているこの少女は、何を悲観して命を絶とうとしたのだろう。
普段なら、他人のことなんてどうでもいいと思っている俺が、この少女にだけは興味を持ってしまったのは、ただ単純に、初めて誰かの命を助けたという高揚感からだったのだと思う。
「院長とも相談しまして、検査は明日以降、娘さんが落ち着いてからにしようと思っています。」
「はい…、私達からもお願いします。今はまだ…、あの娘も落ち着かないでしょうし。
私達も…、なぜこんな馬鹿なことをしたのかも…、分からなくて…。」
部屋の中央のソファに向かい合って座り、母親とナイルは今後の予定を相談し始めていた。
時折、涙を拭いながら話す母親は終始狼狽えているようだった。
研修医達には、検査入院だと濁した少女の本当の入院理由は、記憶障害だった。
友達と遊んでいるときに、屋根の上から落ちて頭を打ったらしい。
お嬢様のくせにどんなワイルドな遊びをしているのかと、記憶障害よりも正直そこに驚いた。
とにかく、少女の症状は、記憶喪失及びに記憶の定着不能だった。
自分のことや日常生活に必要なことは覚えてはいるが、それ以外のすべてを忘れてしまっているということだった。
過去の記憶をすべて忘れた少女は、新しく手にした記憶すら1日しか保てない。
入院した日に撮ったというCTやMRIの画像を見せてもらったが、記憶をつかさどる回路に影が見えた。
あの影が邪魔をして、記憶が定着できなくなっているのだと思う。
たぶん、転落して頭を打ったのが症状が出るきっかけにはなったのかもしれないが、恐らく元から少女の脳にはそういう爆弾が仕掛けられていたのだ。
(日記なんかつけてんのか。)
少女の寝顔を眺めていた俺は、ふ、とベッド脇のサイドテーブルに日記帳が置いてあるのを見つけた。
何気なく手に取って、適当にめくった。
周りに日記を書くような繊細な人間もいなかった俺は、他人の日記を読むことが非常識だという発想はなかった。
そこには、少女が朝起きて覚えたことが、ギッシリと書かれていた。
母親の顔の特徴や名前、妹や父親のこと。見舞いに来てくれた幼馴染のことや、主治医であるナイルのことも書いていた。
どんな嬉しいことを言ってくれただとか、どれほど良い人だとか、見ていて胸焼けしそうなくらいに優しい言葉で溢れている日記だった。
まるで小説でも読むように、俺は、1ページ1ページを丁寧にめくった。
少女が1日をどんな気持ちで過ごしていたのかが、優しさや愛が、そこに全て詰まっていた。
(あぁ…、そういうことか。)
少女が、なぜ、自ら命を絶とうとしたのか。
俺は分かってしまった。
だってー。
【ずっとずっと忘れないでいられたらいいな。】
全てのページの最後は、全く同じ言葉で結んであったからー。
まるで高級ホテルの一室のようなその病室が、少女に与えられた楽園だった。
最新のテレビゲームもあるし、流行りの魔法世界を描いた本も全巻揃っている。
大人ほどのサイズもある大きなテディベアまである。
少女は、父親は日本画壇の巨匠、母親が白鹿流茶道の家元という正真正銘のお嬢様だった。
でも、普通の病室のものとは比べものにならないくらいに質のいいベッドで眠る少女は、そのすべてを捨てて自殺未遂をした。
俺が見つけたのは、睡眠薬を大量に服用してすぐだったようだった。
その場で出せるだけ吐かせた後、処置室で胃の洗浄もしたから、とりあえずもう心配することはないだろう。
「ありがとうございました…っ。本当に…っ。」
ナイルと一緒に様子を見に来た俺に、少女の母親は涙を浮かべ、綺麗に結った頭を下げた。
上品な着物は、襟元や裾が着崩れていた。
研修医達が出世の道具にしようという邪な気持ちで少女を探していたとき、この母親はただ無償の愛で少女のことを想って血眼になって病院を走り回っていたのだろう。
「お母さん、顔を上げてください。
私達は当然のことをしただけですから。」
ナイルが母親に優しく声をかけた。
まるで自分の手柄のような誇らしげな表情が鼻についたが、俺は聞き流してベッド脇の椅子に腰をおろした。
あどけない寝顔の少女は、屋上でもそうしていたように、とても気持ちよさそうに眠っていた。
綺麗で若い母親に、遊ぶもので溢れた豪華な部屋を持っているこの少女は、何を悲観して命を絶とうとしたのだろう。
普段なら、他人のことなんてどうでもいいと思っている俺が、この少女にだけは興味を持ってしまったのは、ただ単純に、初めて誰かの命を助けたという高揚感からだったのだと思う。
「院長とも相談しまして、検査は明日以降、娘さんが落ち着いてからにしようと思っています。」
「はい…、私達からもお願いします。今はまだ…、あの娘も落ち着かないでしょうし。
私達も…、なぜこんな馬鹿なことをしたのかも…、分からなくて…。」
部屋の中央のソファに向かい合って座り、母親とナイルは今後の予定を相談し始めていた。
時折、涙を拭いながら話す母親は終始狼狽えているようだった。
研修医達には、検査入院だと濁した少女の本当の入院理由は、記憶障害だった。
友達と遊んでいるときに、屋根の上から落ちて頭を打ったらしい。
お嬢様のくせにどんなワイルドな遊びをしているのかと、記憶障害よりも正直そこに驚いた。
とにかく、少女の症状は、記憶喪失及びに記憶の定着不能だった。
自分のことや日常生活に必要なことは覚えてはいるが、それ以外のすべてを忘れてしまっているということだった。
過去の記憶をすべて忘れた少女は、新しく手にした記憶すら1日しか保てない。
入院した日に撮ったというCTやMRIの画像を見せてもらったが、記憶をつかさどる回路に影が見えた。
あの影が邪魔をして、記憶が定着できなくなっているのだと思う。
たぶん、転落して頭を打ったのが症状が出るきっかけにはなったのかもしれないが、恐らく元から少女の脳にはそういう爆弾が仕掛けられていたのだ。
(日記なんかつけてんのか。)
少女の寝顔を眺めていた俺は、ふ、とベッド脇のサイドテーブルに日記帳が置いてあるのを見つけた。
何気なく手に取って、適当にめくった。
周りに日記を書くような繊細な人間もいなかった俺は、他人の日記を読むことが非常識だという発想はなかった。
そこには、少女が朝起きて覚えたことが、ギッシリと書かれていた。
母親の顔の特徴や名前、妹や父親のこと。見舞いに来てくれた幼馴染のことや、主治医であるナイルのことも書いていた。
どんな嬉しいことを言ってくれただとか、どれほど良い人だとか、見ていて胸焼けしそうなくらいに優しい言葉で溢れている日記だった。
まるで小説でも読むように、俺は、1ページ1ページを丁寧にめくった。
少女が1日をどんな気持ちで過ごしていたのかが、優しさや愛が、そこに全て詰まっていた。
(あぁ…、そういうことか。)
少女が、なぜ、自ら命を絶とうとしたのか。
俺は分かってしまった。
だってー。
【ずっとずっと忘れないでいられたらいいな。】
全てのページの最後は、全く同じ言葉で結んであったからー。