閉めたばかりの玄関の扉に背中を押しつけたリヴァイは、おろした腕の先で拳を握り、後ろ手で悔し気に扉を殴りつけた。
痛いくらいに唇を噛み、独りぼっちの家しか帰る場所を思いつけなかった脚は力を失い、ズルズルと背中を滑らせて崩れ落ちていく。

(俺だって、ガキの頃に母さんが死んでんだよ…！)

不意に知ってしまった向こうの世界のリヴァイの不幸な境遇。
そんなところまで同じなんてー。
同じ、なのにー。

『あなたは、親友もそばにいて、高級な家も車も持ってるでしょう。』

好奇心を爆発させて、パラレルワールドにいる自分は何をしているのかとしつこく聞くファーランとイザベルに、なまえがとても言いづらそうに、もうすでに亡くなっていると答えたのはいつだったか。
向こうの世界になまえが飛ばされたきっかけもリコから聞いて知っている。
確かに、向こうの世界にいるリヴァイは、とても不幸な境遇にいると思う。
ファーランとイザベルは、子供の頃に母親を失って天涯孤独の身だった自分にとって、家族同然の存在だ。
だからきっと、向こうの世界のリヴァイにとってもそうなのだろう。
そんな2人を失った彼の心の傷はいかばかりかー、一番分かるのは自分だと思う。
そこを比べれば、向こうの世界のリヴァイよりも自分は恵まれている。
親友は生きているし、探偵時代に荒稼ぎした金で買った家もある、車もある。
女に不自由したこともない。
でもー。

「俺には…、なまえがいねぇじゃねぇか…っ。」

前髪を痛いくらいに握りしめたリヴァイから、悔しげな震える声が漏れる。
途方もないどころか、本当にあるかどうかさえ分からない世界に引き裂かれても尚、あの男はなまえの心を我が物にしてるのだ。
なまえが想うのはいつだって、自分と同じ顔をしたあの男だ。
同じ顔なのに、リヴァイの知らない愛おしそうな顔でなまえを抱きしめて、キスをするあの男ー。
他の女といるところを見たなまえが泣きそうな顔をして逃げた理由だって、分かっていた。
ハッキリと、リヴァイと同じ顔でそんなことするところを見せるなと言われていたのだ、分かっている。
それでも、わざわざ反対駅のあの通りにいたなまえは、自分に会いに来たんじゃないかってー。
それは、自分に惚れてしまったが故の行動なんじゃないかってー。
そう、思ってしまったのだ。

『そう思いてぇだけなんじゃねぇのか。』

違うと言われるに決まっているじゃないか。
そう思いたかったのは、自分の方なのだ。
どうして、期待してしまったのだろう。
鏡の向こうの世界で初めてなまえに会ったその時から、彼女が名前を呼んで手を伸ばすのは、いつだってあの男だったのにー。

「クソ…！」

醜い嫉妬の思いのまま、シューズボックスを殴った。
なまえが引っ越し先を探し始める前から、本当は合鍵を用意していた。
出来るだけ仕事の終わる時間を合わせるようにしていたけれど、いつも送り迎えが出来るわけじゃない。
わざわざコンシェルジュに頼んで、インターフォンと玄関を開けてもらうのも面倒だろう。
そう思ってー。
いや、違うー。
そうじゃなくてー。

『俺のそばにいてくれ。』

もう二度と、言えなくなってしまった。
あんなに暗い場所で、彼女をひとりきり、冷たく突き放してしまったー。