◇第八十二話◇魔法の呪文を唱えるように愛しい名を呼んで
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痛みを感じて眉を顰めた私は、ゆっくりと瞳を開けた。
身体を起こそうとして、両手を後ろ手に縛られていることに気づく。
冷たい石床の上に転がらされたまま、ここはどこかと視線だけを動かした。
どうやら、廃屋になった工場跡地のようだ。
壊れた機械や鉄パイプが転がっている。
雨が降り出しているのか、雨音も聞こえている。
薄暗い視界の中に、調査兵の兵団服を着た3人の男の背中が見えた。
パイプ椅子に腰を降ろし、酒を囲んで、自分達の仕事がうまく行ったことを喜んでいるようだった。
その近くにカバーの破れた古い大きなソファがあった。そこに座っているのは見たことのない中年の男だ。
威張った態度で、でっぷりと膨らんだ腹を擦るその男のそばには、側近のような男達も数名確認できた。
あれが、爆弾犯だろうかー。
「お、お姫様がようやくお目覚めか。」
楽し気に酒を呑んでいた金髪の男が、振り向いて、私が目を覚ましたことに気が付いた。
酒を持ったまま嬉しそうにやってきて、転がる私の前に屈んで腰を降ろす。
その後ろから、取りまきの茶髪の男達もニヤニヤと口元を歪めながら嬉しそうに近づいてくる。
「お前が起きるまで待っててやったんだぜ?
俺達って紳士じゃね?」
金髪の男は、私の前髪を乱暴に掴むと、強引に顔を上げさせた。
キッと睨みつける私を見下ろし、またあの満足気な嬉しそうな笑みを浮かべる。
「反応ねぇとつまんねぇからだったりして。」
「それは言うなってっ。」
ギャハハハハー。
私を連れ去った若い男達が、至極楽しそうに笑う。
その下品な笑い声で、あのでっぷりとしたお腹の中年男も私が起きたことに気づいたようだった。
「おい、そりゃ、俺の人質だ。乱暴に扱うな。」
「へいへい。そーでした。モーリ様の仰る通りに。」
中年男に窘められ、金髪の男は途端につまらなそうな顔をすると、突き放すように掴んでいた私の前髪を放した。
そこへ、モーリと呼ばれた中年の男がやってきて、立ったまま私を見下ろした。
「よく見えるように、コイツを起こせ。」
無表情でそう告げたモーリの指示に従って、側近の男達が私の身体に触れようとする。
「触らないでよっ!」
必死に身体を動かして抵抗しようとしたが、後ろ手に縛られているせいで、結局何も出来ないまま起こされた身体は、後ろの壁にもたれかかるように座らされた。
すると、モーリが、足を曲げて屈み、私に顔を近づけた。
漸くハッキリと見えたモーリの顔は、浅黒く汚れていて、瞳だけがギョロギョロとして気味が悪かった。
それに、ドブのような臭いがする。
思わず顔をしかめた私の顎を乱暴に掴み、モーリが口を開いた。
「やっとちゃんと顔が見れたぜ。綺麗な女じゃねぇか。
てめぇが、あのクソチビの女だと思うと、腸が煮えくり返るぜ。」
「あなたが爆弾犯なの?」
「爆弾?あー、そういや、何回かドカンとやったかな。」
モーリは、さもどうでもいいことのように言った。
それで、負傷者が、もしかすると犠牲者が出ているかもしれないのにー。
思わず睨みつけた私に、モーリは、そんなことはどうでもいいとばかりに続けた。
「俺はな、アンタの男に、大事な兄貴殺されてんだよ。」
「リヴァイ兵長のことを言ってるなら、意味がわからない。」
「だから、あの男は人殺しだっつってんだよ。
そのせいで、アンタまで誘拐されちまって本当に不憫だよ。」
モーリは、わざとらしく眉尻を下げた。
「リヴァイ兵長は人を殺したりしないわ。」
キッと睨みつけて言い切った私に、モーリは度肝を抜かれたような、驚いた顔をした。
それから、すぐに、おかしそうに口元を歪め、嫌な笑い声をあげた。
「自分の女の前じゃ、どんな顔してるか知らねぇが、
アイツは平気で人を殺せる男だぜ?」
「違うっ!あなた達と違って、リヴァイ兵長は、人の命を大切に出来る人よ!」
「まぁ、聞け。あの男の本性を俺が教えてやるからよ。」
「何を言ったって、無駄よ。
私は、リヴァイ兵長の言葉しか信じない。」
「哀れな女だな。洗脳でもされてんのか。」
モーリは、呆れたように言うと、さっきまで座っていたソファにまたドカッと腰を降ろした。
そして、威張った態度で私を見下ろして、昔話を始めるー。
「お前の大好きなリヴァイ兵長ってのはなぁ、
都市の地下街でそれはそれは有名なゴロツキだったんだ。
悪~いことばっかりしては、俺達、地下街で暮らす人間を困らせてたんだぜ?」
「…生きるためでしょ。」
「んー、まぁ、それはそうだな。間違ってはいねぇ。
だから、俺の兄貴だって、間違ってはいねぇ。
それなのに、あの男は兄貴も仲間も殺しやがった。」
「だから、信じないって言ってるでしょ。」
またその話かー、私は呆れたように言って冷たく突き放した
命を懸けて仲間を守るリヴァイが、人を殺すー、そんなの信じられるわけがなかった。
想像も出来ない。
「地下街にもな、もちろん、地上に出るための階段がある。
だが、そこを上れるのは、通行料を払ったヤツだけなんだよ。それが地下街のルールだ。
それを破ったやつは罰を受けなきゃならねぇ。分かるだろう?」
「知らないわ、そんなの。」
「だろうな、お前みたいに、何も不幸を知らねぇでのうのうと生きてた人間には
考えられねぇ話だろうよ。だが、リヴァイといけすかねぇ澄ました野郎、
そして、リヴァイに金魚のふんみてぇにくっついてたガキは違ぇ。」
「…ガキ?」
「あぁ、イザベルつったかな。あのガキは勝手に階段を上ろうとしたんだ。
だから、俺達は罰を与えなきゃならなかった。仕方がなかったんだ。」
「仕方なく、子供に何をしたのよっ。」
「おいおい、小せぇ子供じゃねぇぜ?まぁ、胸はなかったが。
ちゃーんと身体は女だったからなぁ。クソガキみてぇなくせして
しっかりよがるからよ、なかなか具合もよかったんだよなぁ。」
モーリはそのときの情景を思い出したのか、恍惚の表情を浮かべた。
ゾクリー、身体に寒気が走った。
見たこともない少女の身体を弄ぶ悪い大人達の姿が脳裏に浮かんでしまって、私は頭に血が上った。
「あなた達、その子に何したのっ!?それでも人間っ!?」
「そんな怖ぇ顔すんなよ。綺麗な顔が台無しだぜ?
それによ、アレは俺達なりの正義だったんだよ。」
「何が正義よ!!そんなの…っ!!」
怒りで頭も心も支配された私だったけれど、あまりに惨い話に投げつける言葉さえ出なかった。
モーリの言う通り、のうのうと生温い幸せの中で生きていた私は、人間以下の鬼畜を罵る言葉を、知らなかった。
それが悔しくて、悲しかった。恥ずかしくもなった。
ただ好きな人のことが知りたくて、地下街にいたときのリヴァイ兵長のことを想像したことがある。
今よりも若くて、きっと強くて、きっと今みたいに優しくてー。
地下街がどんなところかも知らずに生きてこられた私が想像したものなんて、ほんの1秒も現実に過去にあった映像とは重なっていなかったのだろう。
自分の甘さを思い知らされたことも、私の知らない世界に蔓延る地獄が恐ろしくて身体が震えたことも、自分が嫌いになりそうなくらいにショックだった。
唇を噛んで睨みつけたが、モーリも怖い顔で睨み返してきた。
そしてー。
「それをあのクソ野郎はー。」
ソファから立ち上がり、私の元へ歩み寄るモーリは、目の前に立つと声を荒げた。
「逆恨みして、襲ってきやがったっ!
偶々、俺はその日、別の場所にいたから助かったが…。
俺の兄貴と仲間達はリヴァイに殺されたっ!!あの人殺し野郎っ!!」
モーリは怒りがおさまらない様子で、近くにあった鉄パイプを蹴り上げた。
大きな音を立てた後、鉄パイプは転がって壁に当たって止まった。
(どんな、気持ちで…。)
リヴァイ兵長は、傷つけられて帰ってきた大切な少女をどんな気持ちで守ったのだろう。
どんな気持ちでー、大切な少女を傷つけた男達の前に立ったんだろう。
少女の気持ちも、リヴァイ兵長の気持ちも、想像もできない。
私には到底たとえようもない苦しみに、心が引き裂かれそうだった。
「だからよ、今度は俺がアイツをぶっ殺してやるんだ。」
モーリは膝を曲げて屈みこむと、私の顎を乱暴に掴んだ。
憎しみの炎を瞳の奥に燃やし、意地の悪い口元を歪めて言う。
「妹分がいたぶられて怒り狂ったあの男は、自分の女が俺に好きにされたと知ったら
どんな顔するんだろうなぁ?楽しみで仕方ねぇよ。」
モーリが、私の顎を掴んでいた手を力任せに押したー。
身体を起こそうとして、両手を後ろ手に縛られていることに気づく。
冷たい石床の上に転がらされたまま、ここはどこかと視線だけを動かした。
どうやら、廃屋になった工場跡地のようだ。
壊れた機械や鉄パイプが転がっている。
雨が降り出しているのか、雨音も聞こえている。
薄暗い視界の中に、調査兵の兵団服を着た3人の男の背中が見えた。
パイプ椅子に腰を降ろし、酒を囲んで、自分達の仕事がうまく行ったことを喜んでいるようだった。
その近くにカバーの破れた古い大きなソファがあった。そこに座っているのは見たことのない中年の男だ。
威張った態度で、でっぷりと膨らんだ腹を擦るその男のそばには、側近のような男達も数名確認できた。
あれが、爆弾犯だろうかー。
「お、お姫様がようやくお目覚めか。」
楽し気に酒を呑んでいた金髪の男が、振り向いて、私が目を覚ましたことに気が付いた。
酒を持ったまま嬉しそうにやってきて、転がる私の前に屈んで腰を降ろす。
その後ろから、取りまきの茶髪の男達もニヤニヤと口元を歪めながら嬉しそうに近づいてくる。
「お前が起きるまで待っててやったんだぜ?
俺達って紳士じゃね?」
金髪の男は、私の前髪を乱暴に掴むと、強引に顔を上げさせた。
キッと睨みつける私を見下ろし、またあの満足気な嬉しそうな笑みを浮かべる。
「反応ねぇとつまんねぇからだったりして。」
「それは言うなってっ。」
ギャハハハハー。
私を連れ去った若い男達が、至極楽しそうに笑う。
その下品な笑い声で、あのでっぷりとしたお腹の中年男も私が起きたことに気づいたようだった。
「おい、そりゃ、俺の人質だ。乱暴に扱うな。」
「へいへい。そーでした。モーリ様の仰る通りに。」
中年男に窘められ、金髪の男は途端につまらなそうな顔をすると、突き放すように掴んでいた私の前髪を放した。
そこへ、モーリと呼ばれた中年の男がやってきて、立ったまま私を見下ろした。
「よく見えるように、コイツを起こせ。」
無表情でそう告げたモーリの指示に従って、側近の男達が私の身体に触れようとする。
「触らないでよっ!」
必死に身体を動かして抵抗しようとしたが、後ろ手に縛られているせいで、結局何も出来ないまま起こされた身体は、後ろの壁にもたれかかるように座らされた。
すると、モーリが、足を曲げて屈み、私に顔を近づけた。
漸くハッキリと見えたモーリの顔は、浅黒く汚れていて、瞳だけがギョロギョロとして気味が悪かった。
それに、ドブのような臭いがする。
思わず顔をしかめた私の顎を乱暴に掴み、モーリが口を開いた。
「やっとちゃんと顔が見れたぜ。綺麗な女じゃねぇか。
てめぇが、あのクソチビの女だと思うと、腸が煮えくり返るぜ。」
「あなたが爆弾犯なの?」
「爆弾?あー、そういや、何回かドカンとやったかな。」
モーリは、さもどうでもいいことのように言った。
それで、負傷者が、もしかすると犠牲者が出ているかもしれないのにー。
思わず睨みつけた私に、モーリは、そんなことはどうでもいいとばかりに続けた。
「俺はな、アンタの男に、大事な兄貴殺されてんだよ。」
「リヴァイ兵長のことを言ってるなら、意味がわからない。」
「だから、あの男は人殺しだっつってんだよ。
そのせいで、アンタまで誘拐されちまって本当に不憫だよ。」
モーリは、わざとらしく眉尻を下げた。
「リヴァイ兵長は人を殺したりしないわ。」
キッと睨みつけて言い切った私に、モーリは度肝を抜かれたような、驚いた顔をした。
それから、すぐに、おかしそうに口元を歪め、嫌な笑い声をあげた。
「自分の女の前じゃ、どんな顔してるか知らねぇが、
アイツは平気で人を殺せる男だぜ?」
「違うっ!あなた達と違って、リヴァイ兵長は、人の命を大切に出来る人よ!」
「まぁ、聞け。あの男の本性を俺が教えてやるからよ。」
「何を言ったって、無駄よ。
私は、リヴァイ兵長の言葉しか信じない。」
「哀れな女だな。洗脳でもされてんのか。」
モーリは、呆れたように言うと、さっきまで座っていたソファにまたドカッと腰を降ろした。
そして、威張った態度で私を見下ろして、昔話を始めるー。
「お前の大好きなリヴァイ兵長ってのはなぁ、
都市の地下街でそれはそれは有名なゴロツキだったんだ。
悪~いことばっかりしては、俺達、地下街で暮らす人間を困らせてたんだぜ?」
「…生きるためでしょ。」
「んー、まぁ、それはそうだな。間違ってはいねぇ。
だから、俺の兄貴だって、間違ってはいねぇ。
それなのに、あの男は兄貴も仲間も殺しやがった。」
「だから、信じないって言ってるでしょ。」
またその話かー、私は呆れたように言って冷たく突き放した
命を懸けて仲間を守るリヴァイが、人を殺すー、そんなの信じられるわけがなかった。
想像も出来ない。
「地下街にもな、もちろん、地上に出るための階段がある。
だが、そこを上れるのは、通行料を払ったヤツだけなんだよ。それが地下街のルールだ。
それを破ったやつは罰を受けなきゃならねぇ。分かるだろう?」
「知らないわ、そんなの。」
「だろうな、お前みたいに、何も不幸を知らねぇでのうのうと生きてた人間には
考えられねぇ話だろうよ。だが、リヴァイといけすかねぇ澄ました野郎、
そして、リヴァイに金魚のふんみてぇにくっついてたガキは違ぇ。」
「…ガキ?」
「あぁ、イザベルつったかな。あのガキは勝手に階段を上ろうとしたんだ。
だから、俺達は罰を与えなきゃならなかった。仕方がなかったんだ。」
「仕方なく、子供に何をしたのよっ。」
「おいおい、小せぇ子供じゃねぇぜ?まぁ、胸はなかったが。
ちゃーんと身体は女だったからなぁ。クソガキみてぇなくせして
しっかりよがるからよ、なかなか具合もよかったんだよなぁ。」
モーリはそのときの情景を思い出したのか、恍惚の表情を浮かべた。
ゾクリー、身体に寒気が走った。
見たこともない少女の身体を弄ぶ悪い大人達の姿が脳裏に浮かんでしまって、私は頭に血が上った。
「あなた達、その子に何したのっ!?それでも人間っ!?」
「そんな怖ぇ顔すんなよ。綺麗な顔が台無しだぜ?
それによ、アレは俺達なりの正義だったんだよ。」
「何が正義よ!!そんなの…っ!!」
怒りで頭も心も支配された私だったけれど、あまりに惨い話に投げつける言葉さえ出なかった。
モーリの言う通り、のうのうと生温い幸せの中で生きていた私は、人間以下の鬼畜を罵る言葉を、知らなかった。
それが悔しくて、悲しかった。恥ずかしくもなった。
ただ好きな人のことが知りたくて、地下街にいたときのリヴァイ兵長のことを想像したことがある。
今よりも若くて、きっと強くて、きっと今みたいに優しくてー。
地下街がどんなところかも知らずに生きてこられた私が想像したものなんて、ほんの1秒も現実に過去にあった映像とは重なっていなかったのだろう。
自分の甘さを思い知らされたことも、私の知らない世界に蔓延る地獄が恐ろしくて身体が震えたことも、自分が嫌いになりそうなくらいにショックだった。
唇を噛んで睨みつけたが、モーリも怖い顔で睨み返してきた。
そしてー。
「それをあのクソ野郎はー。」
ソファから立ち上がり、私の元へ歩み寄るモーリは、目の前に立つと声を荒げた。
「逆恨みして、襲ってきやがったっ!
偶々、俺はその日、別の場所にいたから助かったが…。
俺の兄貴と仲間達はリヴァイに殺されたっ!!あの人殺し野郎っ!!」
モーリは怒りがおさまらない様子で、近くにあった鉄パイプを蹴り上げた。
大きな音を立てた後、鉄パイプは転がって壁に当たって止まった。
(どんな、気持ちで…。)
リヴァイ兵長は、傷つけられて帰ってきた大切な少女をどんな気持ちで守ったのだろう。
どんな気持ちでー、大切な少女を傷つけた男達の前に立ったんだろう。
少女の気持ちも、リヴァイ兵長の気持ちも、想像もできない。
私には到底たとえようもない苦しみに、心が引き裂かれそうだった。
「だからよ、今度は俺がアイツをぶっ殺してやるんだ。」
モーリは膝を曲げて屈みこむと、私の顎を乱暴に掴んだ。
憎しみの炎を瞳の奥に燃やし、意地の悪い口元を歪めて言う。
「妹分がいたぶられて怒り狂ったあの男は、自分の女が俺に好きにされたと知ったら
どんな顔するんだろうなぁ?楽しみで仕方ねぇよ。」
モーリが、私の顎を掴んでいた手を力任せに押したー。