俺が古くなった本を繰り返し読み続ける理由
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暖炉で薪がパキパキッと燃える音と共に、穏やかな時間が過ぎていた。
古い肘掛椅子に腰かけて、俺は本を読んでいる。
何度も何度も同じ本を読んで飽きないかと可笑しそうにクスクスと笑ったなまえも、揃いの古い肘掛椅子に腰かけて、お得意の裁縫で小さな帽子を編んでいる。
俺が本のページをめくるときに出る掠れた音、それから、聞き慣れてしまったなまえの調子外れた鼻歌が聞こえる何の変哲もないこの生活が、俺にとってはこの上ない幸せだ。
俺がなまえと出逢ったのは、マーレとの戦争が終わってすぐの頃だ。
彼女は兵士達が収容された病院で働いている看護師で、俺は大怪我を負った兵士だった。
初めてなまえと目が合ったときのことを、俺は今でも鮮明に思い出せる。
『頑張りましたね。生きていてくれて、ありがとうございます。』
白衣を身に纏い、柔らかく微笑んだなまえを見て、俺は衝撃を受けたのだ。
だって、巨人の脅威に晒され続けた狭い世界で、それなりに長く生きて来たはずだったのに、あれほど美しい女を見たのは初めてだった。
なまえは、決して仕事がテキパキと出来る女ではなかった。
でも、マーレの兵士とエルディアの兵士が入り混じり殺伐とした病室の中で、穏やかな空気の流れを運んでくれたなまえは、あの病院で咲いた一輪の花のような存在だった。
心にも身体にも大きな傷と苦しみを負い、癒しを求めていた兵士の何人もが、彼女に恋をしていたのを俺も知っている。
だって、俺もその中のひとりだった。
でも、他の誰よりもなまえに心惹かれたのは俺だったと、今でも自信を持って言える。
それから俺達は、とても自然に、まるで初めからそうなることが決まっていた運命だったかのように、恋人という関係になった。
たくさんの仲間や大切な人達を天国、もしくは地獄へと見送り続けて、俺はこのままもう死ぬまで独り身で生きていくのだと信じて疑わなかった。
そんな俺が、初めて結婚を意識した。
だから、退院してすぐにプロポーズをした。
戦争が終わったばかりで金もない俺に用意できた花なんて、病院の庭に咲いていたマーガレットくらいしかなかったが、なまえは泣いて喜んでくれた。
今でもあのときのマーガレットは、押し花にして壁に飾ってある。そして、なまえは、気が付くとマーガレットを見つめて、プロポーズをした時の話を始めるのだ。
恥ずかしいからやめてくれと言う俺だけど、『生きてきた中で最も幸せだった瞬間のひとつだから。』と嬉しそうに微笑むなまえの顔は可愛くて、何度見ても飽きない。
それから、俺はなまえの両親に結婚の挨拶をしに行った。
『お前なんかにうちの娘はやらん!』
なまえの父親は、俺を見るなり突き放した。
どうしても結婚は許してもらえなかった。
それも仕方がないと、あの頃も今も理解している。
だって、あのときはまだ戦争が終わったばかりで、世の中は混乱と欺瞞、不安に溢れていた。
そんな世界で、俺となまえが結ばれることを喜んでくれるのなんて、頭のおかしい眼鏡の奇行種くらいなものだ。
仕方がない。
愛する人や共に生きていく伴侶を選ぶことは出来ても、生まれてくる場所や血は選ぶことは出来ない。
俺はアッカーマン一族の血を引くエルディア人で、なまえはマーレ人だったのだ。
それでも、なまえは、両親が嫌ったアッカーマンという姓を、一生名乗りたいと思うほどに愛してくれた。
だから、どうしてもなまえと結婚したい俺は、彼女を連れて逃げた。
そして、俺達は、逃げて、走って、逃げて、走って、駆け落ちをした。
そして辿り着いたのは、この小さな家だ。
料理は得意でも、裁縫は苦手だったなまえは、慣れない仕事を始めた俺を必死に支えてくれた。
あれから、それなりに長い月日が流れた。
今では、俺の洋服を一から作ってしまうくらいに、なまえは裁縫が得意になった。
病棟でなまえが暇つぶしにと貸してくれた本も、黄ばんで、もうボロボロだ。
それでも、何度も何度も読んでしまう。
飽きもしないで『飽きないのか。』と可笑しそうに笑うなまえの隣で、俺は何度も想い出の本のページを開くのだ。
「なぁ、なまえ。」
「ん?なんですか?」
話しかけると、なまえが裁縫をしている手を止めて顔を上げ、首を傾げた。
あの頃と変わらないその仕草は、相変わらず可愛らしい。
「皴が増えたな。」
「…!?失礼な人ですね。
リヴァイさんだって、真っ黒だった髪に白髪が混じってますよ。」
「お互い様だ。」
「ふふ、そうでした。」
なまえが可笑しそうに笑う。
そしてまた、鼻歌を歌いながら編み物を再開させた。
出逢ってからもう、何年経ったのだろうか。
数えるのも大変なくらいの時が流れた。
初めての子育てに慌てふためいていたあの日々は、つい昨日のことのように思い出せるのに、何も知らない赤ん坊だったはずの彼らも大人になって、この小さな家を出て、大きな世界で自分達の居場所と幸せを見つけた。
俺の誕生日でもある明日のクリスマスには、孫達を連れて帰ってくるのだそうだ。
きっと、何か買ってもらおうと考えているのだろう。
分かっているのに、なまえは豪華な料理の用意をして、俺は抱えきれないくらいのオモチャを買ってきた。
鼻歌なんか歌いながら楽しそうに編んでいる小さな帽子は、半年前に産まれたばかりの末孫の為のものなのだそうだ。
初めての冬の寒さも、なまえが編んでくれた帽子があれば、暖かく過ごせるだろうから、安心だ。
王都の地下街で生まれ育ち、調査兵団の兵士長にまで上りつめても、俺が欲しかったのは、地位や権威、名誉や栄光ではなかった。
俺が欲しかったのは、穏やかな暮らしだ。
ゆっくりと空気を吸って、大切な人達と生きる明日を信じられる日々が欲しかった。
俺はあの頃から、何も変わっていない。
どんなに老いても、脚が、腕が、あの頃のように思い通りに動かずとも、大切な人達を守るためなら、命の限りに戦い続けよう。
明日、もしも、おぞましい脅威が襲ってきても、俺は臆せずに立ち向かい、必ずなまえを守りぬいてみせる覚悟がある。
「お昼ご飯にでもしましょうか。お腹すいたんじゃないですか?」
裁縫を一時中断して、なまえが顔を上げて俺を見た。
「いや、まだ見てるからいい。腹も減ってねぇ。」
「本当に好きですね。飽きないんですか?」
飽きもしないで、なまえはそう言って、クスクスと笑う。
そしてまた、調子外れの鼻歌をこぼしながら、得意の裁縫を始めた。
今日の朝は、なまえは、庭にやって来た鳥の名前を間違えて覚えていて笑わせてもらった。
昨日の夜は、揺れたカーテンを幽霊と間違えて悲鳴を上げたときに、知らない名前を叫んだ。
誰の名前かと訊ねれば、昔飼っていた犬の名前だと教えてくれた。
子供の頃は、その犬が、なまえをいじめっこから守ってくれていたのだそうだ。
なまえを見ていると、本当に飽きない。
長い月日を一緒に過ごしているのに、俺にはまだなまえの知らないことがきっとたくさん残っているのだ。
何度も何度も同じ本を繰り返し読む度に、新しい発見があるように、俺は穏やかな日々の中で、なまえの新しい一面を知っていく。
それが嬉しくて、仕方がない。
そして、明日はどんななまえを知れるのだろうかとワクワクするのだ。
長い月日の流れには逆らえず、色褪せていく本のページと白くなっていく俺達の髪とは対照的に、なまえを包む空気は、日を追うごとに色鮮やかな輝きを増していく。
たぶん——、いや、きっと、俺は今も、なまえに恋をしている。
初めて会った、あのときからずっと変わらずに——。
「なぁ、なまえ。」
「ん?やっぱり、お腹すきました?」
なまえが顔を上げて俺を見た。
首を傾げるその仕草は、何度見ても愛おしい。
「やっぱり、皴が増えたな。」
「お昼ご飯抜きです!」
なまえが怒るから、俺は笑う。
なぁ、俺は君が大好きだ
あの頃と変わらず可愛くて、いつだって今が一番美しいよ
古い肘掛椅子に腰かけて、俺は本を読んでいる。
何度も何度も同じ本を読んで飽きないかと可笑しそうにクスクスと笑ったなまえも、揃いの古い肘掛椅子に腰かけて、お得意の裁縫で小さな帽子を編んでいる。
俺が本のページをめくるときに出る掠れた音、それから、聞き慣れてしまったなまえの調子外れた鼻歌が聞こえる何の変哲もないこの生活が、俺にとってはこの上ない幸せだ。
俺がなまえと出逢ったのは、マーレとの戦争が終わってすぐの頃だ。
彼女は兵士達が収容された病院で働いている看護師で、俺は大怪我を負った兵士だった。
初めてなまえと目が合ったときのことを、俺は今でも鮮明に思い出せる。
『頑張りましたね。生きていてくれて、ありがとうございます。』
白衣を身に纏い、柔らかく微笑んだなまえを見て、俺は衝撃を受けたのだ。
だって、巨人の脅威に晒され続けた狭い世界で、それなりに長く生きて来たはずだったのに、あれほど美しい女を見たのは初めてだった。
なまえは、決して仕事がテキパキと出来る女ではなかった。
でも、マーレの兵士とエルディアの兵士が入り混じり殺伐とした病室の中で、穏やかな空気の流れを運んでくれたなまえは、あの病院で咲いた一輪の花のような存在だった。
心にも身体にも大きな傷と苦しみを負い、癒しを求めていた兵士の何人もが、彼女に恋をしていたのを俺も知っている。
だって、俺もその中のひとりだった。
でも、他の誰よりもなまえに心惹かれたのは俺だったと、今でも自信を持って言える。
それから俺達は、とても自然に、まるで初めからそうなることが決まっていた運命だったかのように、恋人という関係になった。
たくさんの仲間や大切な人達を天国、もしくは地獄へと見送り続けて、俺はこのままもう死ぬまで独り身で生きていくのだと信じて疑わなかった。
そんな俺が、初めて結婚を意識した。
だから、退院してすぐにプロポーズをした。
戦争が終わったばかりで金もない俺に用意できた花なんて、病院の庭に咲いていたマーガレットくらいしかなかったが、なまえは泣いて喜んでくれた。
今でもあのときのマーガレットは、押し花にして壁に飾ってある。そして、なまえは、気が付くとマーガレットを見つめて、プロポーズをした時の話を始めるのだ。
恥ずかしいからやめてくれと言う俺だけど、『生きてきた中で最も幸せだった瞬間のひとつだから。』と嬉しそうに微笑むなまえの顔は可愛くて、何度見ても飽きない。
それから、俺はなまえの両親に結婚の挨拶をしに行った。
『お前なんかにうちの娘はやらん!』
なまえの父親は、俺を見るなり突き放した。
どうしても結婚は許してもらえなかった。
それも仕方がないと、あの頃も今も理解している。
だって、あのときはまだ戦争が終わったばかりで、世の中は混乱と欺瞞、不安に溢れていた。
そんな世界で、俺となまえが結ばれることを喜んでくれるのなんて、頭のおかしい眼鏡の奇行種くらいなものだ。
仕方がない。
愛する人や共に生きていく伴侶を選ぶことは出来ても、生まれてくる場所や血は選ぶことは出来ない。
俺はアッカーマン一族の血を引くエルディア人で、なまえはマーレ人だったのだ。
それでも、なまえは、両親が嫌ったアッカーマンという姓を、一生名乗りたいと思うほどに愛してくれた。
だから、どうしてもなまえと結婚したい俺は、彼女を連れて逃げた。
そして、俺達は、逃げて、走って、逃げて、走って、駆け落ちをした。
そして辿り着いたのは、この小さな家だ。
料理は得意でも、裁縫は苦手だったなまえは、慣れない仕事を始めた俺を必死に支えてくれた。
あれから、それなりに長い月日が流れた。
今では、俺の洋服を一から作ってしまうくらいに、なまえは裁縫が得意になった。
病棟でなまえが暇つぶしにと貸してくれた本も、黄ばんで、もうボロボロだ。
それでも、何度も何度も読んでしまう。
飽きもしないで『飽きないのか。』と可笑しそうに笑うなまえの隣で、俺は何度も想い出の本のページを開くのだ。
「なぁ、なまえ。」
「ん?なんですか?」
話しかけると、なまえが裁縫をしている手を止めて顔を上げ、首を傾げた。
あの頃と変わらないその仕草は、相変わらず可愛らしい。
「皴が増えたな。」
「…!?失礼な人ですね。
リヴァイさんだって、真っ黒だった髪に白髪が混じってますよ。」
「お互い様だ。」
「ふふ、そうでした。」
なまえが可笑しそうに笑う。
そしてまた、鼻歌を歌いながら編み物を再開させた。
出逢ってからもう、何年経ったのだろうか。
数えるのも大変なくらいの時が流れた。
初めての子育てに慌てふためいていたあの日々は、つい昨日のことのように思い出せるのに、何も知らない赤ん坊だったはずの彼らも大人になって、この小さな家を出て、大きな世界で自分達の居場所と幸せを見つけた。
俺の誕生日でもある明日のクリスマスには、孫達を連れて帰ってくるのだそうだ。
きっと、何か買ってもらおうと考えているのだろう。
分かっているのに、なまえは豪華な料理の用意をして、俺は抱えきれないくらいのオモチャを買ってきた。
鼻歌なんか歌いながら楽しそうに編んでいる小さな帽子は、半年前に産まれたばかりの末孫の為のものなのだそうだ。
初めての冬の寒さも、なまえが編んでくれた帽子があれば、暖かく過ごせるだろうから、安心だ。
王都の地下街で生まれ育ち、調査兵団の兵士長にまで上りつめても、俺が欲しかったのは、地位や権威、名誉や栄光ではなかった。
俺が欲しかったのは、穏やかな暮らしだ。
ゆっくりと空気を吸って、大切な人達と生きる明日を信じられる日々が欲しかった。
俺はあの頃から、何も変わっていない。
どんなに老いても、脚が、腕が、あの頃のように思い通りに動かずとも、大切な人達を守るためなら、命の限りに戦い続けよう。
明日、もしも、おぞましい脅威が襲ってきても、俺は臆せずに立ち向かい、必ずなまえを守りぬいてみせる覚悟がある。
「お昼ご飯にでもしましょうか。お腹すいたんじゃないですか?」
裁縫を一時中断して、なまえが顔を上げて俺を見た。
「いや、まだ見てるからいい。腹も減ってねぇ。」
「本当に好きですね。飽きないんですか?」
飽きもしないで、なまえはそう言って、クスクスと笑う。
そしてまた、調子外れの鼻歌をこぼしながら、得意の裁縫を始めた。
今日の朝は、なまえは、庭にやって来た鳥の名前を間違えて覚えていて笑わせてもらった。
昨日の夜は、揺れたカーテンを幽霊と間違えて悲鳴を上げたときに、知らない名前を叫んだ。
誰の名前かと訊ねれば、昔飼っていた犬の名前だと教えてくれた。
子供の頃は、その犬が、なまえをいじめっこから守ってくれていたのだそうだ。
なまえを見ていると、本当に飽きない。
長い月日を一緒に過ごしているのに、俺にはまだなまえの知らないことがきっとたくさん残っているのだ。
何度も何度も同じ本を繰り返し読む度に、新しい発見があるように、俺は穏やかな日々の中で、なまえの新しい一面を知っていく。
それが嬉しくて、仕方がない。
そして、明日はどんななまえを知れるのだろうかとワクワクするのだ。
長い月日の流れには逆らえず、色褪せていく本のページと白くなっていく俺達の髪とは対照的に、なまえを包む空気は、日を追うごとに色鮮やかな輝きを増していく。
たぶん——、いや、きっと、俺は今も、なまえに恋をしている。
初めて会った、あのときからずっと変わらずに——。
「なぁ、なまえ。」
「ん?やっぱり、お腹すきました?」
なまえが顔を上げて俺を見た。
首を傾げるその仕草は、何度見ても愛おしい。
「やっぱり、皴が増えたな。」
「お昼ご飯抜きです!」
なまえが怒るから、俺は笑う。
なぁ、俺は君が大好きだ
あの頃と変わらず可愛くて、いつだって今が一番美しいよ
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