◇47ページ◇愛してはいけない人
Name change
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「実家に帰った?」
ビールジョッキを口に運ぼうとしていたエルヴィンが、眉を顰めて動きを止めた。
名前が実家に帰ってから3日が経っていた。
実家に帰った初日の夜、あまり連絡が出来なくなるかもしれないと電話が来て以来、音沙汰はない。
独りには慣れていたはずなのに、家に名前がいないだけで、とても寒くて、毎日が虚しかった。
正直に言えば、寂しかったのだ。
今日で仕事納めで、明日から休みだった。
名前もいないで何をすればいいか分からなくて、気づくとエルヴィンを飲みに誘っていた。
仕事終わり、いつもの居酒屋で飲みながら、居候として転がり込んでいた若い女と俺が恋人になったと知ったエルヴィンは、さっきまでご機嫌に鼻歌まで垂れ流していた。
だが、名前が実家に帰ったと知るなり、打って変わって、険しい表情になってしまった。
「なんて顔してやがる。」
「あぁ…、リヴァイが、実家に帰ったなんて言うから驚いてしまった。
女性が実家に帰るのは、男に愛想を尽かしたときだと相場が決まっているだろう?」
「それはただ単に、お前が女に愛想を尽かされまくっただけだ。」
凝り固まった偏見が事実であると信じているらしいエルヴィンに、俺は呆れたように言って、酒の入ったグラスを傾けた。
「なら、どうして名前は実家に帰ってしまったんだい?」
「両親から会って話がしたいと連絡が来たらしい。」
俺は事実だけ短く伝えて、テーブルにグラスを置いた。
酒も半分ほど減ったグラスの縁を睨むように眺める俺の瞳には、実家に帰るために1人で家を出て行く名前の背中が映っていた。
俺の服のまま実家に帰るわけにはいかないから、とホテルを出てから適当に服を買って、昼頃には2人で家に戻った。
そして、すぐに出て行った。
まるで戦場に赴く兵士のような、憂いと決意を漂わせたあの背中を、俺は引き留めるべきだったんじゃないかと思えてならなかった。
「難しい顔をしてどうした?何か気になることでもあるのか?」
「いや。…なぁ、エルヴィン。」
一度首を横に振って、グラスを持ち上げた俺だったが、すぐに気が変わった。
この不安を、誰かに吐露したかったのだと思う。
幸い、目の前にいるのは、俺が心から信頼し、頼りにしている友人だったのも大きな理由だろう。
「なんだ。」
エルヴィンは、わざわざ、テーブルにグラスを置いた。
「まだ恋人になって日も浅ぇ。実家に俺が行くのを嫌がるのも分からなくもねぇ。
でも、アイツのはどっちかっていうと、実家を俺に知られるのを嫌がってるみたいだった。」
「どうしてそう思うんだ?」
「家まで車で送ると言っても、必死に断ってきたってのもある。
でも、離れてみて気づいたんだが、俺はアイツのことを何も知らねぇんだ。
知ってるのはせいぜい名前と妹がいるってことくらいだ。名字すら知らねぇ。」
アイツは俺に何も教えてくれないー。
握ったままのグラスを見下ろして、俺は情けない姿を友人の前に晒した。
恋人なら、離れているときに一度くらいは、今頃何をしているのだろうかとふと物思いにふけることもあるはずだ。
例にもれず、俺もそんなことを思ってみだのだ。
でも、何も浮かばなかった。
俺のそばにいないときの名前の姿を想像することも出来ないくらいに、俺は名前のことを知らないのだ。
それはまるで、いつか消えるときのための予防線を張っているように思えて不安だった。
「どうして聞いてみないんだ?」
「はぐらかされるに決まってる。アイツ、得意なんだ。」
「そうか。待つと決めているんだな。」
エルヴィンは、ふっと笑って、テーブルに置いたグラスに漸く手をかけた。
情けなく弱音をこぼした言葉の向こうに、本心を見抜くのはいつも本人の俺ではなく、エルヴィンだった。
今日もまた、俺はそういうことか、とハッとさせられた。
「あぁ…、そうだな。アイツは必ず帰ると約束した。
まだ、俺に言えないことがあるのなら、言えるようになるまで待ってやるだけだ。」
「私もそれがいいと思う。
名前を信じて、待ってやってくれ。」
「友達みてぇに言うんじゃねぇよ。」
「ハハ、それもそうだな。」
「ったく。」
心が軽くなったおかげか、口に運んだ酒も心なしか甘くなった気がした。
「あ、それ俺のだ。リヴァイ。」
「カシスオレンジなんて頼んでんじゃねぇ。久しぶりに見たぞ。」
間違えて飲んだ俺が悪いが、似合わない酒のチョイスに思わず眉を顰めてしまった。
顧問をしているサークルの学生達と飲む機会の多いエルヴィンは、彼らが頼む酒を覚えてしまったのだと楽しそうに笑った。
「…なぁ、そういえば、俺はお前にアイツの名前を教えたか?」
「教えたんじゃないか?」
「いや、言ってねぇ。」
「そうか。それなら、ハンジあたりから聞いたんだろうな。」
ふと疑問に思ったことも、そういうことかと納得して、俺は今度こそ自分の酒を口に運んだ。
やっぱり、心が軽くなっても味は変わらず、苦くてキツいままだった。
話は気づけば、共通の友人達の話題に変わり、あっという間に時間が過ぎていた。
年長者が奢るものだという凝り固まった偏見が抜けないエルヴィンに甘えて、俺は先に店を出た。
なんとなしに夜空を見上げれば、下弦の月が妖しく光っていた。
唐突に不吉な予感に襲われて、今すぐに名前に会いたくなった。
「酒を飲んで身体が温まっても、やっぱり外は寒いな。」
外に出て来たエルヴィンは、コートの上から身体を守るように抱きしめた。
そして、俺の視線を追いかけて、夜空を見上げた。
「下弦の月か。寂しそうに見えるな。」
エルヴィンが小さく呟いた。
それが妙に、頭の奥に残ったのだ。
ビールジョッキを口に運ぼうとしていたエルヴィンが、眉を顰めて動きを止めた。
名前が実家に帰ってから3日が経っていた。
実家に帰った初日の夜、あまり連絡が出来なくなるかもしれないと電話が来て以来、音沙汰はない。
独りには慣れていたはずなのに、家に名前がいないだけで、とても寒くて、毎日が虚しかった。
正直に言えば、寂しかったのだ。
今日で仕事納めで、明日から休みだった。
名前もいないで何をすればいいか分からなくて、気づくとエルヴィンを飲みに誘っていた。
仕事終わり、いつもの居酒屋で飲みながら、居候として転がり込んでいた若い女と俺が恋人になったと知ったエルヴィンは、さっきまでご機嫌に鼻歌まで垂れ流していた。
だが、名前が実家に帰ったと知るなり、打って変わって、険しい表情になってしまった。
「なんて顔してやがる。」
「あぁ…、リヴァイが、実家に帰ったなんて言うから驚いてしまった。
女性が実家に帰るのは、男に愛想を尽かしたときだと相場が決まっているだろう?」
「それはただ単に、お前が女に愛想を尽かされまくっただけだ。」
凝り固まった偏見が事実であると信じているらしいエルヴィンに、俺は呆れたように言って、酒の入ったグラスを傾けた。
「なら、どうして名前は実家に帰ってしまったんだい?」
「両親から会って話がしたいと連絡が来たらしい。」
俺は事実だけ短く伝えて、テーブルにグラスを置いた。
酒も半分ほど減ったグラスの縁を睨むように眺める俺の瞳には、実家に帰るために1人で家を出て行く名前の背中が映っていた。
俺の服のまま実家に帰るわけにはいかないから、とホテルを出てから適当に服を買って、昼頃には2人で家に戻った。
そして、すぐに出て行った。
まるで戦場に赴く兵士のような、憂いと決意を漂わせたあの背中を、俺は引き留めるべきだったんじゃないかと思えてならなかった。
「難しい顔をしてどうした?何か気になることでもあるのか?」
「いや。…なぁ、エルヴィン。」
一度首を横に振って、グラスを持ち上げた俺だったが、すぐに気が変わった。
この不安を、誰かに吐露したかったのだと思う。
幸い、目の前にいるのは、俺が心から信頼し、頼りにしている友人だったのも大きな理由だろう。
「なんだ。」
エルヴィンは、わざわざ、テーブルにグラスを置いた。
「まだ恋人になって日も浅ぇ。実家に俺が行くのを嫌がるのも分からなくもねぇ。
でも、アイツのはどっちかっていうと、実家を俺に知られるのを嫌がってるみたいだった。」
「どうしてそう思うんだ?」
「家まで車で送ると言っても、必死に断ってきたってのもある。
でも、離れてみて気づいたんだが、俺はアイツのことを何も知らねぇんだ。
知ってるのはせいぜい名前と妹がいるってことくらいだ。名字すら知らねぇ。」
アイツは俺に何も教えてくれないー。
握ったままのグラスを見下ろして、俺は情けない姿を友人の前に晒した。
恋人なら、離れているときに一度くらいは、今頃何をしているのだろうかとふと物思いにふけることもあるはずだ。
例にもれず、俺もそんなことを思ってみだのだ。
でも、何も浮かばなかった。
俺のそばにいないときの名前の姿を想像することも出来ないくらいに、俺は名前のことを知らないのだ。
それはまるで、いつか消えるときのための予防線を張っているように思えて不安だった。
「どうして聞いてみないんだ?」
「はぐらかされるに決まってる。アイツ、得意なんだ。」
「そうか。待つと決めているんだな。」
エルヴィンは、ふっと笑って、テーブルに置いたグラスに漸く手をかけた。
情けなく弱音をこぼした言葉の向こうに、本心を見抜くのはいつも本人の俺ではなく、エルヴィンだった。
今日もまた、俺はそういうことか、とハッとさせられた。
「あぁ…、そうだな。アイツは必ず帰ると約束した。
まだ、俺に言えないことがあるのなら、言えるようになるまで待ってやるだけだ。」
「私もそれがいいと思う。
名前を信じて、待ってやってくれ。」
「友達みてぇに言うんじゃねぇよ。」
「ハハ、それもそうだな。」
「ったく。」
心が軽くなったおかげか、口に運んだ酒も心なしか甘くなった気がした。
「あ、それ俺のだ。リヴァイ。」
「カシスオレンジなんて頼んでんじゃねぇ。久しぶりに見たぞ。」
間違えて飲んだ俺が悪いが、似合わない酒のチョイスに思わず眉を顰めてしまった。
顧問をしているサークルの学生達と飲む機会の多いエルヴィンは、彼らが頼む酒を覚えてしまったのだと楽しそうに笑った。
「…なぁ、そういえば、俺はお前にアイツの名前を教えたか?」
「教えたんじゃないか?」
「いや、言ってねぇ。」
「そうか。それなら、ハンジあたりから聞いたんだろうな。」
ふと疑問に思ったことも、そういうことかと納得して、俺は今度こそ自分の酒を口に運んだ。
やっぱり、心が軽くなっても味は変わらず、苦くてキツいままだった。
話は気づけば、共通の友人達の話題に変わり、あっという間に時間が過ぎていた。
年長者が奢るものだという凝り固まった偏見が抜けないエルヴィンに甘えて、俺は先に店を出た。
なんとなしに夜空を見上げれば、下弦の月が妖しく光っていた。
唐突に不吉な予感に襲われて、今すぐに名前に会いたくなった。
「酒を飲んで身体が温まっても、やっぱり外は寒いな。」
外に出て来たエルヴィンは、コートの上から身体を守るように抱きしめた。
そして、俺の視線を追いかけて、夜空を見上げた。
「下弦の月か。寂しそうに見えるな。」
エルヴィンが小さく呟いた。
それが妙に、頭の奥に残ったのだ。