◇63ページ◇少女(1)
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
研修医達に至急カンファレンスルームへ集まるようにという鬼気迫った放送が院内に鳴り響いたのは、夜勤明けからの救急患者の対応で疲れ果てた俺が、仮眠室に入ろうとした時だった。
時間は昼をとっくに過ぎていて、ここ数日ろくに寝ていない俺の身体には「もう限界だ」と悲鳴を上げる力すら残っていなかった。
チッと盛大な舌打ちをした俺は、酷使させられた身体を引きずって、さらに酷使するためにカンファレンスルームへ向かった。
至急という声に焦った見知った研修医が俺の横を走って通り過ぎる姿を幾つか見つけたが、俺はカメよりものろまに歩き続けた。
わざとでも、嫌がらせでも何でもない。
地面と自分の身体が磁石のS極とN極になったように引っ付いていて、なかなか足が上がらなかったのだ。
そんな身体でも、仮眠しようとしていたところを諦めて、命令通りカンファレンスルームへ向かおうとしていることを褒めて欲しいくらいだった。
だが、カメ並みの歩みの俺が漸くカンファレンスルームへ辿り着いたときにはもう、至急の会議は終わってしまっていた。
さっき、走ってカンファレンスルームへ向かっていた研修医達が、今度はカンファレンスルームから飛び出して、四方八方へと走って消えていった。
その流れに乗らずにのんびりとカンファレンスルームから出て来たのは、昔からの悪友で親友のファーランだった。
「おう、遅かったな。夜勤明けか?」
「あぁ、仮眠しようとしたところで呼び出し聞いて一応来た。
もう終わってたみたいだがな。何だったんだ?」
「入院してる女の子が逃亡したから、
研修医が死に物狂いで探せってナイル先生からの命令。」
「重たい病気なのか?」
「いや、検査入院してるだけだって言ってたかな。
カンファレンスにも上がってなかったし。」
「じゃあ、本当にただの逃亡か。」
「病室で一日過ごすのは暇だったんだろうなぁ。」
ファーランは頭を掻きながら、困ったように言った。
確かに入院患者が逃亡したと言うのは大事件だ。
お忙しいお医者様の手は煩わせられないし、猫の手も借りたいときに、人として扱う気のない研修医だが、猫以下くらいには役に立つかもしれない。
だから、俺は思いっきり眉を顰めた。
「その命令のためにわざわざ院内放送で研修医を全員集めたのか。」
「逃亡したのがどこかのお偉い茶道の家元のお嬢様らしい。
私の娘に何かあったらどうしてくれるの、とお母様がヒステリックにブチギレで、
ピクシス院長もお手上げ。ナイル先生は半泣きで、暇な研修医がなんとかしろだと。」
ファーランが首を竦めた。
俺からはまた、盛大な舌打ちが吐き出された。
夏休みとかならまだしも、新学期が始まってまだ間もないこの時期に、病気でもなんでもない子供を検査入院させるなんて、金持ちの考えることは全く理解できない。
とにかく、俺は、朝から晩まで休みなく働かされた挙句、逃亡したお嬢様の捜索までさせられるために研修医になったわけじゃない。
それでも、上司であるナイルの命令であれば、無視をするわけにはいかない。
それが、余計に俺を苛つかせた。
「まぁ、見つけられたら出世に利用できそうだしって
他の奴らは血眼になって探すことにしたみたいだけど、
お前はどうする?」
「寝る。」
当然だと言わんばかりに、そう答えた。
元々、俺が帝都大学の医学部に入ったのは、エルヴィンがいたからだ。
荒れ果てた生活をしていた俺とファーランに、新しい世界を見せてくれたエルヴィンのいる大学へ行けば、何かを見つけられる気がした。
だから、別に、医者になりたかったわけじゃない。
今だって、研修医として働いてはいるけれど、やりがいというものを感じてもいなかった。
逃亡したお嬢様を探して出世しようという野望を持つ他の同期達とは違って、このまま医者になるのなら、それもまぁ構わないー、そんなことをぼんやりと考えている程度だ。
「お前は?ナイルより偉くなるって息巻いてたが、利用すんのか?」
「まさか。俺は実力で出世できるから。」
ファーランが自信ありげに片方だけ口の端を上げた。
時間は昼をとっくに過ぎていて、ここ数日ろくに寝ていない俺の身体には「もう限界だ」と悲鳴を上げる力すら残っていなかった。
チッと盛大な舌打ちをした俺は、酷使させられた身体を引きずって、さらに酷使するためにカンファレンスルームへ向かった。
至急という声に焦った見知った研修医が俺の横を走って通り過ぎる姿を幾つか見つけたが、俺はカメよりものろまに歩き続けた。
わざとでも、嫌がらせでも何でもない。
地面と自分の身体が磁石のS極とN極になったように引っ付いていて、なかなか足が上がらなかったのだ。
そんな身体でも、仮眠しようとしていたところを諦めて、命令通りカンファレンスルームへ向かおうとしていることを褒めて欲しいくらいだった。
だが、カメ並みの歩みの俺が漸くカンファレンスルームへ辿り着いたときにはもう、至急の会議は終わってしまっていた。
さっき、走ってカンファレンスルームへ向かっていた研修医達が、今度はカンファレンスルームから飛び出して、四方八方へと走って消えていった。
その流れに乗らずにのんびりとカンファレンスルームから出て来たのは、昔からの悪友で親友のファーランだった。
「おう、遅かったな。夜勤明けか?」
「あぁ、仮眠しようとしたところで呼び出し聞いて一応来た。
もう終わってたみたいだがな。何だったんだ?」
「入院してる女の子が逃亡したから、
研修医が死に物狂いで探せってナイル先生からの命令。」
「重たい病気なのか?」
「いや、検査入院してるだけだって言ってたかな。
カンファレンスにも上がってなかったし。」
「じゃあ、本当にただの逃亡か。」
「病室で一日過ごすのは暇だったんだろうなぁ。」
ファーランは頭を掻きながら、困ったように言った。
確かに入院患者が逃亡したと言うのは大事件だ。
お忙しいお医者様の手は煩わせられないし、猫の手も借りたいときに、人として扱う気のない研修医だが、猫以下くらいには役に立つかもしれない。
だから、俺は思いっきり眉を顰めた。
「その命令のためにわざわざ院内放送で研修医を全員集めたのか。」
「逃亡したのがどこかのお偉い茶道の家元のお嬢様らしい。
私の娘に何かあったらどうしてくれるの、とお母様がヒステリックにブチギレで、
ピクシス院長もお手上げ。ナイル先生は半泣きで、暇な研修医がなんとかしろだと。」
ファーランが首を竦めた。
俺からはまた、盛大な舌打ちが吐き出された。
夏休みとかならまだしも、新学期が始まってまだ間もないこの時期に、病気でもなんでもない子供を検査入院させるなんて、金持ちの考えることは全く理解できない。
とにかく、俺は、朝から晩まで休みなく働かされた挙句、逃亡したお嬢様の捜索までさせられるために研修医になったわけじゃない。
それでも、上司であるナイルの命令であれば、無視をするわけにはいかない。
それが、余計に俺を苛つかせた。
「まぁ、見つけられたら出世に利用できそうだしって
他の奴らは血眼になって探すことにしたみたいだけど、
お前はどうする?」
「寝る。」
当然だと言わんばかりに、そう答えた。
元々、俺が帝都大学の医学部に入ったのは、エルヴィンがいたからだ。
荒れ果てた生活をしていた俺とファーランに、新しい世界を見せてくれたエルヴィンのいる大学へ行けば、何かを見つけられる気がした。
だから、別に、医者になりたかったわけじゃない。
今だって、研修医として働いてはいるけれど、やりがいというものを感じてもいなかった。
逃亡したお嬢様を探して出世しようという野望を持つ他の同期達とは違って、このまま医者になるのなら、それもまぁ構わないー、そんなことをぼんやりと考えている程度だ。
「お前は?ナイルより偉くなるって息巻いてたが、利用すんのか?」
「まさか。俺は実力で出世できるから。」
ファーランが自信ありげに片方だけ口の端を上げた。