◇1ページ◇出逢い
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書き出しはこうだ。
俺にとってもその出逢いは、魔法のようだったー。
その日、古い付き合いの友人から飲みの誘いを受けた俺は、仕事終わり、奴の職場近くの居酒屋で遅くまで呑んでいた。
珍しく飲みになんか誘ってくるから、何かあったのかと思ったが、残念ながら、奴が俺に情けない姿を見せることはなかった。
いつもよりも少し強めの酒をちびちびと飲み続ける奴と、お互いの仕事のこと、馴染みの友人達のことなんかを話しただけだ。
それでも久しぶりだったこともあって、お互いに明日も仕事だというのに、気づけば何時間も居酒屋に入り浸ってしまっていた。
普段通りを装っていた奴が、俺と酒を呑んだことくらいで何かが変わるとも思えないが、少しでも気が楽になったならいいー。
そんなことを思いながら、お互いの家路へと足を向けて少しした頃だった。
最近の運動不足に加えて、今夜の飲み過ぎと食べ過ぎを少しは解消しようと、俺は数駅先の駅へ向かっていた。
その道すがら、歩道もないような小さな橋がある。こんな真夜中では車も通らないような橋だ。
俺は、その橋の手摺の上に、女が立っているのを見つけてしまった。
女の死んだような目をした横顔を、橋に数メートルおきに並んでいる灯りが淡く照らしている。
若い女だ。
短いスカートが夜風にヒラヒラと揺れていた。
今から何をする気なのかー。
考える必要もないくらいに明らかだった。
橋の下は川になっていて、昨日まで降り続いた大雨の影響で水かさが増していて、流れも速い。
落ちてしまったら、無事では済まないだろう。
残念なことに、俺は、それを見なかったことに出来るほど人間を捨ててはいなかったし、無視できるほど心臓にも心にも毛は生えていない。
だから、若い女の脚が少しずつ前のめりに倒れていくときには、俺はもうすぐ後ろまで走っていて、彼女に手を伸ばしていた。
掴んだ手首は恐ろしいほどに細くて、少し力を入れれば折れてしまいそうだった。
前のめりに倒れていこうとしていた身体を後ろに引っ張れば、軽い体重は空に浮いた。
それでも、それなりの重力を持って、尻餅をついた俺の胸板に背中をぶつけて落ちて来た。
俺の股の間に座る格好で、女は背を向けたまま呆然としていた。
「クソが…!何やってんだ!!」
力の限りで怒鳴りつけた。
俺に背を向けて座っていた女が、肩をビクッと揺らして振り向く。
女は、大きな瞳に涙を溢れさせていた。
それでも、必死に零さないように堪えていた。
「なんで、助けたの…。私が生きてたって、みんなを傷つけるだけなのに…っ!」
女は、震える弱々しい声で、彼女なりに精一杯に叫んだ。
それでも絶対に、涙を流そうとはしないのだ。
死のうとしていたくせにー。
それが、プライドなのか、その女が本来持つ強さなのかは、分からなかった。
でも、絶望を宿しながら、誰かを想う優しさを溢れさせる瞳は、俺に遠い過去の記憶を呼び起こさせた。
あのとき、小さな少女は、今目の前にいる女のようにそれを言葉にしてこんな風に叫ぶことはしなかったけれど、小さな小さな手で、大切な人達を守ろうとしていた。
今も、元気にしているだろうか。
笑っているだろうか。
もう、泣いていなければいい。
もし、今、目の前にいる女のように、自ら命を絶とうとしていたら許さないー。
そんなことを思い出していたせいだと思う。
俺が、がらにもないことを女に言ってしまっていたのはー。
「お前が死んででも傷つけたくねぇ奴らはきっと、
お前のいない明日が来るくらいなら、お前に傷つけられる明日を選ぶんじゃねぇのか。
まずはそれを訊いてから、飛び降りるか決めやがれ。」
「…っ。」
女は驚いたように目を見開いた。
覚悟を決めて飛び込むところを邪魔されて、初めて会った男にお説教をされるなんて、ツイてない女だ。
こんな女に説教をしなければならない事態になった俺も、最低な気分だ。
「名前!!」
少し前から遠くから聞こえていた男の声が、文字通り、目の前に飛んできた。
女に飛びつくように抱き着いたのは若い男だった。
長めの髪を横わけにした髪型が死ぬほど似合っていない目つきの悪い若い馬は、いや、男は、俺を仇でも見るような目で睨みつけながら、女を抱きしめたままで立ち上がらせた。
「名前!あんな手紙残して勝手にいなくなるんじゃねぇよ!!
こんなとこで何やってたんだ!!」
「あそこから飛び降りようとしてた。」
阿保みたいに正直に橋の手摺の上を指さした女は、若い男に盛大に叱られた。
そりゃそうなるだろう。
とりあえず、連れが迎えに来たようなので、もう俺は用なしだ。
帰ってもいいだろう、と立ち上がり背を向けようとしたのだが、馬みたいな顔をした男がそれを許さなかった。
「おい、ちっさいおっさん、お前、名前に何しやがった!」
「…家に帰る途中に通る橋が自殺現場になるのが嫌だったから
そこから飛び降りようとした女を引っ張って橋の上に戻した。
何か問題があったか?」
聞き捨てならない台詞に文句のひとつでも言いたかったが面倒くさかった。
とりあえず、若い男女の痴話喧嘩に巻き込まれるのも嫌で振り返って答えてやった。
女もその通りだと答えてくれたお陰で、死ぬほど面倒くさい誤解も解けた。
若い男に女は連れられて帰っていき、俺は結局、数駅先まで歩く気力を失くしてすぐそこの駅から電車に乗った。
終電間近の車内は、朝の通勤ラッシュが嘘のように人が少なかった。
それでも、幾つしか空いていなかった座席に、長い息を吐いて腰をおろした。
普段なら立ったままでも構わないのだけれど、今日はなんだか疲れた。
昔のことを、思い出したせいだろう。
スーツなんて堅苦しいものは嫌いで、私服で出勤出来る仕事を選んだ。
でも、いつの間にか制服のように身体に馴染み、窓に映る俺の顔もひどく疲れていて、そこら辺にいるサラリーマンと同じ。
代り映えのしない毎日を、とりあえず、生きている。
もしかしたら、大切な人達を傷つけたくないからと自ら身を投げようとしていた彼女の方がよっぽど、精一杯生きているのかもしれない。
『ちっさいおっさん。』
あの長髪が不憫なほど似合わない男の声が蘇った。
ちっさい、というのが許せないが、まぁ、嘘ではない。
若い彼らから見たら、俺はひどく疲れたおっさんに見えるのだろう。
自分は特別だと、そう信じていたのはいつまでだったかー。
ふ、とそんなことを考えた。
『また俺が助けてやるよ。』
遠い昔、俺は小さな少女にそう約束した。
それが嘘になってしまった今、俺を心から信じて嬉しそうに笑った少女の笑顔は、もう思い出せない。
罪悪感から逃れるために、記憶がそれを封印したのだろう。
だって、俺は、その約束を叶えることもしないまま、すべてを投げ出したのだからー。
許さないー、なんてどの口が言うのか。
言ってもいいのは少女であって、責められるべきは俺だ。
あの少女がどんな今を生きていようが、俺にはそれを知ることは出来ないところか、とやかく言う権利なんてないのだ。
俺は、明日に希望を持ってはいなかった。
だからと言って、過去に縋る気もなければ、そんな情けない真似はしたくなかった。
涙を溜めた瞳で必死に生きようとしていた見ず知らずの女のことを、いつまでも覚えていられるほど、俺は暇じゃなかったし、すぐに忘れてしまうくらい、俺は明日に追われて生きていたのだ。
君との出逢いは、俺の人生で最も素晴らしい出来事のひとつだ
ジャンに手を引かれながら、私は何度も後ろを振り返った。
小さくなっていく背中は、疲れていて、どこか寂しそうだった。
だから、今にも消えてしまいそうなくらいに儚く見えたの。
俺にとってもその出逢いは、魔法のようだったー。
その日、古い付き合いの友人から飲みの誘いを受けた俺は、仕事終わり、奴の職場近くの居酒屋で遅くまで呑んでいた。
珍しく飲みになんか誘ってくるから、何かあったのかと思ったが、残念ながら、奴が俺に情けない姿を見せることはなかった。
いつもよりも少し強めの酒をちびちびと飲み続ける奴と、お互いの仕事のこと、馴染みの友人達のことなんかを話しただけだ。
それでも久しぶりだったこともあって、お互いに明日も仕事だというのに、気づけば何時間も居酒屋に入り浸ってしまっていた。
普段通りを装っていた奴が、俺と酒を呑んだことくらいで何かが変わるとも思えないが、少しでも気が楽になったならいいー。
そんなことを思いながら、お互いの家路へと足を向けて少しした頃だった。
最近の運動不足に加えて、今夜の飲み過ぎと食べ過ぎを少しは解消しようと、俺は数駅先の駅へ向かっていた。
その道すがら、歩道もないような小さな橋がある。こんな真夜中では車も通らないような橋だ。
俺は、その橋の手摺の上に、女が立っているのを見つけてしまった。
女の死んだような目をした横顔を、橋に数メートルおきに並んでいる灯りが淡く照らしている。
若い女だ。
短いスカートが夜風にヒラヒラと揺れていた。
今から何をする気なのかー。
考える必要もないくらいに明らかだった。
橋の下は川になっていて、昨日まで降り続いた大雨の影響で水かさが増していて、流れも速い。
落ちてしまったら、無事では済まないだろう。
残念なことに、俺は、それを見なかったことに出来るほど人間を捨ててはいなかったし、無視できるほど心臓にも心にも毛は生えていない。
だから、若い女の脚が少しずつ前のめりに倒れていくときには、俺はもうすぐ後ろまで走っていて、彼女に手を伸ばしていた。
掴んだ手首は恐ろしいほどに細くて、少し力を入れれば折れてしまいそうだった。
前のめりに倒れていこうとしていた身体を後ろに引っ張れば、軽い体重は空に浮いた。
それでも、それなりの重力を持って、尻餅をついた俺の胸板に背中をぶつけて落ちて来た。
俺の股の間に座る格好で、女は背を向けたまま呆然としていた。
「クソが…!何やってんだ!!」
力の限りで怒鳴りつけた。
俺に背を向けて座っていた女が、肩をビクッと揺らして振り向く。
女は、大きな瞳に涙を溢れさせていた。
それでも、必死に零さないように堪えていた。
「なんで、助けたの…。私が生きてたって、みんなを傷つけるだけなのに…っ!」
女は、震える弱々しい声で、彼女なりに精一杯に叫んだ。
それでも絶対に、涙を流そうとはしないのだ。
死のうとしていたくせにー。
それが、プライドなのか、その女が本来持つ強さなのかは、分からなかった。
でも、絶望を宿しながら、誰かを想う優しさを溢れさせる瞳は、俺に遠い過去の記憶を呼び起こさせた。
あのとき、小さな少女は、今目の前にいる女のようにそれを言葉にしてこんな風に叫ぶことはしなかったけれど、小さな小さな手で、大切な人達を守ろうとしていた。
今も、元気にしているだろうか。
笑っているだろうか。
もう、泣いていなければいい。
もし、今、目の前にいる女のように、自ら命を絶とうとしていたら許さないー。
そんなことを思い出していたせいだと思う。
俺が、がらにもないことを女に言ってしまっていたのはー。
「お前が死んででも傷つけたくねぇ奴らはきっと、
お前のいない明日が来るくらいなら、お前に傷つけられる明日を選ぶんじゃねぇのか。
まずはそれを訊いてから、飛び降りるか決めやがれ。」
「…っ。」
女は驚いたように目を見開いた。
覚悟を決めて飛び込むところを邪魔されて、初めて会った男にお説教をされるなんて、ツイてない女だ。
こんな女に説教をしなければならない事態になった俺も、最低な気分だ。
「名前!!」
少し前から遠くから聞こえていた男の声が、文字通り、目の前に飛んできた。
女に飛びつくように抱き着いたのは若い男だった。
長めの髪を横わけにした髪型が死ぬほど似合っていない目つきの悪い若い馬は、いや、男は、俺を仇でも見るような目で睨みつけながら、女を抱きしめたままで立ち上がらせた。
「名前!あんな手紙残して勝手にいなくなるんじゃねぇよ!!
こんなとこで何やってたんだ!!」
「あそこから飛び降りようとしてた。」
阿保みたいに正直に橋の手摺の上を指さした女は、若い男に盛大に叱られた。
そりゃそうなるだろう。
とりあえず、連れが迎えに来たようなので、もう俺は用なしだ。
帰ってもいいだろう、と立ち上がり背を向けようとしたのだが、馬みたいな顔をした男がそれを許さなかった。
「おい、ちっさいおっさん、お前、名前に何しやがった!」
「…家に帰る途中に通る橋が自殺現場になるのが嫌だったから
そこから飛び降りようとした女を引っ張って橋の上に戻した。
何か問題があったか?」
聞き捨てならない台詞に文句のひとつでも言いたかったが面倒くさかった。
とりあえず、若い男女の痴話喧嘩に巻き込まれるのも嫌で振り返って答えてやった。
女もその通りだと答えてくれたお陰で、死ぬほど面倒くさい誤解も解けた。
若い男に女は連れられて帰っていき、俺は結局、数駅先まで歩く気力を失くしてすぐそこの駅から電車に乗った。
終電間近の車内は、朝の通勤ラッシュが嘘のように人が少なかった。
それでも、幾つしか空いていなかった座席に、長い息を吐いて腰をおろした。
普段なら立ったままでも構わないのだけれど、今日はなんだか疲れた。
昔のことを、思い出したせいだろう。
スーツなんて堅苦しいものは嫌いで、私服で出勤出来る仕事を選んだ。
でも、いつの間にか制服のように身体に馴染み、窓に映る俺の顔もひどく疲れていて、そこら辺にいるサラリーマンと同じ。
代り映えのしない毎日を、とりあえず、生きている。
もしかしたら、大切な人達を傷つけたくないからと自ら身を投げようとしていた彼女の方がよっぽど、精一杯生きているのかもしれない。
『ちっさいおっさん。』
あの長髪が不憫なほど似合わない男の声が蘇った。
ちっさい、というのが許せないが、まぁ、嘘ではない。
若い彼らから見たら、俺はひどく疲れたおっさんに見えるのだろう。
自分は特別だと、そう信じていたのはいつまでだったかー。
ふ、とそんなことを考えた。
『また俺が助けてやるよ。』
遠い昔、俺は小さな少女にそう約束した。
それが嘘になってしまった今、俺を心から信じて嬉しそうに笑った少女の笑顔は、もう思い出せない。
罪悪感から逃れるために、記憶がそれを封印したのだろう。
だって、俺は、その約束を叶えることもしないまま、すべてを投げ出したのだからー。
許さないー、なんてどの口が言うのか。
言ってもいいのは少女であって、責められるべきは俺だ。
あの少女がどんな今を生きていようが、俺にはそれを知ることは出来ないところか、とやかく言う権利なんてないのだ。
俺は、明日に希望を持ってはいなかった。
だからと言って、過去に縋る気もなければ、そんな情けない真似はしたくなかった。
涙を溜めた瞳で必死に生きようとしていた見ず知らずの女のことを、いつまでも覚えていられるほど、俺は暇じゃなかったし、すぐに忘れてしまうくらい、俺は明日に追われて生きていたのだ。
君との出逢いは、俺の人生で最も素晴らしい出来事のひとつだ
ジャンに手を引かれながら、私は何度も後ろを振り返った。
小さくなっていく背中は、疲れていて、どこか寂しそうだった。
だから、今にも消えてしまいそうなくらいに儚く見えたの。