◇54話◇君を攫ってもいい?
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1日の過ごし方としては、部屋の中に閉じこもってただのんびりしていただけだった。
普段なら、勿体ないことをしてしまったと後悔していたかもしれない。
でも、隣に彼女がいるだけで、とても充実した1日に思えるのだから不思議だ。
湯沸室で紅茶を作り、寝室へ向かった。
彼女はバルコニーに出て、夜風に当たっていた。
なまえはよく夜空を見上げていたけれど、彼女は星を見るのは好きじゃないと言っていた。
今も夜空を見上げるのではなくて、物憂げに遠くを眺めているだけだ。
でも、彼女がそうしていると、それだけで絵画でも見ているみたいだった。
夜風が彼女の白いワンピースと髪を撫でて、柔らかく揺らす。
髪が躍らないように押さえる華奢な手と、遠くを見つめる瞳ー。
すぐそこにあるのに、彼女はいつも、ひどく遠いー。
「はい、どうぞ。」
バルコニーに出て、彼女にティーカップを渡す。
嬉しそうに礼を言って、彼女が受け取ってくれる。
こんな風に、自分の気持ちも受け取ってくれたらいいのにー。
ふとそんなことを思ってしまった我儘な気持ちは、紅茶と一緒に飲み込んだ。
「モブリットの寝室はバルコニーがあるんだね。」
「俺が仕事漬けで部屋から出ないことが多いからって
ハンジさんがバルコニーのある部屋をくれたんだ。
部屋は出なくてもいいから、たまには風にでも当たれってさ。」
「ふふ、ハンジに愛されてるのね。」
彼女は優しく微笑む。
それは上官と部下としてだし、本当に愛してほしいのはー。
夜風に撫でられる彼女の頬の白さが、月明かりでやけに艶やかに光っている。
まるで誘われるように、モブリットの手が動く。
その頬に触れようとしていれば、彼女がふと思い出したように言う。
「このワンピース、久しぶりに着たよ。」
「そういえば、最近着てなかったね。」
「引き出しの一番奥にあったでしょう?
どうして、着替えにこれを持ってきたの?」
「ごめん。嫌だったよね。引き出しの奥から勝手に出して…。」
女性に失礼なことををしてしまったー。
今さら気づいて謝れば、彼女はそういうつもりで言ったのではないと焦ったように首を横に振る。
むしろ、この白いワンピースを持ってきてくれて嬉しかったのだとー。
彼女は少し目を伏せて、寂しそうに続けるー。
「リヴァイがね、これはなまえのじゃないし、
自分は好きじゃないから、もう着ちゃダメだって…。
唯一の私の服だし、お気に入りなんだけど、仕方ないね。」
そういうことかー。
だから、引き出しの一番奥に隠すように仕舞われていたのかと納得した。
彼女がこの世界に舞い降りた夜、調査兵達に天使がやってきたと思わせた白いワンピース。
だから、リヴァイは着せたくなかったのだろう。
でも、自分は違うー。
「さっきの質問に答えるよ。」
「ん?」
「その白いワンピースを選んだのは、それが一番君らしいと思ったからだよ。」
「…そっか。ありがとう。」
彼女は本当に嬉しそうに頬を緩ませる。
特別なことなんて、まだ何も言っていないのにー。
こんな他愛ない言葉だけで、彼女は嬉しいと思ってしまうほど、自分というものをなくしていたのか。
胸が痛かった。
彼女のいじらしい愛が、苦しかった。
「俺は、その姿の君が一番好きだし、この世界でも、向こうの世界でも
一番に可愛いと思ってるよ。」
「ちょっと、褒め過ぎだよ。むしろ、大袈裟すぎて嘘くさい。
こっちが恥ずかしくなっちゃうよ。」
全く本気にしていない彼女は、可笑しそうに笑う。
本当に何とも思われていないんだなー。
だから、シーツ1枚で男の部屋にやって来れるし、裸を見られたあとだって1日中一緒に過ごせるのだろう。
でも、意識してほしい。
男だって、少しくらいはー。
さっき触れられなかった頬に手を伸ばす。
そっと撫でるように触れれば、可笑しそうに笑っていた彼女が少しだけ驚いた様子で顔を上げた。
それでも、茶化すように何か言おうとした彼女だったけれど、目が合うと口を噤んだ。
真っすぐに見つめて、真っすぐな気持ちを伝えるからー。
だから、今は少しだけ、真剣に受け止めてー。
「君が、好きなんだー。」
綺麗な色の瞳が、ゆっくりと見開かれていく。
信じられないー。
そう言っているように見えるくらいに驚いた表情だって、憎らしいくらいに可愛らしいと思ってしまうのだ。
それくらい、本当にどうしようもないくらい、好きなんだー。
「でも、私は…、リヴァイが好きなの。」
彼女が目を反らす。
さっきまで、真っすぐに見つめてくれていたのに、気持ちを聞いた途端に、離れてくー。
そんなのー。
「リヴァイ兵長は、君を見てないじゃないか。
いつも君を傷つけてばかりだ。俺はもう、傷つく君を見たくないんだよ。」
「でもそれは、私が勝手になまえのフリしてるせいだから。
リヴァイは何も悪くないよ。」
「分かってるよ。それでも、俺は好きな人が傷つけられてるのを
黙って見てられるほどお人好しじゃない。」
「…私はー。」
「俺なら、君に好きな服を着せてあげられる。君の好きなことの話を聞きたい。
ひとつずつ君のことを知って、君に無理をさせるような抱き方なんて絶対にしない。
俺なら、君の向こうになまえを見たりはしない。いつだって、君を見てるよ。」
我ながら、ズルい言い方だと思った。
でも、彼女が一番欲しい言葉を知っているのだって、今までずっと彼女のことを見て来たからなのだ。
何に苦しんで、何が嬉しくてー。
そんなことを、ずっと見て来たからー。
さっきまで、しきりに彼女から出てきていた男の名前は、聞こえなくなった。
ただ、不安と迷いで揺れる瞳が、躊躇いがちに視線を重ねてくる。
彼女の向こうには、見慣れた兵舎の景色が見えていた。
この世界で本当に生きていくのなら、このままずっと無理をさせていたら彼女は壊れてしまう。
それなら、攫ってしまおう。
彼女が壊れる前に、モブリットは、先に自分が壊れてしまうことを選んだー。
「キスして、いい?」
触れていた頬を、優しく撫でてみた。
彼女は驚いていたけれど、何も言わなかった。
言葉も出ないくらい驚いたのかもしれない。
あぁ、でも、もうどっちでもいいのだ。
壊れることを、選んだのだからー。
兵舎の向こうの景色を、壊すことを、選んだのだからー。
「何も言わないなら、いいってことにするね。」
必要以上にゆっくりと唇を近づけた。
これで彼女が逃げるのなら、諦めよう。
それは、最後に残った壊れなかった自分からの、彼女への最後のチャンスだった。
でも、彼女は、そっと瞼を閉じた。
恋焦がれた彼女の唇に、自分の唇が重なる。
夢のようだと、思った。
あぁ、きっと、これは幸せ過ぎる夢だ。
ほんの少し触れただけのようなキスにして、モブリットは彼女の腰を抱き寄せる。
彼女が、背中に手をまわした。
華奢な手の感触が、ひどく愛おしい。
彼にも、しっかり見えているだろうか。
重なった唇と、縋るように抱き着く彼女の姿がー。
そう、これは夢だ。
予定通り、泊って帰ってくればよかったのに、わざわざ急いで帰ってなんてきたリヴァイが見てしまったそれはー。
モブリットに見せつけられたそれはー。
そう、夢だ。
悪夢だ。
モブリットが見せた、悪夢。
リヴァイが睨みつけているのも、拳を握っているのも、彼女を抱きしめながら見えている。
でも、放してやる気も、返してやる気もない。
これは、彼女から目を反らし続けたリヴァイへ向けたモブリットからの宣戦布告だった。
普段なら、勿体ないことをしてしまったと後悔していたかもしれない。
でも、隣に彼女がいるだけで、とても充実した1日に思えるのだから不思議だ。
湯沸室で紅茶を作り、寝室へ向かった。
彼女はバルコニーに出て、夜風に当たっていた。
なまえはよく夜空を見上げていたけれど、彼女は星を見るのは好きじゃないと言っていた。
今も夜空を見上げるのではなくて、物憂げに遠くを眺めているだけだ。
でも、彼女がそうしていると、それだけで絵画でも見ているみたいだった。
夜風が彼女の白いワンピースと髪を撫でて、柔らかく揺らす。
髪が躍らないように押さえる華奢な手と、遠くを見つめる瞳ー。
すぐそこにあるのに、彼女はいつも、ひどく遠いー。
「はい、どうぞ。」
バルコニーに出て、彼女にティーカップを渡す。
嬉しそうに礼を言って、彼女が受け取ってくれる。
こんな風に、自分の気持ちも受け取ってくれたらいいのにー。
ふとそんなことを思ってしまった我儘な気持ちは、紅茶と一緒に飲み込んだ。
「モブリットの寝室はバルコニーがあるんだね。」
「俺が仕事漬けで部屋から出ないことが多いからって
ハンジさんがバルコニーのある部屋をくれたんだ。
部屋は出なくてもいいから、たまには風にでも当たれってさ。」
「ふふ、ハンジに愛されてるのね。」
彼女は優しく微笑む。
それは上官と部下としてだし、本当に愛してほしいのはー。
夜風に撫でられる彼女の頬の白さが、月明かりでやけに艶やかに光っている。
まるで誘われるように、モブリットの手が動く。
その頬に触れようとしていれば、彼女がふと思い出したように言う。
「このワンピース、久しぶりに着たよ。」
「そういえば、最近着てなかったね。」
「引き出しの一番奥にあったでしょう?
どうして、着替えにこれを持ってきたの?」
「ごめん。嫌だったよね。引き出しの奥から勝手に出して…。」
女性に失礼なことををしてしまったー。
今さら気づいて謝れば、彼女はそういうつもりで言ったのではないと焦ったように首を横に振る。
むしろ、この白いワンピースを持ってきてくれて嬉しかったのだとー。
彼女は少し目を伏せて、寂しそうに続けるー。
「リヴァイがね、これはなまえのじゃないし、
自分は好きじゃないから、もう着ちゃダメだって…。
唯一の私の服だし、お気に入りなんだけど、仕方ないね。」
そういうことかー。
だから、引き出しの一番奥に隠すように仕舞われていたのかと納得した。
彼女がこの世界に舞い降りた夜、調査兵達に天使がやってきたと思わせた白いワンピース。
だから、リヴァイは着せたくなかったのだろう。
でも、自分は違うー。
「さっきの質問に答えるよ。」
「ん?」
「その白いワンピースを選んだのは、それが一番君らしいと思ったからだよ。」
「…そっか。ありがとう。」
彼女は本当に嬉しそうに頬を緩ませる。
特別なことなんて、まだ何も言っていないのにー。
こんな他愛ない言葉だけで、彼女は嬉しいと思ってしまうほど、自分というものをなくしていたのか。
胸が痛かった。
彼女のいじらしい愛が、苦しかった。
「俺は、その姿の君が一番好きだし、この世界でも、向こうの世界でも
一番に可愛いと思ってるよ。」
「ちょっと、褒め過ぎだよ。むしろ、大袈裟すぎて嘘くさい。
こっちが恥ずかしくなっちゃうよ。」
全く本気にしていない彼女は、可笑しそうに笑う。
本当に何とも思われていないんだなー。
だから、シーツ1枚で男の部屋にやって来れるし、裸を見られたあとだって1日中一緒に過ごせるのだろう。
でも、意識してほしい。
男だって、少しくらいはー。
さっき触れられなかった頬に手を伸ばす。
そっと撫でるように触れれば、可笑しそうに笑っていた彼女が少しだけ驚いた様子で顔を上げた。
それでも、茶化すように何か言おうとした彼女だったけれど、目が合うと口を噤んだ。
真っすぐに見つめて、真っすぐな気持ちを伝えるからー。
だから、今は少しだけ、真剣に受け止めてー。
「君が、好きなんだー。」
綺麗な色の瞳が、ゆっくりと見開かれていく。
信じられないー。
そう言っているように見えるくらいに驚いた表情だって、憎らしいくらいに可愛らしいと思ってしまうのだ。
それくらい、本当にどうしようもないくらい、好きなんだー。
「でも、私は…、リヴァイが好きなの。」
彼女が目を反らす。
さっきまで、真っすぐに見つめてくれていたのに、気持ちを聞いた途端に、離れてくー。
そんなのー。
「リヴァイ兵長は、君を見てないじゃないか。
いつも君を傷つけてばかりだ。俺はもう、傷つく君を見たくないんだよ。」
「でもそれは、私が勝手になまえのフリしてるせいだから。
リヴァイは何も悪くないよ。」
「分かってるよ。それでも、俺は好きな人が傷つけられてるのを
黙って見てられるほどお人好しじゃない。」
「…私はー。」
「俺なら、君に好きな服を着せてあげられる。君の好きなことの話を聞きたい。
ひとつずつ君のことを知って、君に無理をさせるような抱き方なんて絶対にしない。
俺なら、君の向こうになまえを見たりはしない。いつだって、君を見てるよ。」
我ながら、ズルい言い方だと思った。
でも、彼女が一番欲しい言葉を知っているのだって、今までずっと彼女のことを見て来たからなのだ。
何に苦しんで、何が嬉しくてー。
そんなことを、ずっと見て来たからー。
さっきまで、しきりに彼女から出てきていた男の名前は、聞こえなくなった。
ただ、不安と迷いで揺れる瞳が、躊躇いがちに視線を重ねてくる。
彼女の向こうには、見慣れた兵舎の景色が見えていた。
この世界で本当に生きていくのなら、このままずっと無理をさせていたら彼女は壊れてしまう。
それなら、攫ってしまおう。
彼女が壊れる前に、モブリットは、先に自分が壊れてしまうことを選んだー。
「キスして、いい?」
触れていた頬を、優しく撫でてみた。
彼女は驚いていたけれど、何も言わなかった。
言葉も出ないくらい驚いたのかもしれない。
あぁ、でも、もうどっちでもいいのだ。
壊れることを、選んだのだからー。
兵舎の向こうの景色を、壊すことを、選んだのだからー。
「何も言わないなら、いいってことにするね。」
必要以上にゆっくりと唇を近づけた。
これで彼女が逃げるのなら、諦めよう。
それは、最後に残った壊れなかった自分からの、彼女への最後のチャンスだった。
でも、彼女は、そっと瞼を閉じた。
恋焦がれた彼女の唇に、自分の唇が重なる。
夢のようだと、思った。
あぁ、きっと、これは幸せ過ぎる夢だ。
ほんの少し触れただけのようなキスにして、モブリットは彼女の腰を抱き寄せる。
彼女が、背中に手をまわした。
華奢な手の感触が、ひどく愛おしい。
彼にも、しっかり見えているだろうか。
重なった唇と、縋るように抱き着く彼女の姿がー。
そう、これは夢だ。
予定通り、泊って帰ってくればよかったのに、わざわざ急いで帰ってなんてきたリヴァイが見てしまったそれはー。
モブリットに見せつけられたそれはー。
そう、夢だ。
悪夢だ。
モブリットが見せた、悪夢。
リヴァイが睨みつけているのも、拳を握っているのも、彼女を抱きしめながら見えている。
でも、放してやる気も、返してやる気もない。
これは、彼女から目を反らし続けたリヴァイへ向けたモブリットからの宣戦布告だった。