《謹賀新年》優しい手を繋いで
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なまえは、本殿の古びた天井を見上げて、ため息を吐いた。
先祖代々受け継がれてきた進撃神社を、先の彼らと同じように早逝した両親から受け継いで数年が経つ。正直、経営がうまくいっているとは言えない。
むしろ、とても厳しい状況だ。
良くしてくれていた昔馴染みの参拝者達も歳を取って、訪れることも少なくなり、旅立ってしまった人もいる。
今日も、幼い頃から可愛がってくれていた昔馴染みの参拝者様のお通夜へ行ってきた帰りだ。
実を言えば、彼は、この神社にとって、唯一残った参拝者だった。
足を悪くしてからは、この神社へ来ることはなくなっていたが、彼が健在な間だけでもここを守り続けなければと思いながら、なんとか頑張って来た。
彼にとってこの神社は幼い頃からの思い入れのある場所だと聞いていたからだ。
でも、その彼ももう、いない。そろそろ潮時だ。
立ち退きの話も、随分前から来ている。
どうにか今日まで断ってきたけれど、ここまで頑張れば、経営に苦労していた両親も理解してくれるはずだ。
交通の便が発達したこの時代で、最寄りの駅から車で30分かかり、近くにバス停すらないという立地に問題がある。
自転車すらも登れないような細い獣道を30分登ったところにある神社に、わざわざお参りにやってくる人達なんて、いないのだ。
「帰って来てたのか。」
待っていた人の声が後ろからして、私は振り返った。
本殿の入口に、大切な相棒である掃除道具のバケツと雑巾、箒を両手に持って立っているのは、リヴァイさんだ。
彼は、この神社で唯一の神主で、宮司をしてくれている。
私達の出逢いは、それなりに古い。
初めて会ったのは、彼が10代の頃だった。
荒れた生活で警察沙汰ばかり起こしていて、家族もいなかった彼に両親が手を差し伸べたのだ。
それからずっと、両親が早逝した後も、神社の隣にある実家で一緒に暮らしている。
地元でも有名なゴロツキになっていた彼にお手上げだった警察が、神社の神主として地域を取りまとめていた私の両親に助けを求めたのだと思う。
それを知っていたからこそ、彼も、有難迷惑だとばかりに私たち家族にツラくあたった。
家族のいない彼もツラかったのだろう、と今なら分かる。
でも、まだ幼かった私は、彼が怖くて仕方がなかった。
『一人娘のいる家に、汚ぇ血にまみれた男を上げるなんて馬鹿じゃねぇのか。』
いつか、リヴァイさんが、私の両親にそんなことを言っているのを聞いたことがある。
すると、両親は、柔らかく微笑んで、こう言ったのだ。
『君の瞳を見ればわかるよ。君は絶対に、他人を喜んで傷つけるようなことはしない。
今までもきっと、君なりの理由があったんだろう?
でも、その拳を上げるしかその気持ちをぶつける方法を知らなかっただけだ。
だから私達は、君に似合うたくさんの優しい言葉を教えてあげたい。』
子供の私には、両親の言っている言葉の意味も、もちろん、リヴァイさんが何を揶揄したのかも分からなかった。
でも、今なら分かる。
彼は、見た目は強面だし、ぶっきらぼうで無愛想だけれど、本当はとても優しい。
よくまわりを見ているし、困っている人がいると放ってはおけないところがある。
だから、私の両親には恩があるから、と経営に苦しんでいた彼らの為に、苦手な勉強を頑張ってくれたし、今だって神主として私を支えてくれている。
それに、男としての欲望を抑えたかどうかは別として、大切な恩人の一人娘である私が、彼に手を出されたことは、一度だってない。
「駅についたら迎えに行くから連絡しろと言っただろ。」
振り返った私と、一瞬だけ目が合った後、リヴァイさんは、そう言いながら、掃除道具を抱えて本殿へと上がっていく。
ちょうど祈祷が終わって、本田の掃除を始める時間だということは分かっていた。
だから、私はここで、古びた天井を見上げながら、彼を待っていたのだ。
「リヴァイさん、大切なお話があります。」
私が声をかけると、バケツの水で濡らした雑巾を絞ろうとしていたリヴァイさんが動きを止めた。
彼は、すぐには私の方を向かなかった。
両手で握りしめた雑巾をじっと見つめたまま、何も言わない。
もう長い付き合いだ。
きっと、私が何を言うつもりなのか、分かっているのだろう。
だから、彼が心の準備をするまで待った。
少しして、ゆっくりと、彼が私の方を向いた。
「お前は、俺にどうして欲しい。
———両親の守った御神の前で、嘘だけは吐くなよ。」
リヴァイさんが、私を真っすぐに見て言ったのは、逃げ道を奪う言葉じゃなかった。
彼らしいとても優しい言葉だったから———。
張りつめていた気持ちが、急に切れてしまった。
「私は…っ、この神社を、守りたい…っ。
助けて、ください…っ。」
ずっと心の奥に仕舞い込んでいた弱音が零れた途端に、きつく握りしめていたバッグが手から滑り落ちた。
数珠や袱紗が、足元に散らばる。
子供の頃から優しくしてくれた大好きなウーリさんのお葬式では、必死に堪えた涙が、ここにきて一気に溢れた。
彼に、もう二度と会えないことが、とても寂しい。すごく悲しい。
私にとっても、この神社は、両親が残してくれた形見だ。
なくしたくない。
守り続けたい。
私はまだ———。
リヴァイさんと、一緒にいたい————。
俯いて泣く私の足元に、見慣れた深緑の袴が見えたとき、頭に優しい温もりを感じた。
「泣かなくていい。お前には、俺がついてるんだ。
必ずお前を守ってやると、御神とお前の両親に、
俺はもう随分と前から誓ってる。」
リヴァイさんが開いてくれた温かい手が、私の頭をそっと撫でる。
普段の低い声は、彼が覚えた優しくて温かい言葉で、今日も私を包んでくれた。
先祖代々受け継がれてきた進撃神社を、先の彼らと同じように早逝した両親から受け継いで数年が経つ。正直、経営がうまくいっているとは言えない。
むしろ、とても厳しい状況だ。
良くしてくれていた昔馴染みの参拝者達も歳を取って、訪れることも少なくなり、旅立ってしまった人もいる。
今日も、幼い頃から可愛がってくれていた昔馴染みの参拝者様のお通夜へ行ってきた帰りだ。
実を言えば、彼は、この神社にとって、唯一残った参拝者だった。
足を悪くしてからは、この神社へ来ることはなくなっていたが、彼が健在な間だけでもここを守り続けなければと思いながら、なんとか頑張って来た。
彼にとってこの神社は幼い頃からの思い入れのある場所だと聞いていたからだ。
でも、その彼ももう、いない。そろそろ潮時だ。
立ち退きの話も、随分前から来ている。
どうにか今日まで断ってきたけれど、ここまで頑張れば、経営に苦労していた両親も理解してくれるはずだ。
交通の便が発達したこの時代で、最寄りの駅から車で30分かかり、近くにバス停すらないという立地に問題がある。
自転車すらも登れないような細い獣道を30分登ったところにある神社に、わざわざお参りにやってくる人達なんて、いないのだ。
「帰って来てたのか。」
待っていた人の声が後ろからして、私は振り返った。
本殿の入口に、大切な相棒である掃除道具のバケツと雑巾、箒を両手に持って立っているのは、リヴァイさんだ。
彼は、この神社で唯一の神主で、宮司をしてくれている。
私達の出逢いは、それなりに古い。
初めて会ったのは、彼が10代の頃だった。
荒れた生活で警察沙汰ばかり起こしていて、家族もいなかった彼に両親が手を差し伸べたのだ。
それからずっと、両親が早逝した後も、神社の隣にある実家で一緒に暮らしている。
地元でも有名なゴロツキになっていた彼にお手上げだった警察が、神社の神主として地域を取りまとめていた私の両親に助けを求めたのだと思う。
それを知っていたからこそ、彼も、有難迷惑だとばかりに私たち家族にツラくあたった。
家族のいない彼もツラかったのだろう、と今なら分かる。
でも、まだ幼かった私は、彼が怖くて仕方がなかった。
『一人娘のいる家に、汚ぇ血にまみれた男を上げるなんて馬鹿じゃねぇのか。』
いつか、リヴァイさんが、私の両親にそんなことを言っているのを聞いたことがある。
すると、両親は、柔らかく微笑んで、こう言ったのだ。
『君の瞳を見ればわかるよ。君は絶対に、他人を喜んで傷つけるようなことはしない。
今までもきっと、君なりの理由があったんだろう?
でも、その拳を上げるしかその気持ちをぶつける方法を知らなかっただけだ。
だから私達は、君に似合うたくさんの優しい言葉を教えてあげたい。』
子供の私には、両親の言っている言葉の意味も、もちろん、リヴァイさんが何を揶揄したのかも分からなかった。
でも、今なら分かる。
彼は、見た目は強面だし、ぶっきらぼうで無愛想だけれど、本当はとても優しい。
よくまわりを見ているし、困っている人がいると放ってはおけないところがある。
だから、私の両親には恩があるから、と経営に苦しんでいた彼らの為に、苦手な勉強を頑張ってくれたし、今だって神主として私を支えてくれている。
それに、男としての欲望を抑えたかどうかは別として、大切な恩人の一人娘である私が、彼に手を出されたことは、一度だってない。
「駅についたら迎えに行くから連絡しろと言っただろ。」
振り返った私と、一瞬だけ目が合った後、リヴァイさんは、そう言いながら、掃除道具を抱えて本殿へと上がっていく。
ちょうど祈祷が終わって、本田の掃除を始める時間だということは分かっていた。
だから、私はここで、古びた天井を見上げながら、彼を待っていたのだ。
「リヴァイさん、大切なお話があります。」
私が声をかけると、バケツの水で濡らした雑巾を絞ろうとしていたリヴァイさんが動きを止めた。
彼は、すぐには私の方を向かなかった。
両手で握りしめた雑巾をじっと見つめたまま、何も言わない。
もう長い付き合いだ。
きっと、私が何を言うつもりなのか、分かっているのだろう。
だから、彼が心の準備をするまで待った。
少しして、ゆっくりと、彼が私の方を向いた。
「お前は、俺にどうして欲しい。
———両親の守った御神の前で、嘘だけは吐くなよ。」
リヴァイさんが、私を真っすぐに見て言ったのは、逃げ道を奪う言葉じゃなかった。
彼らしいとても優しい言葉だったから———。
張りつめていた気持ちが、急に切れてしまった。
「私は…っ、この神社を、守りたい…っ。
助けて、ください…っ。」
ずっと心の奥に仕舞い込んでいた弱音が零れた途端に、きつく握りしめていたバッグが手から滑り落ちた。
数珠や袱紗が、足元に散らばる。
子供の頃から優しくしてくれた大好きなウーリさんのお葬式では、必死に堪えた涙が、ここにきて一気に溢れた。
彼に、もう二度と会えないことが、とても寂しい。すごく悲しい。
私にとっても、この神社は、両親が残してくれた形見だ。
なくしたくない。
守り続けたい。
私はまだ———。
リヴァイさんと、一緒にいたい————。
俯いて泣く私の足元に、見慣れた深緑の袴が見えたとき、頭に優しい温もりを感じた。
「泣かなくていい。お前には、俺がついてるんだ。
必ずお前を守ってやると、御神とお前の両親に、
俺はもう随分と前から誓ってる。」
リヴァイさんが開いてくれた温かい手が、私の頭をそっと撫でる。
普段の低い声は、彼が覚えた優しくて温かい言葉で、今日も私を包んでくれた。
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