◇40ページ◇再会と別れ
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駅前のケーキ屋で、ホールのケーキを買った。
2人で食べきれるとは思えなかったけれど、今夜はクリスマスパーティーだとハシャいでいたし、せっかくなら贅沢なケーキがいい。
残ってしまったとしても、数日かけて2人で食べればいいのだ。
ケーキの箱を片手に家路を急ぐ道すがら、また頬が緩んでいる気がして、俺は口元を隠した。
早く名前に会いたくて、自宅マンションのエレベーターの速度さえも、いつもよりも遅く感じてしまったくらいだ。
早足で廊下を歩いて、玄関の鍵を開けた。
いつものように仔犬のように駆けてくる名前を想像していたが、廊下はシンと静まり返っていた。
ご馳走を作って待っていると言っていたし、キッチンで料理をしていて気づかなかったのかもしれない。
そう思って、靴を脱ごうとした俺は、玄関に見覚えのない女物のピンヒールのショートブーツが置いてあるのに気が付いた。
名前がヒールの高い靴を履いているのは見たことがない。
でも、名前以外の女の靴がここにあるはずはなかった。
そのはずだった。
「帰って来たのね、リヴァイ。おかえりなさい。」
聞こえてきたのは、懐かしい女の声だった。
脱ごうとした靴をそのままで、俺は顔を上げて廊下の奥を見た。
歩み寄って来ているのは、昔の恋人のアンだった。
時間が巻き戻ったように、まるで当然のようにそこにアンがいた。
でも、3年振りに会ったアンは、あの頃よりも大人になっているように見えた。
もしかしたら、最近ずっと年下の名前と一緒にいたから、余計にそう感じただけかもしれない。
驚いた俺が手を放してしまったケーキの箱が、玄関に落ちた。
グシャッと音を立てて、箱の蓋が変形して開き、中身の生クリームや苺が散らばった。
「本当に定時に帰ってくるなんて驚いたわ。
あの頃は0時過ぎが当たり前だったのに。」
「どうしてお前がいるんだ…。」
「合鍵、私に渡したままだったでしょう?
私が戻ってくるかもって思って、鍵を変えてなかったのよね。」
「・・・は?何言って…-!?」
唐突の元恋人ッとの再会に呆然としていた俺は、そこまで言ってハッとした。
「どけ!」
靴を投げるように脱ぎ捨てた俺は、アンを突き飛ばすようにどけて廊下を走った。
リビングには、今朝まではなかったクリスマスツリーが飾ってあった。
ローテーブルには、美味そうな料理も並んであるし、ワインも用意してあった。
でも、今すぐにでも楽しいパーティーを始められそうなそこに、名前だけがいない。
キッチンにも走ったが、スープや料理の残ったフライパン以外は片付いている綺麗なキッチンがあっただけだ。
「名前!!」
名前の部屋の扉を開けた。
ふわりと届いたのは、名前の甘い香りだった。
突然現れて勝手に運んだベッドやドレッサーはあるけれど、やっぱり名前だけがいない。
「私の部屋を勝手に他の女に使わせるのやめてくれる?」
すぐ後ろから不機嫌な声がして、俺は振り返った。
「私の部屋?」
片眉を上げた俺に、アンは少しご機嫌に口の端を上げた。
「まぁ、でも、そこにあるの全部私にくれるって言うから許してあげたわ。
さっき見てみたら、生意気にブランド物の服ばっかりだったのよね。
少し子供っぽいのもあったけど、売ればお金になりそうだしね。」
「は?どういうことだ、名前はどこに行った。」
怒りと混乱で、俺はアンを責めた。
だが、アンはご機嫌な様子で俺の首に両腕を絡めると、甘えるように口を尖らせた。
「もう、製薬会社に戻ったならどうして私に教えてくれないの?
そしたら、私だってすぐに戻ってきたのに…。」
「放しやがれ。てめぇは医者の彼氏がいただろおが。
名前をどこにやった。アイツに何を言った。」
首に絡みつく腕を放しながら、俺はアンを睨みつけた。
でも、アンはひるむこともなく、今度は腰に抱き着いてきた。
「お医者さんより、リヴァイがいいよ。
これからは、リヴァイが私のそばにいて?」
アンは俺に抱き着いたままで、上目遣いでねだった。
そうだ、そういう女だったのを思い出した。
俺の機嫌も都合も関係なしに甘えてきて、こうして上目遣いでねだれば何でも自分の思い通りになると思っていた。
だから俺は、恋人の願いは何だって叶えるべきだと思っていたし、そうするように努力した。
その無理が俺を壊していったのだと気づいたのは、俺のために無理ばかりする名前を知ったからだ。
そして、恋人というのは、いつまでも笑っていられるように、お互いに想い合って支え合うものだと学んだ。
名前に出逢って、俺は初めて恋人というものがどういうものかを知ったのだ。
でも、アンはあの頃から、何も変わっていなかったようだった。
「断る。とにかく出て行ってくれ。
俺は今から、名前を探しにー。」
「私が出て行けって言ったわけじゃないわ。
あのコの方から、自分から出て行くって言いだしたのよ。」
玄関へ走ろうとした俺の背中をアンの声が追いかけた。
思わず振り返った俺に、アンは勝ち誇ったような笑みを向けた。
そして、厭らしく口の端を上げて続けた。
「私の方がリヴァイに相応しいって言われたわ。
私もそう思うわ。あんな年の離れた年下女よりも、
大人の私の方がリヴァイのことを分かってあげられるもの。」
「お前が、名前にそう言わせたんだろ。」
「失礼ね。私は、知らない子がいるから、どちら様?って聞いただけよ。
でも、あの子は私の名前を知ってたわ。そして、元恋人のアンだって確認したら、
生意気に、私に命令なんかしてきて…!」
アンの表情が次第に不機嫌に歪んでいった。
そして、苛立った声色で続けた。
「もう二度とリヴァイさんから離れないと誓えるか?って聞いてきたのよ。
まぁ、リヴァイが製薬会社に戻って、帰りも早くなったなら別れる理由もないし?
別れる気はないって言ってやったら、それなら自分よりも私の方があなたに相応しいって。」
「・・・・それで、出て行ったのか?」
「そうよ。部屋にあるものは、欲しいならあげるし、要らないなら捨てるなり
売るなりしてくれていいって。分かった?リヴァイは、あのコに捨てられたのよ。
可哀想に、あのコにも心から愛してもらえなかったのね。」
アンが馬鹿にしたように口元を歪めた。
心から愛してもらえなかったー。
ガツンと胸にナイフのように刺さりそうなその言葉は、俺の心も耳もすり抜けた。
だって、ただ一途に想ってくれた名前の瞳にも唇にも嘘はなかったことを、俺が誰よりも知っていたのだ。
「名前のことを何も知らねぇで、勝手なこと言うんじゃねぇ。」
「ねぇ、もういいじゃない。あのコのことなんて。
早くクリスマスパーティーしましょうよ。ほら、ご馳走もあるのよ。
まぁ、美味しいかは分かんないけど。」
俺の睨みなんて全く響いていない様子でアンは首をすぼめると、ローテーブルの上に皿を並べだした。
まるで自分が作ったようなその仕草には嫌悪感を覚えた。
だって、この料理を作ったのは全て名前なのだ。
俺と一緒にクリスマスを祝うのをとても楽しみにしていたのに、それをぶち壊された。
傷つけられたのだ。
製薬会社に戻ったと知った途端にあっけなく戻ってきたアンと、面倒だからと言い訳をして元恋人が戻ってくるかもしれないからと虚しい期待をして鍵の交換をしなかった俺のせいでー。
「食べないの?それとも、先に私を食べちゃう?
いいわよ。今すぐでもー。」
「俺が名前を連れて帰るまでに出て行け。
戻って来たときにまだ残ってたら警察を呼ぶ。」
「ちょっと冗談はやめてよ。あのコは自分から出て行ったのよ。
それに、元恋人にそんなヒドイこと出来るの?」
「俺は本気だ。」
「…なにが本気なの?私を警察に突き出すこと?
それとも…、あのコのこと?」
「名前を傷つけるやつは、それが誰でも許さねぇ。
分かったら、二度と俺の前に顔を見せるな。」
玄関へと踵を返すとき、悔し気に唇を噛んだアンがチラリと見えた。
でも、俺はもう振り返らない。
どうして名前が身を引いたのか。
俺には分からなかった。
でも、誰が何と言おうと、俺の恋人は名前だ。
一緒にクリスマスを過ごしたいのも、これからもそばにいて欲しいと願うのも名前以外にはありえないのだ。
心から愛するのは名前なのだ。
だから、もう過去はいらない。名前との未来だけがあれば、おれはそれでよかった。
俺は、玄関の扉を蹴破るように飛び出した。
ねぇ、君はいつも俺のためばかりだったよね。ねぇ、何処に行ったの?
それならねぇ、この別れさえも、俺の幸せだと本気で信じてるの?
クリスマス・イヴの夜の街には、定番のクリスマスソングが流れていた。
どこもかしこも幸せそうな笑顔で満ち溢れていたけれど、そこにリヴァイさんと私の笑顔はない。
ただぼんやりと行く宛てもなく歩き彷徨う私の横を、幸せそうな恋人達が何度も何度も通り過ぎていく。
バス停のそばにゴミ箱を見つけた私は、バッグの中からプレゼントの箱を取り出した。
上品な金色のリボンが結ばれたその中にあるのは、腕時計だった。
最近、腕時計の調子が悪いと言っていたから、それをクリスマスプレゼントに決めて、少し前のバイトの帰りに買いに行った。
どんなのが似合うだろうか、喜んでもらえるだろうか。
そんなことを考えながら選ぶだけで、とても幸せだった。
リヴァイさんに出逢ってからずっと、私はいつもいつも、幸せにしてもらってばかりだった。
ジャンの言う通りだ。
私がリヴァイさんのためにしたことは、我儘に愛を押しつけただけだった。
そして、最後には、魔法が解けて、リヴァイさんを不幸にするのだ。
リヴァイさんがずっと忘れられなかった昔の恋人が、クリスマス・イヴに戻ってきたのはきっと、神様からの誕生日プレゼントだ。
今まで精一杯に生きて来たリヴァイさんへの、ご褒美だ。
あの人だって、これはからずっとリヴァイさんのそばにいて愛し続けると約束してくれたのだから、私がそれを邪魔しちゃいけない。
ずっとずっとそばにいて愛を注げる人こそが、リヴァイさんに相応しい。
私はそばにいても、傷つけるだけだからー。
(最初から魔法が解けるまで約束だったのよ。
お別れが少しだけ早くなっただけじゃない。)
私はギュッと目を瞑った。
震える手が、ゆっくりと力を失っていく。
リヴァイさんへのプレゼントが、斜めに倒れてゴミ箱に落ちて行った。
(せめて、渡すまではしたかったな…。)
あぁ、でも私は、どうして腕時計なんて選んだのだろう。
一緒に時を刻むことは出来ないのにー。
さよなら、私の初恋。さようならー。
どうか、リヴァイさんが永遠に幸せでいてくれますようにー。
2人で食べきれるとは思えなかったけれど、今夜はクリスマスパーティーだとハシャいでいたし、せっかくなら贅沢なケーキがいい。
残ってしまったとしても、数日かけて2人で食べればいいのだ。
ケーキの箱を片手に家路を急ぐ道すがら、また頬が緩んでいる気がして、俺は口元を隠した。
早く名前に会いたくて、自宅マンションのエレベーターの速度さえも、いつもよりも遅く感じてしまったくらいだ。
早足で廊下を歩いて、玄関の鍵を開けた。
いつものように仔犬のように駆けてくる名前を想像していたが、廊下はシンと静まり返っていた。
ご馳走を作って待っていると言っていたし、キッチンで料理をしていて気づかなかったのかもしれない。
そう思って、靴を脱ごうとした俺は、玄関に見覚えのない女物のピンヒールのショートブーツが置いてあるのに気が付いた。
名前がヒールの高い靴を履いているのは見たことがない。
でも、名前以外の女の靴がここにあるはずはなかった。
そのはずだった。
「帰って来たのね、リヴァイ。おかえりなさい。」
聞こえてきたのは、懐かしい女の声だった。
脱ごうとした靴をそのままで、俺は顔を上げて廊下の奥を見た。
歩み寄って来ているのは、昔の恋人のアンだった。
時間が巻き戻ったように、まるで当然のようにそこにアンがいた。
でも、3年振りに会ったアンは、あの頃よりも大人になっているように見えた。
もしかしたら、最近ずっと年下の名前と一緒にいたから、余計にそう感じただけかもしれない。
驚いた俺が手を放してしまったケーキの箱が、玄関に落ちた。
グシャッと音を立てて、箱の蓋が変形して開き、中身の生クリームや苺が散らばった。
「本当に定時に帰ってくるなんて驚いたわ。
あの頃は0時過ぎが当たり前だったのに。」
「どうしてお前がいるんだ…。」
「合鍵、私に渡したままだったでしょう?
私が戻ってくるかもって思って、鍵を変えてなかったのよね。」
「・・・は?何言って…-!?」
唐突の元恋人ッとの再会に呆然としていた俺は、そこまで言ってハッとした。
「どけ!」
靴を投げるように脱ぎ捨てた俺は、アンを突き飛ばすようにどけて廊下を走った。
リビングには、今朝まではなかったクリスマスツリーが飾ってあった。
ローテーブルには、美味そうな料理も並んであるし、ワインも用意してあった。
でも、今すぐにでも楽しいパーティーを始められそうなそこに、名前だけがいない。
キッチンにも走ったが、スープや料理の残ったフライパン以外は片付いている綺麗なキッチンがあっただけだ。
「名前!!」
名前の部屋の扉を開けた。
ふわりと届いたのは、名前の甘い香りだった。
突然現れて勝手に運んだベッドやドレッサーはあるけれど、やっぱり名前だけがいない。
「私の部屋を勝手に他の女に使わせるのやめてくれる?」
すぐ後ろから不機嫌な声がして、俺は振り返った。
「私の部屋?」
片眉を上げた俺に、アンは少しご機嫌に口の端を上げた。
「まぁ、でも、そこにあるの全部私にくれるって言うから許してあげたわ。
さっき見てみたら、生意気にブランド物の服ばっかりだったのよね。
少し子供っぽいのもあったけど、売ればお金になりそうだしね。」
「は?どういうことだ、名前はどこに行った。」
怒りと混乱で、俺はアンを責めた。
だが、アンはご機嫌な様子で俺の首に両腕を絡めると、甘えるように口を尖らせた。
「もう、製薬会社に戻ったならどうして私に教えてくれないの?
そしたら、私だってすぐに戻ってきたのに…。」
「放しやがれ。てめぇは医者の彼氏がいただろおが。
名前をどこにやった。アイツに何を言った。」
首に絡みつく腕を放しながら、俺はアンを睨みつけた。
でも、アンはひるむこともなく、今度は腰に抱き着いてきた。
「お医者さんより、リヴァイがいいよ。
これからは、リヴァイが私のそばにいて?」
アンは俺に抱き着いたままで、上目遣いでねだった。
そうだ、そういう女だったのを思い出した。
俺の機嫌も都合も関係なしに甘えてきて、こうして上目遣いでねだれば何でも自分の思い通りになると思っていた。
だから俺は、恋人の願いは何だって叶えるべきだと思っていたし、そうするように努力した。
その無理が俺を壊していったのだと気づいたのは、俺のために無理ばかりする名前を知ったからだ。
そして、恋人というのは、いつまでも笑っていられるように、お互いに想い合って支え合うものだと学んだ。
名前に出逢って、俺は初めて恋人というものがどういうものかを知ったのだ。
でも、アンはあの頃から、何も変わっていなかったようだった。
「断る。とにかく出て行ってくれ。
俺は今から、名前を探しにー。」
「私が出て行けって言ったわけじゃないわ。
あのコの方から、自分から出て行くって言いだしたのよ。」
玄関へ走ろうとした俺の背中をアンの声が追いかけた。
思わず振り返った俺に、アンは勝ち誇ったような笑みを向けた。
そして、厭らしく口の端を上げて続けた。
「私の方がリヴァイに相応しいって言われたわ。
私もそう思うわ。あんな年の離れた年下女よりも、
大人の私の方がリヴァイのことを分かってあげられるもの。」
「お前が、名前にそう言わせたんだろ。」
「失礼ね。私は、知らない子がいるから、どちら様?って聞いただけよ。
でも、あの子は私の名前を知ってたわ。そして、元恋人のアンだって確認したら、
生意気に、私に命令なんかしてきて…!」
アンの表情が次第に不機嫌に歪んでいった。
そして、苛立った声色で続けた。
「もう二度とリヴァイさんから離れないと誓えるか?って聞いてきたのよ。
まぁ、リヴァイが製薬会社に戻って、帰りも早くなったなら別れる理由もないし?
別れる気はないって言ってやったら、それなら自分よりも私の方があなたに相応しいって。」
「・・・・それで、出て行ったのか?」
「そうよ。部屋にあるものは、欲しいならあげるし、要らないなら捨てるなり
売るなりしてくれていいって。分かった?リヴァイは、あのコに捨てられたのよ。
可哀想に、あのコにも心から愛してもらえなかったのね。」
アンが馬鹿にしたように口元を歪めた。
心から愛してもらえなかったー。
ガツンと胸にナイフのように刺さりそうなその言葉は、俺の心も耳もすり抜けた。
だって、ただ一途に想ってくれた名前の瞳にも唇にも嘘はなかったことを、俺が誰よりも知っていたのだ。
「名前のことを何も知らねぇで、勝手なこと言うんじゃねぇ。」
「ねぇ、もういいじゃない。あのコのことなんて。
早くクリスマスパーティーしましょうよ。ほら、ご馳走もあるのよ。
まぁ、美味しいかは分かんないけど。」
俺の睨みなんて全く響いていない様子でアンは首をすぼめると、ローテーブルの上に皿を並べだした。
まるで自分が作ったようなその仕草には嫌悪感を覚えた。
だって、この料理を作ったのは全て名前なのだ。
俺と一緒にクリスマスを祝うのをとても楽しみにしていたのに、それをぶち壊された。
傷つけられたのだ。
製薬会社に戻ったと知った途端にあっけなく戻ってきたアンと、面倒だからと言い訳をして元恋人が戻ってくるかもしれないからと虚しい期待をして鍵の交換をしなかった俺のせいでー。
「食べないの?それとも、先に私を食べちゃう?
いいわよ。今すぐでもー。」
「俺が名前を連れて帰るまでに出て行け。
戻って来たときにまだ残ってたら警察を呼ぶ。」
「ちょっと冗談はやめてよ。あのコは自分から出て行ったのよ。
それに、元恋人にそんなヒドイこと出来るの?」
「俺は本気だ。」
「…なにが本気なの?私を警察に突き出すこと?
それとも…、あのコのこと?」
「名前を傷つけるやつは、それが誰でも許さねぇ。
分かったら、二度と俺の前に顔を見せるな。」
玄関へと踵を返すとき、悔し気に唇を噛んだアンがチラリと見えた。
でも、俺はもう振り返らない。
どうして名前が身を引いたのか。
俺には分からなかった。
でも、誰が何と言おうと、俺の恋人は名前だ。
一緒にクリスマスを過ごしたいのも、これからもそばにいて欲しいと願うのも名前以外にはありえないのだ。
心から愛するのは名前なのだ。
だから、もう過去はいらない。名前との未来だけがあれば、おれはそれでよかった。
俺は、玄関の扉を蹴破るように飛び出した。
ねぇ、君はいつも俺のためばかりだったよね。ねぇ、何処に行ったの?
それならねぇ、この別れさえも、俺の幸せだと本気で信じてるの?
クリスマス・イヴの夜の街には、定番のクリスマスソングが流れていた。
どこもかしこも幸せそうな笑顔で満ち溢れていたけれど、そこにリヴァイさんと私の笑顔はない。
ただぼんやりと行く宛てもなく歩き彷徨う私の横を、幸せそうな恋人達が何度も何度も通り過ぎていく。
バス停のそばにゴミ箱を見つけた私は、バッグの中からプレゼントの箱を取り出した。
上品な金色のリボンが結ばれたその中にあるのは、腕時計だった。
最近、腕時計の調子が悪いと言っていたから、それをクリスマスプレゼントに決めて、少し前のバイトの帰りに買いに行った。
どんなのが似合うだろうか、喜んでもらえるだろうか。
そんなことを考えながら選ぶだけで、とても幸せだった。
リヴァイさんに出逢ってからずっと、私はいつもいつも、幸せにしてもらってばかりだった。
ジャンの言う通りだ。
私がリヴァイさんのためにしたことは、我儘に愛を押しつけただけだった。
そして、最後には、魔法が解けて、リヴァイさんを不幸にするのだ。
リヴァイさんがずっと忘れられなかった昔の恋人が、クリスマス・イヴに戻ってきたのはきっと、神様からの誕生日プレゼントだ。
今まで精一杯に生きて来たリヴァイさんへの、ご褒美だ。
あの人だって、これはからずっとリヴァイさんのそばにいて愛し続けると約束してくれたのだから、私がそれを邪魔しちゃいけない。
ずっとずっとそばにいて愛を注げる人こそが、リヴァイさんに相応しい。
私はそばにいても、傷つけるだけだからー。
(最初から魔法が解けるまで約束だったのよ。
お別れが少しだけ早くなっただけじゃない。)
私はギュッと目を瞑った。
震える手が、ゆっくりと力を失っていく。
リヴァイさんへのプレゼントが、斜めに倒れてゴミ箱に落ちて行った。
(せめて、渡すまではしたかったな…。)
あぁ、でも私は、どうして腕時計なんて選んだのだろう。
一緒に時を刻むことは出来ないのにー。
さよなら、私の初恋。さようならー。
どうか、リヴァイさんが永遠に幸せでいてくれますようにー。