◇50ページ◇冗談じゃない
Name change
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湯船の波がユラユラと揺れて、名前が、俺に背を向けて座った。
濡れた髪をひとつにまとめて上で止めているから、綺麗なうなじがすぐ目の前にあって、齧りつきたい衝動をなんとか堪えて、後ろから抱きしめた。
すると、胸の前にまわった俺の腕に名前の手が触れた。
「私、リヴァイさんに謝らなくちゃいけないことがあるんです…。」
目を伏せて、名前が言った。
写真に写っていたあの長身の黒髪の男の姿が脳裏に過った。
不安にならなかったわけではないけれど、そういう不要な感情は無視した。
俺は、名前を信じると決めたのだ。
でもやっぱり、本当は不安で、謝罪なんて聞きたくなかったのだと思う。
気づくと、俺は冗談で誤魔化そうとしていた。
「なんだ?実家で休み過ぎて太っちまったことか?」
「え!?私、太りました!?お腹!?」
「ククッ、すぐ騙されてくれるから、名前はからかいがあるな。」
「もう…っ。」
名前が頬を膨らませた。
後ろからその頬を突けば、子供扱いするなとまた口を尖らせた。
このままこうやって、ふざけ合いながら過ごせたら良かった。
でも、名前は話しを元に戻すことを選んだようだった。
「ちゃんと真面目に聞いてください。
私も…、真面目に話しますから。」
「分かった。」
観念するしかなくて、俺は頷くと、少し強めに名前を抱きしめた。
俺達がふざけ合ったときに波立った湯船だけが、ユラユラと揺れて小さな音を立てる。
静かなバスルームで、名前はゆっくりと口を開いた。
「私…、結婚の約束をしている人がいるんです。」
「…冗談だろ。」
「魔法が解けたら、私はその人のお嫁さんになります。」
「…冗談だな。」
泣けない俺の代わりに、名前の肩に顔を埋めた俺の濡れた前髪から、まるで涙のような雫が零れ落ちた。
ポチャン、と小さな音が、やけに静かな風呂場に響いて、余計に虚しい気持ちになった。
でも、懇願するような俺の声を拒絶するように、名前は静かに首を横に振った。
「家同士で決めた結婚で、気持ちなんてないけど、そうしたいって言ったのは私なんです。
だって、魔法が解けてすべてを失くした私が、最後に両親のためにしてあげられることなんて
それくらいしか残ってないから。」
「冗談に決まってる。」
「本当です。」
「違う、冗談だ。むしろ、そんなの、冗談じゃねぇ。」
思わず漏れた唸るような声に、名前がビクリと肩を揺らした。
違う。怒りたいわけじゃないし、名前を怖がらせるのなんてもっと違う。
ただ、冗談だと言って欲しいのだ。
ずっと俺のそばにいる、とそれだけ言ってくれたら、俺は馬鹿みたいに信じるのにー。
「リヴァイさんも、見たんでしょう…?
今朝、ジャンから聞きました。アンさんが、私と彼の写真をリヴァイさんに送りつけたって。
取り返そうとしたけど、間に合わなかったって…言ってたから…、見たんでー。」
「見てねぇ。」
短い言葉で遮った。
現実逃避以外のなにものでもないことは、俺が一番分かっていた。
でも、どうやって受け入れればよかったというのだろうか。
好きだ好きだと懐いてきた女にほだされて、本気で惚れてしまった後に、本当は結婚の約束をしていた男がいたなんて言われて「はい、そうですか。」なんて思える男なんていない。
「魔法が解けるまでは、魔法の世界で夢が見たくて、リヴァイさんのところに来たんです。
彼とはまだ婚約者ではなくて、魔法が解けたら、正式に婚約するんです。
だからそれまでは、私はフリーだから、自由に恋するくらいいいですよね?」
「何、言ってやがるんだ…?」
「まぁ、ヒドイことをしてるな~とは思いますよ?
でも、リヴァイさんのことも大好きだけど、私は自分の方がもっと好きなんです。
だから、リヴァイさんにも愛されたいし、親が喜ぶ人とも結婚したいんですよ。」
「本気で言ってんのか。」
「はい、本気ですよ~。私って結構、悪い女なんですよ~。
小悪魔ってやつですかね?いや、悪魔か。アハハ。」
ヘラヘラと笑うような声が、風呂場の壁に反響して俺の耳に何重にもなって届いた。
まさか、これで終わりにするつもりなのか。
そんな態度で、俺が納得するわけない。
俺は、名前の両肩を掴んで、強引に身体を反転させた。
思った通りだ。
名前は、頬に幾つもの涙の筋を作って、唇を噛んで、傷ついた顔をしていた。
「そんな顔で、何を本気で言ってたか、もう一度言ってみやがれ。」
「…だって…っ。私はいつか、消えちゃう…っ。
彼の写真でもきっと、リヴァイさんのこと傷つけて、嫌な気持ちにさせたのに…っ。
いつかリヴァイさんをひとりにしちゃうなら、嫌われた方がいいと思っー。」
勝手に俺を哀れんで、勝手すぎる言い訳を始めた名前の唇に自分の唇を重ねて強引に塞いだ。
そして、噛みつくようなキスをした。
驚いた様子で一瞬だけ身体を引いた名前だったが、腰を抱き寄せれば俺の背中に抱き着いた。
こんな風に、縋るように俺を求めているくせに、どうやって別れようなんて考えたのか。
名前の後頭部に手をまわした俺は、互いの唇がひとつになることを願うように強く引きよせた。
乱暴なキスを受け止めた名前は、俺の首に両手を回した。
絶対に離す気なんかないのだと、名前の心と身体に分からせるために、強く抱きしめて唇を貪った。
時々、甘い吐息を漏らしながら、名前は唇を開いて、絡めとって放そうとしない俺の舌を受け止めていた。
唇が腫れるほどにキスを交わした俺達が、身体を離したときには、どちらも息が上がっていた。
名前は力の抜けた身体を俺に預けるようにして抱き着くと、肩に顔を埋めて泣いた。
それはまるで、小さな子供が悲しみを母親に慰めてもらおうとしているように思えた。
「そのクソ野郎に言っておけ。魔法なんか解けねぇから
名前はずっと誰にも渡さねぇって。」
名前の肩に手をまわして抱きしめると、小さな震えが身体に伝わってきた。
でも、俺にしがみつく手は、名前の口よりも雄弁に「誰にも渡さないでくれ」と語っていた。
「おばあちゃんに、ガラスの靴を捨てられたんです…っ。
私とリヴァイさんは結ばれちゃいけないんだって…っ。
誰も幸せにならないって…っ。」
少しだけ身体を離した名前は、涙は止まっていたけれど、ひどく傷ついた顔で訴えた。
部屋に戻ってすぐに、ガラスの靴を抱きしめていた痛々しい姿を思い出して、そういうことだったのかと理解した。
「名前は、幸せじゃねぇのか。俺といて、幸せだとは思わねぇのか。」
「幸せです…!私は、リヴァイさんといられる時間が、生まれてきて一番幸せ…っ。」
「なら、少なくとも、俺と名前は幸せだ。
俺は、名前さえ幸せならそれだけでいい。
だから、名前が俺といたら幸せだと思ってくれる限り、ずっとそばにいてやるよ。」
優しく頬を撫でてやれば、止まっていたはずの名前の涙がまた溢れ出した。
「ごめんなさい…っ、ガラスの靴、片方だけになっちゃって…っ。
私のせいで…っ、本当に…っ、ごめんなさ…っ。」
「謝らなくていい。名前は約束通り帰って来てくれた。それでいい。
それに、ガラスの靴なんてひとつあれば、ちゃんと名前を探せる。
どこに消えたって、ちゃんと探してやるから。」
「…っ、リヴァイさん…っ。」
名前は俺にしがみついて、泣きじゃくった。
正直、ショックだった。
結婚を約束している男がいるということも、俺はやっぱり、名前のことを何も知らなかったのだと思い知ったことも、悔しかった。
それでも、俺は名前と共にある未来のために、努力しようと思ったのだ。
それがどれほど過酷なことかも知らずに、覚悟を決めていた。
あぁ、でも、こんなにツラいことを知っていたって俺は、同じように覚悟を決めたと思うのだ。
今だって、名前を愛している気持ちだけは、変わらないのだからー。
濡れた髪をひとつにまとめて上で止めているから、綺麗なうなじがすぐ目の前にあって、齧りつきたい衝動をなんとか堪えて、後ろから抱きしめた。
すると、胸の前にまわった俺の腕に名前の手が触れた。
「私、リヴァイさんに謝らなくちゃいけないことがあるんです…。」
目を伏せて、名前が言った。
写真に写っていたあの長身の黒髪の男の姿が脳裏に過った。
不安にならなかったわけではないけれど、そういう不要な感情は無視した。
俺は、名前を信じると決めたのだ。
でもやっぱり、本当は不安で、謝罪なんて聞きたくなかったのだと思う。
気づくと、俺は冗談で誤魔化そうとしていた。
「なんだ?実家で休み過ぎて太っちまったことか?」
「え!?私、太りました!?お腹!?」
「ククッ、すぐ騙されてくれるから、名前はからかいがあるな。」
「もう…っ。」
名前が頬を膨らませた。
後ろからその頬を突けば、子供扱いするなとまた口を尖らせた。
このままこうやって、ふざけ合いながら過ごせたら良かった。
でも、名前は話しを元に戻すことを選んだようだった。
「ちゃんと真面目に聞いてください。
私も…、真面目に話しますから。」
「分かった。」
観念するしかなくて、俺は頷くと、少し強めに名前を抱きしめた。
俺達がふざけ合ったときに波立った湯船だけが、ユラユラと揺れて小さな音を立てる。
静かなバスルームで、名前はゆっくりと口を開いた。
「私…、結婚の約束をしている人がいるんです。」
「…冗談だろ。」
「魔法が解けたら、私はその人のお嫁さんになります。」
「…冗談だな。」
泣けない俺の代わりに、名前の肩に顔を埋めた俺の濡れた前髪から、まるで涙のような雫が零れ落ちた。
ポチャン、と小さな音が、やけに静かな風呂場に響いて、余計に虚しい気持ちになった。
でも、懇願するような俺の声を拒絶するように、名前は静かに首を横に振った。
「家同士で決めた結婚で、気持ちなんてないけど、そうしたいって言ったのは私なんです。
だって、魔法が解けてすべてを失くした私が、最後に両親のためにしてあげられることなんて
それくらいしか残ってないから。」
「冗談に決まってる。」
「本当です。」
「違う、冗談だ。むしろ、そんなの、冗談じゃねぇ。」
思わず漏れた唸るような声に、名前がビクリと肩を揺らした。
違う。怒りたいわけじゃないし、名前を怖がらせるのなんてもっと違う。
ただ、冗談だと言って欲しいのだ。
ずっと俺のそばにいる、とそれだけ言ってくれたら、俺は馬鹿みたいに信じるのにー。
「リヴァイさんも、見たんでしょう…?
今朝、ジャンから聞きました。アンさんが、私と彼の写真をリヴァイさんに送りつけたって。
取り返そうとしたけど、間に合わなかったって…言ってたから…、見たんでー。」
「見てねぇ。」
短い言葉で遮った。
現実逃避以外のなにものでもないことは、俺が一番分かっていた。
でも、どうやって受け入れればよかったというのだろうか。
好きだ好きだと懐いてきた女にほだされて、本気で惚れてしまった後に、本当は結婚の約束をしていた男がいたなんて言われて「はい、そうですか。」なんて思える男なんていない。
「魔法が解けるまでは、魔法の世界で夢が見たくて、リヴァイさんのところに来たんです。
彼とはまだ婚約者ではなくて、魔法が解けたら、正式に婚約するんです。
だからそれまでは、私はフリーだから、自由に恋するくらいいいですよね?」
「何、言ってやがるんだ…?」
「まぁ、ヒドイことをしてるな~とは思いますよ?
でも、リヴァイさんのことも大好きだけど、私は自分の方がもっと好きなんです。
だから、リヴァイさんにも愛されたいし、親が喜ぶ人とも結婚したいんですよ。」
「本気で言ってんのか。」
「はい、本気ですよ~。私って結構、悪い女なんですよ~。
小悪魔ってやつですかね?いや、悪魔か。アハハ。」
ヘラヘラと笑うような声が、風呂場の壁に反響して俺の耳に何重にもなって届いた。
まさか、これで終わりにするつもりなのか。
そんな態度で、俺が納得するわけない。
俺は、名前の両肩を掴んで、強引に身体を反転させた。
思った通りだ。
名前は、頬に幾つもの涙の筋を作って、唇を噛んで、傷ついた顔をしていた。
「そんな顔で、何を本気で言ってたか、もう一度言ってみやがれ。」
「…だって…っ。私はいつか、消えちゃう…っ。
彼の写真でもきっと、リヴァイさんのこと傷つけて、嫌な気持ちにさせたのに…っ。
いつかリヴァイさんをひとりにしちゃうなら、嫌われた方がいいと思っー。」
勝手に俺を哀れんで、勝手すぎる言い訳を始めた名前の唇に自分の唇を重ねて強引に塞いだ。
そして、噛みつくようなキスをした。
驚いた様子で一瞬だけ身体を引いた名前だったが、腰を抱き寄せれば俺の背中に抱き着いた。
こんな風に、縋るように俺を求めているくせに、どうやって別れようなんて考えたのか。
名前の後頭部に手をまわした俺は、互いの唇がひとつになることを願うように強く引きよせた。
乱暴なキスを受け止めた名前は、俺の首に両手を回した。
絶対に離す気なんかないのだと、名前の心と身体に分からせるために、強く抱きしめて唇を貪った。
時々、甘い吐息を漏らしながら、名前は唇を開いて、絡めとって放そうとしない俺の舌を受け止めていた。
唇が腫れるほどにキスを交わした俺達が、身体を離したときには、どちらも息が上がっていた。
名前は力の抜けた身体を俺に預けるようにして抱き着くと、肩に顔を埋めて泣いた。
それはまるで、小さな子供が悲しみを母親に慰めてもらおうとしているように思えた。
「そのクソ野郎に言っておけ。魔法なんか解けねぇから
名前はずっと誰にも渡さねぇって。」
名前の肩に手をまわして抱きしめると、小さな震えが身体に伝わってきた。
でも、俺にしがみつく手は、名前の口よりも雄弁に「誰にも渡さないでくれ」と語っていた。
「おばあちゃんに、ガラスの靴を捨てられたんです…っ。
私とリヴァイさんは結ばれちゃいけないんだって…っ。
誰も幸せにならないって…っ。」
少しだけ身体を離した名前は、涙は止まっていたけれど、ひどく傷ついた顔で訴えた。
部屋に戻ってすぐに、ガラスの靴を抱きしめていた痛々しい姿を思い出して、そういうことだったのかと理解した。
「名前は、幸せじゃねぇのか。俺といて、幸せだとは思わねぇのか。」
「幸せです…!私は、リヴァイさんといられる時間が、生まれてきて一番幸せ…っ。」
「なら、少なくとも、俺と名前は幸せだ。
俺は、名前さえ幸せならそれだけでいい。
だから、名前が俺といたら幸せだと思ってくれる限り、ずっとそばにいてやるよ。」
優しく頬を撫でてやれば、止まっていたはずの名前の涙がまた溢れ出した。
「ごめんなさい…っ、ガラスの靴、片方だけになっちゃって…っ。
私のせいで…っ、本当に…っ、ごめんなさ…っ。」
「謝らなくていい。名前は約束通り帰って来てくれた。それでいい。
それに、ガラスの靴なんてひとつあれば、ちゃんと名前を探せる。
どこに消えたって、ちゃんと探してやるから。」
「…っ、リヴァイさん…っ。」
名前は俺にしがみついて、泣きじゃくった。
正直、ショックだった。
結婚を約束している男がいるということも、俺はやっぱり、名前のことを何も知らなかったのだと思い知ったことも、悔しかった。
それでも、俺は名前と共にある未来のために、努力しようと思ったのだ。
それがどれほど過酷なことかも知らずに、覚悟を決めていた。
あぁ、でも、こんなにツラいことを知っていたって俺は、同じように覚悟を決めたと思うのだ。
今だって、名前を愛している気持ちだけは、変わらないのだからー。