◇68話◇鏡の行方
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消えかけていたランプの灯をつけなおした私は、肌寒さに小さく身震いをした。
クローゼットから取りだしたカーディガンを羽織って、窓辺に立つ。
淡い明かりが部屋を照らすけれど、電気のないこの世界の夜は暗い。
カーテンを開くと、月の明かりが入り込んでくる。
幾らか部屋が明るくなった気がする。
それから、湯沸室に行って2人分の紅茶を作っていると、部屋の扉が開いた。
ノックもなしに入ってきたのは、リヴァイだ。その手には、執務室に残していた書類の束を持っている。
湯沸室から出て来た私は、ソファに座った彼の隣に腰を降ろした。
「紅茶作ったの。後で飲む?」
「いや、今飲む。」
「はい、どうぞ。」
「悪いな。」
片手に書類を持ったまま、リヴァイはティーカップを受け取ると、早速、口に運んだ。
書き仕事はほとんど終わっているらしく、今夜は部下から届いた書類の確認をしなければならないのだそうだ。
自分の執務室で仕事をした方がきっと都合がいいはずなのにー。
ティーカップを両手で包むように持ったまま、私はソファの上で折り曲げた膝を抱きしめる。
自分の膝に顎を乗せて、リヴァイの横顔を眺める。
仕事をしているのだから当然なのだけれど、仕事をしている男の顔だ。
書類の文字を追いかける真剣な目が、情事のときの猛獣のようなそれとは違うけれど、これはこれですごく色っぽい。
時々、ティーカップを口に運ぶ骨ばった指も、書類を握りしめる手も、リヴァイを作るすべてがまるで丁寧に彫られた彫刻みたいだった。
神様はきっと、彼を作るのにすごく時間をかけたんだと思う。だって、この世界で彼が最も美しいからー。
あぁ、そんな人が、私の恋人なのかー。
そう呼んで、本当にいいのだろうか。
まだ、夢を見てるみたいだ
私の視線に気が付いたのか、書類に落ちていた視線がこちらを向く。
「先に寝てて構わねぇよ。俺に付き合ってたら、遅くなっちまうぞ。」
「…ねぇ、どうしてこの部屋で仕事するの?」
「…それは、俺に部屋に戻れって言ってんのか。」
リヴァイの眉間に皴が寄る。
少しだけ不機嫌が含まれた声色に、そうではないと首を横に振る。
「私に考える時間を与えるために、自分の部屋に連れて帰らなかったなら
もう時間があってもなくても、私はこの世界に残るって分かったでしょう?」
「あぁ、分かってる。」
「それなら、一緒にリヴァイの部屋に行ったっていいのに…って思ったの。」
「あぁ…。」
「…出て行けって言ったよね。そんなに、私がリヴァイの部屋に行くのは嫌…?
それなら、行かないよ。リヴァイがして欲しくないことは、絶対にしない。」
しないけど、愛してると優しく言ってくれた人に、どうして拒絶されるのかは分からない。
あぁ、私はまだ不安なのだ。
彼に本当に愛されているのか、私は本当に彼のそばにいてもいいのかー。
私が言いたいことが分かったのか、リヴァイは書類とティーカップをローテーブルの上に置くと、私の方を向いた。
そして、とても真面目な顔をして両手を広げる。
おいでー、ということだろうか。
似合わないその甘い仕草に笑ってしまいそうになったけれど、何よりもそれが嬉しくて、私は持っていたティーカップをローテーブルに置くと、素直にリヴァイの腕の中に身体を寄せる。
途端に強く抱きしめたリヴァイは、耳元で長めの息を吐いた。
「あのときは、本当にすまなかった。」
耳元から聞こえてきた謝罪に、私は抱きしめられた腕の中で、首を横に振った。
確かにショックだったけれど、仕方のないことだったと理解している。
「お前に考える時間をやりたいと思ったのは嘘じゃねぇ。
でも、お前を俺の部屋に連れて行きたくねぇ理由は、それとは別にある。」
「…そう、なんだ。」
「勘違いするな。お前が俺の部屋にいるのが嫌なわけじゃねぇ。
むしろ、本当は追い出したくなんかなかった。」
「…じゃあ、どうして?
今だって、わざわざ仕事をこっちに持ってきて、私を部屋に入れないようにしてるでしょ…。」
「俺の部屋にお前がいたら、うっかり向こうの世界と繋がっちまうかもしれねぇじゃねぇか。」
リヴァイの腕の力が強くなった。
放さないと無言で語る腕に痛いくらいに抱きしめられて、私は漸く理解する。
それなら、あのときー。
「出て行けって怒鳴ったのも、開けてって言っても扉を開けてくれなかったのも同じ理由?」
「…あぁ、そうだ。本当に悪かった。」
「なんだ…よかった…。」
すごくホッとした。
愛しているという言葉も仕草も、本物だということはもう信じてる。
でも、嫌われた瞬間は確かにあったのだと、心のどこかで引っかかっていたから、棘が抜けて痛みがすーっと消えていく。
「でも、向こうの世界と繋がっても、私は帰らないよ。」
「…向こうにいるもう1人の俺をお前は好きになる運命なんだとハンジが言った。」
「ならないよ。」
「分からねぇだろ、そんなの。」
「分かるよ。」
「分からねぇんだ。俺だってお前をー。」
次第に不機嫌な声と共に尖り出していた唇を、私の唇で塞いだ。
驚いて目を見開いたリヴァイだったのに、すぐに攻守は交代されてしまって、後頭部に手をまわされた。
言葉を遮るためだけのキスだったはずが、強引に唇をこじ開けて入って来た舌に、呆気なくその気にさせられてしまう。
漸く唇が離れたときには、2人を銀の糸が繋いでいた。
リヴァイが私の唇を拭う。その仕草すら、愛おしい。
胸は高鳴って、おさまるタイミングを逃し続けている。
あぁ、真っすぐに見つめる私の瞳から、愛のすべてが伝わればいいのにー。
そうすればきっと、他の誰も愛することなんて出来ないくらいに愛してるってことをリヴァイに分かってもらえるのにー。
「リヴァイが許してくれるなら、鏡を割ってしまいたい。」
「…本気で言ってんのか。」
「私は帰るつもりはないし、帰り道がなくなればリヴァイも安心してくれるなら。」
「…分かった。お前の本気は伝わった。」
ありがとうなー。
リヴァイはそう言って、私の髪をクシャリと撫でた。
けれど、鏡を割ろうとは言わなかった。
寝室の鏡を割ってしまったら、不都合だというのは分かる。
だから、私も無理に割りたいとも言えなかった。
クローゼットから取りだしたカーディガンを羽織って、窓辺に立つ。
淡い明かりが部屋を照らすけれど、電気のないこの世界の夜は暗い。
カーテンを開くと、月の明かりが入り込んでくる。
幾らか部屋が明るくなった気がする。
それから、湯沸室に行って2人分の紅茶を作っていると、部屋の扉が開いた。
ノックもなしに入ってきたのは、リヴァイだ。その手には、執務室に残していた書類の束を持っている。
湯沸室から出て来た私は、ソファに座った彼の隣に腰を降ろした。
「紅茶作ったの。後で飲む?」
「いや、今飲む。」
「はい、どうぞ。」
「悪いな。」
片手に書類を持ったまま、リヴァイはティーカップを受け取ると、早速、口に運んだ。
書き仕事はほとんど終わっているらしく、今夜は部下から届いた書類の確認をしなければならないのだそうだ。
自分の執務室で仕事をした方がきっと都合がいいはずなのにー。
ティーカップを両手で包むように持ったまま、私はソファの上で折り曲げた膝を抱きしめる。
自分の膝に顎を乗せて、リヴァイの横顔を眺める。
仕事をしているのだから当然なのだけれど、仕事をしている男の顔だ。
書類の文字を追いかける真剣な目が、情事のときの猛獣のようなそれとは違うけれど、これはこれですごく色っぽい。
時々、ティーカップを口に運ぶ骨ばった指も、書類を握りしめる手も、リヴァイを作るすべてがまるで丁寧に彫られた彫刻みたいだった。
神様はきっと、彼を作るのにすごく時間をかけたんだと思う。だって、この世界で彼が最も美しいからー。
あぁ、そんな人が、私の恋人なのかー。
そう呼んで、本当にいいのだろうか。
まだ、夢を見てるみたいだ
私の視線に気が付いたのか、書類に落ちていた視線がこちらを向く。
「先に寝てて構わねぇよ。俺に付き合ってたら、遅くなっちまうぞ。」
「…ねぇ、どうしてこの部屋で仕事するの?」
「…それは、俺に部屋に戻れって言ってんのか。」
リヴァイの眉間に皴が寄る。
少しだけ不機嫌が含まれた声色に、そうではないと首を横に振る。
「私に考える時間を与えるために、自分の部屋に連れて帰らなかったなら
もう時間があってもなくても、私はこの世界に残るって分かったでしょう?」
「あぁ、分かってる。」
「それなら、一緒にリヴァイの部屋に行ったっていいのに…って思ったの。」
「あぁ…。」
「…出て行けって言ったよね。そんなに、私がリヴァイの部屋に行くのは嫌…?
それなら、行かないよ。リヴァイがして欲しくないことは、絶対にしない。」
しないけど、愛してると優しく言ってくれた人に、どうして拒絶されるのかは分からない。
あぁ、私はまだ不安なのだ。
彼に本当に愛されているのか、私は本当に彼のそばにいてもいいのかー。
私が言いたいことが分かったのか、リヴァイは書類とティーカップをローテーブルの上に置くと、私の方を向いた。
そして、とても真面目な顔をして両手を広げる。
おいでー、ということだろうか。
似合わないその甘い仕草に笑ってしまいそうになったけれど、何よりもそれが嬉しくて、私は持っていたティーカップをローテーブルに置くと、素直にリヴァイの腕の中に身体を寄せる。
途端に強く抱きしめたリヴァイは、耳元で長めの息を吐いた。
「あのときは、本当にすまなかった。」
耳元から聞こえてきた謝罪に、私は抱きしめられた腕の中で、首を横に振った。
確かにショックだったけれど、仕方のないことだったと理解している。
「お前に考える時間をやりたいと思ったのは嘘じゃねぇ。
でも、お前を俺の部屋に連れて行きたくねぇ理由は、それとは別にある。」
「…そう、なんだ。」
「勘違いするな。お前が俺の部屋にいるのが嫌なわけじゃねぇ。
むしろ、本当は追い出したくなんかなかった。」
「…じゃあ、どうして?
今だって、わざわざ仕事をこっちに持ってきて、私を部屋に入れないようにしてるでしょ…。」
「俺の部屋にお前がいたら、うっかり向こうの世界と繋がっちまうかもしれねぇじゃねぇか。」
リヴァイの腕の力が強くなった。
放さないと無言で語る腕に痛いくらいに抱きしめられて、私は漸く理解する。
それなら、あのときー。
「出て行けって怒鳴ったのも、開けてって言っても扉を開けてくれなかったのも同じ理由?」
「…あぁ、そうだ。本当に悪かった。」
「なんだ…よかった…。」
すごくホッとした。
愛しているという言葉も仕草も、本物だということはもう信じてる。
でも、嫌われた瞬間は確かにあったのだと、心のどこかで引っかかっていたから、棘が抜けて痛みがすーっと消えていく。
「でも、向こうの世界と繋がっても、私は帰らないよ。」
「…向こうにいるもう1人の俺をお前は好きになる運命なんだとハンジが言った。」
「ならないよ。」
「分からねぇだろ、そんなの。」
「分かるよ。」
「分からねぇんだ。俺だってお前をー。」
次第に不機嫌な声と共に尖り出していた唇を、私の唇で塞いだ。
驚いて目を見開いたリヴァイだったのに、すぐに攻守は交代されてしまって、後頭部に手をまわされた。
言葉を遮るためだけのキスだったはずが、強引に唇をこじ開けて入って来た舌に、呆気なくその気にさせられてしまう。
漸く唇が離れたときには、2人を銀の糸が繋いでいた。
リヴァイが私の唇を拭う。その仕草すら、愛おしい。
胸は高鳴って、おさまるタイミングを逃し続けている。
あぁ、真っすぐに見つめる私の瞳から、愛のすべてが伝わればいいのにー。
そうすればきっと、他の誰も愛することなんて出来ないくらいに愛してるってことをリヴァイに分かってもらえるのにー。
「リヴァイが許してくれるなら、鏡を割ってしまいたい。」
「…本気で言ってんのか。」
「私は帰るつもりはないし、帰り道がなくなればリヴァイも安心してくれるなら。」
「…分かった。お前の本気は伝わった。」
ありがとうなー。
リヴァイはそう言って、私の髪をクシャリと撫でた。
けれど、鏡を割ろうとは言わなかった。
寝室の鏡を割ってしまったら、不都合だというのは分かる。
だから、私も無理に割りたいとも言えなかった。