空が白んだ明け方、リヴァイは玄関ポーチに立って、慣れ親しんだ家を見上げていた。
自分がこの家に帰って来たとき、なまえはもうこの世界にはいないはずだった。
それなのにー。

『賭けは俺の負けだ。』

1人で自分の世界に帰って来たあの男は、どこか清々し気にそう言った。
負けるのは、自分のはずだったのにー。
なまえのことをよろしくー、と言うのだって自分のはずだったー。
とりあえず、返してもらった鍵で玄関を開けると、靴を脱いで、2階に上がった。
寝室で寝ていると聞いている。
なまえの寝室の前に立ったリヴァイは、深呼吸を2,3度繰り返した。
本当に、この扉の向こうになまえはいるのだろうか。
どうしても、信じられない。
音をたてないように、ゆっくりと寝室の扉を開ける。
奥のベッドで、いつものようになまえが眠っていた。
リヴァイは足音を立てずに、ゆっくりと歩み寄ると、ベッドの縁にそっと腰をおろして、眠るなまえの顔を見下ろす。
規則正しい寝息を立てて、子供みたいな寝顔もいつも通りだけれど、いつもよりも幸せそうに見えた。
とても幸せな夢を見ているのだろうか。
昨日、1日こそが、なまえにとって幸せな夢のような1日のはずだったのにー。
そしてそれは、なまえさえ望めば、きっと明日も明後日も続く現実になるはずだった。
まさか、本当に気づかなかったのだろうか。
そうだとしたら、相当な馬鹿だ。
ヒントならいくらでもやったのにー。
左腕の傷のことを気にしていたなまえなら、絶対に気づくと思ったのにー。

(もし、気づいててアイツを帰したなら、世界がひっくり返る馬鹿野郎だな。)

自嘲気味に心の中で呟き、リヴァイはなまえの頬に触れた。
柔らかい温もりも、もう二度と触れることは出来なくなると、覚悟したはずだったのにー。
まさか、またこうして寝顔を見られるなんてー。

「ん…。」

頬に触れたせいか、なまえが眉を顰めて小さな声を出すと、ゆっくりと瞼を押し上げた。
少し眩し気にした後に、目が合って、なまえはリヴァイに気づいたようだった。
なまえは、リヴァイの左腕に触れた。
薄い長袖のシャツが押し上げられて、ナイフで刺されたときの傷跡が露になる。
すると、なまえが寝ぼけまなこでリヴァイを見上げて、笑顔で言う。

「おかえり。」

とても柔らかい笑みで、ふふ、と笑う。
あぁ、どうやら、世界がひっくり返るほどの馬鹿だったらしいー。