「愛してる」~それは、私の大嫌いな〝真実〟だった~
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「——聞いてる?」
ハッとして顔を上げたら、ベルトルトが困ったように眉尻を下げた笑みを浮かべていた。
あれから、3年が経った。
絶望の淵でも自分らしくあろうとしたジャンを、地獄に突き落とした私が得たものは、沢山ある。
「ボーッとしてるから、せっかくのアイスが溶けて落ちそうになってるよ。」
椅子から僅かに腰を浮かすと、少しだけ身体を前のめりにしたベルトルトが、パフェグラスの縁から落ちてしまいそうになっている溶けたアイスを、長いスプーンですくう。
スプーンの上に乗せられたアイスは、甘すぎる白い液体になり果てていて、どうしても美味しそうには見えない。
そう思ったのは、ベルトルトも同じだったのか、私の方を見て「いる?」と聞いて来たから、少しだけ笑って「いらない。」と首を横に振った。
「だよね。」
クスッと笑って、ベルトルトが溶けたアイスを口にする。
「それでね、さっきの話の続きなんだけど。」
「うん、なんだっけ?」
「来週、ライナーも来れるって。」
「そっか、よかった~。ライナー、副戦士長なんかになるから
忙しいとか言って、最近、全然、会ってくれないんだもん。
その日も来れないかと思ってたよ。」
「それは、なまえが、ジーク戦士長の誘いを断固として拒否して、
ライナーに副戦士長を押し付けたからでしょ。」
ベルトルトが困ったように笑うから、私も「そうだったっけ?」ととぼけたフリをしながら、アハハと声を出して笑い返す。
正直、もう、二度と、御免だ。
誰かに指示を出すような役割も、責任を負わなければならない立場も、私には荷が重すぎる。
私には、資格が、なさすぎる———。
初めて、マーレから飛び出して、自分が世界を救う英雄になるのだと強い覚悟と希望に満ち溢れていた私は、もうどこにもいない。
あのとき、ジャンと一緒に、地獄の底へと落としてしまった。
「そろそろ、人が多くなってきたね。
もう出ようか。」
「そうだね。」
ベルトルトが、周りを気にしながら言う。
そういえば、もうそろそろお昼時だ。
最近流行り出したこのカフェも、マーレ人達で溢れ始める。
「行こうか。」
伝票と財布を手に取って立ち上がったベルトルトが、私に手を差し出す。
その瞬間に、あの日、崩れ落ちていく地面に驚きながらも、私を助けようとしたジャンが伸ばしてくれた大きな手がフラッシュバックする。
掴めなかった。掴んでは、いけなかった。
だから私は、ベルトルトの長い腕に包まれて、見たくないものを見ないで生きることを選んだのだ。
「うん、行こう。」
——今、みたいに。
私は、ベルトルトの手を握って、椅子から立ち上がる。
レジへ向かう途中にすれ違ったマーレ人は、彼らが普段、エルディア人にするように、私達をこの店から追い出そうとはしない。
でも、私達がマーレの戦士だと知っている彼らは、これ見よがしに嫌な顔をして陰口を囁き合う。
私が、あの日、ジャンの愛と引き換えに得たもの。
それは、文明と差別が発達した世界での栄誉マーレ人としてほんの少しだけ優遇された生活と少しのメイク道具にお洒落な洋服。それから、休日のカフェテラスでのデートとアイスクリームが溶けて美味しくなくなったパフェに、優しくて穏やかで、私の心の声を見てみぬフリをして困ったように笑う恋人。
私はこのすべての為に、心を殺して、身体に鞭を打って、何年もかけて積み重ねた信頼と絆を、自らの手で壊した。
それが、正しいと、信じて———。
でもそれが、最後の最後まで、私の最低な嘘に付き合ってくれたジャンを傷つけてまで欲しかったものなのかと訊かれたら、私は一体、なんと答えるんだろう。
考える必要はない。
だって、誰も、聞いてくれない質問の答え程、考えても無駄ないものはないだろう。
「なまえ。」
不意に、懐かしい声がした気がして、思わず振り返る。
そこにあったのは、壁の中に追いやられて過ごした狭くて息苦しい街とはかけ離れた、マーレ人が楽しそうに歩く活気に溢れた市場だった。
ジャンが生まれたのがこの世界だったら、彼はどんな風に生きていたのだろうか。
何処にいてもきっと、ジャンはジャンで、戦士として、残酷な現実に立ち向かっていた気がする。
そして、笑って、怒って、喧嘩しては泣いて、あの日の嘘が嘘のような無邪気な笑顔を向けるジャンが、ここにいて———。
『愛してる。』
少し照れ臭そうにしながらも、ニッと笑って白い歯を輝かせるジャンが眩しくて、私は思わず目を細める。
頭の中に流れ込んでくるありもしない映像が、私の足を引き留めて、優しい恋人と緩く繋がれていた手がゆっくりと解けていく。
そして、代わりに、目の前に差し出されるのは、マメをたくさんつくって硬くなっている大きな手。当然のように伸ばされる、私の小さな手。それは、そうなることを知っているように重なる。
あぁ———。
海を隔てたこの世界の向こうと、今私が生きている、この世界。その違いは、一体、何だというのだろうか。
人間が生きている。家族を想い、友人と笑い合い、恋人を愛する。
苦しいことも、つらいこともあるけれど、なんとか踏ん張って生きている。
私達は、同じなんじゃ、ないんだろうか。
悪魔なんて、この世にも、あの世にも、どこにも———。
「なまえ、そろそろ訓練の時間だよ。」
ベルトルトに腕を掴まれて、私は一気に現実へと引き戻される。
「うん、そうだね。」
離れた手を繋ぎ直して、私は、ベルトルトと共に、通い慣れた道を歩く。
この世に、悪魔がいようが、いまいが、関係ないのだ。
私は戦う。
どんなに抗おうと、戦いからは逃げられないのと同じで、どんなに続けようとしたところで、戦いは、いつかは終わる。
少なくとも、喜ばしいことに、私の戦いには、最期がある。
先に消えるのが、私なのか、海の向こうにいる〝悪魔〟と呼ばなければならない人間なのか。
違いなんて、それくらいだ。
ハッとして顔を上げたら、ベルトルトが困ったように眉尻を下げた笑みを浮かべていた。
あれから、3年が経った。
絶望の淵でも自分らしくあろうとしたジャンを、地獄に突き落とした私が得たものは、沢山ある。
「ボーッとしてるから、せっかくのアイスが溶けて落ちそうになってるよ。」
椅子から僅かに腰を浮かすと、少しだけ身体を前のめりにしたベルトルトが、パフェグラスの縁から落ちてしまいそうになっている溶けたアイスを、長いスプーンですくう。
スプーンの上に乗せられたアイスは、甘すぎる白い液体になり果てていて、どうしても美味しそうには見えない。
そう思ったのは、ベルトルトも同じだったのか、私の方を見て「いる?」と聞いて来たから、少しだけ笑って「いらない。」と首を横に振った。
「だよね。」
クスッと笑って、ベルトルトが溶けたアイスを口にする。
「それでね、さっきの話の続きなんだけど。」
「うん、なんだっけ?」
「来週、ライナーも来れるって。」
「そっか、よかった~。ライナー、副戦士長なんかになるから
忙しいとか言って、最近、全然、会ってくれないんだもん。
その日も来れないかと思ってたよ。」
「それは、なまえが、ジーク戦士長の誘いを断固として拒否して、
ライナーに副戦士長を押し付けたからでしょ。」
ベルトルトが困ったように笑うから、私も「そうだったっけ?」ととぼけたフリをしながら、アハハと声を出して笑い返す。
正直、もう、二度と、御免だ。
誰かに指示を出すような役割も、責任を負わなければならない立場も、私には荷が重すぎる。
私には、資格が、なさすぎる———。
初めて、マーレから飛び出して、自分が世界を救う英雄になるのだと強い覚悟と希望に満ち溢れていた私は、もうどこにもいない。
あのとき、ジャンと一緒に、地獄の底へと落としてしまった。
「そろそろ、人が多くなってきたね。
もう出ようか。」
「そうだね。」
ベルトルトが、周りを気にしながら言う。
そういえば、もうそろそろお昼時だ。
最近流行り出したこのカフェも、マーレ人達で溢れ始める。
「行こうか。」
伝票と財布を手に取って立ち上がったベルトルトが、私に手を差し出す。
その瞬間に、あの日、崩れ落ちていく地面に驚きながらも、私を助けようとしたジャンが伸ばしてくれた大きな手がフラッシュバックする。
掴めなかった。掴んでは、いけなかった。
だから私は、ベルトルトの長い腕に包まれて、見たくないものを見ないで生きることを選んだのだ。
「うん、行こう。」
——今、みたいに。
私は、ベルトルトの手を握って、椅子から立ち上がる。
レジへ向かう途中にすれ違ったマーレ人は、彼らが普段、エルディア人にするように、私達をこの店から追い出そうとはしない。
でも、私達がマーレの戦士だと知っている彼らは、これ見よがしに嫌な顔をして陰口を囁き合う。
私が、あの日、ジャンの愛と引き換えに得たもの。
それは、文明と差別が発達した世界での栄誉マーレ人としてほんの少しだけ優遇された生活と少しのメイク道具にお洒落な洋服。それから、休日のカフェテラスでのデートとアイスクリームが溶けて美味しくなくなったパフェに、優しくて穏やかで、私の心の声を見てみぬフリをして困ったように笑う恋人。
私はこのすべての為に、心を殺して、身体に鞭を打って、何年もかけて積み重ねた信頼と絆を、自らの手で壊した。
それが、正しいと、信じて———。
でもそれが、最後の最後まで、私の最低な嘘に付き合ってくれたジャンを傷つけてまで欲しかったものなのかと訊かれたら、私は一体、なんと答えるんだろう。
考える必要はない。
だって、誰も、聞いてくれない質問の答え程、考えても無駄ないものはないだろう。
「なまえ。」
不意に、懐かしい声がした気がして、思わず振り返る。
そこにあったのは、壁の中に追いやられて過ごした狭くて息苦しい街とはかけ離れた、マーレ人が楽しそうに歩く活気に溢れた市場だった。
ジャンが生まれたのがこの世界だったら、彼はどんな風に生きていたのだろうか。
何処にいてもきっと、ジャンはジャンで、戦士として、残酷な現実に立ち向かっていた気がする。
そして、笑って、怒って、喧嘩しては泣いて、あの日の嘘が嘘のような無邪気な笑顔を向けるジャンが、ここにいて———。
『愛してる。』
少し照れ臭そうにしながらも、ニッと笑って白い歯を輝かせるジャンが眩しくて、私は思わず目を細める。
頭の中に流れ込んでくるありもしない映像が、私の足を引き留めて、優しい恋人と緩く繋がれていた手がゆっくりと解けていく。
そして、代わりに、目の前に差し出されるのは、マメをたくさんつくって硬くなっている大きな手。当然のように伸ばされる、私の小さな手。それは、そうなることを知っているように重なる。
あぁ———。
海を隔てたこの世界の向こうと、今私が生きている、この世界。その違いは、一体、何だというのだろうか。
人間が生きている。家族を想い、友人と笑い合い、恋人を愛する。
苦しいことも、つらいこともあるけれど、なんとか踏ん張って生きている。
私達は、同じなんじゃ、ないんだろうか。
悪魔なんて、この世にも、あの世にも、どこにも———。
「なまえ、そろそろ訓練の時間だよ。」
ベルトルトに腕を掴まれて、私は一気に現実へと引き戻される。
「うん、そうだね。」
離れた手を繋ぎ直して、私は、ベルトルトと共に、通い慣れた道を歩く。
この世に、悪魔がいようが、いまいが、関係ないのだ。
私は戦う。
どんなに抗おうと、戦いからは逃げられないのと同じで、どんなに続けようとしたところで、戦いは、いつかは終わる。
少なくとも、喜ばしいことに、私の戦いには、最期がある。
先に消えるのが、私なのか、海の向こうにいる〝悪魔〟と呼ばなければならない人間なのか。
違いなんて、それくらいだ。
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