赤い夕日が見送る恋しい背中
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隣を歩いていても、繋がらない手。
でも、手の甲は時々、触れ合うの。
急に感じた温もりにドキッとして、驚いて、離れてしまって、すぐに寂しくなる。
だから私は、隣を歩くリヴァイさんの表情を盗み見る。
でもいつもと同じ。
ただ真っすぐに前を向く三白眼と、寝不足と疲れを隠せない目の下の隈。どこか影のある表情はいつも通りで、きっと手の甲が触れたことにも気づいてない。
仕方のないことだ。
だって、私達は、休みの日を合わせるような関係じゃないし、そもそもの住む世界が違うのだから。
彼は、いつか必ず世界を救う人類最強の兵士で、私はしがない花屋の娘。
壁に囲まれた狭い世界から飛び出して自由を手に入れる為の戦いに挑んでは、大きな犠牲を連れて帰ってくる調査兵団は、嬉しいとは言えない理由で、花屋にとって大切なお得意様だ。
私が幼い頃から、調査兵団の兵服を着た兵士さんがうちの店を訪れて、名誉の戦死を遂げた同胞達の為に花を包んでいった。
リヴァイさんが、うちの店にやってくるようになったのは、いつからだっただろう。
店番として、私が仕事をそれなりにこなせるようになってしばらくしてからだったと思う。
それから、私達は、時々こうして、お互いの休みが合うときだけに会うようになった。
最初に誘ってきたのは、リヴァイさんだった。
私が、紅茶の葉にお湯を注ぐときに花を咲かせることが出来るという自慢話をチラリとしたら、それを見てみたいと言ってくれたのだ。
それは、今までただの一度だって役に立たなかった私の得意技が、私の恋の背中を押してくれた奇跡だった。
たった一度、その得意技を披露したら終わるはずだった休日の恋は、あれからもうすぐ1年が経とうとしている今も続いている。
でも、恋人とは違う。
ただ、会って、2人でカフェで紅茶を飲んで、少しだけお互いの近況を話して、空が赤くなり始めたら帰るだけだ。
会えるのは、月に1回程度で、会っている時間も数時間。たったそれだけが、私にとってどれほど大切な時間なのか、リヴァイさんは想像したことがあるだろうか。
リヴァイさんにとっては何の変哲もないあっという間の数時間が、この生きづらい世界で、私の生きる糧になっているなんて、彼は思いもしていないだろう。
一度だけ、大切な休日を私なんかで潰してもいいのかと心配になって、誘いを断ったことがある。
『なまえが咲かせる紅茶の花を見てると、疲れが取れる。
だから、なまえが迷惑じゃねぇなら、また誘わせてくれ。』
リヴァイさんにとって些細な時間だと思っていた休日が、彼にとっても、もう一度と思える時間だった。
思いがけず、それを知れたことがどれほど嬉しかったか———。
私の気持ちなんて知るはずもないのに、リヴァイさんはいつもそうやって、私を何度も好きにさせるのだ。
好きな人に、そんな風に言われて首を横に振るなんて出来ないし、したくない。
私だって、本当はリヴァイさんに会いたい。
本来なら手の届かないほどの遠い人なのに、手の甲が時々触れる距離にいられる奇跡を、どうやって手放せというのだろう。
でも、人間というのは欲深いもので、もう随分と前から、私はこの先を望んでる。
もっともっと、リヴァイさんを知りたくなる。
月に1回、数時間だけの紅茶を飲んでポツリポツリと話す彼じゃなくて、戦っている彼の凛々しい姿も見てみたいし、気の置けない友人と喋っているときの無防備な姿も見てみたい。
好きな女性と、恋人と、一緒にいるときの彼の話し方、仕草、瞳を、見てみたい。
出来れば、リヴァイさんの真正面に立って———。
でも———。
「今日も美味い紅茶が飲めた。付き合ってくれてありがとうな。
気をつけて帰れよ。」
調査兵団の兵舎と花屋のちょうど真ん中にある時計台まで来ると、リヴァイさんは、いつものセリフを口にする。
だから私も、似たようなことを言って微笑むのだ。
そうすれば、リヴァイさんは、名残惜し気なんて欠片もなく、私に背を向けて歩き出す。
いつも、こうやって、私の奇跡の時間は終わる。
初めてリヴァイさんに誘われた日、花屋まで送ると言ってくれた彼の申し出を私が断ってからずっと、ここが私達の待ち合わせ場所で、別れる場所になった。
呆気なく立ち去っていくリヴァイさんを追いかけるなんて惨めなことはしたくなくて、私は今日も一歩足を踏み出して彼から離れようとしたのだ。
でも、今日は、足が動かない。
あぁ、彼はきっと、知らないんだろうな。
私が本当はいつも、気をつけて帰れよって言われる度に『まだ帰りたくない』と我儘を言って困らせたくなることも、離れて行く背中を追いかけたくなっていることも、知るはずもない。
あぁ、でも———。
「リヴァイさん…っ。」
やっぱり、今日くらいは少しでも長く一緒にいたくて、私は振り返る。
だって、好きな人の誕生日を、私は一緒に過ごしたい。いつもよりも長く、誰よりも長く、一緒に過ごしたい———。
でも———。
「いるわけ、ないか…。」
家路を急ぐ人達が行き交う道に、リヴァイさんの背中はもうなかった。
もしかして彼も振り向いてないかな、本当はまだ一緒にいたかったって思ってくれないかなって、ほんの少しだけ期待してしまった。
誕生日プレゼントを贈る勇気もない私に、恋が叶う未来なんて永遠に見えない。
「当たり前じゃん。馬鹿なやつ。」
時計台の下に置いてあるベンチに腰を降ろして、ため息を吐く。
今日の為に新調したワンピースも靴も、なんの意味もなかった。
私を見ても、リヴァイさんは私みたいにドキドキしてくれないし、素敵だなってほんの少しだって思ってくれない。
履き慣れていなかったせいで靴擦れを起こして痛む足は、うまくいかない私の恋みたいで、余計に惨めになる。
「店番、やめるって言おうかな…。
それとも、リヴァイさんからの誘いを断る?」
靴を脱ぎながら、私は独りでブツブツと呟く。
もしも、私と会えなくなったら、リヴァイさんは少しは寂しいと思ってくれるだろうか。
誘いを断ったら、少しは悲しくなってくれる?
あぁ、私は恋を諦めたいんじゃない。
私はただ、振り向いて欲しいだけで———。
「なまえ。」
不意に、見覚えのあるブーツが視界に入ってすぐに、斜め上から聞こえてきた声に驚いて、私は反射的に顔を上げた。
でも、手の甲は時々、触れ合うの。
急に感じた温もりにドキッとして、驚いて、離れてしまって、すぐに寂しくなる。
だから私は、隣を歩くリヴァイさんの表情を盗み見る。
でもいつもと同じ。
ただ真っすぐに前を向く三白眼と、寝不足と疲れを隠せない目の下の隈。どこか影のある表情はいつも通りで、きっと手の甲が触れたことにも気づいてない。
仕方のないことだ。
だって、私達は、休みの日を合わせるような関係じゃないし、そもそもの住む世界が違うのだから。
彼は、いつか必ず世界を救う人類最強の兵士で、私はしがない花屋の娘。
壁に囲まれた狭い世界から飛び出して自由を手に入れる為の戦いに挑んでは、大きな犠牲を連れて帰ってくる調査兵団は、嬉しいとは言えない理由で、花屋にとって大切なお得意様だ。
私が幼い頃から、調査兵団の兵服を着た兵士さんがうちの店を訪れて、名誉の戦死を遂げた同胞達の為に花を包んでいった。
リヴァイさんが、うちの店にやってくるようになったのは、いつからだっただろう。
店番として、私が仕事をそれなりにこなせるようになってしばらくしてからだったと思う。
それから、私達は、時々こうして、お互いの休みが合うときだけに会うようになった。
最初に誘ってきたのは、リヴァイさんだった。
私が、紅茶の葉にお湯を注ぐときに花を咲かせることが出来るという自慢話をチラリとしたら、それを見てみたいと言ってくれたのだ。
それは、今までただの一度だって役に立たなかった私の得意技が、私の恋の背中を押してくれた奇跡だった。
たった一度、その得意技を披露したら終わるはずだった休日の恋は、あれからもうすぐ1年が経とうとしている今も続いている。
でも、恋人とは違う。
ただ、会って、2人でカフェで紅茶を飲んで、少しだけお互いの近況を話して、空が赤くなり始めたら帰るだけだ。
会えるのは、月に1回程度で、会っている時間も数時間。たったそれだけが、私にとってどれほど大切な時間なのか、リヴァイさんは想像したことがあるだろうか。
リヴァイさんにとっては何の変哲もないあっという間の数時間が、この生きづらい世界で、私の生きる糧になっているなんて、彼は思いもしていないだろう。
一度だけ、大切な休日を私なんかで潰してもいいのかと心配になって、誘いを断ったことがある。
『なまえが咲かせる紅茶の花を見てると、疲れが取れる。
だから、なまえが迷惑じゃねぇなら、また誘わせてくれ。』
リヴァイさんにとって些細な時間だと思っていた休日が、彼にとっても、もう一度と思える時間だった。
思いがけず、それを知れたことがどれほど嬉しかったか———。
私の気持ちなんて知るはずもないのに、リヴァイさんはいつもそうやって、私を何度も好きにさせるのだ。
好きな人に、そんな風に言われて首を横に振るなんて出来ないし、したくない。
私だって、本当はリヴァイさんに会いたい。
本来なら手の届かないほどの遠い人なのに、手の甲が時々触れる距離にいられる奇跡を、どうやって手放せというのだろう。
でも、人間というのは欲深いもので、もう随分と前から、私はこの先を望んでる。
もっともっと、リヴァイさんを知りたくなる。
月に1回、数時間だけの紅茶を飲んでポツリポツリと話す彼じゃなくて、戦っている彼の凛々しい姿も見てみたいし、気の置けない友人と喋っているときの無防備な姿も見てみたい。
好きな女性と、恋人と、一緒にいるときの彼の話し方、仕草、瞳を、見てみたい。
出来れば、リヴァイさんの真正面に立って———。
でも———。
「今日も美味い紅茶が飲めた。付き合ってくれてありがとうな。
気をつけて帰れよ。」
調査兵団の兵舎と花屋のちょうど真ん中にある時計台まで来ると、リヴァイさんは、いつものセリフを口にする。
だから私も、似たようなことを言って微笑むのだ。
そうすれば、リヴァイさんは、名残惜し気なんて欠片もなく、私に背を向けて歩き出す。
いつも、こうやって、私の奇跡の時間は終わる。
初めてリヴァイさんに誘われた日、花屋まで送ると言ってくれた彼の申し出を私が断ってからずっと、ここが私達の待ち合わせ場所で、別れる場所になった。
呆気なく立ち去っていくリヴァイさんを追いかけるなんて惨めなことはしたくなくて、私は今日も一歩足を踏み出して彼から離れようとしたのだ。
でも、今日は、足が動かない。
あぁ、彼はきっと、知らないんだろうな。
私が本当はいつも、気をつけて帰れよって言われる度に『まだ帰りたくない』と我儘を言って困らせたくなることも、離れて行く背中を追いかけたくなっていることも、知るはずもない。
あぁ、でも———。
「リヴァイさん…っ。」
やっぱり、今日くらいは少しでも長く一緒にいたくて、私は振り返る。
だって、好きな人の誕生日を、私は一緒に過ごしたい。いつもよりも長く、誰よりも長く、一緒に過ごしたい———。
でも———。
「いるわけ、ないか…。」
家路を急ぐ人達が行き交う道に、リヴァイさんの背中はもうなかった。
もしかして彼も振り向いてないかな、本当はまだ一緒にいたかったって思ってくれないかなって、ほんの少しだけ期待してしまった。
誕生日プレゼントを贈る勇気もない私に、恋が叶う未来なんて永遠に見えない。
「当たり前じゃん。馬鹿なやつ。」
時計台の下に置いてあるベンチに腰を降ろして、ため息を吐く。
今日の為に新調したワンピースも靴も、なんの意味もなかった。
私を見ても、リヴァイさんは私みたいにドキドキしてくれないし、素敵だなってほんの少しだって思ってくれない。
履き慣れていなかったせいで靴擦れを起こして痛む足は、うまくいかない私の恋みたいで、余計に惨めになる。
「店番、やめるって言おうかな…。
それとも、リヴァイさんからの誘いを断る?」
靴を脱ぎながら、私は独りでブツブツと呟く。
もしも、私と会えなくなったら、リヴァイさんは少しは寂しいと思ってくれるだろうか。
誘いを断ったら、少しは悲しくなってくれる?
あぁ、私は恋を諦めたいんじゃない。
私はただ、振り向いて欲しいだけで———。
「なまえ。」
不意に、見覚えのあるブーツが視界に入ってすぐに、斜め上から聞こえてきた声に驚いて、私は反射的に顔を上げた。
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