ダイニングテーブルの上には、今朝も美味そうな朝食が並んでいた。
でも、作った本人はいない。
いつものように、朝起きれば朝食が並んでいるし、帰宅すれば夕食が用意されている。
でも、あの日から、一緒に食事をすることはなくなった。
名前は先に食事を済ませているようだった。
1人で食べる食事なんて慣れているはずなのに、途端に味気なくなって、せっかくの名前の美味い料理の味がいまいちよく分からないのが、残念だった。
風呂に入るときや、仕事に行くときに、名前の顔を見ることはあった。
でも、目が合うことはなかったし、もちろん、名前から話しかけられることもなかった。
まるで、一緒に暮らしている他人だー。
ふ、とそんなことを思ったが、そもそも、俺と名前は恋人でも兄妹でもなく、他人なのだ。
それでも、怒りの矛先のいるこの家に留まり続ける理由は、何だろう。
それを考えると、また胸が苦しくなるから、俺は目を反らし続けた。
結局、何と声をかければいいか分からないまま、一言も言葉を交わさないうちに、週末がやって来てしまっていた。
今日は、名前がファーランと映画に出かける日だ。
夜になると名前の部屋から話し声が聞こえていた。
週末に会った時に気まずくならないように電話で距離を縮める作戦はいい感じだと、ファーランからいちいち報告が届いていた。
味のしない味噌汁を飲んでいると、寝室から名前が出て来た。
清楚なワンピース姿で、髪も少し巻いているようだった。
濃くはない化粧も、いつもよりも華やかで、控えめだけれどしっかり色づいている口紅もとても似合っていた。
今日の映画をデートだと意識して、お洒落をしたようだった。

「行ってきます。」

名前が、ダイニングにいる俺に、久しぶりにチラリと視線を向けたが、それだけ言って玄関へ向かった。
すぐに、扉が閉まり鍵がかかる音が、遠くから小さく聞こえた。